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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第三章 誰も居ない世界編
39/118

ACT-39『温泉ホテルで、まさかの対決です!』


「ひ……!!」


 咄嗟に逃げようとするが、腕をガッシリと掴まれる。

 正体不明の男に捕らわれた澪は、そのまま、ロビーの奥で押し倒されてしまった。


「ちょ、は、離して!

 何するのよぉ!!」



「恐らくこれは昔池田が行ってた展開になるんじゃないか?」

「いやちょっと待って待ってそれはありえないでしょこれまで誰もいなかったんだから」

「この女もカメラの映像に映ってたからこれは現実信じられないけど」

「もうどうなっても知らんよ」



「い、痛いってば!

 あ、あんた、何者なの?! いつからここに居るの?!」



「俺さよく女って柔らかいって聞くけどそれ嘘だと思ってたんだよ身体の固さなんて男と変わらないだろって」

「しかし倉橋はしったかこいてたからな」

「アイツリアル女とヤったことあるって言ってたけど絶対嘘だよな」

「坂井の経験談は全部エロゲのシナリオの話でウケル」



「え、な、ちょ……」



「現実に目を向けないとやはり人として駄目なんですなあ」

「昨日の夜って何食ったっけ?葉っぱ?」

「失敗したら殺して埋めようよ」

「海に捨てるのもありだよ」



「ねえ! お願いだから聞いてよ、ボクの話ぃ!」



 必死で呼びかけるも、ヒゲモジャの男は、意味のわからない言葉をブツブツと繰り返し、ただ力任せに澪を引き寄せようとする。

 その途端、今まで気付かなかった猛烈な異臭が鼻を突いた。


「ウッ、臭っ!」



「えあ何?なんかいった?」

「いいにおいはするけど臭いってないよな」

「バカだからわかんねえんだろう」

「臭いのは多田だよなあ。風呂嫌いだからな。つかアイツなんで温泉行き提案したんだ?」



 澪のつい口を突いて出た一言に反応したのか、男の態度が変化する。

 腕を掴んだまま、彼の腹に膝蹴りを叩き込んだ。


「うげ……!!」


 突然の暴行に、身体を折ってうずくまる。

 そこに、更に横からの蹴りが飛んできた。


「きゃあっ?!」


 蹴り足が肩に当たり、横倒しになる。

 思ったよりも痛みはなかったが、澪は、いきなり暴行されたショックの方が大きく、その場から動けなかった。


「や、た、助けて……!!」


 無表情でじりじりと迫ってくる男に、澪はもう、何をどうしたらいいのか全く思いつかなかった。


 だがそんな時、どこからか自分を呼ぶ声が、微かに聞こえて来た。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


  ACT-39『温泉ホテルで、まさかの対決です!』





「澪、どこに居るの?! 返事して!」


 沙貴は、大声を張り上げながら走り回る。

 卓也も、その後を必死で追いながら声を上げ続けた。


「さ、沙貴、思ったより足が早いな!

