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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第三章 誰も居ない世界編
30/118

ACT-30『この世界の秘密、教えてくれません?』


 JR新宿駅南口前を後にした三人の車は、そのまま西口前を通過して青梅街道へ出ると、中野方面へ向かってみることにした。


 言うまでもなく、途中で人の姿を見かけることは、全くない。


 卓也の発案で、あえてゆっくり走りながら適当な所でクラクションを鳴らしてみたりもするが、やはり変化は見られない。


 新高円寺、阿佐ヶ谷を通り抜け、荻窪駅前へ着いた時点で、三人は再度休憩を取る事にした。

 というより、気分転換をしたかったというのが、正直なところなのだが。


「人を捜しながら走るのって、結構神経使うね~」


「全くだ、でも、この様子じゃ全然人いそうにないなコリャ」


「そうですね。ここまで来ると、ご主人様の“避難説”も立証が難しくなって参りましたね」


「それにしても、不思議だよね」


 澪が、ウィンドウを下げて周囲を見回しながら呟く。


「この世界、本当に人が居ないなら、この建物とか車とか、なんでここにあるんだろう?」


 その言葉に、卓也と沙貴は強く反応する。


「それ! 私も同じこと思ってたわ。

 誰もいないなら、そもそもビルも建てられないし、車だって製造できないものね」


「やっぱ誰かいるんじゃないのかな?

 コンビニの商品の件もあるし」


「うーん、その辺、このノートにヒントが書いてないかな?」


「そうか、重要な手がかりだったなこれ」


「ご主人様、あそこにファミマがあります。ちょっとコーヒーを淹れて来てもよろしいですか?」


「あ、どうぞどうぞ。俺、ノート読んでるから」


「沙貴って、ホントにコーヒー好きだよねぇ。

 じゃあ、ボクも偵察に行って来る」


 澪はそう言うと、ロータリーに停めた車を降り、沙貴と共にコンビニに向かう。

 誰も居ないとわかっていながらも、道路を渡る時に左右をつい確認してしまい、お互いに笑い合う。


「そういえばさ、沙貴」


「ん、何?」


「あんたさ、ずっとウィンカー点けて走ってたよね。

 曲がる度に」


「それが何か?」


「……意味なくない?」


「なんd――あっ!」


「あはは、やっと気付いた♪」


「な、何の違和感もなかった……恥ずかしい」


 顔を真っ赤にする沙貴の背中を軽くポンポン叩きながら、澪は横断歩道を渡り切る。

 誰もいないなら、わざわざ横断歩道を渡る必要もないのだが、それには全く気付いていないようだ。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


  ACT-30『この世界の秘密、教えてくれません?』






 コンビニは、ここも開店状態のままだ。

 まるで奥から、今にも店員が顔を覗かせそうな状況だが、相変わらず何も変化はない。

 沙貴は、慣れた感じでカウンターから紙コップを取り出すと、コーヒーを淹れに機械の前へ行く。

 その間、澪は店内を物色していた。


「あれぇ?」


「どうしたの、澪?」


「ねーねー沙貴、今日って何日?

 十三日で合ってる?」


「え~と、こっちの世界に来たのが十日だった筈だから……そうね、それで合ってるわ。

 どうしたの?」


「コーヒー淹れたら、こっち来てくれない?

