ACT-28『あの娘の秘密とコスプレと、そして落書き』
夕方。
ほぼ丸一日ぐっすり眠ったおかげで、卓也は徐々に体調を取り戻しつつあった。
照明のない街は、夜の訪れも早く感じる。
まだ17時台だというのに、外はもう20時過ぎくらいの雰囲気だ。
外気を吸おうとベランダの窓を開けた卓也は、眼下に広がる無人の街の光景に、なんとも表現し難い不思議な感覚を覚えていた。
(人気のなくなった街って、なんだか怖いな。
ゴーストタウンってのは、こんな雰囲気なんだろうか)
紅い日暮れの空を眺めるも、鳥の鳴き声一つしない無音の夕刻は、時間の感覚さえ狂わせる。
美しい筈の茜色の空は、今の卓也には、とても不気味に感じられた。
(もし、この世界から脱出できなかったら、俺は――やっぱり、あの二人とずっと、一緒に暮らして行かなきゃならないんだろうなあ)
もし、この世界に来たのが、自分一人だけだったらどうなっていただろうか。
たまたま、ロイエのいる世界に二度も立ち寄れたおかげで、澪と沙貴が同行してくれているので気が紛れてはいるが、本来これはとても恐ろしい事態だ。
同時に、卓也はあれからずっと、ある事で悩んでいた。
澪というイレギュラーな存在の介入により、急激な変化を求められている自身の立ち位置。
男同士という、禁断の関係を理解していながらも、並の女性を遥かに凌駕する色気と艶、そして人懐っこさに魅了されつつある状況。
更には、沙貴というもう一人のロイエの登場により、精神的にも肉体的にも、越えてはならない一線を越えてしまったという現実。
いずれも、ノーマルである筈の卓也が絶対に選ぶことのなかった選択肢の果てにあるものだった。
この数日間で、澪の存在は卓也にとって、大きなものに変わっている。
そして沙貴も、まだ知り合って日が経っていないにも関わらず、自身を好いてくれており、世話を焼こうとしてくれるのが嬉しい。
二人ともいささかお色気過剰なのは問題だが、どちらも傍に居て不快ではなく、むしろ生活が楽しく明るくなるのは、本当にありがたいことだ。
卓也は、彼なりに、二人に感謝の気持ちを抱いていた。
(やっぱこう、俺も、あいつらを大事にしてやらなきゃだめなんだろうな……性別とかはともかくとして。
沙貴も言ってたしな。
ロイエは、性的なフォローもしてやる必要があるって)
自身の本来の嗜好はともかく、これからの生活のことを考え、できるだけあの二人に歩み寄って行かなければならないのかな、と考え始める。
そう思うと、あの二人が帰ってくるのが、どこか待ち遠しくもある。
(やっぱ俺、もう、取り返しの付かない所まで堕ちてしまったんだなあ)
自嘲気味に微笑みながら、窓を閉める。
軽く背伸びをすると、卓也は、せめて二人が戻る前に風呂掃除でもしておこうかと、肩を軽く揺すってみた。
と、その時、ドアが開く音がした。
「お? おかえr――」
玄関の方を見た卓也は、そのまま、動きを止めた。
「たっだいまぁ~☆」
「只今戻りましたぁ」
肩まではだけた青い和服に、大きな茶色い付け耳。
ピンク色の髪に、ピンク色のミニのセーラー服。
見覚えのない格好の、異形の者共が、勝手に部屋の中に入ろうとする。
卓也は、それを阻止する為に、玄関へ小走りで向かった。
「なんだこれはなんだこれはなんだこれはぁ!?」
「きゃっ! ち、ちょっとぉ! 押さないでぇ!」
「ご主人様! そんな、玄関でいきなりなんて♪」
「おまえらぁ! そんなもん、どっから持って来たぁ?!
つか、何してたんだぁ今まで?!」
卓也は、先ほどまで真面目に考えていた事を、全てなかったことにした。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-28『あの娘の秘密とコスプレと、そして落書き』
「へぇ~! あの地味ぃなOLっぽい娘がねぇ。
人は見かけによらないもんだなあ」
「あ、やっぱ知ってるの?」
「ああ、出勤の時にたまにエレベーターで逢ったりしてたから。
顔は眼鏡であんまり印象残ってなかったけど、身体は結構メリハリあったなあって」
「ご主人様、なんだかんだで見るトコは見てるんですね」
「んで、コスプレROMもあったんだって?」
「そうですね、どうやら通販とかもしていたみたいで、色んな在庫がありましたよ」
「そうか……まさかのエロコスレイヤーだったのか。
もしかしたら、俺もなんか持ってるかも」
「何か仰いました?」
「いえ別に」
「もうね、部屋の一つを完全にコスプレ部屋にしてるの!
