ACT-40『さぁ、帰りましょう』
車内には、まだ人が乗っていた。
否、人“だった”と形容するべきだろうか。
「どういうことなの……?」
さすがの沙貴も、理解が及ばず困惑するばかりだ。
後部シートには、恐らくあの男と同じくらいと思われる背格好の――男性と思われるミイラが置かれていた。
思わず卓也の下に戻ろうと踵を返すが、ふと思い返し、再度車内を確認する。
しかし、やはり見間違いではない。
腕は肘下を前に伸ばすように折り曲げ、脚は何処かに座っていたまま固まっているようで、上を向いた状態だ。
眼孔は大きく窪み、口は何かを叫ぶかのように大きく開かれている。
暗闇の中、懐中電灯の光に照らし出された結果、こんなものが浮かび上がったものだから、たまったものではない。
沙貴は、早くこの場から立ち去りたいという気持ちを無理矢理押さえ込み、他に何か発見がないか、入念に車を調べた。
(これは……)
ようやくミイラを冷静に見られるようになった頃、沙貴は、もう一つの特徴に気がついた。
「これ……紐、よね」
大きく口を開けて天井を見上げているミイラ。
その首には、長い紐のようなものが巻き付けられていた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-40『さぁ、帰りましょう』
「沙貴ぃー、お待たせぇ!」
急に背後から声が響き、沙貴はビクッと反応する。
ホテルの玄関から小走りでやって来る澪を見止めると、沙貴は、右手を翳して制止した。
「来ちゃだめ! ホテルに戻って!」
「えぇ? どうしたのそr――って! 誰の車よそれ?!」
「多分、あの男が乗って来たんだと思うわ」
「えぇ……あんな状態なのに、車は運転出来るんだ!」
ライトの光に照らされ、納得の行かない表情を浮かべている澪に、沙貴は首を振る。
「とにかく、あの車には、絶対に近寄らないで。
ご主人様にも、伝えないと」
「ど、どういうことよ? いったい何があったの?」
不思議そうに尋ねる澪に、沙貴は、出来るだけ感情のこもらない声で囁いた。
「死体が乗ってる」
「した……ま、マジで?」
目をひん剥いて驚く澪に、沙貴は深刻な表情で頷く。
「もう、あの男とは正常なやりとりは出来ないわ。
明らかに――狂ってる」
「う、うん」
二人は顔を見合わせると、急いでホテルに戻る事にした。
澪と沙貴は、なかなか戻って来ない。
たった一人で謎の男を監視している卓也は、だんだん心細くなってきた。
持っていたナイフは離れた場所に置いているし、結構丈夫なワイヤーで手足も含めてガチガチに拘束してあるから、仮に意識を取り戻しても襲われる心配はない。
とはいえ、まるで映画のゾンビのように襲い掛かってきた様子は、やはり薄気味悪い。
出来る事なら、ずっと目を覚まさないで欲しいなあ、と考えていると、
「今起きた」
「ねえ今何時」
目も開けずに、突如、男が話し始めた。
いきなりの事でかなり驚いたが、なんだかとても自然な口調で、卓也は一瞬警戒心を解いた。
「お、起きたのか。
あんた、いったいどうしてここに――」
そこまで話しかけた瞬間、男は、突然クワッと目を見開いた。
「どういうことだよコレはどういうことだよ!」
「許されざるよこれは許されざる!」
「人には人権というものがあってだなオイ聞いてるのか」
「聞いてるよ俺だって混乱してる」
まるで堰を切ったように喋り出す男に、卓也は思わず絶句した。
身体をくねらせ、必死で拘束を解こうとあがきながら、その目は卓也をじっと睨みつけている。
その目の色が、もはや普通の人間のそれではない事に、卓也は今更ながら気付かされた。
「いや、あの、ちょ」
「あの女はどうしたんだあの女は」
「久しぶりのホンモノの女なんだぞ逃がすなよこのバカ」
「嘘つけお前女とはしたことないくせに」
「言うなよ!しょうがねえだろホンモノの女は臭いし」
「じゃあなんであの女犯そうとしたんだよ」
「もう池田のケツ飽きたし!」
「な、なあ、あんた、俺の話を」
「池田が逃げたのは俺のせいじゃないって倉橋のせいだよアイツが池田を独占し始めてからおかしくなったんだ」
「倉橋は性欲魔人だからなあわかるよ」
「アイツ俺まで襲おうとしたからなあもう穴あればゴリラでも構わない勢いだよ」
「だから殺したわけかお前」
「……え?」
戸惑いながらも男の言葉に耳を傾けていた卓也は、奇妙な事に気がついた。
ずっと独り言を話しているのだとばかり思っていたが、彼はどうやら、一人二役で“誰か”との会話を続けているらしい。
しかも、時々明らかな人名が出て来ている事に気付く。
(もしかしてこいつ、他にも仲間がいるのか?!)
