ACT-51『謎が謎呼ぶオンボロアパート』
ゴクリ、と唾を呑み込むと、卓也は、覚悟を決めて201号室のドアを開けてみることにした。
キィ……と軽い音を立て、ドアはあっさりと開いてしまった。
「お邪魔しまーす」
誰に言うとでもなく、つい言葉に出す。
やはり、中から住人の声が返って来ることはなかった。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-51『謎が謎呼ぶオンボロアパート』
野方六丁目のボロアパート。
その二階奥・201号室には鍵はかかっておらず、卓也は普通に中に入れてしまった。
玄関は物凄く狭く、三足の靴が置けるかどうかという程度の狭いコンクリート打ち出しの床。
その横には数十センチの高さの木製の下駄箱があり、少し高くなっえいる床はフローリング。
かと思ったが、それは三畳程度の広さのキッチンだけであり、奥の居間は、どうやら和室のようだ。
謎のダンボールが幾つも積み重ねられ、ただでさえ狭い玄関を更に圧迫している。
しかも、その上に冷蔵庫や食器棚などが置かれており、入室するのが躊躇われるほどだ。
卓也は、そこまで来て初めて、室内の明かりが点けっ放しになっていることに気付いた。
(熱海のアパートと同じだ。
――もしかして、また何か、罠が仕掛けられているとか?)
一瞬警戒するも、よくよく見ると、玄関周辺の元来の薄暗さ、そして古雑誌の束や謎の箱が玄関横の窓を塞ぎ、完全な遮光状態になっている。
これでは、外からこの部屋の光を見つけ出すのは、至難の業だろう。
(じゃあ、何のために電気を点けっ放しに?)
よくよく見ると、玄関の反対側の壁にも、小さいながら窓がある。
もしかしたら、ここから室内の明かりが僅かに漏れるのかもしれない。
玄関に佇んだまま、卓也は推理する。
数分の熟考の後、彼は、こんな仮説を立てた。
(もしかしたら、自分の為に点けてたのかもしれないな。
夜に帰宅するなんてことになったら、明かりがないと真っ暗で何処が家か分からなくなりそうだもんな)
思い返せば、自分達はまだ明るいうちに、周囲が開けているマンションに帰り、最初に帰宅した者が明かりを点けて待っているし、マンションのラウンジや通路、エレベーターホールの電気も点けている。
無意味に腕組みをしてウンウン頷くと、卓也は、深呼吸して室内に入り込むことにした。
丁寧に靴を脱ぎ、上がり込む。
「うっわ……これ、絶対に一人暮らしぃ!」
狭いキッチンを数歩で跨ぎ、和室に入り込んだ瞬間、思わず声に出してしまう。
そこは――もう、若い男性が一人で生活している痕跡が、生々しく残留していた。
この光景を見た百人中の二百人が、絶対に独身男性の居住だと言い当てる。
そのくらいのレベルだった。
部屋は、恐らく六畳。
床は畳み張りだが、それもかろうじて和室の入り口の足元を見て判別出来る程度で、それ以外は――
「週刊誌に……いや、これ、もしかして全部同人誌か?
うわぁ、単行本も、雑誌も、みんな平積みになってる」
この部屋には、大量の本がある。
その冊数は、ざっと見ただけでも数百は下らず、もしも部屋の奥の方にある謎の空間も占有しているとしたら、四桁に及んでいても不思議ではない。
が、しかし。
この部屋には、「本棚」らしきものが、一つもない。
あらゆる種類の本は、横置きにされ部、屋の至るところに積まれている。
中には湿気で歪んでいるもの、積み方が適当過ぎて明らかに歪んでしまっているものもあり、表紙がめくれ上がった状態で上に数十冊詰まれたものまである。
相当な適当人間のようで、所謂「物を片付けることが出来ない人間」の典型だ。
かろうじて、安っぽいワードローブと積み重ねられる収納ケースががあり、そこに衣服はしまわれているようだが、良く見るとそれら以外に収納関連の家具はなさそうだ。
部屋には、何年前から敷きっ放しなのか不明な布団を載せたベッドがあり、反対側には何処から拾ってきたのかというような、数十年前のオフィスデスクとチェアのセットがある。
無論、ベッドの下の空間や机の周囲も本で占められており、移動出来るスペースは殆どない。
良く見ると、本は全て、その辺りの界隈の人々が好きそうなジャンルで占められており、中にはコスプレイヤーの同人写真集まであるようだ。
机の端には、古いミドルタワー型のPCまであり、その周りには例のCD-ROMやDVDらしきものが散らばっている。
"例の地味OLレイヤー"の写真集も、ご丁寧にその中に紛れていた。
(結構……初期の頃のだな、コレ)
何故か分かってしまった卓也は、ハッと我に返って頭を振った。
(ここが落書きの主の本拠地だとしたら。
彼は、なんでこんな所を根城にしたんだろう?
