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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
54/118

ACT-54『スゴイ人達とお近付きになっちゃいました!』



 池袋で出会った少女は、猪原いのはらかなたと名乗った。

 そして、彼女と共に居た中年男性の名前は、坂上さかがみ敏郎としろう

 二人は、澪と沙貴を誘導し、中野新橋にある、とあるマンションへと移動した。


 中野新橋は、山手通りや青梅街道からやや外れた位置にある住宅街で、新宿から方南町までのおおよそ中間辺りに位置する閑静な場所だ。

 茶色い壁のマンションの前に車を横付けすると、澪は、道路の反対側にあるコンビニに注目した。


「帰り、ここ寄ろうか」


「いいけど、突然どうしたの?」


「なんか、小腹が空いちゃって。えへへ」


「太るわよ、澪」


「ひぃ! やめてぇ!

 確かに、最近食べることが楽しみの一つになってるけど!」


「お姉ちゃん達、こっちだよ!」


「あ、は~い!」

「今行きます」


 仕方のない事とはいえ、かなたは、彼らを女性だと信じ込んでいるようだった。

 澪と沙貴は、道中の車内で、余計な誤解を招かないようにと、自分達の性別については語らないことに決めた。

 女性だと嘘をつくことも出来はするのだが、そこは嘘を禁じられているロイエ、やはり抵抗感が伴うのだ。


 

「さぁどうぞ、狭いところで恐縮ですが」


「おじちゃん、だったらもっと大きなお部屋に住めばいいのに」


「おっと、そうだったね。ははは」


 二人に案内されてマンションの部屋に入った澪と沙貴は、改めて自己紹介を行う。

 ロイエ関係の事情には触れず、もう一人の同行者と共にこの世界に紛れ込んでしまった事、それがおおよそ一年前だという事を話した。


 坂上は、沙貴の説明に目を剥いて驚き、何度も「そうですか~」と相槌を打つ。


 ただ、沙貴はいささか不思議に思った。

 経験上、自分達ロイエを見た一般人男性は、その美しさに見惚れたり、顔を赤らめたり、あからさまに饒舌になったりと、傍目にもわかるくらいに挙動不審になる傾向がある。

 にも関わらず、この坂上という男性はそういった態度を全く見せず、冷静で口調も穏やか、何より紳士的な態度を崩さない。


 その考えは、決して自画自賛から来る判断ではない。

 沙貴は、これまで多くのロイエをクライアントに紹介して来た経験があるので、そういった事がすぐにわかる。

 しかし、坂上がそれまで見て来た男性とは全く違う落ち着きを維持していることから、沙貴は、彼に対して妙な信頼感のようなものを覚え始めていた。 



「それはそれは、大変だったことでしょう。

 一年間も生活していたとなると、あらかたこの世界の流れと言いますか、決まり事のようなものは把握されているのではないですか?」


「ええ、おかげさまで。

 坂上さんは、こちらにどのくらいおられるのですか?」


「そうですね――どうやら、もう四十年以上になるようです」


「「 よ……?! 」」


 澪と沙貴は、椅子から立ち上がらん勢いで驚いた。







   ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

 ACT-54『スゴイ人達とお近付きになっちゃいました!』







 詳しく話を聞いてみると、坂上は、色々と興味深い事を教えてくれた。


 彼は、家族旅行中にこの世界に迷い込んでしまい、当初は妻と息子を含めた三人で生活をしていた。

 しかし、やがて妻がこの世界に耐えられず自死を選んでしまい、その後は息子と協力してこの世界のことを調べ、迷い込んだ人々を少しでも救おうと活動を開始したのだという。


 現在、坂上の息子は彼と別行動を取っており、単独で各地を走り回っているという。


 一方のかなたは、坂上とは全く異なる事情で迷い込んでしまった存在で、一人で泣いているところを偶然発見して保護したのだという。

 そして、それも十年前くらいの出来事だというのだ。


 澪と沙貴は、あまりにも不思議かつ想定外の話に、ただ驚くしかなかった。


「それにしても、四十年とは……」


「失礼ですけど、坂上さんは、そんなにお年を召しておられないように思えますが」


「ははは、そうでしょうね。

 実はこれは“とある方々”から話を伺って、ようやく自覚したことなんです」


「とある方々、ですか?」


「ええ、少々ややこしい話になってしまうのですが」


 坂上の話は、更に続く。

 

