ACT-41『あれから一年経ちました……』
これより第四章STARTです。
――それから、一年の月日が流れた。
熱海での出来事や、あの謎の男の話は、沙貴がしたがらないという事もあり、徐々に話題に上らなくなる。
無論、あの男との再会や、それ以外の人間との邂逅が起きることはなかった。
卓也と澪、沙貴の三人は、熱海からマンションに戻った後、相変わらず誰もいないこの世界で、長い時を過ごしていた。
自分達以外の誰とも逢わない生活は、想像を超える速さで三人の生活観を変えていく。
特殊な訓練を積んだロイエが二人も居る為、卓也の生活は一定レベルの規則性と安定性を維持していたが、各人の意識は明らかに変わりつつあった。
まず、澪と沙貴の主従関係の認識に、微妙な変化が生じ始める。
二人とも、卓也に対する奉仕は途切れることなく続けてはいたが、卓也の生活態度について愚痴を吐く事も出始め、時には口論となり、互いの口調が荒くなることもあった。
それでも、二人の愛情は不思議と薄れることはなく、卓也は均等に二人を構い、夜の営みも順調だった。
一方、卓也の性豪ぶりはどんどん拍車がかかり、今や初めての頃とは全く違う様相になっている。
それまでは、一日毎に交代で澪と沙貴を愛していたが、今では昼と夜の二回に分け、同日に二人を相手にするようになった。
また、そんな生活が連日続いても、卓也の性欲は枯れることがなく、それどころか更にパワーアップしたようで、今やあの澪ですら翻弄される状態にある。
そんな彼の「ご主人様」ぶりに心酔する澪と沙貴は、更に忠実な“性奴隷”となっていった。
三人は、その後も揃って別な場所に出向き、旅行を楽しんだり色々なところを見物したり、時には捜索や探索を行ったりと自由に振舞ったが、意外とすぐに飽きてしまい、十ヶ月も過ぎた頃にはもう何処へも出かけなくなっていた。
そんな彼らの生活を支える、数少ない共通の娯楽は「映画」だった。
この世界では、人間こそいないもののインターネットは接続可能で、動的なコンテンツの幾つかは充分に機能しないものの、映像サブスクなどのサービスは問題なく使用可能で、夕食時やそれ以降の団欒タイムは、いつしか自宅で上映会というスケジュールが定着しつつあった。
元々映画好きだった澪や沙貴の勧めもあり、卓也は今まで触れることもなかったジャンルや国の映画も観ることとなり、またその魅力を実感し始めていた。
あげくには、何処からか大型スクリーンとプロジェクタを回収してきて、リビングをホームシアター風にしてしまう。
そして、映画の感想を述べ合って夜更かしするといった日も多くなった。
それくらい、映画鑑賞は、三人の生活と心の正常性を維持する為に重要な役割を担っていた。
――だが、彼らはそんな世界からの脱出を、全く試みなかったわけではない。
あれから何度も、別世界への脱出を試みたが、全て失敗に終わっている。
どんなに深酒をしても、卓也が泥酔しても、あの不快な異世界移動イベントが生じることはない。
もはや、三人には、何がトリガーでそれが発生しうるのか、全く見当がつかなくなっていた。
『もしかしたら、ランダムで突然発生するのでは?』
異世界移動のきっかけは、実は卓也自身ではなく、全く別なものに起因する可能性もありうると示唆した沙貴は、「夜に発生する」という点だけが条件であると仮定し、いつ移動が発生しても良いようにと、夜間は必ず三人一緒に居ることを提案。
終わりの見えない生活は、尚も続けざるを得ない――
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
第四章
ACT-41『あれから一年経ちました……』
「ほら、沙貴。早く来い」
「お、お待ちください、ご主人様……ああ……」
「どうした、歩くの遅いぞ?
誰も居ないのに、恥ずかしいのか?」
「だ、だって、こんな格好で……わ、私……」
「刺激的でいいだろ?
