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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
49/118

ACT-49『中野がすごいことになっているとの噂です』

 ここは、JR中野駅。

 青梅街道と中野通りが交わる交差点を北方面に進み、少々複雑な形状の五叉路を真っ直ぐ突き抜けると、やがて道路を横切るように鉄橋ガードが見えてくる。

 開放感のあるロータリーと、それに反比例していささか目立ち難い、小ぢんまりとした駅舎が特徴の駅。

 黄土色の煉瓦を積み重ねたような、古風な造りの交番も特徴的なこのエリアは、どことなく落ち着いた雰囲気のある、庶民的な空気漂う"サブカルチャーの街"の入り口だ。

 

 だが今、卓也は、唖然たる面持ちでそこに立ち尽くしていた。


「なんだ……これ」


 もう、それしか言葉が出ない。



 JR中野駅・南口。

 そこは、完全に――凍り付いていた。








  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 ACT-49『中野がすごいことになっているとの噂です』







 駅が凍りつく。

 そんなありえない事態に、卓也は大いに困惑した。


(な、なんで、こんなことになってんだ?!

 つうか、いつからこうなってたんだよ、中野駅?!)


 言うまでもなく、気温はごく普通で暑くも寒くもなく、まして何かが凍るなんてありえない陽気だ。

 加えて、凍り付いているのは中野駅の駅舎だけで、その隣の交番や正面のロータリー、そしてそれ以外の建物は至って普通の状態だ。

 だが何故か、中野駅だけが、不自然に凍っている。

 しかも、ただ凍っているだけではなく、全体が分厚い氷に包まれており、中に入ることは不可能。

 当然、氷の濁りのせいで中の様子は全く窺えず、状況もわからない。

 これではまるで、超局所的に氷河期が訪れたようなものだ。


「うひ、冷てっ!」


 恐る恐る氷に手を触れてみると、ただ冷たい感触があるだけで、表面が溶ける様子は微塵もない。

 冷たくなった右手を軽く振りながら、卓也は、ただただ途方に暮れた。


(あ、これアレだ。

 水瓶座の人が作ったフリージングなんとかみたいな)


 自分でも無理のあると自覚できる解釈で、無理矢理納得する。


「と、とりあえず、周囲を調べてみるとするか」


 何となく独り言を呟き、卓也は周辺を調査する。

 ここに落書きがあれば、卓也の読みはある程度当たったことになるが、これまで人が集まる場所で良く見つかったことを考えると、中野駅以外で発見するのは難しいかもしれない、という気分になってくる。


「さぁて……って、アレ?」


 ようやく事態を受け入れ、次の行動に移ろうとした卓也は、ふと違和感を覚え、周囲を再度見渡す。


(中野駅って、こんなに緑が多かったかな?)


 背の高い街路樹、ロータリーの中央に設置された植林。

 元々、中野駅南口は割と緑が覆い駅前ではあったが、それにしても、何故か普段以上に目に付く気がする。

 だが、そんな些細な違和感を振り切り、卓也は北口方面……中野サンモールや中野サンプラザのある方へ向かってみることにした。


(でも、あれ?

 よくよく考えたら、生物がいない世界の筈なのに、なんで植物はあるんだ?)


 ガード下を原付で走行している最中、卓也は、ふとそんな今更な疑問を思い浮かべた。





 落書きは、予想外に早く見つかった。

 北口改札前に回り込んだ卓也は、明らかに例のマジックで書かれた落書きを、改札口付近の壁に発見する。

 しかし――


(う~ん、やっぱ、良く見えない……。

 スマホで撮影して、拡大しても、無理か)


 南口と同じく、分厚い氷で塞がれている構内。

 落書きはその向こう側にあるのだ。

 しかし、落書きがあることはかろうじてわかるものの、近寄れない上に氷の濁りが邪魔になって、全く読むことが出来なかった。


(でも、ということは、主はここが凍りつく前に駅の中へ入ったってことか。

 つまり、これはやっぱり、後天的に起きた現象ってことなんだな)


 ここまでの流れで、落書きの主は、少なくとも四ッ谷駅と中野駅に異変が起こる前後に活動をしていた事はわかった。

 となれば、後は他に落書きが残っていないかを探すのみだ。


 幸い、外側から確認出来る範囲では、これ以上落書きがありそうには見えない。

 卓也は、原付を駅前に置いたまま、駅前広場を通り抜け、中野サンモール商店街へと進んでいった。


(もしかして、都内の至るところで、こんな怪現象が発生しているのか?

