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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
53/118

ACT-53『あなたたちは、だぁれ?』

 卓也は、その後再び壁を沿うように走り、複数個所に同じような書き込みを行った。

 恵比寿、目黒付近まで進んでそれを行い、更には来た路を戻り、井の頭通りに食い込んだ壁にまで書き込んでいく。

 代々木公園の近くで書き込みを終えた卓也は、今度は新宿方面へ向かうことにした。


(書き込みを見た人が新宿中央公園に来て、何も手がかりがなかったらまずいもんな。

 拠点連絡先は――あそこを使わせてもらおうっと)


 山手通りを北上し、方南通りとの交差点を右折すると、そのまま直進する。

 やがて、右手前方に沢山の樹が生い茂る場所が見えてくる。

 特徴的な形の交番を右手に見ながら、卓也は、原付を歩道に乗り上げた。


 熊野神社前交差点、十二社じゅうにそう

 卓也は、公園の入り口にそのまま乗り入れ、公園敷地内を疾走した。

 

(うほ☆ 公園内をバイクで走る、この背徳感!)




 新宿中央公園・ナイアガラの滝。



 公園敷地のほぼ中央にあたる、大きな広場。

 通称「水の広場」。


 ここでは大勢の人が憩いを求めに集まり、また休日にはフリーマーケットの会場になったりもする。

 卓也は、かつて優花と一緒に暮らしていた頃、ここに良く一緒に来ていたのだ。

 ナイアガラの滝を真正面に見据え、卓也は、広場の地面にスプレーでメッセージを書き込もうと考えたのだ。

 地面、といっても舗装されているので、塗料の食いつきは悪くないと判断する。


「滝に近い方がいいよね」


 見ると、ナイアガラの滝は水が流れておらず、特徴的な形状の石積みも、全く水気がない状態のようだ。


「おお、だったら、ここに直接書き込もう!

 ……ちょっと気がひけるけどな!」


 本来であれば水が張られている場所に踏み込むと、卓也は、一番目立ちそうな中段辺りの石段の前に行く。

 そこに、また白スプレーでメッセージを書き込んだ。




 202○年○月○日、書き込み


 このメッセージを見た人は、ここにスプレーでメッセージを書き込んでください!

 必ず見に来ますので 会う約束をしましょう!


 神代卓也




 初めは自分のマンションの住所を書き込もうと思ったが、熱海の時に出会った本井のような存在が来たらまずい。

 その為、卓也はここを連絡用拠点とし、たまに様子を見に来ようと考えたのだ。

 落書きの近くにスプレー缶を置き、他の人が来ても書き込みが出来るように配慮する。


「さて、果たして誰か気付いてくれるかな?」


 一縷の望みを託し、卓也は、更に別な場所にも書き込みを行うべく、原付を発進させた。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-53『あなたたちは、だぁれ?』






 池袋方面に向かう、澪の運転するランドクルーザー。

 外苑東通りを北上し、早稲田の交差点を左折すると、新目白通りまでひたすら進み、交差点で更に北に向かう。

 明治通りをひたすら北西に向かって走っている途中、彼らの進路に変化が生じた。


「待って、澪!

 あれ、もしかして――」


 助手席の沙貴が、強張った表情で、前方を指差す。

 それを凝視した澪も、思わず目を剥いた。


「え、あれって、うわ?!」


「もう少し、近付いてみましょう」


「OK」


 二人は、視界に映った「あるもの」に接近する為、もう少し車を進ませた。



 JR池袋駅東口方面、明治通りと西池袋通りなどが交わる、変型五叉路。

 この交差点を斜めに横切るように、高さ二十メートル程の黒い壁が生えていた。


「ここも……」


「でも、待って?

 ここ、他のところより壁の高さが低くない?」


「そうね、確かに。

 向こう側の建物も見えるし」


「あ、見て! 壁のないところもある!