現実世界じゃ、こんなシチュは絶対楽しめないぞ?」
「そ、そうですけど……ああ、駄目、もう……ううっ!」
沙貴は、その場で立ち止まると、顔を紅潮させて身体をぶるぶると震わせる。
足元に、白い飛沫がポタポタと零れ落ちた。
「あ~あ、改札まで我慢しろって言ったのに」
「も、申し訳ありません、ご主人様!
今、綺麗にいたします」
そう言うと、沙貴はその場で跪き、舌を伸ばす。
その頭を優しく撫でながら、卓也は制止をかける。
「それより――わかっているだろ」
「は、はい、失礼いたしました……
ああ、素敵……もう、こんなに……」
顔を上げた沙貴は、あらためて膝立ちの格好になると、膨らんでいる卓也のズボンに手を伸ばす。
目を閉じ、大きく口を開けると、舌を伸ばす――
ここは、JR新宿駅東口地上階。
ルミネ前からここまで、卓也にリードで引かれながら歩いてきた沙貴は、無人の駅で調教を受けていた。
衣服を全て脱ぎ、頭には白いネコ耳のカチューシャ、赤い首輪を嵌め、上腕まで覆う真っ白なハンドグローブとニーハイ、そして真っ赤なハイヒール。
更に、お尻には白い尻尾が取りつけられている。
いつもはスーツ姿で凛とした態度の沙貴は、これ以上ない程の恥辱的な姿で、リード線を付けられて駅構内を歩かされている。
そして卓也は、彼のそんなギャップのある様子を楽しむようになっていた。
改札へは、ここから階段を使って地下へ降りていく必要がある。
卓也は、改札に辿り着いたら沙貴を犯してやろうと考えていたが、さすがにちょっと躊躇いが生じていた。
「――ふぅ」
ごくり、と喉を鳴らしながら、恍惚の表情で卓也を見上げる。
そんな沙貴の顔を手で包み、優しく立ち上がらせると、卓也は真っ白で柔らかな肢体に、そっと舌を這わせる。
「あ……ご、ご主人様! そんな、いきなり、優し……」
「大好きだよ、沙貴。
ずっと離さないからな」
「ああ、ありがとうございます……
私も、ご主人様のことを、愛しています……」
胸を唇で塞がれたまま、沙貴が、愛の言葉と共に悦楽の声を上げる。
誰も居ない建物の中に、色香のこもった甘い声が木霊した。
「ところでさ、俺も、車の運転を練習しようと思うんだけど、どうかな」
自宅へ戻る途中、車内で、突然卓也が呼びかける。
人通りのない交差点、点灯していない信号で停車すると、沙貴は襟元を正しながら、意外そうな顔をした。
「そういえば、ご主人様は免許を持っておられないのですか?」
「だって、車を持てるほど余裕もないし、都内だと必要ないからねー。
一応、原付だけは運転出来るんだけど」
「そうなのですね、わかりました。
そういう事なら、お教えしますよ」
「ありがとう沙貴! 是非お願いするよ」
「もし私に何かあった時、お二人が長距離移動出来なかったら大変ですものね。
それなら、澪も一緒に教えましょうか」
「うぐ、いきなり縁起でもないこと言うなよ」
「そう仰いますけど、大事なことですよ?」
「う、うん、まあなあ」
顔をしかめる卓也をよそに、沙貴は適当なタイミングで車を発進させる。
誰もいない街で、わざわざ信号待ちをするのは無意味なことだが、沙貴は元の世界に戻った時に感覚が狂わないようにと、きちんと交通ルールを守るように心がけている。
そんな様子に、卓也は不思議そうな顔を向けた。
「なぁ、沙貴」
「はい?」
「君は、この世界から、まだ脱出したいと思ってる?」
「――そうですね。
思っています」
「俺、なんかこのままでもいいんじゃないかって気がするんだよね」
「それ、前にも仰ってましたね」
「そうだけどさ、君達も居てくれるし、何より物資は豊富にあるし。
人が殆どいないからトラブルも滅多に起こらないし。
それに、先人の知恵もあるし」
そう言いつつ、何処から取り出したのか、例のノートを広げる。
かつてこの世界にやって来たある人物が、事細かに世界の事情を書き記した古びたノート。
あれ以来、卓也はそれをずっと携帯し続けている。
初めて見つけた時から更に黒ずんだ表紙を見て、沙貴は怪訝な表情を浮かべた。
「ご主人様、そんなに持ち歩いていると、いつか破れてしまいますよ?