背筋が寒くなった卓也は、ひたすら喋り続ける男に向かって、もう一度呼びかけてみた。
「おーい」
「多田はホントアイツどこ行ったんだマジで」
「いつもリーダー気取りだったもんな肝心な時にいないけど」
「多田って、どんな奴なんだー?」
男の会話に沿うように、そっと質問を囁いてみる。
すると、男はピクリと身体を震わせた。
「多田は俺達五人をここに連れて来たんだよ」
「そうそうアイツの独断で決められたんだ」
「コミニケットの帰り道でおかしい事に気付いてからさあいつが」
「マジかって思ったよ」
意外にも、男の言葉は卓也の質問に答えるような形になった。
(お、なんか反応し始めたな。よしよし、じゃあ……)
男が喋る単語を拾い、簡単な質問形式で口を挟むと、どうやら反応してくるらしい事に気付いた卓也は、男の独り言九割に対し一割くらいの割合で、呼びかけ続けてみることにした。
沙貴と澪が戻ってくるが、男が動いていることに警戒し、卓也の傍に近寄ろうとしない。
卓也は、暴れる男を無理矢理引きずり、事務所と思われる部屋に放り込むと、ドアの外に重たいものを並べ、内側から開けないようにした。
「ふぅ、お疲れ。
とりあえず、これでなんとかなったかな」
「一時しのぎにしかなりませんけどね。
これからどうしましょう、ご主人様?」
「あの~、ボク、もう帰りたいよ!
こんな怖いトコ、もういたくないし!」
襲われかけた澪が、震えながら涙目で訴える。
そこに、沙貴が外で見た光景の報告を加えた上で、同意する。
「……車に、し、死体?
マジで?!」
「ええ、あの男、私達が思った以上に危険な存在です。
早急に距離を取らなければ」
「そ、そうだなあ……。
いや実は、さっきな」
卓也は、先程男との会話から得た情報らしきものを、二人に告げた。
この男の名前は、「本井」というらしい。
多田、倉橋、池田、坂井という四人の知人と共に、熱海よりも西側の何処かから都内で開催された「コミニケット」なるイベントに参加していたのだが、その帰り道にこの世界に迷い込んだようだ。
はじめは五人で協力して住処を定め、無人なのをいいことにオタグッズやPC、ゲームを集めて好き放題やっていたが、倉橋が池田に性処理的な行為を強要し始め、そこから関係がおかしくなり始めた。
結果、坂井は池田を護ろうとして本井や倉橋と対立、殺し合いに発展するほど険悪な関係になってしまったとのことだった。
「――え、じゃあ、もしかして」
「うん、残りの四人のうちの誰かだろうね」
「仲間の死体を車に乗せたまま、移動しているということですか?!」
澪と沙貴の顔が、みるみる青ざめる。
すると、男は事務所のドアを内側から蹴飛ばし始めた。
ガンガン、という耳障りな音が、ホテルに響き渡る。
「ど、どうする? あの人?」
「このままだと、こっちも落ち着いて眠れないなあ」
「ご主人様。
思うのですが、今からこのホテルを出ませんか?」
沙貴の急な申し出に、二人は驚きの声を漏らした。
「えぇ?! い、今から?」
「で、でも、もうかなり遅い時間だよ?!
