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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
60/118

ACT-60『池袋のヤバイ秘密、見え始めて来ましたよ?』

「卓也、もし地上に戻れたら、坂上という人に逢うんだ」


「坂上? なんかどっかで聞いたような」


「坂上さんなら、きっと君の味方になってくれる筈だよ。

 あの人は、あいつらとは違うから、信頼していい」


「その坂上って、あんたとどんな関係があるんだ?」


 卓也の質問に、倉茂は、何故かとても陰にこもったような声で囁いた。


「あいつらみたいにノート崇拝者になりかけてた俺を、現実に引き戻してくれたんだ。

 いわば、恩人ってところかな」








     ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

  ACT-60『池袋のヤバイ秘密、見え始めて来ましたよ?』





 

 倉茂は、囁くような声で卓也に説明した。


 長い間他人との接触を断たれ、世界の恐るべき変化に気付いたにも関わらずその恐怖を訴える事が出来ない孤独感から、倉茂は徐々に精神を病んでいった。

 その結果、入手したノートの内容とそれを書いた人物の存在が頭の中で神格化していき、遂には崇拝の領域に至った。

 もし、二冊目のノートが手に入るか、またはノートを書いた人物に出会えれば、自分は救われるかもしれない。

 何の根拠もなく、そんな想いに駆られるようになった倉茂だったが、そんな彼を救う人物が突然現れた。


「それが、坂上って人なのか?」


「そう。

 俺とは違って、あの人はハッキリした目的を持って行動している人なんだ。

 あの人は親身になって、俺を助けてくれたんだ。

 おかげで、俺はノートの“罠”に気付けたんだ」


「罠? どういうことさ」


 だんだん暗い口調になり、聞き取りにくくなっていく倉茂の声に、卓也は必死で耳を傾ける。


「卓也、気を付けるんだ。

 あのノートの一冊目はともかく、二冊目の内容は危険だ。

 読んだ者を罠に陥れて、ともすれば命をも奪ってしまいかねない」


「命を?!

 いやぁ、そんなオーバーな」


「 本 当 な ん だ ! 」


 突然、倉茂が声を大きく張り上げた。

 その勢いに驚き、卓也は思わず横に転げてしまった。


「うわ、びっくりした! お、脅かすなよこんな所で……って、えっ?」


 立ち上がって周囲の様子を窺うが、いつの間にか倉茂の姿がない。

 ただ、足元には彼が持っていた、今にも電池が切れそうな懐中電灯だけが転がっていた。


「おーい、倉茂さーん? どこに居るんだー?」


 倉茂の気配が、ない。

 気分を害してしまったのかな、と思った卓也は、以前彼のアパートに行った時のことをふと思い出した。


(そうだ、倉茂は確か相当に追い詰められていた筈だ。

 そんな彼が、こんな所でまた孤独を強いられているとしたら、精神的に不安定な可能性もあるか。

 うわぁ、こりゃあまずいこと言っちまったかなあ?)


 卓也は懐中電灯を拾うと、倉茂を探して地下五階を歩き始めた。





 幸いなのか、混乱が生じているのか。

 澪と沙貴は、その後誰とも逢うことなくサンシャインシティの外に出ることが出来た。

 急いでランドクルーザーまで駆け戻るが、二人はそこで驚愕の事態に気が付いた。


「な、何これ!」


「誰がこんなことを……」


 なんと、二人の乗って来た赤いランドクルーザーは、何か硬い物で激しく殴られたようにボコボコに破損していた。

 ガラスは粉々に打ち砕かれ、ライトやボンネット、フェンダーは大きく歪み、割れ、ご丁寧に室内にはその辺に散らばっていたと思われるアスファルトや石、何かの破片のようなものがばら撒かれ、更には異臭漂う謎の液体まで振りかけられていた。


「あの男の車は?!」


「ない! って、あーっ!」


 エンジの車も、何者かに移動させられたのだろうか。

 しかも最初にランクルに激突させたようで、後部までも大きくへこんでいる。

 車自体は走ることは出来るかもしれないが、もはや乗り込みたくもない状態である。

 沙貴は、それでも歪んだドアを無理やり開き、後部に置いてあった緊急時用のボックスを開ける。

 幸い、これには手を着けられていないようで、沙貴は急いで必要そうな道具を取り出した。


「もうこの車はダメね、急いで戻るわよ」


「も、もうダメなの? せっかく運転に慣れて来たのになあ!」


「よく考えて、澪」


「え、何が?」


「この短時間で、あの時逃げて行った連中がここまで来て破壊行動が出来ると思う?」


「時間的に無理じゃない?!

