ACT-33『いざ、無人の熱海温泉へ♪』
「どうなさったんですか? 顔色が真っ青ですよ?」
「あれ? もしかしてボク達の服、取って来てくれたの?
ありがとう卓也ぁ!」
「あ、ああ、いや……うん」
「本当に大丈夫ですか? どこか落ち着いて休める場所を探しましょう」
「ああ、いや、気にしないでくれ。
ちょっと、食べ過ぎたみたいなんだ……ハハ」
「そうなの?
もしかして、ボク達何かやらかしちゃったのかな」
「い、いやいや! そうじゃないよ!
まあとにかく、とっとと目的地に行こうよ!」
「そ、そうですね」
マクドナルドに戻った卓也は、ウニクロの店内から適当に引っ掴んだ服をカートに押し込み、逃げるように移動して来た。
あの試着室の光景は、二人には絶対に言わないでおくつもりだった。
(間違いない……あの五番目の部屋の中には、誰かが居る。
もう二度と動かなくなっちまった、誰かが……)
この世界には自分達と同じように、別な世界から訪れた者達が居る。
そしてその中には、死を迎えた者もいる。
ウニクロで見つけた“者”は、恐らくは、自分であそこを死に場所に選んだのだろう。
さもなくば、鍵を掛けたりしないだろうから。
自分の死を、いつ訪れるかも判らない誰かに見られないようにと考えたのだろうか。
この世界に来て、初めて見つけた「赤の他人」。
だがそれが、物言わぬ骸だったという現実。
それは、卓也に重くのしかかっていた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-33『いざ、無人の熱海温泉へ♪』
その後、車は厚木ICから高速道路に戻り、道中何事もなく熱海に辿り着いた。
最初の目的地は、澪が選んだホテル。
ホテルの入り口ゲートが普通に開かれている事を不思議に思った三人だったが、敷地内に入ってみると、なんと玄関も普通に開いているようだった。
「これは、どういうことでしょう?」
「まさか、先客がいるのかな?」
「でも見て。
やっぱり明かりはどこも点いてないよ」
「ってことは……まあ、入ってみなきゃわからんて事か」
「ですね。
まず中に入って、明かりが点けられるか確かめましょう」
「うん、卓也は待っててね。
ボク達が調べてくるから」
ロイエとしての使命感から来るのか、二人は既に、卓也を置いて建物を調べに行く前提で準備を始めている。
だがその時、卓也の脳裏に、先ほど見たあの光景が不意に蘇った。
「お、俺も行くよ!」
「え、でも」
「万が一何かあったら大変だろ。
心配だから、俺も一緒に行くよ」
「まぁ……ご主人様♪」
「もぉ~、こういう優しいとこが堪らないのよぉ~☆」
「ぐえっ、ふ、二人で抱きつくなぁ!」
無駄に体を密着させながら、三人は荷物を置いたまま、建物の中に入って行った。
数十分ほどの時間を経て、ホテルの照明は問題なく全て点灯させられた。
ここも、ライフラインは全て問題なく使える上に、肝心の温泉も問題はないようだ。
だが、当然ここには誰一人として居ないから、各種設備は自分で調べてから利用するしかない。
それは、大浴場も同様だ。
「受付カウンターの設備は、何とかなりそうよ。
部屋の鍵は……え~と、カードキー使えるかどうか、試す必要があるわね」
沙貴が二セットのカードキーを手に持ち、受け付けからやって来る。
それを見て、澪は小首を傾げた。
「ねえ沙貴。
なんでカードキー二つなの?」
「ああ、これ?
一つは私とご主人様のお部屋、そしてもう一つはあなたのよ」
「ちょ?!