今からだと、マンションに帰るの明け方になっちゃうよ?」
卓也と澪が、不安げに尋ねる。
しかし、沙貴は途中で休憩を挟んでゆっくり戻れば大丈夫と念を押す。
「それよりも、こんな危険な人物の傍で一夜を明かす方が問題です。
ご主人様や澪に何かあってからでは遅いですから」
「そ、それはそうだけど……」
「確かに、沙貴の言う通りかもしれないね」
いつになく真剣な面持ちの沙貴に感化されてか、澪も徐々に同意の意志を示し出す。
時計は、もうすぐ深夜一時半を指そうとしている。
どうやら、じっくり考えているゆとりはなさそうだ。
しばらく唸って、卓也は、結論を出した。
「よし、沙貴の提案通りにしよう。
今から戻るんだ」
「卓也!」
「承知しました、ご主人様!」
話は決まった。
三人は早速帰る準備を整えることにした。
澪は、持ち帰って利用できそうなアメニティや小道具を集め始め、沙貴は明日の朝食用に準備していた食材を出来るだけ多く持ち帰れるよう、容器に詰め始める。
そして卓也は、最後の心残りを果たすため、深夜の大浴場へ向かった。
一時間後、三人は車に荷物を全て詰め込み、いつでも出発出来る状態に整えた。
ホテルの電源は、事務所に一度戻らないと消せない為、やむなくこのままにしていくことになった。
――問題は、男の処理である。
あれから寝付いたのか、事務所の中から音や声が一切聞こえなくなった。
しかし、男は拘束されたままである。
自力では脱出出来ない程にがちがちに縛っているので、このまま放置していったら、間違いなく死んでしまうだろう。
「ど、どうしよう? さすがに見殺しにするってのは気分悪いし」
「でも、ロープを解きに戻ったら、襲われちゃうかもしれないし……」
「ご主人様、澪、とりあえず出発しましょう」
二人の心配をよそに、沙貴が冷酷な決断を下す。
戸惑う二人を搭乗させると、沙貴は、シートベルトを締めながら話を続けた。
「ある程度まで距離を稼いだら、お二人を安全なところに降ろしますので、その間に私が一人で戻ります。 そこで、あの男を解放してまた戻りますから、ご安心ください」
「ちょ、ちょっと待て! そんな事したら、沙貴が危ないじゃないか!」
「そうだよ! それに、車で追いかけてきたら……」
「ご心配なく。
私には、これがありますから」
そう言いながら、沙貴は、黒くごつい物体を取り出してみせる。
それは、沙貴が以前居た世界から持ち歩いていた、護身用のスタンガンだ。
「あ、それがあったか!」
「だだだ、大丈夫なの? 沙貴ぃ……?」
「私はこれまで、色々なトラブルに対処して来たのよ。
こういうことは慣れっこだから、心配は要らないわ。
――さぁ、発車しますよ。シートベルトはいいですか?」
有無を言わさぬ勢いで、沙貴は車を発進させる。
真っ暗闇に包まれた熱海の街は、先程まで滞在していたホテルの明かりに、ほのかに照らされていた。
走り出してから一時間くらいは、三人とも色々と話をしていたが、卓也がいつしか寝息を立て始め、続けて澪も静かになった。
脅威から遠ざかり、安堵したせいだろうか。
道中で車を停め、二人の寝顔を見つめると、沙貴は改めて表情を引き締めた。
(あのホテルは、コピー元の世界の変化に連動して、やがて変化が起きる。
そうすると、事務所の様子も切り替わって、あの男が外に出られるようになってしまうかもしれない。
――だとしたら、今のうちに確実な手を打っておかなければ)
少し悲しそうな表情で、後部座席の卓也の寝顔を眺める。
小さな溜息を吐き出すと、沙貴は、再びハンドルを握り締めた。
(この世界でも、綺麗事だけでは生きていけないのかもしれない。
であるなら――私が、それを引き受けなければ。
澪には……ましてご主人様には、そんな事をさせるわけにはいかない)
沙貴は、以前に立ち寄って勝手を知ってる厚木IC付近のマクドナルドに立ち寄った。
