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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
44/118

ACT-44『秋葉原ジャングル、探索開始です!』


「秋葉原って、こんなに自然に満ち溢れた世界だったんだねぇ」


「こんな場所でお店を出して客引きをしているなんて、皆相当逞しいのでしょうね」


「んなわけあるかい!」


 巨大な壁に隔離され、更には植物の繁茂によって大自然に還ろうとしている街・秋葉原。

 卓也達三人の目の前には、あまりにも予想からかけ離れた、ありえない光景が広がっていた。


「ど、どうする? 卓也ぁ」


「どうするったって、こんな場所でどうしろと」


「見たところ、あの壁に囲われた場所だけがこんな状態になっているようですね」


「そもそも、この壁はいったい何なんだ?」


 ビルの中から外を眺め続けても、意味はない。

 卓也達は、色々話し合った結果、ひとまず外の様子を窺ってみる事にした。


「随分足元がでこぼこだな。君達、気をつけてな」


「やん! 卓也ぁ~、歩きづらいよぉ」


「澪、どさくさ紛れにご主人様に甘えないの」


「あ~、最近甘えん坊さんの沙貴が、何か言ってるぅ」


「だだだ、誰が甘えん坊さんですか!」


「いやしかし、君らのパンプスだとこれはきっついだろ。

 わかった、俺一人で行ってみるよ」


 そう言うと、卓也は二人を一旦ビルへ戻らせた。


「卓也、何かあったら危ないよ!」


「そうだな、五分程度で戻ってくるし、何かあったら大声で呼ぶから、このドア開けておいてくれ」


「本当に大丈夫ですか?」

 

「たぶん!

 でも、もし妙に時間がかかってるようだったら、その時は頼むよ」


 卓也は、おぼつかない足取りで、秋葉原の街へ向かって歩き出した。


「大丈夫かな、卓也……」


「こんな服装で着たのは、大間違いだったわね」


「次来る時は、ちゃんとした装備にしなきゃね」


「って、また来ることあるの?!」


 澪と沙貴は、ほぼ下半身丸出しの格好を見返しながら、揃って溜息を吐いた。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-44『秋葉原ジャングル、探索開始です!』





 昌平橋の交差点を斜めに横切る、JR総武線の鉄橋。

 その根元にあたる一車線の細い路地に出た卓也は、目の前にそそり立つ緑の壁が、鉄橋を支えるコンクリートの橋桁であることに咄嗟に気付けなかった。

 アスファルトの道路は、得体の知れない樹の根がびっしりと覆い尽くしており、これが足元を不安定にさせる要因となっていた。

 左手にはオフィスビル、右手には橋桁のスペースを利用して建てられている店舗がひしめき合うが、絡みつく蔦や葉のために、もはや店名を確認することは困難だ。

 

「やばいなこれ、でも、どうしてこうなったんだ?」


 植物には全く詳しくない卓也だったが、それでもここに繁茂しているものの大半が、樹木ではないことは容易に理解出来る。

 以前ネットニュースで見た、アメリカで増殖しまくった外来種・吉野葛の話を思い出す。

 この状況は、その時に見た写真の状況と酷似しているように感じられた。


 良く見ると、蔦は樹の幹と誤認する程に太く固くなっているものが殆どで、相当長い時間をかけて成長した結果だと判断出来る。

 卓也は、そんなもので覆い尽くされた路をゆっくり進み、JR秋葉原駅の方面へと進んでみる事にした。


 「東京レジャーランド」と「ロケットアマチュア無線本館」に挟まれた辺りまで進んでみたが、その先の状況も変わりないようだ。


「この靴だと歩き難いな。

 ちゃんとした安全靴とかの方がいいのかも」


 それでももう少し頑張り、なんとか中央通の手前まで来る。

 左手にある赤い建物は、秋葉原では特徴的な大型ゲームセンター「GIGO」だ。

 だが、なんだか様子がおかしい。


(あれ? なんか……)


 卓也は、ごつごつした足元に注意を払いながら、中央通り側から建物を見上げる。

 そこには、蔦と葉の隙間から「SE」という大きな青いロゴの一部が見て取れた。


(あれっ、店名が違う? なんだこれ?)


