ACT-37『それでも、愛してくださいますか?』
時間的な制約や、まだ夕飯を摂っていないという事情から、古アパートを後にすることにした卓也達は、車に乗り込むと、先程の部屋の住人の話で盛り上がった。
澪にとっては、二次元の架空の女の子に夢中になるという嗜好が理解出来ないらしく、だからこそ逆に興味を抱いたようだ。
「ねえ卓也ぁ、ああいうえっちなゲームって、どんなことをするものなの?」
「それって、ゲームの中でのこと?」
「うん、そうそう」
「それはゲームやメーカー、ブランドの方向性によるかな。
初体験的な初々しいのから、マニアックなSMプレイまで、そりゃあも……沙貴、そんな目で見ないで」
「えっちなゲームの話ですか? えっちなゲームの話ですね?」
「あうう、す、すみません!」
「でもさぁ、だったらボク達が、そのゲームのヒロインみたいなことをしたら、卓也は喜ぶ?」
そう言いながら、スカートをまくって太ももを覗かせる澪。
思わず目を惹かれたが、卓也はぶるぶると首を振った。
「ああいうのはな、シチュエーションが全てなんだ。
悪いけど、澪はその、なんというか――」
「むぅっ! ボク、普通の女の子になんか負けないもん!」
「いや、そういうことじゃなくてな」
「えっちな話ですね?」
「すみません……」
ジト目で睨む沙貴に、何故か頭をぺこぺこ下げる卓也。
澪は、窓の外をぐるりと眺めると、お腹をさすりながら呟いた。
「ねえ、途中のコンビニで何か貰って帰らない?
もう、お腹ぺこぺこだよぉ」
「澪、まずはご主人様のご意向を尋ねてからでしょう?
最近、あなたロイエとしての自覚に乏しいわよ?」
「え~、だってぇ。
別世界に来てるんだからさぁ、もうロイエとか関係なく、卓也が好きならそれでいいじゃない~」
「そうは言いますけどね、あなたはロイエとしての教育を、何年も受け続けたのですよ?
たとえ世界が変わっても、ちゃんと誇りを持っ――」
と、そこまで言った時点で、沙貴の言葉が止まる。
しばらく何かを考えるような仕草を取ると、沙貴は、何を思ったか車を降りた。
「どこ行くの、沙貴?」
「すみませんご主人様、すぐ戻ります」
「え? ああ」
それだけ言い残すと、沙貴はまた古アパートに戻っていく。
取り残された二人は、思わず無言で見つめ合った。
「どうしたんだろう?」
「どうしたんだろうね?」
やる事がなくなった二人は、しばらく適当にいちゃついていたが、やがて澪が、卓也の下半身に手を伸ばしてきた。
「ねぇ、卓也ぁ」
「な……またぁ色気付いて!」
「沙貴が帰ってくるまで、いいでしょ?」
「い、いいって、な、ナニをするつもりなんだ?」
戸惑う卓也に、澪は軽く舌なめずりをしながら微笑む。
「だってぇ、今夜は沙貴の番なんでしょ?
ボク、一人ぼっちで寝るのよ?
寂しいよ……」
そう言いながら、卓也の股間をズボンの上から唇で挟む。
鈍い刺激を与えながら、やがて自分のスカートの中に手を入れ始める。
卓也は、それを阻止すると、彼のスカートを大きく捲り上げた。
「やん!」
「やっぱり穿いてない。
澪、お前、俺と逢ってからパンツ穿いたことあるのか?」
「えっと……ちょっとだけ」
予想はしていたが、あまりにも想定通りの回答過ぎて、溜息を漏らす。
「どうしようもない淫乱だな、お前は。
わかった、じゃあもう、下着穿くの禁止な」ペシッ
「やん! は、はいっ!」
少し厳しめな口調で、澪の尻を軽く叩きながら命令する。
澪自身は既に大きく膨らみ、透明な雫が滴っている。
それを指先で掬い、口元に寄せると、澪は恍惚の表情で舐め取り始めた。
「こっちにお尻向けて」
「は、はい……」
顔を紅潮させ、すっかり言いなりモードに突入した澪は、自らスカートを捲り上げると、大きな尻を卓也の方に向ける。
それを両手で鷲掴みにすると、左右に開き、顔を近づける。
「あっ! い、いきなり……?!」
「信用してるからな」
ぬるりとした感触が体内に入り込み、澪は、思わず歓喜の声を上げた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-37『それでも、愛してくださいますか?』
(もっと早く気付くべきだったわね、迂闊だったわ)
先程の部屋に戻った沙貴は、いまだ電源を入れっ放しのPCに向き合うと、マウスを操作して管理ツールを立ち上げる。
そして、何やら入力を始めると、何かのアプリケーションを立ち上げ、その表示に注視した。
(90164……ということは)
表示された数字を見たと同時に、沙貴は急いで部屋を飛び出した。
「あああああっ! た、卓也ぁ! そこ、そこ、すごくイイのっ!」
「この、ちょっと硬いところ?」
「うん……あ、ああっ! も、もう、ボク……出」
澪の声が絶頂に達しようとするその瞬間、物凄くわざとらしい咳払いが響いた。
「何やってるんですか、車の中で」
「ひぃっ?!」
「キャアッ?!」
突然帰ってきた沙貴に怒鳴られ、飛び上がる程の勢いで驚いた二人は、まるで幽霊でも見たような恐怖の表情で振り返った。
「車の中で、そういう行為はおやめください。
匂いや汚れがこびりついたらどうするのです?
