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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
52/124

ACT-52『あの人と、同じことをしてみよう!』


「ってことは、だ。

 この写真――いったい、誰が撮ったんだ?」



 銀縁メガネで、ボーダー模様のポロシャツを着ている二十代後半から三十代前半くらいの男性。

 オンボロアパートの住人で落書きの主と思われる、恐らくは倉茂くらもの写真。

 彼の背後にある車が、三人の駆るランドクルーザーと似た色合いであることに、卓也は大いに疑問を抱いていた。


 だが、


「セルフタイマーじゃないの?」


 表情を変えることなく、澪は、ばっさりと切り捨てた。


「へ?」


「だから、セルフタイマー。

 自動でシャッター切るカメラの機能よ」


「あ、ああ! そうか、それがあったか!」


「知らなかったってわけじゃないよね、卓也?」


「うう、忘れてた……」


「何の不思議もない話でしたね」


「うう……でも、なんか引っかかるんだけどなあ」


「考えすぎでしょ!

 でも、なんでこの人、わざわざ写真なんか撮ったのかなあ?」


「どういうこと? 澪」


「だってさ? 人が居ないわけでしょ、この世界って。

 だったら、自分の写真を残しておく必要なんかないじゃない?

 だーれも見ないんだし」


「だから、俺達みたいな、この世界に紛れ込んだ人達に向けて――」


「だったら、そういう人達と直接会うようにすればいいだけじゃないかな?

 他にも大勢人が居るんならともかく、そうでないなら、わざわざ残しておく必要なんかないわよね」


「い、言われてみれば」


「あと考えられるのは……ナルシスト的な?」


「でも、ボク達みたいな綺麗な存在ならともかく、こんな不健康そうで元気もなさそうな人が、そんな事するかなあ?」


「澪、言いすぎ!」 


「ぶー、ロイエはね、自分達の美しさに自信と誇りを持ってるのよ?」


「そりゃあわかるけどさぁ。

 もうちょっとこう、謙虚にな」


「はーい」


「どうあれ、この写真とノートには、この人なりの思惑があることは確かでしょう。

 ――さぁ、ご主人様。

 今日はここにバイクを置いて、一緒に車で帰りませんか?

 明日、またここへ送りますから」


「あー……いや、いいよ。

 原付で後を付いてくから、二台で帰ろう」


「わかりました」


 そう言いながら、沙貴は運転席に座った。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

   ACT-52『あの人と、同じことをしてみよう!』






 三人はマンションに戻り、少し遅い昼食を摂ることにした。

 今日は、澪がボロネーゼのパスタを作ってくれた。

 沢山の合挽き肉と、みじん切りにされた野菜、赤ワインの味と香りが嬉しい一皿で、卓也は大盛で戴いたにも関わらず、あっという間に平らげてしまった。


「――ふぅ、ごちそうさま」


「って、早っ」


「ご主人様? もう少しゆっくり召し上がられた方が」


「ああ、いいっていいって!

 第一、君達の作る食事はどれも美味過ぎて、どうしても一気に食べちゃうんだよね」


「それは嬉しいけど、卓也、将来のことも考えてね?

 将来はボクが介護してあげるけど、身体は出来るだけ長い間健康でいなくちゃ」


 真顔で説教する澪と、思わずキョトンとする卓也。

 そのやりとりに、沙貴は思わず吹き出しそうになった。


「いきなり何十年後の話だ?!」


「ボクは真面目に話してるんだけどなー」


「えっと、それよりだ!

 ――渋谷だっけ? また、あの壁があったってのは。

 それ、マジなのか?」


「ええ、マジです」


「写真も撮ってきたんだよ」


 澪が、沙貴にスマホの画像を見せるように促す。

 卓也は、山手通りや井の頭通りにまたがる巨大な黒い壁を見て、目を剥いた。


「やっぱ、秋葉原のものと、全く同じ感じだね」


「そう思いますが、今回は隔離規模が桁違いです」


 沙貴は、食事前に話したことを補足するつもりで、隔離範囲について詳しく報告する。

 PC画面でマップを広げながら、卓也は指で隔離されているエリアをなぞってみた。


「なんだよこれ! うちのすぐ傍まで来てるじゃん!」


「そうなのよ!