な、なんでボクだけ別の部屋なのよ?」
「あら? だって私、まだご主人様にご寵愛頂けてないしぃ」
「それを言ったらボクだってぇ!!」
(あ~、また始まった……)
いつものパターンで言い合いが始まり、卓也は頭を抱える。
「悪いけど沙貴、今日は全員別々の部屋にして欲しいんだ」
突然の申し出に、二人のロイエは信じられないといった驚愕の表情を浮かべる。
「ええ~!? 今夜はボクの番なのにぃ! どうしてよぉ~!!」
「急にどうされたのですか? 具合が悪そうですけど、やはりご体調が?」
「ああいや、体調は大丈夫なんだけど、ちょっと気分が……」
それを聞いた途端、今まで頬を膨らませていた澪が、突然真顔になる。
同時に、沙貴も表情を引き締めた。
「わかった、そういうことなら!」
「澪、ご主人様をお部屋へ。
私は、その間に設備の確認をしてくるわ。
ご主人様がどれくらいお夕飯を召し上がれそうか、伺っておいてね」
「了解! お願いね!!」
そう言うが早いか、沙貴は卓也に深々と頭を下げ、カードキーを澪に託すと、どこかへ姿を消す。
そして澪は、心配そうな顔で卓也を支えるように付き添うと、客室へ向かうエレベーターへ向かった。
「主電源は入ったままになっていたから、たぶん普通に使うことが出来る筈よ。
卓也、後はボク達がやるから、あなたはゆっくり身体を休めてね」
「お、おう。
なんか、悪いな」
「ううん、あなたの体調が最優先だもの。
ボク達はロイエよ、ご主人様に尽くすプロなんだから!」
「た、頼もしい。惚れそう」
「いいよ~、どんどん惚れて、頼ってね!」
そう言いながら、卓也の頬にキスをする。
不思議なもので、澪の元気が乗り移ったような気がして、卓也は少しだけ気分が明るくなった気がした。
部屋に辿り着くと、そこはツインベッドが置かれた結構広い洋室だった。
大きな窓の向こうには、海が広がっている。
本来であれば、夜景と合わさってとても幻想的な景色が広がっているに違いないのだろう。
だが、夜の帳が降り始めた外の様子は、やはり酷く寂しげに思えた。
客室内は、各種アメニティも含め、いつでもお客を迎え入れられるような状態に整っていた。
澪の手伝いで、ルームウェアに着替えた卓也は、ベッドに横たえられた。
すぐ脇には澪が座り、心配そうな表情で彼の手を握っている。
その心遣いと心配する気持ちが、卓也にはとても心地良く思えた。
「何か、嫌なことでもあったの?」
突然、沈黙を破って澪が尋ねる。
「え? なんで?」
「だってあんなに元気だったのに、急に気分が悪くなったみたいだったから。
何かあったのかなって」
「あ、ああ、それは……」
卓也は、悩んだ。
心配してくれている澪に、自分が見たあの光景について話すべきか。
恐らく、澪は話を聞いて理解を促してはくれるだろうが、せっかく楽しみにしていた温泉を味わえなくなってしまうに違いない。
そして、それを態度に出そうとはしないだろう。
そう考えると、さすがに素直に告白するわけにはいかなかった。
「いや、君達の服さ」
「うん」
「どれを選んだらいいのか、わかんなくってさ」
「え」
「はは、二人が休んでいる間に調達を、と思ったんだけどさ。
やっぱり、女の子の服を選ぶってのは難しいんだなって」
「そ、それで落ち込んでたの?」
「うう、ごめん」
咄嗟についた嘘だったが、それを聞いた澪は、何故か目に涙を溜めて卓也に抱き付いた。
「み、澪?」
「もう、卓也ったらぁ! どうしてそんなに優しいの?」
「え、え?」
「もう……大好き」
「澪……」
「そんなに気を遣わなくてもいいのに。
なんでも、素直に言ってくれればいいのよ」
「ごめん、なんかゴメン」
「ううん、ありがとう卓也。
愛してる」
「俺も、澪のこと、大好きだよ」
「卓也……」
自然と、唇が触れ合う。
とても穏やかな、優しい時間が流れる。