澪も、早く拭いて。そこに除菌シートあるでしょ」
「あううう……なんで、いいとこで帰ってくるのよぉ~!」
「コホン。
さてご主人様? 今夜は、確か私の番でしたわよね?」
「は、はい……」
「今夜は、たっぷりと、搾り取って差し上げますからね。
澪に、こういう事をする気が起こらなくなるくらいに……フフッ」
沙貴の微笑みに、卓也は背筋がぞくっとした。
ホテルに戻ったのは、午後十時を回った頃。
途中のコンビニで購入した弁当や惣菜、ドリンクを平らげた三人は、一息つくと、改めて今後どうするかの相談を始めた。
だが、その口火を切ったのは沙貴だった。
「私は、このホテルは早々に引き払った方が宜しいかと思います」
「えーっ?! なんで、なんで?
こんなにいいホテルなんだからさあ、もうしばらくゆっくりしようよ!」
「そうだよ、あと一週間くらいは」
ブーイングを漏らす卓也と澪に、沙貴は、何故かひどく真剣な表情で呟いた。
「もしかしたら私達は、本当に誘蛾灯に捕らわれた虫なのかもしれません」
「え? 虫?」
「どういうこと?」
「詳しくは、明日の朝に改めて
それより、今夜は早く休みましょう」
「うーん、そうだな、もう時間も遅いし。
ひとっ風呂浴びたら日付変わるかもな」
「そうだねー。
ねえ、また三人で入ろうよ」
「私は、ちょっと考えたいことがあるので、二人ともお先にどうぞ」
「え、あ、はい」
「沙貴、もしかして、さっきのこと怒ってるの?
だったらごめん……」
申し訳なさそうに詫びる澪に、沙貴ははにかんだ笑顔を向ける。
「そうじゃないわ、澪。
少し、今回のことで考えたいことがあるのよ」
「それって、あのアパートのこと?」
「ええ。
それとご主人様、明日私に自由時間を戴けませんか?」
「うん、別に構わないけど」
「その間、澪の面倒をお願いします」
「ちょっとぉ! ボク子供じゃないもん!」
「だったら、あなたも精一杯、ご主人様にご奉仕なさい」
それだけ言うと、沙貴はロビーから立ち去っていく。
その後ろ姿を見つめながら、二人は揃って首を傾げた。
「なんか、変だなアイツ」
「うん、何かあったのかな?」
「後で聞いてみてよ。卓也」
「そうだなあ……ま、それはそうと、風呂行くか」
「はーい」
能天気な会話を楽しみながら、二人は入浴の準備をする為に、自室へ一旦戻る事にした。
全員の入浴が終わり、日付が変わる頃。
卓也の部屋に、沙貴がやって来た。
「こんばんは。ご主人様」
「うわっ」
「どうされましたか?」
「あ、いやその、沙貴にしては意外な格好だから」
「ふふ♪ ちょっとイメチェンしてみました」
沙貴の格好は、ワンピースのように、大きめな赤いトレーナーを一枚羽織っただけ。
裾からは形の良い美脚が覗き、付け根の辺りまで露出している。
髪は入浴時とは違いサイドポニーにまとめてあり、いつもの綺麗というイメージよりは、可愛らしいと表現する方がお似合いに思える。
彼のまとう服は、先日ウニクロから調達したもののようだ。
卓也は、いつもと違う雰囲気に、思わず感嘆の声を漏らした。
「なんか、すごくいいね、今夜は」
「ありがとうございます、ご主人様♪」
「ホント、君らが男だってのが、いまだに信じられないよ」
「もう、何度も確かめられたじゃないですか」
「そりゃあそうだけど」
ベッドに腰掛ける卓也の横に座り、肩に頬を寄せる。
いつもの凛とした態度と違う、予想外の積極性に、卓也はときめいた。
「ご主人様、お尋ねしても宜しいでしょうか」
「うん、なに?」
甘えるように身を寄せながら、沙貴は、囁くような声で語る。
「私、ご主人様のお邪魔になっていませんか?」
「え? なんで?」
「さっきのこともそうでしたけど。
澪とのこと、私が邪魔してばかりだから」
「あ、え、え~っと、それは……」
なんて答えたらいいか、見当が付かない。
何となくで澪に手を出した程度なので、そこまで深く考えた事はない。