ウニクロの様子を見に戻った際、万が一のためにと店内の空調をつけっ放しにしていったのが功を奏し、やや肌寒い明け方にも関わらず、中はかなり暖かかった。
寝ぼけ眼の二人を起こし、店内に移動させて再び休ませると、沙貴は再び車に戻る。
その手の中には、ちゃっかり持ってきたホットコーヒーがあった。
「では、行ってきます」
誰に言うでもなく言葉に出すと、沙貴はコーヒーを一口含み、今来た道をまた戻って行った。
ホテルに戻った頃には、空はもうすっかり明るくなっていた。
沙貴は、中に入る前にホテルの敷地やその周辺に運転が出来そうな車がないかを物色する。
幸い、送迎用のマイクロバスが一台あったので、その鍵を調達することにした。
(さて、後は――)
恐らく、バスの鍵は事務所内にあるだろう。
沙貴は、スタンガンを手で確かめると、深呼吸して事務所に向かう。
幸い、ドアが開けられた様子はなく、中も静かなままだ。
ドアの前の障害物をなんとか退け、ドアを開くと、あの男の異臭が鼻に飛び込んでくる。
見ると、男は芋虫のように床に転がったまま、無様に蠢いていた。
「誰か来た誰か来た女だまた女だ来たぞ!」
「腹が減ったメシくわなきゃ」
「このままでは生死に関わるからな」
「助けてもらう?謝る?逃がしてもらう?」
「昨日のあの女捜して来い!」
沙貴を見止めた途端、男はまた一人会話を開始する。
背筋を伝う悪寒に耐えながら、沙貴はマイクロバスの鍵を探すことにした。
幸い、事務所の壁にバスや社用車の鍵がかけられる場所があり、すぐに入手する事が出来た。
後は――
「立ちなさい」
沙貴は、男にスタンガンを向けて脅すと、自力で立つように指示した。
「わわわわわわわ!ででで電気電気ぃ!」
「これ触ったら感電する奴じゃん?!」
「そうよ」
吐き出すように呟くと、沙貴は、躊躇うことなくスタンガンを男に当て、スイッチを押した。
激痛に、男が悲鳴を上げる。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁl!!」
「こっちに来なさい」
痛みにのた打ち回る男を蹴り飛ばすと、沙貴は足の拘束だけを解き、事務所の外へ出るように指図する。
沙貴は、男をマイクロバスに乗せると、最後部の席に座らせてロープで固定した。
一切の情けは、ない。
男が絶対に移動出来ない状態なのを確認すると、沙貴は静かにマイクロバスを発車させた。
三十分後、マイクロバスは、あの古アパートに辿り着いた。
換気の為に大きく開いた窓から顔を覗かせると、沙貴はアパートに隣接しているホテル「うたたねの宿」を眺める。
一旦バスを降りてホテルの入り口を見た沙貴は、入り口のドアが何かでこじ開けられたように半開きになっている事を確認した。
「やっぱり、このホテルはもう……」
沙貴は、なにやら喚き散らす男をそのままに、一人ホテルの中へ入って行った。
数十分後、服に付着した埃を払いながら戻って来た沙貴は、いまだにブツブツと呟きながら天井を眺めている男に、スタンガンを翳した。
「出なさい」
「帰ってきた俺は帰ってきた」
「なんでまた部屋に戻らなきゃならないんだ」
「もしかしたらやらせてくれるのかな」
「そんなエロゲ的展開あるわきゃあない」
「でもちょっと待てよそういう展開もここならアリじゃね?」
「何言ってんのかちょっとわかんない」
意味不明な事を呟き続けるも、男はスタンガンの恐怖を身をもって知ったせいか、おとなしく沙貴の命令に応じる。
開放されてマイクロバスから男を降ろすと、沙貴は古アパート……ではなく、ホテルの中に入っていく。
男を先に歩かせ、薄暗く長い廊下を進んでいく。
やがて、二人は「大浴場」と書かれたプレートのある、大きく開けた空間に出た。
「入りなさい」
スタンガンで脅しながら、男を中に入らせる。
男湯の方へ進んでいくと、脱衣場は激しく荒らされており、棚は開け放たれアメニティは散らばり、得体の知れないゴミや配線のようなものが散らばっている。