 今から二年半ほど前、突然、普通の世界から数名の男女がやって来た。

 彼らは、通常の世界の住人だったが、一時的にこちらの世界に来る科学技術を有しており、たまたま見つけたかなたの姿を追って、調査に来ていたのだという。


 彼らは、坂上やかなたの事情を聞いて非常に同情し、坂上達の要望をいくつか叶えてくれた。

 その為、坂上は通常の世界で自分達がどのような扱いになっているか、また何年行方不明という扱いになっているか、という情報を知っているようだった。


「お姉ちゃん、おひざ抱っこしてぇ♪」


「え、ぼ、ボク?

 うん、いいよ!」


「わぁーい、ありがとう!」


 話に退屈したのか、かなたが澪に抱っこをせがんでくる。

 澪は、自分よりも小さな子供を抱くのは初めてで戸惑ったが、ちょこんと座ったその可愛らしさに、つい頬が緩んでしまった。


「お姉ちゃんは、固くないんだね、柔らかいね♪」


「え? な、何のこと?!」


 かなたに意味不明な事を言われて、澪は思わずキョドった。

 同時に、沙貴がジト目で見つめてくる。

 否、かなたが膝に乗った感触で、ナニがアレしたわけでは決してないのだが……


「メグお姉ちゃんはね、身体がすっごく硬かったのー」


「メグお姉ちゃん?」


「うん☆ 昔遊びに来てくれたお姉ちゃんの一人だよ!

 かなたとお友達になってね、交換ノート書いてたんだよぉ!」


「そ、そうなんだ! なんか、スゴイね……」


 良く知らない人物のことを、普通に話題に出されて戸惑う。

 澪は、身体が固いってどういうことなんだろう? と、一瞬本気で考え込んだ。


「でもねー、おっぱいがすっごくおっきかったんだよ!

 こぉのくらい、あったのぉ!」


「お、おお?!」


 かなたは、両手で大きな弧を描いて、笑顔で澪に伝えようとする。

 なんだか良くわからないが、澪もつられて、自分の胸の前で両手を大きく回してみた。


(どどど、どういう人なの?

 おっぱいが大きくて、身体が固くて?

 お、女って、得体の知れない生物なのね?1)


 訳のわからない事を考える澪を横目で睨みながら、沙貴は坂上との話を続ける。


「それにしても、四十年もこの世界におられるなんて、本当にすごいと思います。

 坂上さんは、どのような方法で、自我を維持されておられるのですか?」


 沙貴は、以前出会った本井の事を思い返しながら、尋ねる。

 しかし坂上は、はにかみながら首を横に振った。


「いえ、私自身は、この世界で四十年間丸々過ごしたつもりはないんです。

 感覚的には、せいぜい十二~三年くらいじゃないでしょうか」


「それでも充分凄いと思うのですが、どういうことでしょう?」


「ええ、どうやら、この世界は通常の世界と時間の流れが異なるようでして」


 坂上は、以前ここにやって来た人達によって、それを教えられたという。

 沙貴は、その「通常世界から来た人達」という存在に、強い興味を覚えた。


「坂上さんは、その方々の力を借りて、この世界から脱出することはお考えにならなかったのですか?」


「実は、その人達はそこまでの力は持ってないようで、こちらの世界の滞在も、一度でたった一時間だけだったんです」


「そうだよ! でもお姉ちゃん達がね、かなたのパパとママを連れて来てくれたりしたんだよ!」


 横から、かなたが話題に割り込む。


「え、別な世界から? それってすごいことなんじゃない?」


「うん、すごいことだよー!