――もしかして、現実世界でも、この場所に住んでいたとか?)
卓也は、まだ見ぬ落書きの主について、想像を巡らせる。
彼が、どのような経緯でこの無人の世界に紛れ込んだのかは、わからない。
しかし、こっちの世界でも自分の住処を拠点としようと考えるのは、ごく自然のことかもしれない。
拠点ごとこの世界に来てしまった卓也にはいささか共感出来ないことではあるが、もし自分が彼と全く同じ境遇だったら、自分もあのマンションへ戻り、そこで暮らすことを選ぶだろう。
ふと、そんな事を思った。
(そうだなあ……俺には同行者が居るし、優秀なあの子らが必死でサポートしてくれるから、今は普通でいられるけど。
たった一人で、誰にも頼れなくて、ずっと孤独で過ごすなら――つらいだろうな)
落書きの主が、どんな気持ちで自分の思いを書き綴ってきたか。
どれほど、自分の存在に気付いてもらいたかったか。
元の世界には、家族や友人も居たかもしれないのに、それらと二度と逢えないという苦しみはいかばかりか。
そんな事を想像していたら、何故か、急に同情心が湧いて来た。
ほんのりと、目頭が熱くなる。
(ずっとここにこもって、一人で堪えて来たのかな。
さぞ、辛かっただろうな)
もし、彼が何処かで元気でいるのなら。
逢ってみたい、話してみたい。
そんな思いが、少しずつ卓也の心の中に芽生え始めていた。
「――っとぉ、待てよ。
それどころじゃないな」
感傷的になりかけたが、ここに来た目的を果たさなければならない。
落書きの主が、わざわざここの住所を書いたということは、きっとここに何かがある筈なのだ。
卓也は、出来る限り「お宝の山」を崩さないように注意を払いながら、まずは机周辺から入念に調べる事にした。
(……この引き出しから、行くか)
少々がたつきのある、明らかに昭和の時代のデスク。
スチール製の重たい引き出しを引いてみると、中から一冊のノートが出て来た。
それは少々膨らみを帯びており、手を加えられていることが傍目からもわかる。
(おっ、おっ? もしかして、いきなりビンゴ?!)
卓也は、椅子に座り脚を組むと、早速ノートを開いてみることにした。
澪の運転するランドクルーザーは、その後進路を西に向け、山手通りと南に向けて走り続けた。
しかし、走る路は対向車線側――つまり、逆走である。
決して、澪が運転を誤ったわけではない。
本来走るべき側の路が、黒い壁に侵食されていて、まともに走行出来ない為だ。
「今回は、秋葉原のよりも規模が大きいわ!」
「こ、このままだと、恵比寿まで行っちゃうよ?!」
澪の言う通り、山手通りの片側にまでせり出した黒い壁は、なんと目黒の辺りまで続いており、目黒通りでようやく折れ曲がっていた。
そこから更に桜田通りまで続き、壁は北に向かい更に折れ曲がる。
最終的には、永田町辺りまで壁は続き、六本木や赤坂、青山一丁目なども、黒い壁に覆われているようだった。
「何よこれ、四ツ谷の目と鼻の先まで来ているじゃない」
沙貴の呟きに、澪も無言で頷く。
「あのさ、確か何ヶ月か前に、この辺り一度走ってるよね?」
「そういえば、そうだったわ」
「その時、こんな黒い壁、なかったよ?」
「――そうよね。
という事は、この壁は――」
「いつ、何処に現われるのか、わかったもんじゃないってことかも」
「……まずいわ。
もしかしたら、四ツ谷にあるうちのマンションも、安全とはいえないかも」
「どどど、どうしよう、沙貴ぃ!