それでも沙貴は怯むことなく、男を浴室の方へ向かわせた。
「……」
足を踏み入れた途端、沙貴の表情が曇る。
窓から差し込む淡い光に浮かび上がる、廃墟の大浴場。
湯も干上がり、床には埃やタイルの破片などが散らばり、素足で歩いたら怪我必至の酷い状況だ。
侵入者によって荒らされた形跡もあるが、解体されたと思しき木材なども見られることから、ある程度解体工事が行われている様子も窺える。
しかし、それも何かの理由で中断されているようだ。
その証拠が、浴室の窓際、大きな柱の傍にある。
――そこにも、ミイラが一体転がっていた。
これも、男の親友の一人なのだろうか。
腹に大きな包丁が深々と突き刺さっており、これが死因なのは疑いようもない。
既に人としての形を失ってはいるものの、苦悶の表情を浮かべてこと切れた事が、この薄暗がりの中でも容易に窺い知れる。
柱の脇には、細い金属製の鎖が置かれている。
それは、先ほど沙貴が何処からか探し出しておいた物だった。
呆然とミイラを眺めている男は、それまでとは違うトーンの声で、ボソリと呟いた。
「坂井……こんなすぐ近くに居たのかよ……お前」
そんな男を睨みつけると、沙貴は、その場で突然身体を大きく捻った。
ドカッ! という激しい打撃音と共に、男は声を上げることもなく崩れ落ちる
沙貴の、思い切り反動をつけたハイキックが、男の即頭部に命中したのだ。
ふぅ、と一息つき、まくれ上がったタイトカートを引き戻すと、沙貴は失神した男の身体をズルズルと引きずっていった。
「沙貴、遅いな。どうしたんだろう?」
ここは、厚木IC近くのマクドナルド。
時刻は、もう昼近くになろうとしている。
既に目覚めた卓也と澪は、暇そうに沙貴の帰りと待っていた。
「……んんっ」
卓也の手が、澪の頭を優しく撫でる。
それを合図にするかのように、澪の動きが早まった。
「う……っ、で、出るぞ……っっ!」
「うん♪」
卓也は目を閉じ、上を向きながら、ぶるぶると身体を震わせる。
一番深い部分に解き放たれたものが、直に食道を下っていく。
むせ返ることもなく全て受け止めた澪は、うっとりした表情で、残った物も丁寧に吸い取る。
卓也の、せつない吐息が漏れた。
ちゅっ、という可愛らしい音を立て、澪が頭を上げた。
ぺロリ、と舌先が覗く。
ふぅ、と溜息を吐くと、卓也は前を閉じながら澪の顔を見た。
「徹夜だったし、途中で仮眠でも取ってるのかな?」
「うん、車の運転もあるし、その方が賢明だと思うけど、心配よね」
「どうしよう、もし、このまま沙貴が戻らなかったら――」
そんな事を呟いていると、外から、車の音が聞こえてくる。
顔を見合わせると、二人は、急いで外の駐車場へ飛び出した。
赤色のランドクルーザーが、停車している。
運転席からゆっくり降りてきた沙貴は、疲れ切った顔で、二人に向かって軽く手を上げた。
「お帰り、沙貴!」
「ありがとう沙貴! お疲れ様!
それで、アイツはどうなったの?」
肩に手を置き、心配そうに尋ねる卓也に向かって、沙貴は囁くような声で答える。
「ご安心ください、ご主人様。
最良の方法で、解決いたしましたから」
「そ、そうなんだ。
詳しい話を」
「申し訳ありません、とても疲れましたので……
少し、眠らせていただけないでしょうか」
「あ、ああ! そうだね!
もちろん!」
「ボク、横になれるところ探して、整えてくるから!
待っててね、沙貴!」
そう言うが早いか、澪が大急ぎで店内に戻っていく。
卓也に支えられながら、沙貴は、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「……!! ……!!」
猿轡を嵌められ、金属の鎖で柱にぐるぐる巻きにされた男は、目の前に横たわるミイラを見ながら、怯えた表情で呻き続ける。
もう二度と、誰もやって来ないだろう、この廃墟のホテルの奥深くで――
第三章はここで完結となります。