ACT-31『これからどうしたものでしょうか?』
シャワー室で、卓也は沙貴と全裸で抱き合っていた。
卓也は沙貴の肢体を抱き締め、沙貴は卓也の首に両手をかけ、互いに身体を密着させている。
二人の舌がねっとりと絡みつき、蠢く度に甘い吐息が漏れる。
大きく膨らんだもの同士が、温かいシャワーで濡らされながら、ぬくもりと刺激を伝え合う。
沙貴の呼吸が荒くなり、腰の動きが激しくなっていく。
「んあ……! ご、ご主人様ぁ……わ、私、もう……」
「いいよ、そのまま出して」
「は、はい……ああ、好きです、ご主人様ぁ……!」
卓也の首筋にキスしながら、沙貴は全身を小刻みに震わせる。
シャワーとは違う生暖かい飛沫が、卓也の腹に飛び散った。
尚も続けられる、濃厚なキス。
二人の熱い抱擁は更に続き、いまだ衰えることのない沙貴自身は、またも貪欲に悦楽を求めていく。
「ああ、素敵……このまま、どうか、ご慈悲を……」
「えっ、こ、ここで?」
「お願いします、準備は出来ていますから……」
「わかった。
じゃあ、後ろ向いて」
「はい♪」
言われた通りに振り返り、壁に手をつけると、沙貴は恥ずかしそうに、大きなヒップを突き上げる。
卓也の手が、それを両脇からしっかりと掴んだ。
「ああ、直に頂けるのですね……嬉しい」
「そこは、信頼してるから」
「光栄です、ご主人様……」
わななく沙貴のすぼみに、いきり立つ先端が押し当てられる。
だが、その時――
――ドタドタドタドタ!
騒がしい足音が、物凄い勢いで響いて来た。
「み、澪?! なんで?!」
「何かあったのかな?」
「そ、そんなことより、ご主人様、早く……」
「ちょっと待って」
沙貴の下半身から手を離し、卓也は慌てて浴室を飛び出していく。
その場に取り残された沙貴は、尻を突き出した姿勢のまま、なんともいえない表情で硬直した。
「み、み、澪おぉぉぉおおお……」
その瞬間、浴室の温度が三度上がった。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-31『これからどうしたものでしょうか?』
リビングでは、真っ青な顔でソファに座っている澪の姿があった。
「どうしたんだ、澪?」
「た、卓也! ごめんなさい……」
「滅茶苦茶顔色悪いぞ? 何かあったのか?」
「そ、それが」
澪は、震える声で先程の状況を話し出す。
マンションの同じ階の反対側にある端っこ、例のエロコス地味OLの部屋に書かれていた落書きの話を聞き、卓也は思わず顔をしかめた。
「ま、マジか?!」
「うん、明らかに、そこに住んでる人を知ってる感じだったよ」
「うえぇ、それはちょっとストーカーっぽくて怖いな」
「でしょ? だからボク、怖くなって……」
「わかる、わかるよそれ。
どれ、俺もちょっと確かめてみよう」
「き、気をつけてね!」
「えっ、君も来るんだよ。
何処にあるかわからないじゃんか」
「えぇ……」
卓也は、手早く服を着ると、まだ怯えている澪の手を掴んだ。
女性の住むマンションの部屋に入り込むのは、無人と判っていてもやはり躊躇する。
だが卓也は、ゴクリと唾を呑み込むと、あえて一気に室内に飛び込んだ。
澪の案内で寝室に入ると、ゲーム機のクレイドルのある辺りを確認する。
「これか。
うわ、まりのってマジかよ!
コスモリでもめっちゃ人気あるレイヤーさんじゃん!」
「反応するの、そこ?!」
「ああっ?! これ、俺も持ってるDVDじゃん!」
「卓也ぁ~! それよりぃ!」
「あ、そだそだ」
卓也は、べそ書き顔の澪の顔を見て、ようやく我に返った。
しばらくして、誰かの足音が玄関から聞こえてくる。
「ご主人様、澪、いったい何があったの?!」
メイド服を着てやって来た沙貴が、物凄く不機嫌そうな顔で覗き込む。
卓也の合図で落書きを確認すると、その表情はみるみる変わっていった。
「なんなんですか、この気味悪い落書きは」
「どうやら、このマンションにも来たことがあるみたいだな。
まあ、あの車がここにある時点で、可能性はあったわけだが」
「も、もしかしたら、まだこの近くに隠れてるかもしれないいよ?」
澪の心配も、当然だ。
まだ逢った事はないが、落書きの主がもし悪意に満ちた存在であるなら、法など存在しないこの世界においては、何をされるかわかったものではない。
三人は、顔を見合わせた。
「いったん、戻ろう」
「「 そうしましょう 」」
それぞれの思惑があった夜も、この落書きのせいで、すっかり気分が冷め切ってしまった。
「ちょっと待って。
もしかして私まで、このパターンの巻き添え食らうの?」
「誰と話してるの? 沙貴」
翌朝。
結局、いつものように三人でデカいベッドで寄り添って寝た三人は、いまいちスッキリしない気分で目覚めた。
今朝は、沙貴がコンビニのパンに手を加え、フレンチトーストを作ってくれた。
美味しい朝食と香り高いコーヒーを飲み、いくらか気分が落ち着いて来た三人は、今日どうするかを考えることにした。
「このマンション、本当に安全なのか、調べた方がいいかな」
という卓也に、
「いっそのこと、全然違う場所に引っ越してそこで住まない?