 お~い澪ぉ、どこだぁ~?」


 食堂や厨房、大浴場の方面を回るが、誰もおらず、声も返って来ない。

 後はロビーと玄関のエリアだ。

 しかし、あと少しでロビーの方へ出るというところで、突然沙貴が止まる。


「どうした?」


「おかしいです。

 これだけ大きな声を出してるのに、返事が全然ないなんて」


「もしかして、上の階に行ってるのかな?」


「いえ、それはありません。

 ご主人様にはお伝えしていませんでしたが、ここに来てすぐ私達は、よほどの事がない限り私達の部屋より上の階には行かないよう、取り決めをしていたんです」


「ほ、ほぉ?」


「何かあった時に所在がわからなくなったら大変ですからね。

 それから、何かあったらこんな風に声を出して呼び合う約束もしています。

 でも、それがないということは――」


 沙貴の顔に、焦りの色が浮かぶ。

 それを聞いて、卓也はごくりと唾を飲み込んだ。


「て、手分けしようか」


「いえ、何が起きているかわからない以上、分散するとかえって厄介です。

 ここは共に行動しましょう」


「そうか、わかった」


「ここまで巡って、声が聞こえないということは、澪が居るのは……」


「ロビー……玄関の近く……」


 その時、卓也の頭の上に、電球が浮かびパリンと割れた。


「も、もしかして、パソコンの電源入れたヤツが?!」


「!!」


 沙貴は、卓也に向かって静かにするようジェスチュアをした後、一旦厨房の方に戻るよう促した。





「や、止めて……! ぼ、ボクは、ご主人様のものなんだからぁ!」


 力任せに上着を引き千切られ、胸元を開かれた澪は、必死で対抗しながら、ヒゲモジャの男から逃げようともがく。

 しかし、両脚を塞ぐようにまたがられているせいで、ろくな抵抗が出来ない。

 澪の非力さでは、男を払いのける事など夢のまた夢だ。


「ああっ?!」


 とうとう上半身を丸出しにされ、薄い胸と乳首が露出する。

 男は、その様子に益々興奮し始めた。



「おおおおおおおお女のむむ胸ぇ! おぱいおぱーい!!」

「やっぱり男の汚ったねぇ胸とは全然違うよな」

「池田は代用品」

「巨乳しか価値がないとか言ってた坂井は童貞のまま死んだしな」

「死んだっつうか殺されただけやん」

「これ新しい肉奴隷決定」

「倉橋もきっと喜ぶ」



 男は、そう言うとズボンの前に手をかけ、ジッパーを開く。

 むわっと異臭が更に立ち込め、澪は思わず顔を背けた。

 ズボンを脱ごうとして腰を上げた瞬間、澪は、思い切って男の股間に


「えいっ! ダブルスクリューパぁンチ!!」


 渾身の力を込めて、捻りを加えた両拳を叩き込んだ。



「おうふっ?!」



 体勢のせいか、思った程力はこもらなかったが、それでも急所にクリーンヒットしたようで、男はもんどり打って後方に倒れた。

 その隙を逃さず、澪は起き上がると、大階段の方へ走り出した。



「うがあああああああああ!!」



「ひぃ! た、助けてぇ! 卓也ぁ、沙貴ぃ!!」


 再びナイフを携えた男が、恐ろしい形相で追いかけてくる。

 澪は、涙目になりながらも、懸命に奥のエリアへと逃げた。


「澪?!」


 厨房の方から、沙貴の声が聞こえる。

 澪は、今にも泣き出したい気持ちを必死で堪えて、厨房へ飛び込んだ。


「澪! な、何があったんだ、その格好?!」


 奥から出て来た卓也が、澪を抱き締める。

 だが、漂う異臭に顔を背け、すぐ引き剥がした。


「く、臭っ?! な、何してたんだよ?!」


「助けて! だ、誰か知らない人がいるの!」


「えっ?!」


「しっ!」


 沙貴が厨房のドアを閉め、鍵をかけたのと同時に、ドンドンと打撃音が響き出す。

 と同時に、人間とは思えないような、おぞましい呻き声と叫び声も。


 その異様さに、卓也と沙貴は一瞬凍りついた。


「ひ、人が、居る?!」


「やっぱり、あの部屋のトラップの影響でしょうね」


「ふええん! 卓也ぁ! ボク怖かったぁ~~!!」


「ああ、よしよし。

 それにしても、何なんだアイツ?!」


 鼻をすすりながらも、澪は懸命に、卓也に説明を行った。

 男の外見、会話が成立しないこと、そしてナイフを所持していること。

 明らかに自分をレイプするつもりであったこと。

 それらの話を聞いて、卓也と沙貴は表情を引き締めた。


「まずいですね、なんとかしないと」


「つか、どうすんだよ!