 しかも、この前まで普通に車で行けたところが、隔離範囲に含まれてるの」


「それって、めっちゃヤバいってことじゃん?」


「ですね。

 ですから、ご主人様。

 出来るだけ早急に、違う場所に拠点を移すか、或いは――」


「或いは?」


 おかしな所で言葉を止めた沙貴は、ふぅ、と一旦息を吐いた。


「――もう一度、この世界からの脱出を試みることです」


「うぐ」


 卓也は、思わず身を引いた。

 あまりに久しぶりな話題なので、幾分懐かしい想いに駆られる。


「でもさ、俺、前に二日酔いになるくらいまで飲んだのにダメだったじゃん?

 やっぱり、俺には元々そんな能力ないんじゃないのかな」


「ボクは二回確認してるけど、その時どっちも、卓也は酔っ払ってぐっすり寝てたんだよね」


 澪が小首を傾げながら応える。

 沙貴も、顎に指を当てて考える。


「もしかしたら、酔っ払っている上に更にもう一つか二つ、ご主人様が何かの条件を満たしていないといけないのかもしれないですね」


「うえぇ、なんかすげーめんどうくせぇ!」


「そうは仰いますが、いずれそれを発見しないと、このまま永久にここから脱出出来ませんよ?」


「うう、そうだよなあ」


 元々、卓也は酒に強い方ではなく、ビール一本も空ければ充分酔っ払って寝てしまえるという程度だ。 

 しかも弱い自覚があるので、やはりどうしても気後れしてしまう。

 とはいえ、二人の言う通り、いずれはやらねばならないことではある。

 それくらいは自覚していた。


「そうだな、じゃあ近々、もう一回試してみようか」


「近々? 今夜やれば?」


「ああ、実はまだ、この世界でやりたいことがあって」


「やりたいこと、ですか?」


「あの落――」


 そう言い掛けて、言葉を止める。

 卓也は、あの落書きの主と逢いたいと思うようになっていた。

 うまく行ければ、共にこの世界を脱出しようとも。

 しかし、落書きの主に対して警戒心を持っている二人には、今は言わない方がいいだろうとも考えた。


「な、なんでもない。

 ともかく、もう少し時間をくれないか」


「うん、そりゃあ、卓也がそう言うなら、ボクらは従うしかないけど」


「どうか、無茶なことはなさらないでくださいね」


「うん、わかってる。

 二人ともありがとうな」


 心配そうに見つめてくる、美女――のような美少年達。

 そんな彼らを見ているうちに、卓也の内にこもっている何かが、鎌首をもたげた。


「そういえばさ、今まで思いつかなかったんだけどさ」


「ん、何?」


「なんで俺、君らにアレをやってもらおうって思わなかったんだろうと」


「アレ、ですか? なんでしょう?」


「まず、二人には全裸になってもらって」


「……」


「その上からエプロンをだね」


「は、裸エプロンっていう奴ですか?!」


「そうそう、さぞ壮観な眺めだろうって思ってさ」


「えええ……もしかして、それ、やるの?」


「やって♪」


「わ、私は勿論、ご命令に従いますが、エプロンの調達はどうしましょう?

 あれって、身体の前面を覆うタイプが必要ですよね?」


「例の地味OLの部屋にないかな」


 ニマニマしながら、卓也は嬉しそうに二人を見つめる。

 だが、いつもならノリノリで応じる二人は、何故か今回は不満そうだ。


「あ、あのね、卓也?