 むしろ僕達の方が早くここに着けそうな感じだったし」


「でしょ?

 ということは、わかるわよね?」


「え、え~っと……ごめん、パニクっててよくわかんない!」


「私達を襲った連中と、この車を破壊した連中は、同じじゃない可能性が高い。

 つまり――」


「ええっ?!

 それじゃあ、まだこの近くに仲間が居るかもしれないじゃん!」


「やっとわかってくれた?」


「ヒィィ! に、逃げよう沙貴! 全力でぇ!」


「言われるまでもないって!」


 二人は、周囲を窺いながら必死で走り、またサンシャインシティへ引き返していく。

 だが、そんな彼らの後方で、一台の車が停車したことには気付くことはなかった。





 行けども行けども、倉茂の姿も気配も感じない。

 懐中電灯はとうとう明滅を始めてしまい、いつ切れるか不安でならない。


(いったい何処へ行ったんだよ?!

 あんな短時間で消えるなんて、何処かに落っこちたのか?!

 ひええ、マジで心細いぞ!

 あの人、なんでこんな所でずっと一人で居られたんだ?)


 倉茂の行方も気にはなるものの、卓也はだんだん自身の心配が増大してきた。


 一時間ほどさ迷い疲れた卓也は、手近な所に腰を下ろした。

 どうやらあの植物の根か蔓の一部のようだが、適度な弾力があって思ったよりは座り心地がいい。



『これが、この世界の正体なんだよ』



 ふと、先程倉茂が呟いていた言葉が脳裏に蘇る。

 あの話は、結局その後続きが語られていない。


(あの話はいったい何だったんだろう?

 正体って、なんのことだ?)


 そもそも、この植物は何処から生えて来ているのか?

 何故、上の階には伸びておらずこの階だけにこんなに生えてるのか?

 地上を埋めつくそうとしている植物は、これとは別物なのか? 同じか?


 振り返れば、何が何だかわからない。

 卓也は得体の知れない恐怖を感じ、立ち上がることにした。



 カリッ



 その時、卓也の靴が何か硬い物を踏みつけた。

 明かりを照らしてみると、それは白い塊のようなもので、踏みつけられたせいかバラバラに砕けてしまったようだ。

 コンクリートの破片などでは、ない。

 もっと柔らかく、まるで何かが風化したような――


 今にも消えそうな明かりに照らし出されたそれは、初めは木片に思えた。

 植物の蔓に絡み取られて何かの一部分を、卓也が踏みつけたようだ。

 しかしその根本の方には、明らかに「袖」と思われる衣服の一部が見えている。


「ひ、ヒィッ?!」


 震える手で、卓也は懐中電灯の光を今座っていた蔓に向ける。

 見てはいけないものが、暗闇の中から浮かび上がった。


 男物の服を着た、ミイラ。

 上体を斜め下に向け、足の方を上に向けた不自然な体勢のまま、それは無数の蔓や根に巻き取られていた

.。

 だが、卓也が目を奪われたのはそこではない。

 そのミイラの服装と見た目だ。



 ボーダー模様のポロシャツ。

 銀縁メガネ。


「げ……?!」


 それは紛れもなく、先程まで話していた倉茂の特徴と一致している。


(こ、こ、こ、これって?!

 ま、ままま、まさかまさかまさか?!)


 卓也は全身に冷や汗を掻き、目をカッと見開き、ガタガタを身体を震わせる。

 もはや、疑う余地はない。

 倉茂の言いたかったことは、これだったのだ。


「じ、冗談じゃねえぞ! こんな所で死にたくねぇッ!!」


 叫び声を上げて、卓也はその場から逃げ出した。




 澪と沙貴がサンシャインシティに戻ってくると、いつの間にかあのフードを被った一団が待ち構えていた。

 手にはそれぞれ棒だのナイフのようなものだの、思い思いの凶器を携えている。

 顔は良く見えないが、殺気のこもった視線を投げかけている事は想像に難くない。


 その人数は、ざっと見ただけでも十人は固い。


 軽く舌打ちをすると、沙貴は少しだけ戸惑いのある表情を澪に向けた。


「思ってた以上にとんでもないことになっちゃったわね」


「どうすんの?! このままじゃ、また捕まっちゃうよ!」


「澪、あなただけでも逃げなさい。

 ここは、私が何とかするから」


「こんな所でカッコつけないでよ!

