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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第四章 誰もいない世界から脱出編
43/118

ACT-43『秋葉原ってどんなトコですか?』


 その朝、卓也は、嫌な夢で目覚めた。

 夢というよりも、忌まわしい過去の思い出が蘇ったというべきか。



 この世界に来る前、つまり沙貴と出会った「ロイエの居る世界」を訪れた時、彼はこの家にあった多くの大切な物を失った。


 それは、レトロゲームのハードとソフト。


 卓也の数少ない趣味の一つで、現行の最新ゲーム機ではなく、1980年代から2000年頃までの“少々古めの家庭用ゲーム機”を出来るだけ綺麗な状態のものだけ選りすぐって集めていたのだ。

 無論、全て箱付き完品で色あせや変色もなく、殆ど新品同然のものばかりという凄いものだ。

 ソフトも同様で、かなりの数を集めていたのだが……今は、一つも残っていない。


 通称「金卓也」。

 元々「ロイエの居る世界」に住んでいる神代卓也で、彼がこのマンションから卓也と澪を追い出そうとした際、邪魔な物として勝手に処分してしまったのだ。

 レトロゲームコレクションは、優花に裏切られた時の悲しみを癒してくれた、大切なもの。

 既に失われてかなり経っており、一時は気にかけることもなかったが、最近その悔しさが再び蘇って来た。


「う~、なんで、アイツがゲーム売り払う場面に立ち会う夢なんか見ちまうんだ。クソッ」


 卓也が一人で暮らしていた時の寝室は、今は物置と化している。

 嫌な夢で真夜中に目が覚めると、怒りの感情が邪魔して寝付けない。

 少々イライラした卓也は、横で静かに寝息を立てている二人を起こさないようにベッドから出ると、真っ暗なリビングでソファに座った。


(そうだな~、前はまずいだろうって思ったけど、ど~せ誰もいない世界なんだからなあ)


 天井を見上げながら、卓也は、何かを思いつく。


 ――否、良からぬことを“企んだ”と言うべきだろうか。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-43『秋葉原ってどんなトコですか?』