どうせ、世界中空き家だらけみたいなもんなんだし」
と主張する澪。
「確実な安全性を得る為には、落書きの人物の居場所を早急に特定して、然るべき対処法を検討する方が良いと考えます」
との意見を唱える沙貴。
しかし、この中で一番実現が困難そうなのが、沙貴の意見だ。
卓也は、むしろそこに注目した。
「難しいけど、確かに沙貴の言う通りかもな。
あれからよく考えたんだけど、この世界でストーカーみたいのが潜んでいるなんてったら、やっぱ怖いし」
「だよね。
それに、ボク達がターゲットにされたりしたら、もっと大変だし」
澪の発言は、一見自惚れているようだが、そうではない。
富裕層の中でも選ばれた一部の人間にのみ高額で販売されているロイエの、最上級Sクラスに位置する彼は、自身の商品価値を客観的に分析、理解している。
その為、自分達がそういった被害に遭う可能性についても、事前に認知し、また対策を講じているのだ。
もっとも、その対策も、誰も居ないこの世界では活かす術がないわけだが。
「こうなると、三人の意見を全て実施するのが、一番なのかもしれませんね」
「引越しと、捜索と、調査か。
難儀になるなあ」
「でもでも、一旦しっかりやっておけば、後は楽になると思うよ」
「そうですね、じゃあまず、何から始めるべきか。
一緒に考えませんか」
「そうだな――」
卓也はまだ実感出来ていないが、防衛対策を考えておくのは、無駄なことではない。
この先、この世界にどのくらい滞在する事になるのかも、まだ見通しがつかないのだから。
色々議論した結果、今日は二手に分かれ、澪と沙貴が引越しの準備を行い、卓也が単身でマンションを見回ることになった。
その間、もし落書きを発見したら、その都度スマホで撮影して記録を取る。
その結果、見えない落書きの主の行方が見えてくるかもしれないという期待も会った。
「ところでご主人様、マンションを全部確認するとして、鍵のかかった部屋はどうされるんですか?」
沙貴の質問に、卓也は何故か人差し指の先を丸く曲げて見せた。
「管理人室に入って、マスターキーを調達する」
「そんな事が出来るんですか?」
「まあ、誰も居ないし、なんとかなるんじゃ」
「無計画過ぎませんか、さすがに」
午前十時になったのを合図にするように、三人は予定通りに行動を始めた。
卓也は一階にある管理人室に向かい、澪と沙貴は、部屋の中の必要なものを最低限かき集め、それらをまとめ始めた。
「ねえ、沙貴?」
卓也の衣服を畳みながら、澪が尋ねる。
「なに? 澪」
「昨日、どこまで行ったの?」
「……」
「も、もしかして、ボク邪魔しちゃった?」
「ええ」
妙に冷静な声で、一言だけ返す。
だが、その返答に込められた殺気は、澪を数歩後ずさらせる程の「圧」を秘めている。
「ご、ごめん……わ、悪気はなかったの!」
「いいのよ。
でも、これで貸し借りなしだからね」
そう呟きながら、にっこり微笑む沙貴。
澪は、顔にタテ線を引きながら、ただ無言で頷くしかなかった。
一方の卓也は、管理人室に潜入しようとしていたが、さすがに鍵がかかっていたので、そのままでは入れなかった。
しかし、入り口に通じる小窓からなら、体を捻じ込めそうだ。
ガラスには鉄条網が仕込んであり、割って鍵を開けるのは困難だなと思っていたが――
「あ、開いてる!」
幸いにも、受付用の窓は施錠されていなかった。
しめしめと思いながら、卓也は上半身を突っ込んだ。
意外に狭い管理人室に入り込むと、早速調査を開始する。
「どうでもいいけど、マスターキーなんて、そう簡単に見つかるもんなのかな?」
そう呟きながら、それらしきところを探そうとして、ふとある事に気付く。
管理人用の机の椅子の上に、何か小さなものが置かれている。
それは、小さなキーだ。
「ははは、まさかこれがマスターキー? なんてことはないよn――」