 だとしたら、この世界って、どんどんオリジナルの世界からかけ離れたものになっちゃうんじゃないのかな)


 卓也は薄ら寒いものを感じ、軽く身震いした。 





 シャッター街と化した商店街を一時間ほど巡り、入り口が封鎖された中野ブロードウェイの手前で一息つく。

 結局、ここでは落書きは全く発見出来なかった。


(それにしても、何処かからゾンビとか現われてもおかしくないくらい、不気味静かだなあ)


 ろくでもないことを考えながら、卓也は、途中の自動販売機で買ったコーラを飲む。

 中野ブロードウェイといえば、某古書まんが店をはじめとする、サブカルチャーショップが集う独特な雰囲気のショッピングモールだ。

 様々な手がかりがありそうだが、中に入れないのは非常に残念だった。

 水分と糖分を補給し、そろそろ一旦帰宅するかなと思い始めた卓也は、ブロードウェイビルのシャッターに、何か書き込まれていることに気付いた。


(えっと……え? これ、住所?)


 そこには、明らかに住所としか思えない情報が黒マジックで書かれていた。

 その筆跡から、落書きの主のものであることがわかる。


(どういうことだ? 何故、住所を?

 誰かに尋ねてきて欲しいってことなのかな?)


 住所は、中野区野方六丁目――

 場所は、ここからさほど遠くはなく、その気になれば歩いてでも充分辿り着ける距離だ。


 卓也は、ひとまずその落書きを撮影し、駅に戻ってそこへ向かおうとしたが――


(いや、もう夕方だし、今日は止めておいた方がいいな。

 あの二人にも意見を聞いてみようか)


 そう思い返し、踵を返す。

 気がつくと、空はもう、夕焼けの色に染まり始めていた。






 三人がマンションで合流したのは、もう午後五時を回った頃だった。


 卓也よりも先に戻って来た澪と沙貴は、シャワーを浴びていたようで、入浴後の独特の香りが室内に漂っていた。


「おかえりー、卓也!

 すっごく汗かいちゃったから、先にお風呂使ったの」


「お帰りなさいませ、ご主人様。

 お先に申し訳ありませんでした、夕飯の用意を急ぎますね」


 申し訳なさそうに頭を下げる二人に、卓也は笑顔で首を振る。


「ありがとう、沙貴。

 二人ともお疲れ様、じゃあ俺も、風呂使うわ」


「うん、その間に準備しとくね!」


「いや~、今日はえらいもんをいっぱい見つけてしまってさ。

 後で報告させてよ」


「なんですか、とても気になります」


「風呂の後のお楽しみってことで」


 そう言って着替えを取りに自室に行こうとすると、澪がその前に立ちはだかる。


「だからぁ、着替えはボクが準備するから、そのまま入って来なさいよ」


「そうですよ。

 あ、そうだ、私がお背中を流しますので、宜しければその時に、お話を」


「あ~ずるい!

 だったらボクも入る!」


「久しぶりに、二人でご主人様を隅々まで綺麗にして差し上げましょうか」


「いいねそれ! 旅館のときみたいに」


「ダメです! 俺は一人で入りますっ!」


 今にもまとわりつかんとする美少年達を振り切って、浴室に逃げる。

 背後からは、あからさまにわざとらしいブーイングの連呼が聞こえて来た。





「中野駅が……凍ってる?」


「でっかいお肉?! 沙貴、今すぐ取りに行こうよ!」


「車に乗らないでしょ!」


 卓也の報告に、澪と沙貴は目を剥いて驚く。

 実際に撮影してきた画像を見せながらの話なので、説得力も半端ない。

 夕食後、今回の都内探索について一通り説明した卓也は、中野坂上と中野駅で見た状況を伝え、そこに自身の推測を挟んで説明する。

 二人の顔色がみるみる変わって行く。


「なんかこう、この世界って、部分的にバグってるような気がするんだよね」


「え」


 卓也の呟きに、澪は無意識に表情を強張らせる。


「難しいことはわからないんだけどさ。

 なんつうかな、この世界って別な世界の情報が更新反映されてるわけだろ?