卓也は、自分がいつの間にかそういうことが容易に出来てしまう、かつて軽蔑していたタイプの人間と同じようになってしまったことに気付き、猛省した。
「沙貴がそういう風に感じてしまったんなら、ゴメン。
謝るよ」
「いえ、ご主人様が謝られることではありません。
私は、澪と共に、ご主人様のお傍に居られれば……」
そう言いつつも、どこか声が寂しげだ。
今夜は妙にしおらしい沙貴の態度に、卓也は若干の違和感を覚えた。
「ねえ沙貴。
もしかして、俺達に何か隠してない?」
「え」
はっと顔を上げ、卓也の顔を見つめる。
沙貴の頭を優しく撫でながら、卓也はとても心配そうに尋ねる。
「君は、とても勘が鋭い人だ。
俺達が気付いていない何かに勘付いて、一人で何か調べたりしてるんじゃないか?」
「……」
「私のことを、そこまで気遣ってくださってたのですね」
「そりゃあそうだよ。
沙貴も、そして澪も、俺にとっては大事な家族だから」
「家族、ですか?」
「そう、家族。
主人とか奴隷とかじゃなくって、とても大事な家族だ」
卓也は、そう呟きつつ、沙貴をベッドに押し倒した。
肩を抱き、驚かせないように優しく。
柔らかい布団の上に横たわった沙貴は、今までの彼と違う、どこか幼さを感じさせる可愛らしい表情を浮かべている。
そっと、唇を重ねる。
卓也の手が、沙貴の脚に触れ、徐々に上がっていく。
「ご主人様……ああ、嬉しいです。
私、ご主人様に出会えて、本当に幸せです」
「そう言ってくれると、俺も嬉しいよ」
卓也の指が、剥き出しの沙貴を優しく摘む。
包み込まれた部分を静かにめくり上げると、指先で弄ぶようになぞる。
その度に、沙貴の身体がビクンと大きく震えた。
「ああっ! ご、ご主人様」
「めっちゃ反応がカワイイ」
「あ、ありがとうございます……
で、でも、待って」
沙貴の手が、卓也の腕をそっと掴む。
どこか思い詰めたような表情で見つめてくる彼を、卓也は不思議そうに見返した。
「どうした? まだちょっと、早かった?」
「いえ、聞いて頂きたいことがあって」
「あ、うんゴメン! ちゃんと聞くよ」
慌てて沙貴から身を話す卓也。
そんな素直な態度に、沙貴は思わずクスリと微笑んだ。
「ご主人様。
ご存知の通り、私は元・ロイエ管理課の課長を任されておりました」
「か、管理職だったの?」
卓也の質問に、静かに頷く。
「はい。
その為、今まで多くのロイエと、彼らを購入したクライアント様にお会いして来ました。
そして、その時……ここでは言えないような出来事や、揉め事に対応して参りました」
「あ、うん」
急に深刻な話になり、卓也は恐縮する。
裾を直しながら座り直すと、沙貴は、いつもの凛とした表情で、更に語り続けた。
「その中には、ご主人様が想像も出来ないような出来事もあります。
ですから、私はもう、そういうのに慣れてしまいました。
もう二度と、そういう世界から抜け出せないものだとばかり思っていたんです」
「でも、今は――」
「ええ、ご主人様と出会えて、私はそんな醜悪な環境から、逃れることが出来たんです。
本当に、感謝しています」
「あ、いや、なんかこう、照れるなあ」
「でも、ご主人様」
沙貴の声が、やや強まる。
そこに何か強い意志のようなものを感じ、卓也も照れ笑いを止めた。
「今後、この誰もいない世界で三人で暮らしていく中で、私は――
お二人を護るために、一時的に、かつての自分に戻ることがあるかもしれません。
ロイエ管理課長だった時代の、私に」
「……」
「――そんな私でも、ご主人様は……愛してくださいますか?」
卓也は、そこでようやく気付いた。
沙貴の目にうっすらと浮かぶ、涙に。
「沙貴――」
「申し訳ありません、こんな話……急に」
「いや、いや! そんな事ないよ!」
涙が頬を伝うより早く、卓也は沙貴を抱き締めた。
まるで泣き顔を覆い隠すように。
「言っただろ? 沙貴はもう、俺の家族だ!
