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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第三章 誰も居ない世界編
38/124

ACT-38『この人、なんなんですか?』



「や、やっぱり、裏口とかも確かめた方がいいかな……」


 ロビーを横切り、玄関以外の出入り口を確認しようと、澪は渋々移動を始める。



 だが、駐車場の端にいつの間にか停まっている乗用車の存在には、とうとう気付かなかった。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


  ACT-38『この人、なんなんですか?』





 二人の荒い呼吸が、薄暗い部屋の中に響く。 

 汗にまみれた身体をベッドに投げ出し、卓也は大きく息を吐いた。

 その横では、全裸でうつ伏せになり、肩を動かしている沙貴が居る。

 卓也の伸ばした手が尻に触れた途端、沙貴は短い悲鳴を上げ、またも激しく身体を震わせた。


「だ、大丈夫……なのか?」


「……あぁ……はぁぁ……っ」


 意識が朦朧としているようで、まともな返答が出来ない。

 卓也は、先程突然全身を大きく震わせ、絶叫した沙貴の様子に驚き、本気で心配をしていた。


 不安に苛まれながら、全身に汗を掻きひくひくと痙攣する沙貴を見守ること十数分。

 ようやく、沙貴がまともな反応を示した。


「ご、ご主人様……」


「だ、大丈夫? 沙貴。

 心配したよ、急に変なんなって」


「私も、こんなに激しいのは、初めてで……」


 そう言いながら、卓也にもたれかかる。

 身体中が火照り、少し熱く感じる程のぬくもりが伝わる。


「それって俗に言う、メスイキって奴?」


「そ、そう……だと思います。

 ご主人様、スゴイです。

 まだ経験が浅い筈なのに、私をいきなり、ここまで……」


「変なトコに才能開花したんかな、俺?」


 寄り添う沙貴の肩を抱きながら、もう少し落ち着くまでじっとする。

 やがて、沙貴が囁くように語り出した。


「まだ、知り合ってそんなに長くはないのに。

 不思議です……なんだかずっと長い間、ご主人様と一緒に居たような気がします」


「実は、俺もそうなんだよな。

 澪と沙貴と三人で、もう何年くらい過ごしたっけ? なんて思っちゃう時があってさ」


「フフ♪ 不思議ですね。

 でも、私達って、それだけ相性が良いのかもしれません」


「そうだな。

 俺もそんな気がする」


 見つめ合う瞳、少しずつ近付く顔と顔。

 二人は、ごく自然に、互いの唇を求めた。

 舌が、淫靡に絡み合う。


「キス、凄く上手ですよね、ご主人様」


「ええっ? そ、そう?」


「ええ。

 今度、ずっとキスだけして頂けないでしょうか?」


「お? おう」


「ご主人様のキスなら、それだけでイケちゃいそうな気がします」


 顔を紅潮させながら、しなを作り、囁く。

 淡い室内灯に照らし出された沙貴の姿は、もはや性別など関係のない、この世にありえない程の完璧な美しさを感じさせる。

 いつしか卓也は、言葉を失い、沙貴に見とれていた。



「――そういえば、沙貴。

 なんであの時、アパートに戻ったんだ?」


 沙貴に腕枕をしながら、卓也は天井を見つめつつ尋ねる。

 その質問に、沙貴は、ハッと顔を上げた。


「そ、そうでした! ああ、なんてこと……うっかりしておりました」


「え? な、何があったの?」


「その話を、先に報告するべきでした!

 本当に申し訳ありません。

 ご主人様のお部屋に行けるので、ついはしゃいでしまいまして」


「そ、そ、それはいいよ!

 それで?」


「はい、実はあの部屋なんですけど――」


 沙貴は、順を追って説明を始めた。






 

『そうは言いますけどね、あなたはロイエとしての教育を、何年も受け続けたのですよ?

 たとえ世界が変わっても、ちゃんと誇りを持っ――』


『ロイエとしての教育を、何年も受け続けた』


『何年も受け続けた』


『何年も――』





 卓也と澪に話した、自分の言葉がリフレインする。

 沙貴の脳裏に、その時、何かが閃いた。


(あのパソコンは、ずっと以前から電源が入っていた……?