 そういうカッコさせるってことは、当然、そのまま調理もするってことよね?」


「うん、そうだけど」


「そうすると、調理中にお湯や油の跳ね返りとか、肌に付きやすくなっちゃうから」


「あ」


「そうですね、火傷やシミになっちゃうと、良くないですし」


「あああ、そうか、アレはそういうリスクも払わなきゃならないのか」


 ショボーン……とうなだれる卓也を見て、二人のロイエは困惑顔を見合わせる。


「あ、で、でも、今日のお夕飯を火を使わないものにすれば大丈夫ですよ」


「あ、そうそう! それとか、火を使う調理が終わった後に着替えるとかね!」


「澪、それいいアイデアじゃない?」


「うひひ、どうかな、卓也?」


 顔を覗き込むように、澪がしゃがむ。

 卓也は――ニンマリ笑っていた。


「それだ! それでいこう! もうそれしかない!」


「わっ☆ び、びっくりしたぁ!」


 急に顔を上げる卓也に、澪が思わずのけぞる。

 そんな二人のやりとりを見つめながら、沙貴はクスクスと微笑む。


「じゃあ、お給仕の直前に着替えますね。

 うふふ、でも、なんだかちょっと恥ずかしいですね」


「卓也にイタズラされちゃいそう♪」


「いやするけどね、当然」


「まぁ♪」


 卓也は、ちょっとシチュエーションが古過ぎたかな? と少し反省したものの、以前から興味のあったネタではあったので、なんだかんだで期待値が上がる。

 もはや彼にとって、裸エプロンをやってくれる存在の性別は、大きな問題ではなくなってしまっていた。






 その日の晩。

 二人の美少年裸エプロンによる給仕と、その後の色々なアレコレを経て、彼らをすっかり満足させた卓也は、一人でベランダに出て外を眺めていた。

 ほぼ真の闇に等しい地上と、それと反比例するように広がる美しい夜空。

 東京のど真ん中では、本来見る事の出来ない不思議な光景に、卓也は思わず見惚れていた。


(でも、こんな世界なのに、俺達以外にも生きてる人がきっと居るんだろうな。

 どうすれば、そんな人達と合流出来るのかな。

 ――熱海のアレみたいなのは、ゴメンだけど)


 ふと、卓也は思った。

 倉茂のような人間や、ノートの主のような存在が居るのであれば、“迷い人”同士によるコミュニティを形成しようと考える人がいても、おかしくはないのではないか。

 そして、仮にそういうものが形成されているのだとしたら、そのコミュニティは参加者を増やそうと考え、情報を広めようとするのではないか。


 だがしかし、今のところ、そのような形跡は何処にも見られない。

 あえて云うなら、倉茂が、他者との繋がりを求めて最も活動していた存在のように見受けられる。


(であれば、今、落書きの主は何処にいるんだろうな?

 もしかして、もう東京から遠く離れた場所に行ってしまったのかな?)


 微妙な違和感を、覚える。

 卓也の心の中で、これまでずっと引っかかっていたものが、以前よりは輪郭がはっきりしてきたような気がする。

 だがそれにつれて、この世界に包含された“おかしな点”も明確化していく……ような気がしていく。

 とはいえ、今の卓也には、それがいったい何であり、またそれが自分達にどれ程の影響を及ぼすものなのかが、全く見えない。

 卓也の胸中でずっと消えないもやもやは、そこにある。


(なんだろうなあ、この、あとちょっとでわかりそうなのにわからないモヤッと感。

 すっごく気持ち悪いんだよなあ)


 卓也は、一年前とは違う感覚で、この世界に対する執着心が生まれていた。


「さて、俺も寝るか……ん?」


 ベランダから戻り、窓を閉めようとした時、ふと、ある事を思い出す。

 

(そうだ、何日か前に、こんな感じでベランダに出ていた時、車の音を聞いたんだ。

 結局あれは、誰が運転しているものだったんだろう?

 つか、運転してた奴、何処にいるんだ? 何者なんだ?)


 卓也は、窓を閉めようとする手を止めて、しばし考える。


(そうか。

 誰もやってないんなら、俺が実践すればいいのか)


 そう心の中で呟くと、卓也は、全裸で眠る少年達の待つ寝床に戻り、明日の行動について再考することにした。





 翌朝、いつものように起床した三人は、寝汗をシャワーで流すと、早々に朝食にとりかかる。

 さすがに、今朝はもう裸エプロンではない。

 エプロンは、夕べのナニアレで洗濯され、ベランダで干されているからなのだが。


「しかしこの、スープご飯は本当に美味いな! なんか元気出る!」


「喜んでいただけて光栄です、ご主人様。

 これ、私が一人暮らししていた時の時短メニューなんですけど、色々改良しました」


「野菜もたっぷりだし、ベーコンと卵もあって栄養満点だね!