 見てよこれ」


「?」


 澪の声は、何故か少し嬉しそうだ。

 淹れ終えたコーヒーに蓋をすると、沙貴は小走りで澪のいる弁当のコーナーに向かう。


「何があったの?」


「これ、この日付」


「どれどれ? って、えっ」


「ね、驚くでしょ」


 沙貴は目を剥いて、弁当の日付に見入る。

 そこには、はっきりと「消費期限 202○.△.13 午後3時」と記されていた。


「これ、今日の日付じゃない!」


「えーと、コンビニの消費期限って、製造から何時間後?」


「待ってね、調べてみる。

 ――八時間くらい、ってあるわね。

 じゃあこれ、今朝の七時には作られたことになるわよ」 


 二人は、思わず顔を見合わせた。


「ってことは――もしかして、食料の確保とか、わざわざしなくても良かったってこと?」


「そこ?!」


 改めて確認してみたが、どうやらこの店は遅くても今朝方には商品の入れ替えが行われたようだ。

 バックヤードに入ってみると、消費期限切れになった弁当や惣菜が、しっかり回収されていた。

 これだけ見ると、やはりつい先ほどまで誰かがここに居たようにしか思えないが、やはり人の気配は全くない。


「いったい、どういう理屈で変化が起きているのかしら?」


「そうだよね……まあ、ボク達は凄く助かるけど、なんか不自然極まりないっていうか」


「そうだ、インターネット繋がるんだったら、“人がいない”とかで調べたら、何かわかるかも?」


「うんうん、やってみよう!」


 沙貴は早速スマホでそれっぽい単語での検索を試みたが、SF作品やオカルト系の情報しか見つからず、これといった情報はない。

 SNSで調べてみようと思い、アクセスした時、沙貴はようやく奇妙な点に気付いた。


「更新、されないわ」


「え?」


「SNSを読み込むと、それ以降の更新が出来ないの」


「ど、どういうこと?」


「もしかしたら、インターネットには接続は出来るけど、動いてはいないんじゃないかしら」


「な、何よそれ?!」


 更に調べてみると、どうやら沙貴の言う通りのようで、ある一定の時間からの情報が一切更新されず、そこまでの情報しか拾えなくなっていた。

 SNSの書き込み情報の最新タイムスタンプを確認すると、今朝の8時頃のものが最新のようだ。


「ほんとに、ついさっきじゃない」


「まさか、この世界って、人がいないんじゃなくて……」


「沙貴、とりあえず、必要なものを集めたら戻ろうよ」


 二人は、適当な弁当やパン、飲料物やティッシュなどの消耗品を回収すると、カゴに詰めて急いで車に戻った。




「おー、お帰り。随分いろんなものを持ち帰ったなあ」


「卓也、聞いて! 実は――」


 澪の状況報告を聞いた卓也は、しばらく唸ると、例のノートを指し示した。

 意外にも、彼の報告にさほど驚いた様子を見せない。


「やっぱそうかあ。

 いや実はね、このノートの主もその点が気になったみたいで、いろいろ調べたみたいなんだ。

 ここに、その話が書いてある」


「そうなんですか! それで、どんなことが?」


「ああ、これによると、コンビニに限らず色んな店の商品や消耗品は、いつの間にか新しいものがチャージされるようになってるっぽいね」


「いつの間にか?」


 卓也は、ノートの情報をかいつまんで説明する。

 どうやらこの世界は、不定期に“情報が更新される”特性があるらしい。

 何を基準とする更新なのかまでは特定出来ないが、ノートの主はこの世界を“コピーされた世界”と表現している。

 コピー元の世界がこことは別に存在し、何かをきっかけにその世界の情報を反映させているのではないか、というのが主の主張だ。


「そうか! オリジナルの世界から情報を拾って来るんだけど、人は居ないから、それ以外の環境が変化するんだ!」


「なるほど、だからインターネットも通じるし、ライフラインも健在なんですね。

 至るところに車が停まっているのも、それなら納得出来ますね」


「なんか、理解早くて凄いな二人とも!