 でもねえ、もうこの世界に来れなくなっちゃったみたいで、もう逢えないのぉ」


「そ、そうなんだ……残念だね」


 かなたが寂しそうな顔をするので、澪は弱り果てた顔で沙貴を見る。

 が、彼はその視線に気付く事なく、尚も坂上との話に没頭した。


 これまでの会話で、坂上が非常に情緒の安定した人物であり、同時に、この世界における貴重な情報源だと確信した沙貴は、今後協力関係を築きたいと申し出た。


「わかりました、こちらこそ、是非お力添えをお願いしたいです」


「よろしくお願いいたします。

 坂上さんのようなお方とお会い出来て、本当に光栄です」


「よろしくお願いしまーす!」


 沙貴と澪は、交代で握手を求めた。

 女性と見まごうような姿の二人の手を握ったところで、ようやく、坂上の顔が赤くなった。



「ね~、おじちゃん、お腹すいたぁ~」


 突然かなたが唱えたその言葉で、三人は、もう一時間半以上も話に没頭していたことを思い返した。

 さすがに、そろそろ戻らなければならない時間ではある。


「あ、そうだね、はいはいちょっと待っててね。

 すみません、ちょっとこの子の夕飯を作らせてください」


 優しい笑顔で腰を上げようとする坂上に、澪は沙貴と目配せをして、声をかける。


「あの、よろしければ、お近づきの印に、ボク達にお夕飯を作らせていただけないでしょうか?」


「え? そ、そんな、お客様にそんなことを」


「お気遣いなく。私達は専門職みたいなものですので、すぐにお作りしますよ」


「わぁ~! ホント?

 ねぇねぇ、かなた、お姉ちゃん達のご飯食べてみたい~!」


「本当によろしいのですか?

 なんだか申し訳ないのですが……」


「大丈夫ですよー、こんな格好のままですみませんけど!」


「そうと決まったら、澪、力を合わせていくわよ」


「おっけ!」


 二人は、坂上の許可を得てキッチンと冷蔵庫を確認すると、腕まくりをする。

 眼が、本気だ、


「この材料なら、ハンバーグがいけるわね。

 挽肉と香味野菜の処理は任せるわ、澪」


「おっけ! 沙貴はソースとつけ合わせを頼むわね」


「了解。

 最高に美味しいハンバーグを作りましょう」


「わぁーい! わぁーい! かなた、ハンバーグ大好きぃ!」


「おおお、ありがとうございます!

 この子の大好物なんですよ!」


 坂上は、まるで我が子のようにかなたを可愛がっているようだ。

 そんな様子を実感し、彼らを喜ばせてあげたいという気持ちに支配される。


 二人は真剣な表情で、洗練された無駄のない動きを以って、瞬く間に調理を進めて行った。



 ――卓也のことは、頭からすっぽり抜けていたが。






「二人とも、何処行っちまったのかなあ……何かあったのかなあ?」


 卓也は、一足先にマンションに戻っていた。

 時刻は、もう午後八時を回っており、辺りはすっかり暗くなっている。

 二人が帰る前にと風呂掃除や寝室の準備を済ませ、空腹感に苛まれながらソファにごろんと横になる。


 あれから数時間、周辺を走り回った卓也は、複数個所に落書きを行い、新宿中央公園への誘導を促す案内を広めた。

 早速、明日の昼辺りに様子を見に行こうと思ったが、正直なところ、今すぐにでも見に行きたい衝動に駆られる。


(焦るな、ここは本来、人が居ない世界なんだ。

 そんなにすぐに、誰かが来るわきゃあないだろ)


 そう思いはするものの、いやでも、もしかしたら……という考えがしょっちゅう頭をよぎる。


 空腹感を紛らわす為、卓也は、倉茂のアパートから回収したノートを開く。

 相変わらず、読み進める程支離滅裂になっていく内容に辟易するが、それでも、何か貴重な表記がないか探し出すつもりで読みふける。


 そんな中、卓也は、以前見つけて気になった記述を読み返す。




 

   『この前聞いた二冊目のノートが いまだに見つかる気配がない』





 ここにある「二冊目のノートの話を聞いた存在」に関する表記が、何処にもない。

 改めて読んでみても、この辺りを書いている時の倉茂は非常に精神が不安定だったらしく、書き漏らしと思える部分が多岐に渡り、内容に繋がりがない。

 その為、この「二冊目のノートを教えた人物」についての記述も抜けているのだ。


(惜しいな、この情報がもし分かれば、ひょっとしたらもっと何かが掴めるかもしれないのに)


 しばらくノートを眺めていた卓也は、ふと、ある事に気付いた。


(もしかして、この人物って、あのノートを書いた本人なんじゃないのか?!