二人は、欲望ではなく、純粋にお互いを求め、抱き合う。
――小さな火が灯り、それはやがて、徐々に激しく燃え上がり始めた。
その頃、沙貴は温泉の供給システムをようやく把握し、大浴場の点検を一人で行っていた。
(ふぅ、澪の方、上手くやってるかしら)
大浴場は複数あるようで、いずれも湯は抜かれていたが、一見綺麗ながらも長い間放置されていたようで、これをいきなり使用するのには抵抗があった。
仕方なく、男湯の掃除に取りかかる。
一人で黙々と浴槽や床を清掃していると、いつしか空腹感を覚える。
「いっけない! お夕飯どうするか考えなきゃ」
きっと、卓也も澪もお腹を空かせているに違いない。
沙貴は、浴室の清掃を半分くらいで切り上げると、急いで厨房に向かうことにする。
幸い、大浴場と同じ階層に厨房があり、さほど大きく移動する必要はなかった。
食堂を越えて厨房施設に入り込むと、沙貴は業務用の冷蔵庫を確認した。
(冷蔵庫は、一応動いていたみたいね。
食材は……えっと、結構ありそう。
良かった、仕込みが行われた時の状態が反映してるようだわ)
新鮮な魚介類、牛肉のブロックなど目を引く食材をはじめ、とても消費し切れないような量の材料が揃っている。
沙貴は、問題のない範囲で食材の一部を味見し、鮮度に問題がない事を確認すると、澪に連絡をつけるため、一旦受付カウンターに戻る事にした。
(う~ん、なんか野暮だけど、許してね澪)
客室の内線番号をプッシュし、呼び出しを掛ける。
その間、沙貴は誰もいない広大なロビーを、ぼうっと眺めていた。
Prrrr.....
Prrrr.....
「あ、電話」
「沙貴、かしら?」
ベッドから降り立った澪は、何もまとわぬまま、小さなデスクの上に置かれた内線電話を手に取った。
「はい、沙貴?」
『あ、澪?
ごめんね、お楽しみのところ』
「な、な、な、ななな、なんのことかしらぁ?!」
『すっごくわかりやすい反応ありがと。
ところでね、お夕飯の話なんだけど、そろそろ準備をしたいと思うの。
悪いけど、手伝ってくれない?』
「あ、そ、そうだね!
うんわかった!」
『じゃあ、一階の厨房で合流しましょう。
ご主人様の様子は、大丈夫?』
「うん、問題ないよ。
少しずつ元気になってるみたい」
『その元気を、あなたが吸い取っちゃ駄目だからね。
じゃあ、後で』
「はーい♪
――と、言うわけでぇ、卓也、ボクそろそろ行かないと」
受話器を置きながら、少し寂しげに呟く。
そんな澪を手招きすると、卓也は優しく彼を抱き締めた。
直接触れ合う肌のぬくもりが、心を癒していく。
「卓也が喜んでくれるようなものを、頑張って作るね。
一人で大丈夫?」
「ああ、大丈夫。
澪が元気付けてくれたからね」
「うふ♪ じゃあ、また後でね!」
手早く服を着ると、澪は手を振りながら部屋を出て行く。
その後姿を見送ると、卓也は背伸びして、先ほど脱ぎ捨てたルームウェアを着直した。
(なんかもう……完全に吹っ切れたな俺)
窓際に立ち、先程まで抱き合っていたベッドを見つめる。
色々思うことはあったが、澪は優しく卓也を慰めてくれた。
その気持ちがとても嬉しく、なんだか先程のショックも薄らいで来たような気がした。
(あれ? 待てよ?
そういえば、車の荷物って降ろしたっけ?)
窓から入り口の辺りを見下ろしていた卓也は、停めっ放しのランクルのシルエットを見て、ようやく思い出す。
沙貴と澪は、夕飯の準備中――となると、自分が一人でやるしかない。
急いで服を着替えると、卓也はカードキーを掴んで部屋を飛び出そうとした。
「――あれ?」
だが、ドアを開ける前に、ふとあることに気付き、窓へ戻る。
先ほど玄関周辺から視線を動かした時、視界の一部に、何かが引っかかったような気がしたのだ。
もう一度、同じように視線を動かすと、それは、改めて卓也の視界に飛び込んで来た。
(あれ、明かり?)