 こっち、何も反撃するものがないぞ?」


「とりあえず、これなどいかがでしょう」


 そう言いながら沙貴が差し出したのは、小型のまな板だった。

 さすがの卓也も、反応に戸惑う。


「え、こ、これ、何かのギャグ?」


「これを上着の中に入れれば、腹部のガードに役立ちます。

 相手は、ナイフを持っているんですよね?」


「あ、そうか、なるほど」


「もっとも、澪の状況から相手は特別な戦闘訓練を受けた者ではないでしょう。

 ですので、こちらを攻撃するために有効な策略などを講じてくる心配はないと思われます」


「そ、そんなことがわかるの?!」


 澪の引き千切られた上着を検分しながら語る沙貴に、二人は感嘆の声を上げる。

 ドアは、いまだにドンドンと激しく叩かれ続けている。


「とりあえず、アイツどうする?」


「その男を、速やかに拘束する必要がありますね」


「ど、どうやって?!」


「幸い、あのドアは押し開き型の観音開きです。

 いちかばちか、ですけど――」


 沙貴は、こそこそ話をするように、二人に作戦を説明し出した。



 

「ズボンどこ行ったっけ?」

「ベタベタしてきたじゃんヤバいって」

「闘ハートのひろいきもあはりの胸で興奮したんかな」

「池田いなくなって相当経つもんなあ」

「アイツ黙って俺達にケツ貸してりゃ良かったのにな馬鹿が」

「そろそろ開けてくれぇ」

「生死の境をさまようことになる」



 ドアに密着し、剥き出しの下半身をこすりつけながら、なおも叩き続ける。

 厨房入り口の周辺には、男の撒き散らした汚臭と謎の汚れが散乱し、かなりの惨状に変貌していた。

 男は、まるでゾンビにでもなったかのように、ドアの前から一向に動こうとしない。


 だが――



 ドオォォン!!


 突然、物凄い勢いでドアが開かれ、何かが飛び出して来た。

 それは真正面から男の胸板にぶち当たり、彼を廊下の反対側の壁まで吹き飛ばした。


 あまりに一瞬の出来事で、男は悲鳴を上げる暇もなく、失神した。


「名付けて、超電ドリルキック!」


 ドアをぶち破って男を吹き飛ばしたのは、ごつい黒長靴を穿いた沙貴だった。


「うわお! 沙貴すげぇ!!」


「ま、まさかたった一撃でいけちゃうなんて……!」


「二人とも、先ほどの段取り通りに!」


 ゆっくり身体を起こしながら、沙貴が指示をする。

 卓也と澪は、頷いてロープを構えた。






 ――時間は、数分程遡る。


 沙貴は、こそこそ話をするように、二人に作戦を説明し出した。


「いいですか、澪は私とドアの両脇にそれぞれ立ちます。

 私が合図をしたら鍵を開けますので、ご主人様は、そのままドアに体当たりしてください」


「だ、大丈夫なの? 中に飛び込んでこない?」


 心配そうに囁く澪に、沙貴はドアの蝶番を指差す。


「さっきも言ったけど、ドアは室内から外に向かって開くタイプよ。

 だから鍵が開いた瞬間に、アイツが中に飛び込んでくることはないわ。

 必ず、ドアを引いて自分が入る空間を作る必要がある。

 そして、今アイツはドアの真正面に居るわ」


「そ、そうか! それをドアごと!」


「さすがご主人様。その通りです」


 軽く拍手をする沙貴に、卓也は怪訝な表情を向ける。


「で、もしソイツを吹っ飛ばせなかったらどうする?

 それか、吹っ飛ばしてもすぐ襲い掛かって来たら?」


 当然の疑問に、沙貴はいつの間にか手に持っていた得物をかざす。


「こいつでポカリキューです」


「め、麺棒……?」


「さすが卓也、一目でわかったね」


「そりゃあ、厨房にある棒っつったら、そんなもんくらいだろうから」


「というわけで、反撃の態勢は整っております。

 さぁ、ここは一発、カッコよく決めてくださいね、ご主人様!」


 そう言いながら、沙貴はさっさとドアの横に移動する。


「頑張ってね卓也! アイツを倒しちゃって!」


「え? あ、ちょ、ちょっと待って!」


 さささと反対側のドアに向かう澪に向かって、卓也は情けない声を上げた。


「おおお、俺、そんなの出来ないよ!