「秋葉原?」


 キョトンとした顔で、澪が尋ねる。

 美味しそうなホットサンドを並べ、淹れ立てのコーヒーを注ぎながら、沙貴も少しびっくりした表情を浮かべる。


「唐突ですね、何かあったのですか?」


「いやその。

 前の世界での嫌なことを思い出しちゃって」


「あ~、だからゲームを取りに行くのね?」


 すぐに心情を察した澪が、お代わり用のホットサンドを仕込みながら答える。

 卓也は、秒速二回の頷きを返した。


「そうなんだよ、やっぱり悔しくてさ。

 最初、無人だからって取りに行くのはどうよって思ったけど、下手したらずっとこのままかもしれないしなぁ。

 だったら、もうそんなんどうでもいいかなって思えて来た」


「今となっては懐かしいですね、あの世界の卓也様」


「あんな奴に、“様”なんてつけなくていいって!」


「うん、どうせやることないし、ボクはOKだよ。

 沙貴もいい?」


「私はいつだって、ご主人様のご要望に従うだけよ」


「悪いなあ、二人とも。

 じゃあ、付き合ってくれよ」


「はーい」

「わかりました」


 卓也の計画は、こうだった。

 秋葉原に行けば、レトロゲームを専門に扱っている店がいくつかある。

 それらを物色して、失われたコレクションと同じ物だけを、頂戴していく。

 ついでに、ショッピング感覚で他の店も見て回るつもりだ。


 生活に特に関係のない物資を奪いに行くという、倫理観的に問題のある行為というのは重々承知だが、今更そんな事を唱えるのはナンセンスだと、皆理解している。

 話は決まり、朝食を摂って家事を済ませたら、早速出かけようという話でまとまった。




「そういえばボク、秋葉原って情報でしか知らないの。

 メイドさんがいっぱい居るって聞いたけど、本当?」


 ベランダで洗濯物を干しながら、澪が尋ねる。

 ソファの上の卓也は、PCの画面から目を離さないまま、ぼんやり答える。


「うん、そこら中にはびこってる」


「何その、悪の怪人みたいな表現」


「一時期メイド喫茶が沢山あって、その呼び込みの娘が街頭に出ていたというのは知ってますけど、今もそうなんでしょうか?」


「でも良く考えたら、この世界じゃ、秋葉原のメイドさんを見ること出来ないんだよね」


「言われてみたらそうだった!」


「残念、本職の私達が品定めをしようと思ってたのに」キラーン


「なんで対抗意識燃やしてるんだよ、沙貴!」


「冗談ですよ、冗談!」


 何故か楽しそうに会話が弾む三人。

 食後から一時間ほど経った時点で、そろそろ外出を、という流れになる。

 しかし、何故か澪と沙貴は、がっちり決めたメイド姿だ。


「ちょっと、君ら、何でその格好なの?」


「えー? だってさぁ。

 秋葉原だしぃ☆」


「やっぱりメイドが居た方がいいのかなあって思いまして」


「いや、そのな。

 秋葉原のメイドってな、そんなに良いもんじゃないんだぞ?」


「そうなんですか?」

「面白そうな話ですね、道中聞かせて戴けませんか?」


「そうだ、今思い出したんだけど――」


 そう呟くと、卓也は、何故か怪談でも語るような口調でぼそぼそと話し出す。


「前に秋葉原に行った時なんだけど。

 表通りからちょっと奥に入った細い路地に、やたらとメイドさん達がいっぱい居るエリアがあったんだ」


「ふんふん、それで?」


「そこって、近くにある店が大きな音で呼び込みのアナウンスみたいのを流しててさ。

 ああいうのって小さな雑居ビルの中にあるんだけど、あまりに音が大きいもんだから、その店の位置がすぐわかっちゃうのよな」


「それで、何かあったんですか?」


「ふと見ると、あるビルの二階のバルコニーに、メイドさんが三人くらい立って、手を振ってるのが見えたんだ。

 下には、俺含めてオタな男達が大勢居るわけでさ、ああ、そういう連中を店内に居ながら呼び込もうってしてるんだなって、最初は思ったんだ」


「最初? どういうこと?」


「何か異常でもあったんでしょうか?」



「――そのメイド達な、誰一人として、下を見てないんだ」



「「 えぇっ?! 」」


「つまり、誰も居ない空を虚ろな目で見上げながら、ただ手を振ってる“だけ”だったんだよ!」ガガーン


「ひえっ?! な、何それ怖い!」


「な、なんか、想像すると怖い光景ですね……」


「だろう?

 あの、魂の抜けたような虚無の眼差しは、ちょっとしたトラウマものだったよ」


「う、うわぁ……」


「なんだか、秋葉原メイド業界の闇が垣間見えたようですね」


「ちなみにこの話は実話なんだ……本当にあったことなんだ」


「卓也、誰に向かって話してるの?」


 凍りついた場の空気を戻そうと、澪が、強張った笑顔で呟く。


「結局、着替える気ないのね……」 


「ちゃんと、パンツ穿いてないから安心してね♪」


 そう言いながら、澪はくるりと回って、マイクロミニのスカートを翻す。

 何かがぷるんと震えたが、卓也はあえて見なかったことにした。


 さすがに沙貴はそんなことはしなかったが、顔を赤らめてスカートの端を押さえたので、瞬時に察した。




 沙貴の駆る紅いランドクルーザーは、新宿通りを東に向かって進み、途中から外堀通りに入って北へ進路を変える。

 背の高い街路樹に囲まれた二車線の道路をひた走り、牛込警察署のある三叉路を右折し、市谷から飯田橋方面へ。

 今日は快晴で風も気持ち良いので、ウインドウを開けてゆっくり走る。

 沙貴は、運転しながら澪と卓也に運転の方法をレクチャーしていた。


「慣れないうちは、カーブに沿って曲がるのも感覚が掴めなくて難しく感じます。

 そういう時は、カーブの曲がり具合に沿って、ハンドルをなぞらせるように動かしていくのです」


「む、難しいな……」


「で、曲がりながらアクセルをぐーっと」


「そんな事したら、曲がり切れなくてカーブに真っ直ぐ突っ込むだけよ。

 無理に踏み込まないで、ゆっくりと……ええと、この感覚、どう伝えればいいのかしら」


「あのさ、アクセルからもブレーキからも足を離せばゆっくり進むじゃん?