 俺なんか、まだぼんやりとしか理解出来ないんだけど」



 卓也は、更に説明を続ける。

 ノートの主も、この特性のおかげで飲食に問題を感じたことはないようだ。

 食料以外にも、衣服や生活用品、消耗品も豊富に揃えられる為、最初の頃は天国のように感じたらしい。


「最初の頃は?」


「ああ、人が居ないってことにだんだん不便さを覚えてきたみたいだね。

 たとえば最高クラスの牛肉の塊が手に入ったけど、この人料理出来なかったみたいでさ。

 墨の塊出来ちゃったみたい」


「どうやったら、そんなことが出来るのよ……」


 料理のプロでもあるロイエ二人が、その報告に顔色を変える。


「料理出来ない人間なんてそんなもんだよ。

 パスタ茹でたら、鍋の外側からのコンロの火で乾麺のまま焦がしちゃったりとか。

 ゆで卵作ろうとして、生卵そのままレンジにかけて爆発させちゃうとか」


「う、うわぁ……」


「聞いた話だけど、塩を入れ過ぎたから砂糖で中和、なんてまだいい方で、さらに醤油入れたりしてもっと塩辛くする人もいるんだって」


「な?! い、いったいどうしてそんな風に考えちゃうのよ?!」


「経験がなくて、誰からも教わらなかったら、もっと信じ難いことをしてもおかしくないってことさ」


「そうかもしれませんね。

 他人の力を借りないと、絶対に出来ないことってありますものね。

 お医者様なんて、特にそうじゃないでしょうか」


「このノートでは、そこも触れてるね。

 不思議と病気にはなりにくいらしいんだけど、怪我した時は大変なんだって」


「そうかあ。

 ボク達は、まだ三人いるから助け合えていいけど、たった一人でこの世界に放り出された人は、精神的にも大変だもんね」


 ノートの情報は膨大で、全てを読み尽くすのは困難を極めると判断した卓也は、その都度必要そうな情報を拾って役立てる事として、このノートを所有することにした。

 ひとまずこの時点で判ったことは、「結局やっぱりこの世界は無人」という、判り切った事の再確認だけだった。


「どうします? 今日は帰りますか?」


「うーん、そうだなあ。

 そういえば、こんなことが書いてあったな」


「どんな事?」


 ノートの主は、最初の頃は“拠点”を多く作ったようだ。

 まず自分の実家を確認し、次に前から住んでみたかった所へ侵入、勝手に数日住むというのを繰り返し、利便性が良さそうな所を数箇所定め、そこをローテーションしながら住処を変えていたらしい。


「な、なんでそんな面倒なことを?」


「これ、俺は気持ちわかるなー。

 なんつうか、気分だろ。

 高層マンションに住んでみたい、けど無理! って人なら、この機会に住んでみたいって思うだろうし」


「でも、マンションのセキュリティに阻まれて結局無理なんじゃないでしょうか?」


「だな……実際、それと似たような事が書いてあるよ」


 沙貴は、車を適当に走らせ、上石神井の辺りでターンすると、再び新宿方面を目指す事にした。

 走る道路は変更し、今度は神明通りから環八を通り抜け、五日市街道に入る。

 そのまま高井戸を経由して環七、中央自動車道と走り抜け、また新宿へ戻る。

 この間、やはり人は全く見かけることはなかった。


「やっぱり、一旦帰ろう。

 沙貴、運転お疲れ様。

 今日は帰ったらゆっくり休んでくれよ」


「そうそう、ボクが後の事全部やるから」


「ありがとうございます、ご主人様、澪。

 でも許されるなら、私は今夜、ご主人様と一緒に過ごしたいです」


「えっ」


「もぉ! どさくさに紛れてなんてことを!」


「でも、夕べは澪の晩だったでしょ?

 だったら、今夜は私の番にしたっていいじゃない」


「そ、そうはいうけど、夕べは邪魔されt」


「あの、俺の意志は無視ですか皆さん?!」


「あ、いえ、そういうわけでは……」


 夕刻が近付くと、またいつもの憂鬱な時間がやって来る。

 マンションの前で車を停めると、沙貴と澪は、期待に満ちた顔で卓也を見つめて来た。


「ねえねえ、卓也ぁ、どうするの?

 昨日のリベンジで、今夜こそボクを……」


「あの、私も、あれからずっとご無沙汰ですし……

 そろそろ、ご主人様のご寵愛を賜りたいです」


「あ、あうあうあう」


 卓也は、考えた。

 生活の細かな世話をしてくれる上、日常の雰囲気を明るく保ってくれる澪の存在は、この世界では非常に重要だ。

 この先彼の機嫌を損ねるのは、非常にまずいことだろう。

 沙貴も、基本的に文句を言わずに様々なことを率先してやってくれているが、それに見合う報酬を与えられていない。

 彼は、なんだかんだで澪を立てることもあるし、このままにしておいたら精神的にも辛いだろう。


 以前沙貴に言われた、ロイエの精神的なメンテナンスの重要性について思い出す。

 

(あああ……今回も来るのか、恒例の誰得エロ展開……

 まったく、誰だよ! アンケートで「ガチエロ希望」に投票したのは……ブツブツ)


 しかし、二人の情緒安定性を図る為にも、このままずっと放置は出来ない。

 散々悩んだ末、卓也は、仕方ないといった態度で、二人に告げた。


「わかった。

 じゃあ今日は沙貴、君にする」


「本当ですか?! ありがとうございます、ご主人様!」


「ぶーぶー! ブーブー!」


「その代わり、明日は澪だ。

 一日ごとで交代するんだ、いいね?