 あんたも逃げるのよ!」


 必死ですがる澪の手を払うと、沙貴は、目を細めて呟いた。


「私は元々、あなた達ロイエを管理する立場よ」


「そ、それが何よ?」


「管理するということは、あなたの身を守ることも仕事のうちなの」


「こんな時に、何を言い出すのよ! やめて沙貴!」


「ご主人様だけじゃなくて、あなたも大事な存在なのよ」


「沙貴……」


 澪の前にすっと右腕を伸ばすと、沙貴は表情を引き締める。

 徐々に迫ってくるフードの者達に、今にも挑みかかりそうな姿勢を作る。


 だがその瞬間、 澪の頭の上に電球が浮かび上がり、パリンと割れた。


「あ――っ!! ご主人様ぁっ!

 ご無事だったんですねぇ――っ!!」


 何を思ったか、澪は突然大きな声を上げて、フードを被った者達の方に向かって両手を振り始めた。


「え?!」


「こっちこっちー、こっちですよー、ご主人様ぁ――!!

 危ないからぁ――、向こうにぃー、逃ーげーてーくーだーさぁーい!」


「えっ?! な、澪、何を――」


 ぴょんぴょん飛び跳ねながら懸命に呼びかける澪の姿に、フードの者達は思わず後ろを振り返る。

 意味がわからずきょとんとする沙貴の肩を、澪がバンと叩いた。


「痛ったぁ!!」


「今よ、沙貴!」


「え? あ……そ、そういう事なの?!」


 フードの者達が後ろに気を取られた瞬間を突いて、沙貴は襲い掛かった。

 一番危険そうな、大きなナイフを持った相手の背中に、回転を加えた高速ドリルキックが突き刺さる。

 

「ぎゃっ!!」


 完全に不意を突かれた男は、握っていたナイフを取り落とし、顔面から床に倒れこんだ。

 その瞬間、沙貴はナイフを奪い取り、事態にようやく気付いた他の者達をけん制する。

 そこに更に、澪が飛び込んで来る。


「とりゃあぁ―――っっ!! 澪ちゃんボンバーっ!!」


 澪はそのまま肩から体当たりし、一番体格の小さそうな者に激突する。


「ぐへっ?!」


 踏まれた蛙のような声を上げ、フードの小男は昏倒した。

 しかし、澪はそのまま突っ走り、あっと言う間にフードの者達を突き抜けてしまった。


 格闘技経験がないのか、それとも全然統率が取れていないのか。

 たった二人が飛び込んで来ただけで、残り八人くらいの彼らはたじたじになってしまう。

 中には、全くダメージを食らっていないにも関わらず、沙貴に睨まれただけで武器を投げ捨て、逃走する者までいる。


「何処から持って来たのよ、こんな立派なアーミーナイフ」


 ナイフを前面に構え、距離を取りながら沙貴は澪の後を追いかけ始めた。

 

 だがその瞬間、建物の入口辺りで、何かが破裂する音が突如響いた。


 パン! パン! パパン、パン!!


 連発する軽い破裂音と、あっと言う間に広がる白い煙。

 何が起きたのかわからないが、どうやら何者かが爆竹のようなものを使ったようだ。

 その影響で、フードの者達の弱々しい統率は、更に乱れた。


「チャンス!」


 事態を把握するよりも早く、沙貴は地下へ続く階段へ急いだ。


(でも、今のは何?

 誰も、爆発物を持っていたような気配はなかったけど――)


 疑問が拭えないが、今はとにかく卓也の救出が優先。

 沙貴は、澪の足音を追うように階段を駆け下りた。








「はいはい、動かないでね」


 キュッ


「〇×△□、Δβ!!!」


「やかましい!」


 ボカッ!


「おいおい、暴力はいかんぞ」


「何言ってんだ父さん、さっきの回し蹴りは何なんだよ?」


「覚えがないねえ」


「ったく、調子いいんだからなあ」




 煙の向こうから駆け込んできた二人の影は、戸惑うフードの者達をあっという間に鎮圧してしまった。

 先程、沙貴にナイフを奪われた屈強そうな男も、影の一人の鋭い蹴りを受けて瞬時に昏倒。

 その両指をインシュロックで拘束されてしまった。


 もう一人の影も、逃げ惑う者達を次々に殴り倒し、片っ端からインシュロック拘束をしていく。

 ものの数分もしないうちに、実に七人が取り押さえられてしまった。


「いやぁ、慣れない運動はするもんじゃないねぇ。

 身体がもう悲鳴を上げてるよ。

 私も年を取ったもんだ」


「良く言うぜ、師範代までやってたくせによ」


「そりゃ向こうの世界の話じゃないか。

 それよりも、あの子達を追うんだろう?」


「そうそう。急ぐぜ父さん」


「おう、かなたちゃんが心配だもんな」 


 


 二人の影は、素早い身のこなしで沙貴と澪の後を追いかけ始めた。





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