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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
64/118

ACT-64『最後まで諦めちゃダメなんですよ?』


「麗亜が、何か教えようとしているんだわ。

 もしかしたら、まだ、二人は――」


 沙貴は、希望を取り戻した。

 まだ、ここでやるべきことがある。

 一瞬坂上達に目くばせをすると、沙貴は、迷うことなくザイルに手をかけた。


「沙貴さん?!」


「危ない! よすんだ!」


 二人の制止の声を振り切り、沙貴はザイルを伝い地下五階に向かって飛び込んで行った。


(ご主人様、澪! 無事でいて!!)







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

  ACT-64『最後まで諦めちゃダメなんですよ?』






 卓也&澪を追いかける植物の蔓や根の塊。

 それはもやは、怪物……否、魔物モンスターと呼んでも良い程だった。

 暗闇にも関わらず、逃げる二人を的確に追いかける。

 しかしその進行速度は思ったより早くはないようで、足場が悪いにも関わらず逃走する二人の方が若干スピードが上のようだ。


 とはいえ、足を止めると距離が縮まるという現実は変わらない。


 卓也と澪は、何処までも続くように思われる果てしない地下通路を、とにかく無我夢中で走り抜けて行く。

 脚の筋肉が限界を訴え、歩いているのと大差ないが。


「も、もうダメ……走れない」


「澪! 弱音を吐くな! 俺ももうダメだ!」


「結局二人ともじゃなーい!」


「トホホ、やっぱここまでなのかなあ?」


「ねぇ卓也。

 漫画とかでさ、よく“最後まで諦めるな!”って言葉あるじゃない?」


「ああ、うん」


「でもあれってさ、絶対に上から目線だよね」


「上から目線?」


「だってさ、アレって絶体絶命じゃない立場にいるからこそ云える言葉って感じしない?

 実際に絶体絶命状態だったら、そんな事考えもしないと思うのよね」


「そうは言うけど、今絶体絶命なのに、澪はそれ思いついたわけだろ?」


「え? あ」


「こりゃあまだ余裕があるな」


「そういうことじゃなーい!」


 卓也は、澪の背を軽く押すと、先に進むよう促す。


「よし、だったら澪はまだ大丈夫だ。

 ここは俺がひきつけるから、君は一人で逃げろ」


「な?! なんてこと言うのよ!

 それは貴方の奴隷である、僕がすべき事でしょ?!」


 目を剥いて激昂する澪に、卓也はまぁまぁ、と抑えようとする。


「ひっさびさに出たな、奴隷発言。

 そんなもん、とっくに否定したたろ俺?」


「そ、そうだけど……」


「ロイエかなんだか知らんけど、澪はもう俺の大事な“家族”なんだ。

 だったら、家族の命を助けたいって思うのは当然じゃないか?」


「う……こ、こんな時に、そんな事言わないでよぉ……」


 涙目になって見つめる澪に、卓也はそっとキスをする。


「一度言ってみたかったんだ、こういうセリフ」


「え、ネタなの?!」


「いんや、マジ」


「ちょ!」


「行けよ、澪。

 んで沙貴と合流して、ここから脱出しろ」


「卓也がいなかったら、この世界から脱出出来ないのよ?!

 諦めちゃダメじゃない!」


「ははは、今ここで酒があれば、異世界転移出来るかもな。

 めっちゃ疲れてるから、一瞬で寝落ちしそうだけど」


「そうね、疲れ切ってるもんね……もう、バカぁ」


 そう言いながら、澪は卓也に抱き着いた。



「おい、澪」


「僕、最期まで貴方と一緒に居る」


「そ、それじゃあ意味がな」

「僕は、貴方を愛してるの。

 だから、貴方と共にありたいの。

 それだけ」


 言葉を遮り、想いを伝える。

 相変わらず植物魔物プラントモンスターが迫る音が迫る中、もう二人は完全にその場から動くという行動を完全放棄していた。

 

(いや……やっぱ、こんなとこで諦めるのはヤだな。

 もっかい、すき焼き食いたいし。

 澪と沙貴と三人で生活したいし。

 二人にも、もっと羞恥プレイさせたいし。

 諦めたくないなぁ)