山の方角に、一箇所だけ明かりが灯っている場所がある。
それ以外の建物の電気は消えているので、明らかに、そこには人が居ると考えられる。
しかし、光はとても微かなもので、真っ暗闇にぽつんと浮かんではいるものの、角度によっては明滅、或いは消えたようにも見える。
(あそこに、誰かが居るのか?
でも、今の状況だと確かめるのは難しいな。
どうしよう、ひとまず二人に話だけしておいて、明日確かめに行こうか)
様々な疑問が浮かんだが、卓也はひとまず、今は据え置きにする事とした。
それから、約一時間後。
三人は、食堂に集まっていた。
「お待たせしましたぁ」
「ご主人様、はいどうぞ。
お召し上がりください」
「――うひょお!」
卓也が導かれたテーブルには、豪華絢爛な夕食が並べられていた。
お造り盛り合わせ、ステーキ、野菜をふんだんに用いたパスタ、天ぷら、焼き魚など。
それらは一品ずつは決して多くないが、種類が豊富なため、全体としてはかなりの量になる。
そこに、美味しそうに炊かれたご飯や赤味噌を用いた味噌汁が並べられる。
それは、こんな短時間で用意出来たとは到底思えないほど、完璧なものだった。
「すご……こ、これを、たった二人で?」
「えへへ、殆どが沙貴だけどね」
「これが、ロイエの実力です!」
「お、恐れ入りました! すごいよホント!
二人ともありがとう!」
「恐れ入ります」
「あ、お茶淹れるね!」
照れながら、澪が急須を用意する。
今回は、卓也の意向で三人揃っての食事だ。
料理はいずれも非常に美味しく、調理の腕前もさることながら、食材の新鮮さと旨みがふんだんに感じられ、卓也は一口食べるごとに「美味い最高!」を連呼した。
「うわぁ、この海老美味しい~♪
揚げ方も完璧じゃん! さすが沙貴ぃ☆」
「あなたのお刺身の切り方も絶妙よ?
本当に美味しいわ……あと、この茶碗蒸しもいいわね」
「どっちも最高、どれも最高!
おおお、このグレードの料理が無料で食べられるなんて、この世界最強じゃね?」
「あはは、じゃあずっとここに居る?
毎日作ってあげるよ~」
「でも、毎日これだと、太っちゃいそうね」
「あ、あうあうあう」
美味しい食事で会話も弾み、三人は、心から楽しい時間を過ごした。
そして卓也の頭の中からは、先ほどまでの様々な事柄が、殆ど消え失せていた。
21時を回る頃、沙貴からの連絡で、ようやく大浴場の準備が整ったとの連絡が入った。
「やったぁ、温泉だぁ!
もう入れるんだよね、やっと入れるんだよね?」
「はい、男湯側だけですが、完璧に仕上げております」
「ロイエの仕事は完璧なのよ! えっへん☆」
「本当にありがとう、二人とも!
もうなんつーか、ありがた過ぎてうまい言葉が出ないよ!」
そう言いながら、二人を抱き締める。
頬を赤らめながら、沙貴と澪は、なすがままになっていた。
「さて、それじゃあ早速一っ風呂――」
「ねぇ、卓也ぁ」
入浴の準備を始めると、何故か澪が、甘えるような声で尋ねてくる。
「ん、どしたの?」
「あのね、お風呂なんだけどぉ」
「一緒に、入りませんか?」
後ろから、沙貴が補足する。
卓也は、目が点になった。
「え!? さ、三人一緒に?!」
「うん!」
「お身体を洗いますよ~」
「で、でも、混浴は……」
「ボク達、全員男じゃないの。何の問題もないよ~♪」
「あ、そうか」
嬉しそうに身悶えしながら、二人は卓也の反応を待つ。
片付けを終えた後、ルームウェアの浴衣に着替えた二人の股間は、盛り上がっていた。