沙貴がどんな人でも、俺は沙貴が好きだし、愛してるよ」
「ご主人……さ、ま……」
「だから、そんな事言わないで!
俺、沙貴や澪が居るから、こんな世界でも普通で居られるんだ。
とっても助かってるんだよ!
だから、沙貴も――もっとこう、俺達に色々と話して欲しい」
「……」
「一緒にいよう。
ずっとな」
「は、い……承知いたしました」
卓也は、思った。
自分の知らない、沙貴の過去とはどんなものなのだろう?
だけど、そんな事を知ってどうする?
今の沙貴は、これまでの沙貴があったからこそ、存在しているのだ。
今の彼が好きなら、昔のことなど、気にしてどうするのだ?
自分を慕ってくれている存在に、自分が応えてやれなくてどうする?
以前、それが出来なくて失敗した経験を、活かす時。
卓也は、それが今なんじゃないかと、自問自答した。
「沙貴」
「はい」
「俺、も沙貴に逢えて本当に良かった」
「光栄です、ご主人様……」
「沙貴が、欲しい」
「……」
卓也の言葉に頷き、沙貴は、着ている服を脱ぎ始める。
淡いルームライトの光に照らされ、まるで彫刻のような美しい肢体が浮かび上がる。
まるで少女のような可愛らしく恥らう表情に、卓也の中の何かが大きく鼓動した。
「ご主人様……愛しています」
その言葉を皮切りに、卓也は、沙貴を強く抱き締めた。
「――ふ~む、なるほど。
こういう、結構お緩いのがウケるのね」
澪は、暇つぶしにとホテルが貸し出しするタブレットを使って、サブスクでアニメを観ていた。
インターネット自体は、情報が更新されないだけで閲覧可能なのが幸いした。
先の卓也の話から興味を覚え、あの部屋のポスターの絵となんとなく似ている絵柄のサムネイルを見つけたのだ。
緩い日常の出来事や、些細なトラブルなど、比較的平和な展開が続く。
緑茶をすすりながら、澪はそれを、誰もいないホテルのロビーで観続けた。
(今頃二人は、お部屋で楽しんでるんだろうなあ……はぁ、いいなあ。
ロイエを二人以上持ってるご主人様につくと、いつもこういう気分になっちゃうのかなあ)
溜息交じりに画面に見入るが、どうにも内容が頭に入って来ない。
お茶のお代わりをもらいに厨房に向かおうとしたその時、澪は、ふと強烈な違和感を覚えた。
(え、今……なんか、光った?)
ホテルのロビーは、澪が怖くならないようにと、全ての明かりを付けてある。
その為、真っ暗な外の様子は、中からでは窺い知れない。
だが、そこに一つの明かりが、フラフラと動いているように思えたのだ。
(え、ちょ……な、何? なんかいるの?!)
タブレットを胸に抱きながら、澪は恐る恐る入り口付近まで移動してみる。
外は、相変わらず真っ暗なままだ。
「な、なぁんだ、気のせいかぁ。
んもう、びっくりしたなあ」
わざわざ口に出して、怖さを払拭しようとする。
だが、同時に妙な予感に駆られ、澪は入り口の戸締りをしっかり確認することにした。
「や、やっぱり、裏口とかも確かめた方がいいかな……」
ロビーを横切り、玄関以外の出入り口を確認しようと、澪は渋々移動を始める。
だが、駐車場の端にいつの間にか停まっている乗用車の存在には、とうとう気付かなかった。