別なところを探す?!」
「そう、ね。
あのノートの記述とは違う、人の居ないところを選ぶべきかしら」
顎に指を当て、沙貴はしばし熟考する。
しかし、すぐに顔を上げた。
「考えてみたら、東京なんて、どこに居ても人が大勢じゃない」
「そうか、そうだったー!」
「となると、いよいよ東京から離れることも検討しなくちゃならないのね」
「東北とか行って、みんなで畑耕して暮らす?」
「何言ってるのよ、さすがのロイエでも、農業までは――」
そこまで呟いて、沙貴は、突然言葉を止める。
そして車の窓から外を見回し始めた。
「ちょっと、どうしたのよ沙貴?」
「迂闊だったわ、今まで全然気付かなかった」
「え? 何?」
「この世界、生き物がいない世界だったわよね?」
「そうよ? それが?」
「だけど、良く考えたら、例外があったのよ。
今まで、ずっと見逃していたけど」
「それって、この世界に紛れ込んだ人達のことじゃなくて?」
「そういうことじゃないわ。
居るのよ、例外的に、この世界で元々生きている生物が」
「ええ?!
ちょ、それって、何?」
意味深な謎かけに戸惑う澪に、沙貴は、窓の外を指差す。
「今も、私達の視界に入っているわ」
「な、何よそれ?!
視界って、道路と、建物と、街路樹と――って、あっ」
ようやく、澪も気付いたようだ。
あまりに当然の光景に、今まで完全に見落としていた"疑問"に。
「そうかあ! 植物!
そうだよね、植物も生き物だもんね!」
「ご名答よ」
「ででで、でも、それがどうしたの?
何かあるわけじゃないし、別に問題ないんじゃ」
「秋葉原の状況、覚えてる?
街が何に覆われていたのかって」
「え? それは植物が――あああっ!!!」
思わず澪は、叫びながら急ブレーキを踏んでしまった。
二人の身体が、大きく揺れる。
「澪! 危ないじゃない!」
「ご、ごめん!
でも、それって……な、何か、関係あるのかな? かな?」
「わからないけど、無関係じゃないのかもしれないわ」
「でもさぁ、植物が何か悪さをしてたとしても、あの黒い壁は別よね?
ああ、なんだか、訳がわからなくなって来たよぉ~」
「私もよ。
何がなんだか、って奴よ」
道路の真ん中で車を停めたまま、二人は、少し呆けた表情でうなだれる。
というより、あまりに唐突に起きる出来事に、思考が追いつけてないというべきだろうか。
「とにかく、ある日突然、あの黒い壁が街を隔離する。
隔離された後は、その中で植物が繁茂して、情報の更新が止まってゴーストタウンになる。
――そう考えておいた方が、いいのかしら」
「結論を出すためには、渋谷に潜入調査しなきゃならないかも、だけどね」
「そこまでやる義理はないわね」
色々相談した結果、二人は渋谷方面を諦め、反対方向に活路を見出すことにした。
「ねえ、どうする? 澪。
こっち方面に行くと、豊島区へ行けるわよ」
「豊島区? ああ~、そういえば」
澪は、先日の卓也の会話を、思い出した。
『そうだなあ、以前よく池袋とか行ってたし、豊島区とかいいかもね』
「行ってみようか、豊島区!