 走馬灯という言葉がある。

 それは、死の間際にある人間が過去の思い出を振り返る現象を主に指すようだが、それは過去の経験を検索して何とか生を勝ち取ろうとする本能のなせる業だという説がある。

 それに習い、卓也は何か脱出方法はないものかと、脳内で過去の経験を振り返ってみることにした。


 そもそも、ここに来るきっかけって何だっけ? と、最初からプロセスを思い返す。

 サンシャインシティに入り、噴水広場に積み上げられた謎の祭壇のようなものを登り、ノートを取ったらサイレンが鳴り響いた。

 そのせいで奴らがやって来て、捕まってしまった。


(あの時鳴った音、防犯ブザーか何かだったのかな。

 引っ張ったら鳴り出したし、あんなとこに仕掛けられるのって、せいぜいそんなもんだろ。

 あれ? でも、防犯ブザーって……確か)


 その時、卓也の頭上に電球がポンと浮かび、パリンと割れた。


「それだぁ!」


「わっ、びっくりした!

 何よ、突然?!」


「アレアレ! アレがあったんだ」


「アレ? あの、する時に付ける奴?」


 澪は風船を膨らませるような仕草をしつつ、顔を赤らめる。


「こういう状況でそういう話するか普通?

 そうじゃないよ、ホラ、君らが用意した――」


 そう言って、卓也は何かを引っ張る動作をして見せる。

 最初はピンと来なかった澪だったが、


「手榴弾?」


「んなもん、いつ渡した」


 小首を傾げながら、澪は更に考える。





 

『もし、何かが起きたら、この輪を強く引いてください』


『あ、これ、もしかして小学生がランドセルから下げてる奴か』


『よくそんなの持ってたわね、沙貴』


『何かあった時のためにって、三人分用意しておいたのよ。

 この世界は静かだし、音も響くから効果は高いと思うわ』


『わかった、ありがたく携帯させてもらうよ』






「あ! もしかして防犯ブザー?」


「それ! 今こそ出番だ!」


 卓也は背負っていたザックを下ろすと、中に手を突っ込んでごそごそと探る。

 そしてニヤリと笑うと、長い紐のついた黄色いカプセルのようなものを取り出した。


「あ! そういうことかぁ!」


 ようやく合点が行ったようで、ポンと手を叩く。

 卓也は澪の前で黄色い防犯ブザーをくるくる回して見せると、植物魔物プラントモンスターが迫っているだろう方向を向いた。


「あいつらが本当に音に反応するなら、これが有効な筈だ!」


 卓也は、ブザーの下の方に付いている鉄の輪っかに指を掛け、思い切り引っ張った。



 

 ピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイピューイ


 突然、けたたましいサイレン音が鳴り響く。

 それを、魔物のいる方に思い切り放り投げた。

 微妙なドップラー効果で、サイレン音が遠ざかっていく。

 と同時に、植物魔物プラントモンスターの動きが益々活発になったようだ。

 地響きのような激しい音が木霊する。


「引き付けられてるのかな?」


「いい感じっぽいな、よし澪、逃げるぞ!」


「う、うん」


「無理に走る必要はないぞ。

 あと澪、確か君も持ってたな、防犯ブザー」


「うん、あるよ!

 いざとなったら、もう一回出来るね」


「OK!」


 希望の光が見えて来た。

 卓也と澪は、静かに立ち上がると、恐る恐る先へ進んでみた。

 サイレンの音と魔物の出す音でよくわからないが、何となくこちらへは来ていないような気がする。


 LEDライトを向けてみると、思ったより近くまで迫っていた大量の蔓や根は通路の途中で止まっており、何やらまごついているように見える。

 少なくとも、こちらに意識を向けている様子はないように思えた。


「せ、成功したと思っていいのかな?」


「卓也」


「なんだ?」


「キスして」


「え? こんな時に?」


「こんな時だからよ!

 卓也、素敵! 大好き!

 ボク、やっぱり貴方だけ愛してる!」


「もう、まだ安全になったわけじゃないんだぞ」


「ん~、でもぉ♪」


「ったく」


 卓也は、澪の頬を両手で包み込むと、そっと彼の唇に自分の唇を近付けた。



 ――ゴンッ!