 もう少し探索してみたかったが、先の約束もあるので、卓也は一旦澪達のところへ戻る事にした。



「もう卓也、心配したじゃない! 何事もなかったの?」


「ああ、でもどうやら、秋葉原の街全体がこの有様みたいだ。

 中央通りも、ここと同じような状態だったよ」


「だとしたら、ご主人様のご要望に適うのは困難ですね。

 気にはなりますが、今日のところは引き返しましょう」


「そうだな。

 探索するにしても、こんなエロメイドを連れて行くわけには行かないし」


 そう言いながら、卓也は二人のスカートの中に手を伸ばし、お尻に触れる。

 

「きゃっ!」


「あ……♪」


「フルチンで歩き回ってコケたりしたら一大事だもんな。

 今度来る時は、ちゃんとズボンを穿いてくること」


 卓也の手が徐々に下がり、指先が肉を掻き分け、すぼまった部分に触れる。

 指先がぐりぐりと押し付けられ、先端が少しだけめり込んでいく。


「あっ、あっ、こ、こんなところで?!」


「ご主人様! そんな、澪の前で……恥ずかしい♪」


「二人とも、こういう時のために、厚手のズボンを用意しとこうよ」


「わ、わかりました……ああっ! そ、それ以上は……だめ……」


「卓也ぁ……だめ、勃っちゃう……♪」


「下着の代わりに、君達はここに、あれを差し込むこと。いいね」


「えっ、それって、あの宝石のついたヤツ?」


「そ、そんな……そんなことしたら、私達はすぐに……」


「言う事を聞くなら、家に戻ったら二人一緒にしてやる」


「「 わかりました! 」」


 二人の少年メイドにいきなり恥辱的行為を仕掛けた卓也は、顔を紅潮させる二人に順番にフレンチキスをすると、帰路に着くことを指示した。





 秋葉原の様子は、インターネットで調べた限りでは、あのような状況になっていない。

 街の様子も通常のままだし、あの黒い壁の存在に触れている情報は一切ない。

 ストリートビューも普通に機能しており、卓也の知る光景が映し出される。

 念のためにと、他にもあのような変化が起きた場所はないか調べたものの、そういった情報は全く見当たらなかった。


「どういう事なんだろうな、秋葉原だけがジャングルになってるなんて」


「わかりません。この世界に、私達の想像も出来ない異常事態が起きているのでしょうか」


「そうかもしれない!

 第一、秋葉原の地下って地下鉄が走ってるでしょ?

 だったら、あんな壁がある事自体おかしいもんね」


「もしかしてこの世界って、人間がいないだけの世界、じゃないのかも?」


「同じことを、私も思いました」


 ソファに座り、膝の上でノートパソコンを操作しながら、卓也は小さく唸る。

 彼を挟むように両脇に陣取る澪と沙貴は、卓也にもたれかかるようにして画面を覗き込む。

 二人の頭を両手で優しく撫でると、卓也は沙貴に話しかけた。


「明日あたり、もう一度秋葉原に行ってみようと思うんだ」


「明日ですか? では準備をしなくては」


「怪我しないように服装整えないとね。あと、何か道具もいるのかな?」


「最低でも安全靴、出来ればトレッキングブーツか軍用ブーツが欲しいかな」


「ぐ、軍用?!」


「うん、以前廃墟探索のページに興味があって調べたんだけどさ。

 そういうガッシリした靴の方が、未知の場所を歩く時には安全で有効らしい」


「分かりました。

 それでは調査をして、明日の午前中に調達して参ります」


 即答する沙貴の頭を、愛しそうにまた撫でる。

 衣服を身に着けていない沙貴は、全身を紅潮させて歓びを表現する。


「で、でもさぁ、そんな危険を冒してまで、秋葉原に行かなきゃだめ?

 もっと別なところに行ったらいいんじゃないの?」


 同じく、全裸の澪が卓也の顔を覗き込む。


「澪の言う通りなんだけどさ。

 なんかこう、もう少し調べてみたいんだ。

 ああなった原因みたいなのがわかればってね」


「気持ちはわかるけど、でも危険じゃないかなあ」


「もし、あのような異常事態が私達の生活圏に発生したらと思うと、ぞっとしますね。

 であれば、確かに原因の把握は必要かとも思いますが……

 果たして、私達でそれが突き止められるでしょうか」


「わかんないけど、やっぱり理解しておくのは必要かなって」

 

 卓也に膝枕をせがみながら、澪は自分の裸身を見せ付けるように身体を開く。

 無防備な肢体が、卓也の目を刺激する。


「ねえ卓也、いつものノートには、何か書いてなかった?」


「うん、何も書いてなかった。

 もしかしたら、アレは最近になって初めて起きた現象なのかな」


「そうなのかな」


「もしそうだとしたら、この世界は急激な変化が唐突に起こる可能性があるってことになりますね」


「そうだよなあ……でもこの世界って、確か別世界のコピーみたいなところなんだよな?」


 ノートの主の分析によれば、 ここは別の世界をコピーしたようなものであり、オリジナルの世界で変化が起これば、こちらにもそれが反映されていくようだ。

 それが正しいのであれば、オリジナルとされる世界でも、秋葉原が大変なことになっている筈なのだが。

 さすがにそこまでは、今の彼らには確かめる術はない。


「とにかく、まずは明日だな。

 今日は、早く休んで体力を養わないと」


「ちょっとぉ、卓也!