ええと……池袋まで、道案内お願い出来る?」
「大丈夫よ、任せて」
今日は生きるカーナビと化している沙貴は、軽い笑顔で頷く。
とはいえ、二人の胸中は不安で渦巻いていた。
「それとも、一旦中野方面に寄って、報告がてらご主人様と合流する?」
沙貴は、スマホで撮影された中野ブロードウェイビルの住所の写真を開きながら、尋ねる。
真剣な表情で前を向きながらハンドルを握る澪は、そのままこくりと頷いた。
「これ、さすがにヤバくねぇか……?」
落書きの主に対する、同情の気持ち。
それが、みるみる引いて行くのを、卓也は実感していた。
引き出しから出て来たノートは、残念ながら「二冊目のノート」ではなかった。
これはいわば、落書きの主が自主制作した"別バージョンの無人世界レクチャー本"だ。
当然、執筆は落書きの主。
しかし、その内容は、卓也の予想を超えるものだった。
色々な意味で――
ノートの冒頭は、落書きの主――倉茂の自己紹介的な内容から始まった。
彼はやはり、このアパートに元々住んでいた人間のようで、ノート内にもここの住所がしっかりと書かれていた。
彼はある日、アルバイトからの帰り道にこの世界へ飛ばされたようで、自宅に戻り、翌朝になるまで異常に気付かなかったのだという。
最初の二ヶ月は、彼なりにこの世界の状況を調べ、他に人がいないか捜し回っていたようだが、その頃から「誰かに存在を悟ってもらえるように」と、落書きを始めたそうだ。
倉茂は、無人の世界であることを利用し、車を駆って都内を移動したり、他の府県に赴いたりしたが、とうとう人と出会うことはなかった。
追い詰められ始めた彼は、そんな中、偶然にも先駆者が残したと思しき「ノート」を発見。
自分以外にもここへやって来た者が居るという確証を得た倉茂は、ノートの内容を何度も読み返し、コピーまで取って持ち歩くなどしていたようだ。
恐らく、今卓也が持っているノートも、その影響により書き始めたものなのだろう。
……その大半が、自分語りの日記帳のようになっているのは、滑稽だが。
しかし、中盤に差し掛かるにつれ、気になる記述が目立ち始める。
倉茂は、いつしか先駆者の残したノートを崇拝のレベルで重用するようになり、何か疑問にぶつかるとノート、問題を発見するとノート、というように、あらゆる事柄をノートの記述に結び付けて考えるようになっていく。
それどころか、ノートに記載のない内容についても、無理矢理こじつけてまで関連性を持たせ、それを讃える程だ。
事実、このノートの中でも、先駆者のノートを「神懸り的な完成度」「作者はマジで神」などと過剰なまでに持ち上げまくっており、いったい誰に向けるべき内容なのかを完全に見失っている。
卓也がドン退きしたのは、その辺りからだった。
倉茂は、様々な情報を得て探索・捜索活動を行ったものの、結局誰にも会えず、そのせいか明らかに人格崩壊を起こし始めたようだ。
極端に文字数や漢字表記が減り、異常な言動も目立ち出す。
遂には脳内で同居人を生み出し、こんな絶対に二人も住めないような部屋で、同居生活をしているかのような夢想物語をしたため始めている。
さすがに痛々しくて、卓也はその辺りを読み飛ばし、ノートの最後の方だけに目を通すことにした。
「あれっ?」
不思議な事に、ノートの終盤は、最初の頃のような正常な表記に戻っていた。
文体も漢字の割合も元に戻り、何より"存在しない同居人"の記述が消滅している。
いったい何があったのかと思ったが、あの痛々しい部分を見たくないせいか、遡ることが躊躇われる。
そんな中、卓也は、とある気になる記述を発見した。
「これ、どういう意味だ?」
思わず、呟いてしまう。
『この前聞いた二冊目のノートが いまだに見つかる気配がない』
"聞いた"?
ここで唐突に、倉茂は誰かとの会話があったことを表記している。
最初は例の"存在しない同居人"のことかと思ったが、この辺りは何故か思考が正常に戻ってからのようで、周囲にそれと思しき書き込みも見当たらない。
だからこそ、あまりに唐突に出て来た表現なのだ。
(この辺、よくよく見ると、飛ばし飛ばしで書いてるみたいであんまり内容が繋がってないな。
ってことは、読み切れない行間が膨大って感じか?)