 パソコンは電源を入れたままの方が長持ちするとは確かに言うけど、いくらなんでも何年もそのままだと、熱や埃で故障するのでは?)


 そんな疑問を一抱いた沙貴は、急いでアパートに戻ると、例のパソコンのディスプレイを再び点けた。

 マウスを操り、スタートからコントロールパネルを展開する。

 

(確か、このOSは……管理ツールから……あったわ)


 「イベントビューワー」というアプリケーションを立ち上げた沙貴は、そこに表示された情報を注視した。

 そこには、“システムの稼働時間”が表示されている。

 現われた数値は、“90164”。

 これは、「秒」を表している。

 以前、たまたま受講していた古いPC環境の操作レクチャーを思い出し、PCの稼働時間を調べる方法に、沙貴は気付いたのだ。


 表示された数字を見たと同時に、沙貴は急いで部屋を飛び出した。





「あの部屋のパソコン、電源が入りっ放しだったじゃないですか」


「ああ、うん。

 あれ、いったい何年前から付きっ放しなんだろうね?」


「25時間と少々」


「へ?」


 頭の上にでっかなハテナを浮かべる卓也に、沙貴は、表情を引き締めて呟く。


「パソコンの電源が入れられたのは、私達が戻ろうとした時刻から逆算して、おおよそ25時間。

 一日とほんのちょっとしか経ってませんでした」


 沙貴の告白に、卓也は、思わず飛び起きる。


「な?! ちょ、待てよ!

 それってどういうこと?

 まさか……」


「はい、私達がこのホテルに着いた頃と、だいたい合致します」


「じゃあ、あの部屋の明かりは?」


「はい、本当の意味で、誘蛾灯だったんです。

 そして私達は、まんまとそれに捕らえられたんです」


 卓也が発見した、古アパートの光。

 それは、ずっと前から点灯していたものではなかったのかもしれない。

 だが室内のパソコンは、明らかにごく最近、誰かが電源を入れたのだ。

 ということは――


「こ、この街には、俺達以外に、誰か居るってこと?!」


「そうですね。

 確定事項と考えて問題ないでしょう」


「な、何のために?!

 何でそんなことをする必要があるんだ?!」


 慌てる卓也に、沙貴は、いつものような鋭く冷たい目線で、まっすぐに見つめて来た。


「わかりませんが、何かの目的を以って、私達をあそこにおびき寄せたと考えるべきかもしれません」


「ま、マジかよ……」


「少なくとも、あの部屋に、私達三人以外の誰かが、少し前まで居たという事実は変わりません。

 しかもその人物は、この時点で、私達に直接アプローチをかけて来ません。

 どうやら……あまり良い意向を持っていない存在のようですね」


「じゃあ、もしかしたら――」


 卓也が話し出そうとした途端、予想外の事態が、突如発生した。






 ――ジリリリリリリリリリリリリ!!!!






「わぁっ?! な、なんだぁ?!」


「非常ベル?! なんで?!」


 突如鳴り出した警報のベル。

 卓也と沙貴は、ベッドから飛び出すと、大急ぎで衣服を身にまとう。

 沙貴は、やむなくあのトレーナーに頭を突っ込む。

 ベルは、鳴り止む兆しがない。


「はっ、そうだ! 澪?!」


「澪に、何かあったのでは?!」


 顔を見合わせると、二人は大急ぎで階段を目指し走り出した。







「いいいいいいい?!?!?!」


 大浴場への通路の途中、外に通じている非常口があったのを思い出した澪は、そこの戸締りをしようと向かう途中、突然鳴り出したベルにびっくりして、尻餅をついた。


「な、な、な、何? 何が起きたの?!