 ボク達にこんな格好をさせといて、そのまんまってことはないでしょうね?」


「そうですよ、このままじゃ、お仕事にも支障が出てしまいますもの」


 卓也の命令で服を着ることを一時的に禁止された二人は、妖艶な雰囲気満々で迫る。

 調子に乗ったことを後悔しつつ、卓也は、二人の身体に手を伸ばした。





 翌日。

 朝のうちから沙貴は車で外出し、昼前には人数分の装備を調達して戻って来た。

 ごついブーツ三足に帽子、手袋にロープ、色々と中身が詰まったザックに……


「なんで、迷彩服?」


「すみません、こういうものしかなくって」


「これ、女性用だよね?

 すごいなあ、こんなのもあるんだぁ」


「俺の体型にもぴったりだね。

 生地も頑丈そうだし、いい感じだよ。

 ありがとう沙貴、これだけ揃ってれば大丈夫だろ」


「ありがとうございます。

 それでは、早速出発を?」


「お昼ごはん、途中で調達して行こうよ」


 澪の一声を皮切りに、早速行動開始となる。

 車に荷物を詰め込んだ三人は、また先日と同じルートで秋葉原を目指した。




 四十分ほどの時間をかけて、ランドクルーザーはまた昨日と同じ昌平橋交差点の辺りにやって来た。

 車を停めると、三人は素早く住友ビルへ侵入し、黒い壁の裏側に回る。

 

「うわぁ、なんかこう、空気が美味しいというか」


「本当に皮肉な話よね」


「みんな、歩きづらくないかい?」


「うん、大丈夫!