 まだ、完全に隔離はされてないみたいよ」


「どうする、様子を見に行く?」


「そうだね、軽く行ってみようか」


 二人は、探索目的で外出する時は、以前調達して来た迷彩柄の厚手の作業服を身にまとっている。

 そこにザックを背負うと、紺色の帽子を被り、車を降りて様子を見ることにした。


 黒い壁は、よく見るとまちまちの高さで生えており、西池袋通りはほぼ完全に埋まっているものの、明治通りの方はまだ隙間がかなりあり、中には二~三メートル程度の低い部分もある。

 壁は、数メートル幅単位で道路から生えているような状態で、そのせいか壁と壁の間に結構な隙間もある。

 

「まだ、成長途中といったところね」


「見て沙貴!

 壁の向こうも、植物ぐっちゃあ状態じゃないみたいよ」


「――本当ね。

 どうする、向こう側に行ってみる?」


「うーん、今回はパスして、またいつもの様に外周をまわってみない?」


「分かったわ、運転手さんの判断に任せるから」


 二人は、それ以上深入りはせず、一旦車に戻ることにした。

 道中、澪は、いつの間にかこういう事象にさほど驚かなくなっている自分に、ちょっとした脅威を覚えていた。


「――あれ? ねえ、澪?」


「ん、どしたの?」


 車に乗ろうとした時、突然、沙貴に呼び止められた。


「今、車の音がしなかった?」


「この車以外に?」


「ええ、エンジン音というか」


「気のせいじゃないかな、ボクは聞こえなかったけど」


「そう、ならいいんだけど」


 沙貴は、小首を傾げながら助手席に乗り込んだ。




 その後、明治通りは数百メートル程先で壁により封鎖されていることが分かり、結局二人は、池袋駅に車で辿り着くことは出来なかった。

 明治通りを戻り、東栄本町通りから池袋駅方面に向かおうとするも、これも南池袋パーク街手前で背の低い壁に遮られていた。


 だが二人は、そこで、信じられないものを目撃した。



「ねえ! あれ! 見て沙貴!!」


「え? あ――」


 澪が指差す方向を見て、沙貴は、思わず唖然とした。

 東栄本町通りとグリーン大通りが交差する四叉路、その脇の歩道に乗り上げるように、黄色い車が停車している。

 いささか彩度が高すぎ、派手な印象を受けるSV車。

 その車内で、何かが動いたのだ。


「誰か、乗ってる?」


「って、あ」


 車のリアウィンドウがゆっくりと開いていく。

 明らかに、中に人が乗っている証拠だ。

 澪と沙貴は、車を完全に停車させると、恐る恐る車から降りた。


 数メートル手前まで接近すると、突然、中からひょこっと、誰かが顔を覗かせる。


「あっ」


「わっ!」


「な……」


 顔を覗かせたのは、小さな女の子だった。

 小学生くらいだろうか、あどけない表情で、不思議そうにこちらを見つめている。


 澪と沙貴は、思わず、動きが止まった。


「え、人形?」


「じゃ、ないよね……思いっきり動いてるし」


「え、じゃあ」


「私達以外の――」




「あ~! お姉ちゃん達!」




 車の中の少女は、突然大きな声で叫んだ。

 その声に、ついビクッと反応してしまう。


「え? お、お姉ちゃん?」


「沙貴、ボク達のことでしょ!」


「あ、ああ、そうか、そうよね」


 戸惑いの笑顔で、二人は、少女に向かって小さく手を振る。

 やがて、少女は車を降り、こちらに向かって駆け寄って来た。


「すごーい! お姉ちゃん達も、この世界に迷い込んだの?」


「え? あ、う、うん」


「わぁー♪ 久しぶりに、他の人に逢えたよー!

 かなた、嬉しい!」


「かな…た、ちゃん、っていうの?」


 沙貴は、屈んで少女と目線を合わせる。


「ウン、そうだよ!

 猪原かなたっていうのー!」


「いのはら、かなた、ちゃん……かなたちゃん!」


「初めまして。

 私は、沙貴って言うの。よろしくね」


「ボクは、澪って言うの!

 かなたちゃん、カワイイね♪ いくつなの?」


「かなたねー、えーとね、いくつになったのかなぁ」


「?」


 道路の真ん中で、三人は、まるで久しぶりに出会う者同士といった雰囲気で語り合う。

 だが、澪と沙貴にとっては、卓也とアレを除けば、実に一年以上ぶりの“他人との出会い”。

 しかも、意識がはっきりしている少女だということで、なんとなくテンションが上がってしまう。


「それにしても、この世界で私達の他に生きてる人が居たなんて、素晴らしいことだわ!」


「そうだね!