卓也の独り言が、途中で止まる。
そのキーの腹の部分には、細いマジックで
“マスターキー”
と、書かれていた。
「いや待て、いくらなんでも出来すぎだろ?」
そう考えて、ふと思い返す。
このキーに書かれた、マジックの筆跡は……
卓也は、思わずキーを放り投げた。
しばらく後、卓也は二人が作業をしている部屋に戻った。
「あら、お帰りなさい」
「随分早かったですね? 見つかりましたか、マスターキー」
「ああ、あった。
だけどな、見てくれコイツを」
「ん? えっと……」
「こ、これは……」
さすがに二人ともすぐに気付いたようで、表情が強張る。
「マンションの管理人が書いた覚書、って可能性は?」
「いや、それならキーにプレート付けてそっちに書くだろ普通」
「ということは、やはり管理人以外の誰かが書いた、と見るのが正解でしょうか」
「落書きの主は管理人室でこれを見つけて、一度このマンションを家捜ししているっぽいな」
卓也は、ここに戻るまでにいくつかの部屋のドアを鍵なしで開けようと試みたが、例の部屋以外にも、数箇所鍵が掛けられていない部屋があった事を伝えた。
「ほんのちょっと見ただけでこれだから、もしかしたら大半の部屋は家捜しされたのかもね」
「うわあ、だからあのコスプレ部屋の鍵が開いてたんだ……」
怯え顔の澪に、卓也は真剣な顔で頷く。
「でもここにマスターキーがあるってことは、仮にアイツやそれ以外の奴が来ても、鍵のかかった部屋に入ることは一応出来ないってことだな」
卓也の言葉に一瞬頷きかけたが、澪と沙貴は首を振った。
「でも、各部屋の鍵を既に回収してたら?」
「あ」
「私もそう思います。
もしかしたら、この部屋の鍵だって奪われている可能性がありますよ」
「え、でもこの部屋の鍵は俺が……」
「卓也の持ってる鍵は、別世界の鍵じゃない。
この世界の鍵は、それとは別にあるんだよ」
「あ、そっか!
じゃあ、やっぱまずいな」
「これは、思っている以上に、行動を速める必要があるかもしれませんね」
三人は、更に相談を重ねる。
卓也は、落書きの主が何かしらの理由でこのマンションを調べ、一時的ないしは現在も、ここを根城の一部としている可能性を示唆。
そして澪は、ここまでの落書きの内容から、悪意の有無はともかく、いささか厄介な特性を持つ人物である可能性を唱え、たとえ互いの存在を認識し合えたとしても、密接な関係を築く事は避けた方がいいだろうと主張する。
沙貴は二人の意見に同意しつつ、早急な移動を、それも出来るだけここから離れた場所を選ぶことを推奨した。
「別な場所かあ。
そうだなあ、せっかくだし、普段あまり行かないような場所にするってのはどうかな」
「いいですね、三人で旅行みたいな」
「あ、それならボク、行ってみたいところがあるの!」
「行ってみたいとこ?」
澪は、PCを操作して、どこかの情報をピックアップする。
しばらく検索を続けた後、頬を赤らめながら嬉しそうにそのページを掲げた。
「こんなのはどう?」
「温泉、ですか!」
「温泉かぁ……そうだなあ、もうかなり行ってないしなあ」
「でも、行っても誰もいないから、あまり楽しくないかも知れないわよ? 澪」
「それは大丈夫でしょ! ボク達で動かせばいいんだし」
もうすっかりその気になっているのか、澪は、二人にすがるような視線を送る。
「ねぇ、いいでしょ? これなら東京からも遠ざかるし」
「そうですねえ、ロイエが温泉に行く機会なんて、まずないでしょうから」
「そうだな、じゃあ、ひとまず向かってみようか!」
「はーい☆」
卓也の決断に、澪は思わず飛び上がるような勢いで喜んだ。
「あれ? ちょっと待てよ?
その場合、君達はどっちに入ることになるんだ?」
「どっち、とは?」
「いやだから、男湯と女湯」
「誰もいないんだから、どっちでもいいんじゃないの?」
「あ、まあ、そういやそうか」