大切なものなら、お部屋に置いておいた方が」
「でもさ、いざという時何かあったら、これに頼った方がいいじゃない」
「そうかもしれませんけど――」
その“いざという時”は、それ以来全く起きていないのだが。
例の熱海事件以来、平和な生活が続いているにも拘らず、卓也は何故か、魅入られたようにノートの存在を重要視し始めている。
それが、沙貴には聊か不安だった。
「そういえばさ、話したっけ?」
「何をですか?」
「このノート、どうやら続きがあるみたいなんだ」
「え? 初耳ですけど」
「ああ、そうだったか!
最後のページさ、書き切れてなくて途中で文章が止まってるんだよ。
これ、続きの文章が別なノートに書かれてるんじゃないかって」
「はぁ」
「俺、それを見つけ出したいんだよね」
「……」
目を活き活きさせながら語る卓也の態度に、沙貴は益々不安を募らせる。
理由はないのだが、何とも言い難い奇妙な感覚を覚えるのだ。
「まあ、きっといつか見つかるんじゃないでしょうか」
「そうだよなあ。
いったいどこにあるんだろうなあ」
会話は、そこで途切れる。
途中で寄り道して、スーパーで食材を仕入れた二人は、澪の待つマンションへと急いだ。
その頃、澪は、一通りの家事を済ませて、一人ゲームに集中していた。
例のOLの家から持ち出したゲーム機と、そこに入っていたオールラウンド型大作RPGにドハマりしてしまい、留守番という名目でひたすらやり込んでいる。
「うわー! 弓外れた! ギャーヤバイ! 死ぬー!」
訳のわからない悲鳴を上げながら、アイテム画面を開いて装備を変更する。
ふと窓の外を見ると、もう夕方に近い。
「うっわ、いっけない! そろそろ二人が戻ってくる!
……あの二人、何処で乳くり合って来たのかな~」
最近、独り言が増えたなあ……と思いつつも、つい呟いてしまう。
約束では、今夜は澪が卓也の相手をすることになっている。
それを楽しみに、澪は、夕飯の支度を始めようと考え、断腸の思いでゲームを中断させた。
(あれ?)
ふと、違和感を覚える。
何か妙な雰囲気を覚え、澪は、咄嗟に窓を開く。
耳を澄ませてみるが……
「車の音? 沙貴のとは……違う?」
気のせいかもしれないが、微かに、いつも乗っている車とは違う音が聞こえたような気がした。
しかし、それもすぐに耳に届かなくなり、やがていつもの静寂が訪れる。
「なぁんだ、なんでもなかったかぁ」
やれやれと窓を閉め、キッチンに戻ると、今夜の分のご飯を炊く為にお米を取る。
ボウルに米を入れ、別のボウルに水を入れると、それを米に静かに注ぎ入れ、手早くかき混ぜる。
「ここでいかに早く水を捨て切るかが、腕の見せ所なのよ……ねっ!」
慣れた手つきで水を綺麗に捨て去ると、米を研ぎ始める。
二十五回ほど研ぎ、またボウルから水を注ぐと、捨てる。
二度目の研ぎを行おうとしたその瞬間、はたと、澪の手が止まった。
「え? ちょっと待って?
何もなかったって、音が聞こえたことは確かだよね?
――あの音の正体、ナニ?!」
思わず研ぐのを忘れそうになり、慌てて作業に戻る。
澪は、納得の行かない表情で、指の隙間でうねる米の粒を見つめた。
卓也と沙貴が戻って来たのは、それから十分程後のことだった。