 もしかしたらその時に、間違った情報が入り込んじゃうとかさ。

 その結果、おかしな場所つーか、バグってる場所が生まれてるとか、そういうんじゃないかなって思ってさ」


「……」


 今度は、沙貴も喫驚する。

 思わず顔を見合わせた二人の様子に、卓也はふと、違和感を覚えた。


「どうしたの、二人とも?」


「え? あ、ううん、なんでもない」


「ご、ご主人様の推理が、的を射ているかなって」


「もしかして、何か気付いてることがあるの? 二人とも」


「「 うっ 」」


 何気ない卓也の突っ込みに、思わず顔に出す。

 あからさますぎる態度に、卓也は椅子から立ち上がると、二人の背後に回った。

 二人の肩に手を置いて、徐々に胸元へ手を滑らせる。


「あっ!」


「やっ……!」


 卓也の指先が、二人の小さく膨らむ部分を挟み、刺激する。

 親指と人差し指で摘み、コリコリと擦ったり、軽く圧迫したり。

 たちまち、澪と沙貴の呼吸が荒くなる。


「さぁ、吐けぇ~。何を知ってるんだぁ~」


「や、だ、だめぇ、卓也ぁ……そんなことしたら、したくなっちゃう……」


「は、あ……ご、ご主人様ぁ……」


 やがて、二人とももじもじと腰を揺らし始め、澪は手で股間を押さえる。

 卓也は、二人の首筋に順番に舌を這わせ、耳を軽く噛んだ。


「あうっ!」


「やんっ」


「ちゃんと話したら、今夜は久々に、二人一緒にしてやろうかなぁ」


「えっ、えっ♪ 本当に?」


「ご、ご主人様……」


「キスマーク、つけていい?」


「うん♪ いっぱいつけてぇ」


「はい……どうぞ」


「って、そうじゃない!

 何があったのか、さぁ、教えてもらおうか!」


「ええっ?! 何その、急な方向転換?!」


 ついその気になってしまった卓也は、二人を解放すると、再度追及を始める。

 先のちょっかいもあり、気持ちが揺らいでしまったのか、澪が「あのね」と、口走ってしまう。

 それを遮るように、


「さっきは、ご主人様の鋭い推理に、驚いただけです」


 と、沙貴が応える。

 その言葉に、何故か澪の肩を揉み始めていた卓也の手が止まる。


「そうなの? そんだけ?」


「ええ、その、バグというのは想定外でした」


「あ、うん。まあ、ただの想像なんだけどね」


「核心を突いているご意見だと思います。

 でも、だとすると、他の地区にも同じような怪現象が起きている可能性が高いですね」


「それな。

 じゃあ、俺達はこれから、どうするべきなのかな」


「宜しければ、今後のことを、改めて相談しませんか? 三人で」


「お、おう」


 沙貴が、見事に話をはぐらかす。

 だが、その様子を窺っていた澪は、先程とは別な意味で、怪訝な顔つきになった。



(沙貴が――

 卓也に、嘘をついた?!) 





 その後、約一時間に渡り、三人は今後の予定について相談を行った。

 当初は三人同時に行動を、という話だったが、卓也は二手に分かれた方が情報を集めやすいのではと提案し、これまで通りで行く方向でまとまった。

 そうなると、移動手段的な意味で、必然的に澪と沙貴は同時行動となる。

 卓也は、自分が原付を入手した事と、落書きの主の住所と思われる情報を明かし、明日はそこへ行ってみようと考えている旨を説明した。


「落書きの人って、そそそ、その、あっちの部屋に入り込んだこともある人だよね?!

 なんか怖い人だよね?」


「そうだが、あのノートと、車を提供してくれた恩人でもある。

 それに、今のところ彼による明確な被害は、確認出来ていないしな」


「彼――男で確定なのですか?」


「うん、コレ見て」


 卓也は、先ほど中野ブロードウェイで見つけた落書きの写真を、沙貴に示す。

 沙貴は、この画像を自分のスマホにも転送して欲しい旨伝えると、深刻な表情を浮かべる。


「ここに行くのであれば、三人同時行動の方がいいと思います。

 もし、熱海の時のようなトラップめいた仕掛けだったら……」


「それは心配ない。

 というのも、この落書き、よく見ると結構掠れてるんだ。

 随分前に書かれたものだとわかるし、それに、俺達の存在に気付いてから書いたにしては、さすがに無理がありすぎる」


「そっか、卓也が中野に行く事を事前に予測してない限り、こんな仕掛けすること自体無理があるものね」


「そういう事」


「それなら良いのですが、万が一の時は、私達も駆けつけられるようにしておきたいものです」


 沙貴は、卓也からパソコンを借りて、Googleマップからストリートビューを開く。

 