 沙貴、今度レシピ教えてよ」


「いいわよ。

 でも、教えるほどのレシピでもないんだけど」


「いいじゃない!

 代わりに、すごく簡単に作れるバナナケーキのレシピを教えちゃうから」


「あら、それすごく興味ある!

 教えて教えて、澪!」


「いいなあ、なんか、すごくしわわせな朝だなあ」


 朝食をゆっくり摂りながら、卓也は、三人で繰り広げる日常的な幸福感に酔いしれていた。


「卓也、どうしたの? ニヤニヤして」


「あ、いや、なんでもないよ。

 それより、今日の行動目的なんだけど」


 予定の相談を切り出すと、沙貴が真っ先に表情を引き締める。


「私達は、本日は池袋方面に向かってみようと思います。

 渋谷とは反対側の方がどうなっているのか、よく確認して参ります」


「卓也は、やっぱり今日も別行動?

 たまには三人で一緒に行こうよ~」


「ああ、それもいいんだけど、俺は俺でちょっとやりたいことがあってね」


「そうなの?」


「ああ、ちょっとね。

 大丈夫、危険なところには全く行く予定ないし」


「承知しました。

 でも、充分気をつけてくださいね?」


「ああ、君たちも」


「なんかこう、出勤するような雰囲気になって来たよね、最近。

 共働き? みたいな」


「あはは、言いえて妙」


 澪の言う通り、いつの間にか日課のようになった探索調査。

 だが、今日の卓也の行動目的は、これまでとは違っていた。





 以前、中野坂上付近を通過中、偶然見かけたバイク屋。

 そこは何故かガレージが開けられたままになっており、中の様子が丸見えだったのを覚えていたのだ。

 卓也は迷うことなくそこに向かうと、無人のガレージに入り込む。

 修理中のまま放置されているスーパーカブの横を通り抜け、家捜しする。

 しばらく後、卓也は、数本の「スプレー缶」を見つけた。


「これ、使えるかな?」

 

 卓也が見つけたのは、アクリルウレタン塗料のスプレー缶だ。

 使用中と思しきものはべたべたに汚れているので敬遠し、ストックと思われる新品を拝借することにした。

 ひとまずは、黒と白を持ち出すことにする。


「さて、次は……と」


 卓也は、まずは山手通りを南下し、渋谷方面を目指すことにした。


 数十分後、卓也の原付は、例の巨大な壁がある場所まで辿り着いた。


「うっへぇ! 間近で見ると、やっぱり迫力が違うなあ」


 原付を降りると、卓也は道路を横切り、渋谷を隔離する黒い壁に接近した。

 恐る恐る手を触れてみるが、単なる鋼板のようであり、拳で軽く叩いても全く反響すらしない。

 かなり密度が高いようで、人が叩いた程度では何の変化も与えられないようだ。

 表面は、若干シボがかかっているような感じでざらざらする。


(よし、これなら行けるかもな)


 卓也は、再び原付にまたがると、壁に沿って移動を開始する。

 富ヶ谷交差点までやって来ると、卓也は、交差点を北南に遮る壁の前まで歩み寄る。


「ここなら、目立ちそうだな……やるか」


 シャカシャカと、白のスプレー缶を振ると、卓也は、黒い壁に向かって噴きつけてみた。

 白の塗料は、垂れることなく黒い壁に見事に降りかかった。

 どうやら、定着も容易そうだ。


「いけるな!

 よぉし、じゃあ、行くぞ!」


 卓也は、腕を大きく振り回し、壁にスプレーで何かを書き込んでいく。

 この交差点は歩道橋に取り囲まれているという特徴的なもので、黒い壁は、東側の歩道橋のすぐ後ろに張り巡らされて路を遮断している。

 その歩道橋の下、端から端まででっかく書いた文字は――




 この世界に来た人!

 

 新宿中央公園のナイアガラの滝に来てください! 助け合いましょう! そこにもメッセージを書いておきます!


 神代卓也



「よし、こんなもんかな」


 慣れないせいか、まだちょっと字が小さい気もするが、気にしないことにした。





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