 でも、さすがに走るのは危ないね」


「とにかく、何か異常がないか探りながら参りましょう。

 もう既に異常だらけですけど」


「そうだね、まずは路も広い中央通りに出ようか」


「駅の方にも行ってみたらいいかもね」


 それぞれ案を出し合いながら、中央通りまで進んでいく。

 六車線もある大きな道路に出ると、三人は揃って右手頭上に伸びている鉄橋を見上げる。

 秋葉原電波会館の方へ渡り、まずはJR秋葉原駅へ向かう。

 しかし、駅の入り口は無数の蔦がシャッターのように侵入を拒んでおり、日中だというのに中は不気味な程真っ暗だ。


「良く見ると、蔦と葉が生い茂っているだけで、特に樹が沢山生えてるというわけではないんですね」


「それでも、この数は異常だけどね。

 建物の看板が見えないくらいだもの」


「本当だよな。

 ――って、あれ?」


 周囲を見回した卓也は、ふと、あるビルに注目する。

 それに気付いた澪が、彼の視線を辿った。


「何あれ、張り紙?」


「だよなあ、なんか書いてある」


「あれ――“助けて”って書かれていませんか?」


「……やっぱ、そう思うか? 君も」


「ええ」


「ちょ、ちょっと?! どういうことなの?!」


 電波会館と向かい合わせに立っている、ガラス張りのビル。

 その二階の窓の一部に、白い紙が内側から貼り付けられている。

 そこにはマジックのようなもので大きな赤い字が書かれており、確かに「助けて」と読める。

 三人は、思わず顔を見合わせた。


「き、救助信号?!」


「人が居るのですか?! あの階に?」


「マジかよ! 行こう! みんな」


「うん!」

「わかりました!」


 瞬時に団結した三人は、足元に広がる蔓や葉っぱを踏み越え、ビルの裏側に回り込む。

 左手の路地に進み、黒い柱に囲われた入り口に辿り着くも、そこもびっしりと植物に覆われていた。


「これじゃあ脱出不可能だよ」


「どうする? この蔓、切る?」


「道具ならありますよ」


「用意周到だな」


 卓也達は、ザックに入れてきた大型の枝切り挟みのような道具を組み立て、手分けしてビルの入り口を開放しようとした。

 硬化した蔓は非常に切りにくく、また壁に密着している部分も多く、なかなかうまく行かない。

 それでも、約三十分程の時間を費やし、ようやく入り口が開放出来た。


「ふぅ、すっげぇ汗かいたぁ!」


「これは、帰ったらお風呂ですね」


「どこか途中に、スーパー銭湯とかないかなあ」


「あ、それいいですね。後で探しましょう。

 でも、それより先に」


「自動ドア、開くかな……」


 まだどこかに蔓が絡まっているのか、それとも電気が通っていないのか、ガラス張りの自動ドアはピクリとも動かない。


「こじ開けましょう」


「どうするの? なんか道具ある?」


「ハンマーなら」


「……用意周到だな、本当に」


「恐れ入ります」


 次に沙貴が取り出したのは、ゴムハンマーだった。

 丈夫でしっかりした造りだが、重量はさほどではなく、これで自動ドアのガラスを打ち砕くのは不可能だろう。

 

「ご主人様、はさみの先端を自動ドアの隙間に当ててください」


「お、おう!」


 枝切りばさみの先端を、指示通りガラス戸の隙間にあてがい、両手で支える。

 その柄の末端を、沙貴はハンマーで力一杯叩いた。


「うわっ! 振動結構来る!」


「だ、大丈夫なの、卓也?!」


「ご主人様、今しばらく我慢を!」


「お、おう、大丈夫! どんどんいこう!」


 ゴン、ゴン、と何度も柄を叩いていると、はさみの先端が少し隙間にめり込んだ。


「やった! いけるかも!」


「沙貴、もうちょっと頑張ってくれ!」


「承知しました! えい!」


 ゴン、ゴン、ゴン、ゴン!


 少しずつ、先端が中に入り込み、自動ドアの隙間が拡がる。

 続いて、はさみを澪が押さえ、卓也は両手でドアをこじ開けにかかる。


「ふんにゅ~~!!」


「頑張って卓也! 明日はホームランよ!」


「澪、あなた幾つなのよ」


「沙貴! あんたも手伝ってよ! これ、支えてるから」


「わ、わかったわ!」


 卓也と沙貴の二人がかりで、ドアが徐々に開き出す。

 途中からは澪も加わって、更に開いていく。


 十分くらいは格闘しただろうか。

 自動ドアは、なんとか身体を横向きにすれば通れるくらいの隙間が開いた。

 中は真っ暗で、やはり電源は入っていないようだ。


「私、電源を確認します。ご主人様と澪は、張り紙のあった階へ!」


「おう! え~と、二階だったかな?」


「そうそう! 卓也、ライトがあった筈だから出してね」


「おっと、そうだった」


 それぞれのザックからLEDライトを取り出すと、二人は沙貴と別行動を取り、二階へ続く階段を目指した。



 そのビルは所謂テナントビルで、各階に様々な店舗が入っているようだ。

 植物は建物の中には侵入しておらず、その為行動に制約はない。

 階段を上って二階のフロアに辿り着いた二人は、仕切りになっているドアを開けて、中に入り込む。

 途端に、かび臭いような、埃っぽいような、何ともいえない滞った空気が流れてきた。


「ここは、お薬屋さんみたいね」


「そうだな、店の中は特に荒れてないみたいだ。

 商品も棚も綺麗なままだしな」


「ねえねえ見て、卓也!」


 そう言いながら、澪は避妊具コーナーにある商品を取り、こちらに向ける。


「そろそろ、新しいの仕入れとこうか♪」


「はぁ……澪って、いつも変わらないなあ」


「それともぉ、沙貴が来る前に、コレ、使う?」


 澪は、悪戯っぽい表情を浮かべながらベルトを緩める。

 前を開いた途端、大き目のズボンが膝下まで落ち、中からは何も身に着けていない剥き出しの下半身が覗いた。


「あのなあ、今は救助活動優先だろ? さすがにそこはわきまえようよ」


「ぶー、わかったよぉ!」


「しかしまさか、今回も穿いてないとは」


「そりゃあ、あなたが“穿きなさい”って命令しない限り、ボク達は絶対に穿かないもの」


「そ、そういうものなのか?」


「そうよ?

 あ、でも――アレは、ちゃんと挿れてるよ」


 そう言いながら、澪はくるりとターンし、ズボンを穿きながらお尻を向ける。

 一瞬意味がわからなかったが、昨日のやりとりを思い出し、理解する。

 卓也は頭を抱えて、澪を無視するように窓の方を目指した。


 ――例の張り紙は、すぐに発見された。

 間違いなく、「助けて」と書かれている。


「すみませーん! どなたか、いますかー?」


「わわっ?! み、澪! いきなり怒鳴るなよ!」


「何言ってんのよ卓也!