 それだけで行くのはダメなのかな」


「それだと遅すぎて、後ろの車を苛立たせるだけですね」


「こ、この世界だったら後ろに車いないし……」


「私が運転する車と二台で移動することになったら、どうするんですか?」


「ぬ、ぬぐぅ」


 先日の卓也の申し出通り、沙貴は、二人に車の運転方法を少しずつ教えていた。

 今はまだ教習段階で、実技には程遠いが、沙貴は自分の運転を見せながら、通常の世界に戻った後でも旨くやっていけるようにという前提で教えている。

 その為、消えている信号でもちゃんと停まり、曲がる時はウィンカーを点けていた。


 やがて車は東京ドームシティの前を通り過ぎ、JR水道橋駅の脇を通り抜ける。

 神田川を右手にまっすぐ東へ進んでいくと、やがて御茶ノ水へ入る。

 聖橋ひじりばしの下をくぐり抜け、特徴的な「道路を斜めに横切る鉄橋」が見えた辺りで、沙貴は異常に気がついた。


「あれ、なんでしょう?」


「んん? なんかある?」


「あれ? なんであんなところに?」


 JR線が走る鉄橋の真下、昌平橋交差点。

 そこまで来れば秋葉原はもう目の前なのだが、何かがおかしい。

 そこには、交差点を塞ぐような形で、大きな建物が建っている。

 それは、すぐ左手に建っている「住友不動産」のビルとは別のようだが、まるでそのまま横に間延びしたようにも見える。

 その建物が邪魔していて、このままでは秋葉原に入ることが出来ない。

 沙貴は、カーナビの画面を確認するが、そのようなものは表示されていなかった。


「こんな所に、こんな建物はなかった筈です」


「だよなあ……こんなんあったら、電車の窓から見える筈なのに」


「もうちょっと、近くまで行ってみようか」


 澪の提案で、もう少し交差点に接近してみる。

 交差点の信号の位置まで来て、三人は、予想を覆す状況に思わず声を上げた。


「な、何これ……?」


「ど、道路から……生えてる?!」


「ちょっと、二人とも見て! これ、ずぅっとあっちまで続いてるよ!」


「マジか?!」


 その建物は、「建造物」ではなかった。

 ただの黒い壁であり、しかも、路面を突き破って地面から生えて来たように見える。

 めくれあがったアスファルトに、飛び散る破片。

 窓や入り口などは一切なく、フラットブラック一色に染まった「壁」は、まるでこれ以上沙貴には進ませないといわんがばかりに、道路をまたいで空高く伸びている。

 更に、澪が指摘したように、その壁は昌平橋の向こう側から神田方面までずっと続いており、果てが見えない。

 この様子だと、末広町方面にかけても、この壁が塞いでいるように感じられる。


「どういうことだよ、これ」


「け、警察か自衛隊が、何かの理由でこの先に行かせないように封鎖してるとか?」


「だとしても、ここまで大掛かりなものを建造する必要はないわ」


「そうだよねぇ……これ、ホントマジ何なの?!」


「沙貴、とりあえず、この壁の向こう側に回り込めないか探ってみよう」


「承知しました」


 沙貴は、ひとまず交差点を右折して橋を渡り、左手に壁を見ながら淡路町方面へ向かって南下する。

 すると、黒い壁は淡路町交差点までで途切れており、旧中山通りに沿ってほぼ直角に折れ曲がっていた。


 交差点を左折して、今度は旧中山通りに沿って走る。

 左手側の黒い壁は日光を遮り、広大な日陰を作り出している。

 卓也は、もしここに人が居たら日照権で揉めるだろうなあ、とどうでもいい事を考えていた。


 結局、昭和通りへ続く交差点で壁はまた折れ曲がり、今度は北方面に伸びていた。

 御徒町方面まで走った結果、どうやら黒い壁は、秋葉原から末広町にかけてのエリアを綺麗に隔離するように、ぴっちりと配置されている事がわかった。

 秋葉原に入り込む手段は、今の三人には、ない。


 上野方面まで回り、また昌平橋交差点まで戻って来た三人は、揃って溜息をついた。


「ご主人様、秋葉原に行くのは、諦めましょう」


「そ、そうだな。

 しかし、何なんだこの不気味な壁は?!」


「どこの壁も、いきなり生えて来たって感じだよねえ。

 町並みがバグってるみたい」


 澪の言葉に何かを意識したのか、沙貴が、ふとある事に気付いた。


「ご主人様、あれを」

 

「ん?」


「あの、全体がガラス貼りのビルがありますよね。

 あのビルとこの壁、くっついてませんか?」


「んん? ちょっと、言ってる意味がわからない」


「あ、沙貴の言いたいことわかった!

 行ってみない? 三人で」


「君ら、なんでそんなに勘が鋭いんだよぉ!?」


 車を降りて、三人はガラス張りのビル「住友不動産秋葉原ファーストビル」に徒歩で近付いてみた。

 傍に来ると、卓也にも、ようやく意味が理解出来た。


 なんと、地面から生えている黒い壁は建物は全く破壊しておらず、むしろ避けているように見える。

 ビルの壁と黒い壁は融合して一体化しているものの、建物の中にまで侵食はしていないので、中に入ることは出来そうだ。

 ということは――


「そうか、このビルの中に一旦入って、それから少し進んで外に出れば」


「そうです、この壁の向こう側に抜けられますね」


「わかった、ちょっと気になるし、秋葉原へ行ってみようか」


「な、なんかちょっと怖いね……隔離された街とか」


「ゾンビが大量に居たりしたら、急いで撤退しましょうね」


「そういう展開は、絶対にゴメン被りたいけどなぁ!!」


 意を決して、三人はビルの中に入る。

 壁の厚さは数メートル程度のようで、想像以上の厚みこそあるものの、通り抜けは容易だった。

 拍子抜けした三人が、ビルから出ようとしたその瞬間、思わず足が止まった。



「な、何よコレ?!」


「はい、本日二回目のナニヨコレ来ました!

 って――えええええ?!」


「何よ、あ、秋葉原って、こんなトコだったの?!

 こんなとこに、メイドさんいっぱい住んでるの?!」


「いやいや! 住んでないし!

 つか、こんなの、秋葉原でも何でもないし!!」


 呆然と見つめる、ガラスの向こうの光景。

 それはあまりにも想像を超え過ぎており、三人の正常な思考を奪ってしまう。



 葉。

 つる

 茎。

 木

 樹。



 そこには、自然溢れる様々な植物が、鬱蒼と生い茂っていた。

 


 


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