 火事? 火事ぃ?!」


 慌てて立ち上がり、胸いっぱいに空気を吸い込むが、特に何かが燃えているような匂いはしない。

 

「もしかして、卓也の身に何かあった!?」


 非常ベルが鳴る意味を、彼なりに理解する。

 澪は、大急ぎで階段を目指した。


 肝心の、非常口の戸締りは忘れたままに。




 このホテルのロビー中央には、大きな階段がある。

 ここから二階、三階へと上がって行き、それぞれの階の大きな踊り場に出る構造になっており、そこからエレベーターや客室へ移動可能になっている。

 何かトラブルがあった場合、脱出不能になる危険を考慮して、卓也達はエレベーターを使わずに済む一番下の三階客室を選んでいた。

 澪が大階段に足をかけようとしたその瞬間、背後で、何か気配のようなものを感じた。


「えっ? た、卓也? 沙貴? 居るの?!」


 けたたましく鳴るベルの音にかき消され、周囲の細かな音が何も聴き取れない。

 しかし、明らかに一階ロビーに、誰かがいた気がする。

 澪は、恐怖感を覚えながらも、今来た路を戻る事にした。


「沙貴ぃ――! 居るのぉ――?」


 出来るだけ大きな声を張り上げながら、玄関の方へ歩いていく。

 すると、玄関脇にいくつか置かれているソファの陰から、突然何かが飛び出して来た。


「ひゃっ?! ちょ、ちょっとぉ! びっくりするじゃないのよ!

 卓也? もう、こういう時におどかしっこはなしに――」


 怖いのと、誰かに会えた安堵感がごちゃ混ぜになり、早口になる。

 澪は、目の前に佇む影をマジマジと見つめ、やがて、喋るのを止めた。





「――ふぅ、これで良し」


「おお、やっと止まった!

 ありがとう沙貴、でも……別に火事じゃないよな?」


「そうみたいですね。

 澪が鳴らしたんでしょうか」


「でも、どうして押したんだろう?

 部屋もわかってる筈なのに」


「さぁ……」



一階の火災警報機が押された事で、非常ベルが鳴ったことを突き止めた卓也達は、ベルを止めて澪を捜すことにした。

  

「昔居た会社で、非常ベルが誤作動起こして鳴るってことがたまにあったけど、それかな?」


 ふと思い立った事を呟いてみるが、沙貴は首を横に振る。


「あの子の性格を考えたら、まず真っ先に確認をして、ベルを止めてから私達に報告するでしょう」


「そうか、でも、澪が何もやってないってことは――」


 卓也がそこまで言った瞬間、沙貴は、突然歩みを止めた。

 その顔は、愕然とした表情を浮かべている。


「ま、まさか――」


「どうした? 沙貴」


「澪が、危ない!」


「えっ?!」


 卓也の反応もよそに、沙貴は、いきなり走り出した。








「だから俺が行こうって言ったんだそしたら坂井の奴が止めるんだ」

「えでも待って結局人いたんでしょ」

「そこだよ俺も誰が居るのか知りたかったからさ隠しカメラ仕掛けておいたんだよ」

「でも三人いたんだっけ?」

「そうそう倉橋は反対してたんだよアイツなんにもわかってないし」

「倉橋は池田とセックスしてたんじゃないの?」

「いつものことだろうからほっといた」



「ねえちょっと待ってそういえば坂井居ないよねどこ行ったの?」

「さぁもうずっと前に出て行ったよ」

「池田はなあ。なんでいつも泣いてるんだよ訳わかんねえ」

「嫌になったんじゃない?ケツ掘られてばっかだし」

「だってアイツくらいしかいねぇじゃんそういうのに使えるのって」

「はぁ初美チャンみたいな娘が現実に居たらなあ」

「ねえこの娘結構似てない?」




「ちょ……な、何? 何よ、アンタ?!」


 澪は、戦慄した。

 同時に、例えようもない程の恐怖に支配されていた。 


 目の前に居るのは、一人の男。

 長い髪とヒゲ、ボロボロの衣服をまとい、まるでホームレスのような格好だ。

 目は虚ろで、すぐ目の前に居る澪を見ているのかも定かではない。

 手には懐中電灯とナイフを持ち、何かをブツブツと呟いている。


 それが、一人で複数人の会話を模している「独り言」だと気付いた瞬間、澪の背筋に冷たいものが迸った。


「ひ……!!」


 咄嗟に逃げようとするが、腕をガッシリと掴まれる。

 正体不明の男に捕らわれた澪は、そのまま、ロビーの奥で押し倒されてしまった。



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