 でも――ねえ、かなたちゃん?」


 澪は、嬉しそうに飛び跳ねる“かなた”という少女に、屈みながら話しかける。


「かなたちゃん、あの車に乗ってたけど、他にも誰か居るの?」


「うん、いるよー!

 おじちゃん!」


「おじちゃん?」


「うん! もうすぐ帰ってくるよ。

 ――あっ、来た!」


 かなたが、嬉しそうに反応する。

 その方向を見ると、そこには、こちらを見ながら呆然と立ち尽くす細身の中年男性が居た。


「あの、貴方達は、もしかして――」


 中年男性は、驚きの表情を浮かべたまま、少しずつこちらに近寄ってくる。

 やがて、かなたが男性の方へ走り寄って行った。


「は、初めまして!」


「初めまして。

 私共は、つい先程、こちらでかなたさんと逢ったばかりでして――」


「もしかして、アンナセイヴァーの方々ですか?」


「へ?」


「あんな……せ?」


「あ、いや失礼しました!

 もしかして、貴方達もこの世界に迷い込まれて?」


 男性の質問に、かろうじて頷きを返す。

 沙貴は、ひとまず自己紹介をと思い立ち、澪と共に名前を告げ、あともう一人同居者が居る事も伝えた。

 そして、自分達が黒い壁に隔離された場所についての調査をしていることも。

 一通りの説明を聞いた男性は、しばし唸り、かなたに目線を飛ばした。


「いえ、実は私達も同じ事を思っておりまして、池袋まで来てみたんですよ。

 そしたら、この有様で……一年前までは、なんともなかった筈なんですが」


「ふわぁ、じゃあやっぱり、突然増え始めたのかなあ?」


「あの、宜しければ、是非情報交換などさせて頂ければと思うのですが、いかがでしょう?」


 男性が、非常に理知的で尚且つ冷静な態度であること、そして小さな少女に慕われているという状況から、精神的に安定している良識のある人だと判断した沙貴は、そう申し出る。

 男性は、彼の願い出に快く頷いた。


「承知しました。

 それでは――ここでは少々アレですから、宜しければ私達の住処へいらっしゃいませんか?」


「え、宜しいのですか?」


「ええ、どうやらお二人は、大変心が落ち着いておられるようなので」


 その言葉に、沙貴と澪は顔を見合わせる。


「ありがとうございます!」


「それでは、大変恐縮ですが、お邪魔させて頂きます」


「わぁーい! お客様、お客様!

 ねーねーおじちゃん、何年ぶりだろうね、お客様って!」


「そうだねえ、あの人達以来だから、もう二年半ぶりくらい?」


「わぁ、すっごい! 本当に久しぶりなんだねー」


 二人とも、テンションが上がっているようで、ウキウキ感が伝わってくる。

 だが澪と沙貴の方は、そんな彼らの態度とは裏腹に、やや困惑していた。


『ね、ねえ沙貴、本当に大丈夫なのかなあ?』


『大丈夫だとは思うけど――ひとまず、お話を伺うだけ伺いましょう。

 随分長くこの世界にいらっしゃるみたいだし、貴重な情報をお持ちかと思うわ』


『う、うん、そうだね、そうしようか』


 やはり、熱海で出会った本井の件があり、素直に喜ぶ事が出来ない。

 警戒心を抱いたまま、澪と沙貴は、男の運転する車に付いていくことになった。





「ところで、アンナセイヴァーって、何?」


「知らないわ……初めて聞いた」


 今来た路を戻るように進みながら、二人は、車中でそんな会話を交わしていた。











 一方、新宿中央公園・ナイアガラの滝。


 そこに、一人の男が佇んでいた。

 男は、ナイアガラの滝が本来流れる筈の岩にスプレーで書かれたメッセージを読み、軽く舌打ちした。



「また、これか……」



 男は、何処から持って来たのか、三脚とカメラのようなものを組み上げ、それを目立たない所に置くと、水の広場が写るように位置を調整する。


「……」


 バッテリーをチェックし、カメラを起動させると、男はその場から立ち去り、公園通り沿いに停めた車に乗ると、北に向かって走り出した。





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