 だったら、二冊目のノートの話も聞けて当然だし……

 あ、でも、そのノートは行方不明なのか。

 あれれ、なんかこんがらがってきたぞ? 結局何がどうなってんだ?)


 登場人物のコマ自体が不揃いな為か、卓也の頭の中では、どうしてもまとまりがつかない。

 しかしてそれは、空腹感が思考を邪魔しているという事情もあるのだが。


「どうすっかなあ……はぁ、腹減った。

 早く帰って来ないかな~。

 ああ、いっそ、自分でコンビニ行ってくっかな」

  

 外から車の音が聞こえて来たのは、そんな事を考え始めた頃だった。







「遅いぞぉ、何かあったのか?

 心配したじゃないか」


 実は腹が減ってることの方が大きい、というのは、口に出さない。

 わざと怒り気味に呼びかけると、二人は物凄く恐縮した態度で頭を下げて来た。


「ごめーん! 遅くなって!

 ちょっと、凄い事が起きちゃってね」


「ご主人様、申し訳ありません!

 今から急いで準備をしますので!」


「何があったっての?」


 少々不機嫌な卓也をなだめながら、二人は急いでキッチンに向かう。

だがその途中、卓也はふと、鼻をひくひくさせた。


「君ら、途中で何か食って来た?」


「え? ううん、どうして?」


「いや、なんかデミグラスソースっぽい匂いがしたので」


「えっ、わかっちゃったの? すごい!」


「ずるいぞ、俺も食いたかったぁ!」


「違うんです、ご主人様。

 私達、調理をして来たんです」


「調理? 何処で? なんで?」


「ええ、坂上さんという方のお宅で」


「へぇ、そうなん――って、ええっ?!」


 卓也は、マンションの外にも響き渡るような大声を上げて、驚いた。



 誰も居ない世界で、初めて、まともに生きていて正常な会話が出来る人間に巡り逢えた。

 それは、卓也の空腹感すらもすっ飛ぶ程の超重大情報だ。

 沙貴と澪から詳しい話を聞いて、卓也は少し興奮気味に唱える。


「じゃあ、今度俺も、その人達に逢わせてくれよ!

 いやあ、でかしたよ二人とも! 大収穫じゃないか!」


「えへへ、それほどでも♪

 ホント、偶然の出会いだったもんね」


「ご主人様、帰りが遅くなったお仕置きは、後ほどゆっくり……♪」


「そうだな、そうしよう。

 二人とも、空っぽになるまで搾り取ってやるからな、覚悟しr……って、それよりメシ、どうしよう?」


「ああ! ゴメン!

 卓也、今日はこれで、許して、ネ?」


 申し訳なさそうに澪が差し出したのは、コンビニ弁当がぎっしり詰まったポリ袋だった。


「いいよぉ、丁度コンビニ行こうとしてたとこだったから」


「ほっ、よ、よかった……」


「後で、泣き入るまでかき回してやる」


「ヒィ♪」


「あ、ずる~い澪ばっかり!

 ご主人様ぁ、私もコンビニご飯持って行こうと提案したんですよぉ?

 私にもください~」


 そう言いながら、迷彩服を半脱ぎ状態にした沙貴が甘えてくる。

 二人をぐっと抱き締めた卓也は、鼻をスンスンさせて、ハァと溜息をついた。


「お前ら、やっぱりハンバーグ食って来ただろ」


「え」


「ギクッ」


「わかるんだぞ、匂いがしっかり染み付いてる。

 その、坂上さんってとこで食って来たなぁ~」


「あ、あうあうあう」


「す、すみません!

 その、坂上さんのお話をどうしても伺いたくて、その……」


 さっきより更に恐縮する二人に、卓也は、満面の笑みを浮かべながら呟いた。




「二人とも、今夜は気絶するまで犯してやる」




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