疑問は拭えないものの、倉茂は「二冊目のノート」が存在する情報を何かから得ていたようで、それを探そうとし始めたようだ。
そこで、ノートが終了している。
(なんだろう、途中から、一冊目のノートの話が急に出てこなくなったな。
それに連れて、コイツも頭が正常に戻ってるような感じだな。
……何かあるのかな)
卓也は、このノートを持ち帰ろうと、椅子から立ち上がる。
だがその時、ノートから、何かがハラリと舞い落ちた。
「あれ? これなんd――」
コンコン
その時、突然ドアをノックする音が聞こえ、卓也は飛び上がる程に驚いた。
「んなっ?!」
『たくやー、いるー?』
『ご主人様、おられますかー?』
続けて聞こえて来たのは、聞き慣れた女の子の――ではなく、ロイエの二人の声だ。
声も出せない程に驚いた卓也は、胸を押さえながら、玄関に向かう。
「いるよ~。
つか君ら、脅かすなよ! びっくりしたじゃないか!」
「えっへへ♪
卓也の調査の方、どうなっているかなーtt」
澪の言葉が止まり、その後ろに立つ沙貴も、顔が強張っている。
その視線が、この窮屈なキッチンに向けられているだろうことは、明白だ。
「ななな、何この、ナニ?!」
「ご、ご主人様、今までこんな所に、お一人で?」
あまりの室内のアレさに、ロイエ二人は腰が引けている。
どうやら中に入る気はないようで、目線で「早よ出て来い」と伝えている。
卓也は、ぼりぼり後ろ頭を掻きながら、一旦外に出ることにした。
「果てしなく、廃墟に近い物件ですねえ」
「ああ、俺も驚いた。
でも、来た甲斐はあったと思うよ」
そう言いながら取り出すノートに、澪達の視線が集中する。
「え! これってまさか?!」
「いや、これはこの住人が書いたものなんだが、興味深いことが」
「それより、その写真は?」
徐に、沙貴が卓也のもう一方の手を指差す。
それは、さっきノートから落ちたものだ。
卓也自身は気付かなかったが、確かにそれは一枚の写真だった。
これが倉茂なのだろうか?
体型は細く……というより少々虚弱体質にも見える程で、顔も痩せこけており、銀縁のメガネをかけ、ボーダー模様のポロシャツを着ている男性だ。
年の頃合は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。
その写真は、車を背景にピースサインをしている倉茂らしき男性を撮ったもので、お世辞にも、あまり楽しげには見えない。
いったい何のために残していた写真なのか、何故ノートに挟んでいたのか、意図がわからない。
「ひ、ひとまず、持って行こうと思って」
「わかった。
ねえ卓也、こっちも大変な報告があるの」
「宜しければ、いったん車に戻ってお話を」
「え? あ、うん」
いささか抵抗がありはするものの、卓也は澪と沙貴の勧めで、アパート前に停めた車に乗ることにする。
ボロい階段を下りて、見慣れたランクルの後部座席に座ろうとドアに手を伸ばした瞬間、卓也は、突然短い声を上げた。
「ど、どうしたの、卓也?」
「ああ、今日は澪が運転をしておりまして――」
「いや、そうじゃなくて! これ!」
卓也は、先程の写真を取り出し、改めて二人に翳す。
「これ、なんか気付かない?」
「んん? 気付くって、別に何も……」
「何かおかしな事がありましたか?」
きょとんとする二人に、卓也は、写真の中に写っている車の一部を指差す。
そして更に、目の前にあるランクルも指し示した。
色が、一致している――様な気がする。
「あ!」
「こ、これ、この車じゃないですか?!」
「うん、なんかそんな気がしないか?」
「そういえば、この車って、確かうちの近所のコインパーキングに停めてあったんだよね?」
「そうよ、あのノートと一緒に」
澪と沙貴が、一年程前の記憶を遡る。
卓也は、改めて車を見つめながら、ぼそりと呟いた。
「こんなアパートだもんな、この男が、元々この車を所持していたとは考えられない気がするんだ。
だとしたら、この車はこの世界で、彼が手に入れたものじゃないかなって思う」
「同感です、ご主人様」
「で、でも、それってどういうこと?」
「わからないか、澪?
この写真の車が、今ここにある車と同じなら、この写真は、こっちの世界で撮られたものって事になるだろ」
卓也が、妙に真剣な表情で続ける。
澪も沙貴も、その独特の雰囲気に呑まれ、いつしか口を閉ざして聞き入っていた。
「ってことは、だ。
この写真――いったい、誰が撮ったんだ?」