「……っ!!」


「……痛ったぁ!」


 目測を誤り、額同士をぶつけ合ってしまった。






 ――ピューイピューイピューイピューイピューイピューイ……


 何処からともなく、サイレン音が響いている。

 と同時に、何か大きなものが蠢くような振動音も。

 沙貴は、地下五階に降り立った途端、尋常ならざる事態が起きていることに気付いた。

 

「ご主人様と澪に、いったい何が?!」


 慌てて走り出そうとするが、そこに後から降りて来た翔が合流する。


「待つんだ」


「翔さん?!」


「落ち着いて、まず周りを見るんだ。

 何故こんな所に植物が生えてるんだ?」


 辺りの壁や床一面に張り巡らされた植物の根や蔓に、言われてようやく気が付く。

 そこが異常な空間であることを、意識する。


「どういうことでしょう? これはいったい?」


「思うことはあるんだけど、後で説明するよ。

 沙貴さんのお連れさん達は、ここから離れた所にいるみたいだ。

 あのサイレン、その人が鳴らしてるんだろう?」


「だと思います。でも、いったいどうして……」


「もう一度辺りをよく見て欲しい」


「えっ?」


 翔が、ライトで周辺を照らし出す。

 しばらく彼の云う意味が理解出来なかったが――


「そういえば、あの男の姿が」


「そうだ、本当ならこの穴の近くに落ちている筈なのに、姿が全く見えない。

 あれだけやられれば、自力で動くことなど出来ない筈だが」


 沙貴の背中に、冷たいものが流れる。


「何が起きているのかを探る必要がありますね」


「一緒に行こう。一人では危険だ」


「分かりました!」


 互いに見つめ合い頷くと、沙貴と翔はまず音のする方向へ向かってみることにした。





 既にサイレンの音が殆ど聞こえなくなって、十分程経つ。

 卓也と澪は、とうとう行き止まりにぶつかった。

 通路は不自然に出現した大きな壁に遮られ、これ以上先には行けない。

 幸い、あの魔物が追いついて来ることこそなかったが、二人は逃げ道を奪われた形になってしまったのだ。


「どうしよう、ドアもないよ?」


「なあ澪、なんか変じゃないか、この壁?」


「え?」


 卓也は、ライトで壁を照らし出す。

 しばらくじっと見つめていた澪も、彼の云わんとすることがなんとなく分かって来た。


「この壁、周りの壁と全然違うね」


「そうそう、なんか後から作り足したみたいに見えるね」


 行き止まりの壁はそれなりに年季を感じさせる古いものではあったが、その周辺の壁と違い細かな配管などが一切ない。

 それどころか、いくつかの配線は壁を通り抜けてその向こう側まで通じているように思える。

 よくよく観察すると、コンクリート打ち出しの周辺の壁に対し、ここだけはモルタルのような質感の、明らかにコンクリートとは違う材質だ。

 素人目にもわかるくらい、その行き止まりの壁の存在は異常に思える。


「さっきの、エレベーターのあった部屋の壁……とも違うよね?」


「あの怪しい連中が塞いだのかな」


「どうなのかしら?

 素人が施工出来るような大きさには見えないんだけど――」


 そこまで話して、澪の言葉が唐突に止まる。

 