「うわ……ご、ご主人様、本当に、ここに行かれるんですか?」


 画面を見た途端、表情を強張らせる沙貴。

 横から画面を覗き込んだ澪も続く。


「ねぇ卓也ぁ。ボクだったら、絶対に入りたくないや」


「えっ、そんなにアレなの?」


 二人の背後に回り込んだ卓也も、思わず眉がひん曲がる。


 そこは、明らかに昭和の時代に建てられたままとわかる、所謂「ボロアパート」だった。

 周囲の家々は割りと綺麗で当たらしめなものばかりなのだが、この建物だけが異常に古臭く、明らかに周囲から浮いている。

 二階建てで各部屋の入り口が外に向いている構造で、ドアの横に洗濯機などが置かれている。

 駐車場はおろか、駐輪場すらなく、しかも隣の建物のせいで日陰になっており、非常に陰湿な雰囲気が漂っている。

 画像は晴天の時に撮られたもののようだが、それでも尚、このアパートだけシェードがかかったように雰囲気が暗い。

 卓也は、ゴクリと喉を鳴らした。


「えっと、ここの二階の……うっわ、手前に木が生い茂っていて、真っ暗!」


「これ、お隣さんがお庭の木の手入れをしてない証拠ですね。

 伸ばし放題じゃないですか」


「卓也♪」


 突然、澪が、満面の笑顔で振り返る。


「頑張ってね♪」


「つつつ、付いて行こうか? くらい言ってくれないのかあ?!」


「だってぇ、原付に二人乗りは危ないよ?」


「そそそ、そりゃあそうだけど」


「ご主人様、やっぱり、三人で参りましょうか?」


「あ、いや、大丈夫だよ。

 うん、言いだしっぺだし、覚悟を決める」


「やったぁ! さすがは卓也、男の子だね!」


「君もな!」


 おバカな会話の後、次は澪と沙貴の行動目的を定めることになった。

 麗亜の埋葬を終えた二人にとって、取り急ぎ次の目標となるものは現状ない。

 しかし三人とも、このままじっとしている事は賢明ではないという、無根拠な焦燥感を覚えていた。 


「今のところ、異常事態が起きているのは、秋葉原と中野ですか」


「それと、中野坂上と四ツ谷駅だね。

 妙に局所的だけど」


「このマンションの近くで、おかしなことは起きてないか、もう一度調べてみる?」


「そうね、いきなりマンションが凍りついたら嫌だし」


「怖い事言わないでくれよ、沙貴!」


「いっそのこと、前に話していたみたいに、お引越しする?

 本拠地を変えた方がいいって情報もあったし」


 澪は、以前ノートの話題で話し合った事を思い出しながら提案する。

 あの時は今ひとつ現実味を帯びていなかった話だが、今はちょっと違う。

 卓也と沙貴も、思わず頷いてしまった。


「それなら、私達は明日、この周辺を再度調査した後、どこか移転先になりそうなところを探してみます」


「卓也は、どんなところに住みたい?」


「そうだなあ、以前よく池袋とか行ってたし、豊島区とかいいかもね」


「私は、渋谷区なんかもいいかなって思いました」


「渋谷って、ハチ公口のあるあそこ?」


「そんなど真ん中じゃないのよ。

 少し外れた辺りに、落ち着いた閑静な住宅街もあるのよ。

 割といい感じのおうちも沢山あるわ」


「あ、もしかして、クライアントが」


「ま、まあ、その絡みで知ったのは事実ね」


「そうだなあ、じゃあ候補は、君達に選別任せようかな」


「わかりました。

 澪、一緒に探しましょう」


「はーい!」


 いつものような軽いノリで、その日の打ち合わせは終了した。

 全ては明日……三人は、明日の行動が今後に大きく影響を及ぼすのでは、という期待と不安に、それぞれ胸を震わせていた。




 その日は三人とも疲れていたせいか、寝室に入った途端、澪と沙貴は落ちるように眠ってしまった。

 とても刺激的なナイトウェアを着たまま。

 しかも、卓也が好きそうなベビードールと、チャイナドレス風のナイトドレス。

 二人とも、一瞬で寝付いてしまったようで、ベッドの真ん中に卓也用のスペースを空けたままIIの字になっている。


「――あ~、なんかこう、色々と、あるあるだな……」


 先程のこともあり、今夜は~と張り切っていた卓也は、軽い寝息が響く寝室の入り口で、呆然と立ち尽くした。  

 下半身にバスタオルを巻いたまま。

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