 俺、そのなんだ、格闘とか、そういうスキルないし……」


「ええっ」


「大丈夫よ! この中で一番体格が良い卓也がやればきっと大丈夫だよ!」


「ししし、失敗したら、俺はナイフ持った奴の前に丸腰で飛び込むことになるんだぞ!

 それは――」


「わかりました、私がやります」


 情けないやるとりに業を煮やしたのか、沙貴が、無表情で申告した。


「ぼ、ボク、道具集めてくるね!」


 なんとなく居心地が悪くなったのか、澪は逃げるようにその場から走り去った。





 ランドリールームにあった、洗濯物干し用のロープで身体と足首をぐるぐる巻きにする。

 持っていたナイフは回収され、これで一応、男の捕獲は成功した。

 本人は頭を打った衝撃で気絶しているみたいで抵抗は全くしなかったが、とにかく顔を背けたくなる程の異様な臭気が最大の問題だ。

 一番危険な役割を沙貴に押し付けた都合、男の拘束は卓也が担当することになったが、彼は激しく後悔していた。


「とりあえず、コイツどうする?

 話通じないんだろ?」


「ウン、なんか一人で“誰かと”会話してる系」


「うわぁ」


「こんな世界でたった一人で居たから、こうなってしまったのかもしれないですね」


「成れの果て、って奴か……」


 三人の目が、哀れみの色になる。

 しかし、この男をこのままにしておくことは出来ない。

 法律も警察も司法もないこの世界では、自分達の身を護ることが何より最優先。

 三人は、それを嫌というほど思い知らされた。


「ちょっと待てよ、コイツ、そもそもどうやってここまで来たんだ?」


「そ、そうだよ! もしかしてずっとここに隠れていたのかな」


「いえ、それはないと思うわ。

 ――ご主人様、私は建物の周辺を確認してきます。

 二人は、この男の監視をお願いできますか」


「あ、ああ」


「ねえちょっと! ボクも行く、一緒に行きたいよ!」


 自分を襲った犯人の傍に居たくないのか、それともこの臭いのせいなのか、澪が懇願する。

 やむなく、卓也は二人を外に向かわせる事にした。


「はぁ……それにしても……」


 数メートル離れた位置に椅子を置き、卓也は、溜息混じりに拘束された男を眺めた。






「澪、着替えなくていいの?」


「あ、そうだった! ごめん、ちょっと待ってて!」


 男に破られた服を着替えに、澪がホテル内に戻る。

 それを確認すると、沙貴はホテル入り口前に広がる駐車場の奥へ、視線を飛ばした。


 見知らぬ車が、一台停車している。

 それは、ここへ来た時には明らかになかったものだ。

 沙貴は、小走りで車に接近すると、その様子を窺うことにした。


「……!!」


 車内を覗き込み、沙貴は、思わす数歩後ずさる。


 その車が、所謂“EV車”であることは、シフトレバーの構造ですぐに判別できた。

 しかし、外観はとてもそうには思えない程に汚れ、へこみ、破損し、かろうじてぎりぎり走れるだろうくらいの危うい状態だ。

 たまたま手に入ったEV車の運転方法を手探りで見つけて、乗りこなすようになったのか。

 車体の至るところにあるへこみや擦り傷、打痕が、それを証明しているように沙貴には思えた。


 だが、彼が退いたのは、それが原因ではない。


 車内には、まだ人が乗っていた。

 否、人“だった”と形容するべきだろうか。


「どういうことなの……?」


 さすがの沙貴も、理解が及ばず困惑する。



 後部シートには、恐らくあの男と同じくらいと思われる背格好の――ミイラが置かれていた。




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