「ん、どした?」


「ぱ、パクパクパク……」


「なんだよ、どうしたんだ突然?」


「あ、あわわわわ……」


「え? なに?」


 青ざめた顔で、澪が今来た路を指差す。

 言葉が出せないようで、全身をぶるぶると震わせている。

 首を傾げながら、卓也は澪が指差す方向へ目を向けた。


「……パクパクパク」


「パクパクパクパク……」


 その瞬間、今度は卓也まで顔を青ざめさせ、全身を震わせ始めた。



 二人が指差す方向。

 そこには、一人の人間が佇んでいた。


 黒いロングドレス、つばの広い黒の帽子。

 それは、全く見覚えのない姿で、つばに隠れて表情も窺えず、年齢も性別もわからない。

 ただ、まるで宙に浮遊しているかのように現実感がなく、また実態感も湧かない。

 あえて云うなら、空間に投影された映像のようにも感じられるのだ。 


「あ、あわわわわ……ででで、出たぁ!!」


「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊?!」


 驚愕する二人をよそに、その突然現れた黒いドレスの人物は、まるで滑るように移動する。

 二人の右側数メートル横に立つと、その人物はこちらを一瞥し、次の瞬間


「え?!」


「うそぉ?!」


 なんと黒いドレスの人物は、そのまま壁を通り抜け、姿を消してしまった。


 呆然と状況を見守っていた二人は、ゴクリと唾を飲み込むと、黒いドレスの人物が消えた辺りを恐る恐る観察してみることにした。


「あれ? これってもしかして」


「隠し扉? うっそぉ?!」


「いや、マジだ! ここ隠し扉になってる!」


「どういうことなの……」


 卓也の言う通り、そこは隠し扉になっていた。

 一見すると普通の壁なのだが、手で軽く押すことで一部の壁がへこみ、更に片側を押すことで展開するような仕組みになっているようだ。


「開くぞ、行ってみるか?」


「うう……ど、どうしよう?」


「どのみち、このままだとあの化け物のいるとこに戻らなきゃならないもんなあ」


「あれ、殆ど路塞いでたわよね?」


「そうだよな、とてもじゃないけど通り抜けられそうにないよね」


「それやったら、絶対に捕まっちゃうでしょ」


「じゃあもう、行くしかないか。選択肢ないし」


「だよね……ううう、怖い~」


「開けるよ」


 やむを得ず、卓也は隠し扉を押し、全く未知の空間に足を踏み入れた。





 一方の沙貴と翔は、音のする方向に向かおうとするも、とてつもない量の蔓や根が絡み合い、路を塞いでいる状況に戸惑っていた。


 不気味に蠢く植物の向こうからか、サイレン音がいまだに響き続けている。

 それが、もはや人知の及ばぬ存在によるものだという事は、一目で理解出来る。

 呆然とその異常な光景を見つめる沙貴の肩を、翔がポンと叩いた。


「戻ろう。これ以上は危険だ」


「で、でも! ご主人様が……澪が!」


「しかし、これじゃあ確かめようがない。

 それに、この不気味な植物をよく見るんだ」


「え? ――あっ!」


 翔がライトで照らし出す部分に、ミイラと思われるものが巻き込まれているのが見える。

 しかも、一体や二体ではない。


「まさか、この植物は……」


「そういうことだ。

 ぐずぐずしていたら、俺達も危ない」


「……」


 悔しそうな表情を浮かべ、沙貴は、翔の胸に飛び込んだ。








“あの二人はまだ生きてるよ、坂上さん”







 突然、何処からともなく誰かの声が聞こえて来た。

 翔が顔を上げ、素早く反応する。


「――倉茂くらも君? 倉茂君なのか?!」


「え?」


「倉茂君! 居るのか?! ここに居るのか?! 返事をしてくれ!」


 突然、翔は狂ったように声を上げ始めた。

 しかし、相変わらず不気味な音とサイレンの音がするだけで、誰も返事をしない。


「あの、翔さん?

 どうされたんですか?」


「沙貴さん、さっき、声が聞こえなかったか?」


「いえ? 私には」


「二人がまだ生きてるって」


「ほ、本当ですか?!

 でもそんな話、どうやって……」


 二人は、改めて周囲を見回してみる。

 しかし、どんなにライトで周囲を照らしても、自分達以外の者の姿はない。


 やがて、その意味を理解した翔は、どこか諦めたような溜息を吐き出した。


「そうか……そういうことか」


「あの、翔さん?」


「俺の友人が、教えてくれたんです。

 二人はまだ生きてるって。

 沙貴さん、希望を持とう。

 最後まで諦めちゃダメだ」


「そ、そうですね、分かりました!」


 顔を上げ、翔を見つめる。

 沙貴は決意を改めると、サイレンの音が聞こえてくるのとは別の方向にライトを向けた。


「視点を変えてみましょう。

 もしかしたら、あの植物の塊の裏側に回れるルートがあるかもしれません」


 彼の瞳に、希望の光が宿った。



 



「――うっわぁ」


「なによこれ」


「いきなり雰囲気変わったじゃないか」


「えっと、これ、異世界転移のファンタジー小説だったっけ?」


「そういうメタな発言はどうかと思うけどな」


「だってさ、この光景、どう見ても――でしょ?」


「うん、俺も思う。

 これ――地下迷宮ダンジョンだよなあ」



 隠し扉を抜け、閉ざされた空間の内部を進む卓也と澪の目の前に現れたのは、石のブロックを積み重ねて作られた、古めかしい“地下通路”だった。





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