 今は救助活動中なのよ? 気を抜いちゃダメなんだからね!」


「お、おま……さっき」


「すーみーまーせーぇーん! どなたかー、いらしたらー、返事してくださーい!!」


「でも、ま、そうだな……

 誰かいませんかぁ――!!」


 澪に続き、卓也も声を張り上げる。

 しかし、何処からも反応はない。

 声を上げながら店舗の中を確認していくが、特におかしなところはない。


 しばらくすると、突然、店舗内の明かりが点灯した。


「あ、電気ついた!」


「沙貴がやってくれたんだな」


「お待たせしました! どうですか、何かありましたか?」


 ようやく駆けつけた沙貴に、卓也は何事もなかった旨を報告する。

 

「もしかして、他の階に移動しているかもしれないですね」


「そっか、どうしよう!」


「面倒だけど、上の階へ行ってみようか」


「そうですね、ご無事だといいのですけど……」


 三人の表情に、不安の色が宿る。

 出入り口が塞がれた、電源の入っていないビル。

 物資はあるようだが、果たして張り紙をした人物は無事なのか。

 どうしても、心配せざるを得ない状況だ。


 階段を上り、三階フロアの仕切りドアを開けようとした瞬間、先頭を歩いていた澪が短い悲鳴を上げた。


「どうしたの、澪?」


「ちょ…これ!」


「え? 何が……って、あっ」


 澪が指差したのは、三階フロアへ続くドアのノブの上。

 そこには、黒いマジックで何者かの落書きが記されていた。


 随分久しぶりなことで存在すら忘れていたが、その筆跡から、どうやら近所のコンビニや新宿駅、OLの部屋にあったものと同じ人物によるもののようだ。


「こんなところにまで……」


「な、なんだか、先回りされてるみたいで、気味悪い!」


「え~と、なになに?」




“腹が減ったら秋葉原で何か食う というのが俺の日課だったんだが

 誰もいなきゃ 店に入っても結局自分で作るしかないんだよな

 俺自炊苦手なのに この世界は地獄ですか”




 落書きの内容は、特に何の変哲もない、まさに落書きだった。


「な、何が言いたいんだ、落書きの主は?」


「さ、さあ……」


「どうしよう、この中に、落書きの主がいたら」


「それは、その時考える。開けるぞ!」


 無理矢理気合を振り絞って、うっすらとまとわりつく恐怖感を払拭する。

 卓也がドアを開くと、間髪入れずに異臭が漂ってきた。


「うっ!」


 咄嗟にドアを閉め、卓也は二人を見た。


「ご主人様、マスクを!」


「俺、この後の展開、もう読めた!」


「ぼ、ボクも、なんとなくわかっちゃった!

 か、か、帰る? ねえ、もう帰る?」


「――では、私が確認して参ります」


 そう言うと、沙貴は取り出した携帯型のフィルターつきマスクを取り出す。

 これは、プラスチック製の外郭のあるマスクで、側面にカートリッジ式のフィルターがついているものだ。

 手早くマスクを装着すると、沙貴は単身乗り込もうとする。

 その姿勢に、卓也と澪も、なんだか行かずにはいられないような雰囲気に捉われた。


 三階フロアは、レストランのようだ。

 テーブルと椅子、大きなソファが並べられ、落ち着いた色の壁紙が上品さを際立たせている。

 一見、何の問題もなく荒らされている様子もないのだが、その分、あの異臭の原因が気にかかる。


「店舗側には何もないようですね、キッチン側へ行ってみます」


「お、おう」


「沙貴って、ホントに勇気あるなあ。

 ボク、もう足が震えてる……」


「お、俺もだよ……」


 卓也は、背筋を伝うゾクゾク感から、以前厚木のウニクロに行った時のことを思い出していた。



 しばらく後、沙貴の、悲痛な悲鳴が聞こえて来た。


「どうしたの、沙貴?!」


「沙貴! 何が――」


 思わずキッチンの奥に飛び込んだ二人は、その直後、激しい後悔に苛まれた。


 こちらに背を向け、沙貴が佇んでいる。



 彼の見下ろす視線の先には、女性と小さな子供が、抱き合うように寝転がっていた。

 二度と起き上がることのない姿で。




 その二人は、既にほぼミイラ化している状態だった。



 

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