 お互い、それで恨みっこなしにすること!」


「「 はーい、わかりましたぁ!! 」」


 とても元気な声でハモる。

 だが卓也は、せつない溜息を吐くだけだ。

 コンビニに精力剤って置いてあったかしら? などと、どうでもいいことを考える。


 マンションに戻り、荷物を降ろした三人は、一息入れてから次の行動に移ることにする。

 澪が、一番先に立ち上がった。


「それじゃ、ボクはこれで」


「おいおい、何処行くんだ?」


 卓也の問いに、澪は、マンションのエレベーターのある方角を指差す。


「あのレイヤーさんの部屋」


「え、どうして?」


「だって、今夜はお邪魔になっちゃうでしょ?

 だったら、ボクは確実に退避出来る所に移るわ。

 ご主人様達を邪魔するほど、野暮じゃないもーん」


 まだ根に持っているのか、いささか視線が冷ややかだ。

 そう言うと、二人の反応も聞かず、澪はとっとと部屋を出て行ったしまった。

 ドアが閉じられた音を聞き、沙貴が、卓也に擦り寄る。


「せっかく澪が気を利かせてくださったのですから、ご主人様、ねえ……」


 そう囁きながら、手が卓也の股間に伸びる。

 いいのかなぁ~という雰囲気だった卓也も、沙貴の巧みな指使いでまさぐられ、ズボンの上からなのに反応してしまう。


「お、おい、いきなり?」


「だって、私も、ずっと我慢していたんですよ?

 今までずっと忘れていたのに、貴方のせいで、感覚を思い出してしまって……」


「あ、ああ、そういうもんなの」


「ご主人様も、もうこんなに……お慰めして差し上げますね」


「え、あ、ちょ、まだ風呂に入ってな――うへっ♪」


 卓也の脚の間に顔を下ろし、包み込むと、沙貴は喉の一番深い部分まで招き入れる。

 体の奥深くにある何かを、急激に吸引されるような感覚に囚われ、卓也の意識は瞬時に混濁する。

 澪への罪悪感は、その瞬間、あっさりと消失してしまった。


 



「まったくもう! いっつもボクばっかりビンボくじ引かされるんだからぁ!

 ……ま、でも、明日はボクの番って決定してるもんね♪

 ウププ、楽しみぃ~☆」


 得体の知れない独り言を呟きながら、澪は、同じ階の反対側に位置する「地味OL、実はエロコスレイヤー」の部屋に入る。

 ここは前にも入ったことがあり、かなり几帳面な人物が住んでいたこともわかっているので、安心して利用できる。

 とはいえ、やはり罪の呵責は感じてしまう。

 澪は、出来るだけ部屋を乱さないようにしようと誓いを立て、まずは利用する空間の再確認を行うことにした。


「えーと、リビングよし、寝室ヨシ、キッチンよし。

 冷蔵庫には、この前入れさせてもらった食べ物とかあるから、お腹空いても大丈夫よねっと。

 さぁて、何して時間潰そうかな?」


 前回来た時、この家にはノートパソコンやいくつかのゲーム機が置かれていることに気付いており、澪はまずそこから物色する事にした。

 卓也の持っていたようなレトロなものはなく、最新型のものしかなかったが、それなりにソフト数は多いようだ。

 

「これ、やってみようかな。

 すみません、お借りしまーす」


 澪は、横長で両端にコントローラーがついている、エメラルドグリーンの携帯機を手に取り、電源を入れてみる。

 だがその時、何か違和感があることに気付いた。


「……何、コレ?」


 ゲーム機を置いておく為の、クレイドル。

 それが配置されている背の低いテーブルの天板部分に、奇妙な汚れのようなものがある。

 ゲーム機を置いた澪は、それが何であるか確かめる為、顔を近付けてみた。


 それは、汚れではない。

 黒いマジックのようなものによる、手書きの文字だった。





  “へぇ レイヤーの「まりの」って、こんなところに住んでたんだな!

   これは予想外の収穫だったぜ!”





 次の瞬間、澪はベッドの上にゲーム機を放り投げ、逃げるように部屋を飛び出した。




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