あれ、間違いなく三桁くらいの種類はあるよね」
「三桁って凄いな!
で、お前らはそれを拝借して来たってわけかよ……」
「うふふ♪ どう、似合う?」
卓也の目の前には、青い和服調のコスチュームをまとった澪がいる。
ご丁寧に亜麻色のウィッグまで被り、その上でキツネ耳を着けているようだ。
男だから、はだけだ胸元はかなりぶかぶかで、際どいところまで見えそうになっている。
これは、玉藻○前のコスプレだと、卓也は瞬時に理解していたが、普通は胸の大きい女性が着るタイプの衣装なので、男が着ている姿というのは、色々な意味で気になった。
「ご主人様、私と澪、どちらがお好みですか?」
「いや、あのな」
もう一方の沙貴は、全身ピンクのコスチューム。
お腹が露出し、ニーハイまで穿いている。
これはアスト○フォだなと即座に理解した卓也だったが、元々男の娘キャラだからと、澪ほど強烈な違和感は覚えない。
とはいえ、アダルトな女性といった佇まいの沙貴が、このロリっぽい衣装を纏っているという別の意味での違和感は凄まじく、卓也は思わずグビリと喉を鳴らした。
「なあ澪、その尻尾は?」
「あ、これ? えへへ♪」
狐モチーフの玉○之前には、大きくふさふさした尻尾が付いている。
そらがかなりのモフモフ具合で、しかも結構重そうに思えたため、卓也はどうやって取り付けているのかが気になった。
「いや、どうやって着けているのかなーと」
「確かめてみる?」
「え? あ、ああ」
「じゃあ、後ろからめくってみて」
「あ、うん。じゃあ」
澪に促され、卓也は後ろに回ると、お尻側の裾をめくる。
尻尾の根元は――澪の、お尻から生えていた。
「え?」
「ちょっと、恥ずかしい……」
「どういうこと、これ? えっ?」
尻尾は、衣服に固定されておらず、紐か何かにぶら下がっているわけでもない。
本当に、澪のお尻の割れ目から直接伸びている。
状況が良く判らない卓也に、いつの間にか寄って来た沙貴が尻尾を掴みながら呟く。
「これは、こういうものです」
といいながら、軽く引っ張る。
その途端、澪が甘ったるい声を漏らした。
「ああん!」
よく見ると、尻尾の先には何やら金属のようなパーツがあるようだ。
問題は、それが何処に挿っているかということだが……
「こ、こんなのも、あの娘の部屋にあったの?!」
「う、うん、そうだよ」
「結構大きかったですよ、このくらいのサイズでしたか」
そう言いながら、沙貴は人差し指と親指でプラグ部分の大きさを示す。
どう見ても10センチ以上はあるその大きさに、卓也は思わず目を剥いた。
「今澪の中に入っているのも、そのくらいの大きさです」
「え……すご」
「も、もう! そういうこと言わなくていいよぉ、沙貴ったらぁ!」
恥ずかしそうに身悶えしながら、澪が囁く。
思わず付け根を凝視していた卓也だったが、軽いカルキ臭のようなものを感じ、その場から離れた。
「他にも、お尻に着けるものが色々ありましたね」
「うん、猫のシッポとか、うさぎのとか。
SM用の拘束具とかもあったよね」
「お、俺、ちょっと用事思い出したんで、外出してくる」
「ちょ、卓也! どこ行く気よもぉ!」
「あららぁ、ご主人様はこういうプレイもお好みなのかしら。
じゃあ今度は、私も――」
そう言いながら立ち上がった沙貴のミニスカートの中が、一瞬見える。
どうやら下着を穿いていないようで、あの形の整った大きなヒップが露出する。
だが今の卓也の頭には、目の前で際どいコスプレを披露している二人ではなく、あのいつも逢っている地味OL娘が、テイルプラグを自分で装着している姿が浮かび、妄想と股間を膨らませていた。
出来るだけ三人一緒に食事を摂るようにとの卓也の命令に従った澪と沙貴は、当面の課題、確実に確保出来た食料である、コンビニ飯の消費に取り組むことにした。
あまりこういったものを食べた事がない二人は割と喜んでいるが、元々コンビニ飯が多かった卓也は、早くも飽きが来始めている。
しかし、せっかく彼らが集めて来てくれたのだからと、不平は言えなかった。
さすがに尻尾は取らせたものの、派手で露出の多いコスチュームを着たまま食事をするロイエ達の姿は、様々な意味で異色であり、また華やかだ。
食事があらかた済んだ頃、食後のコーヒーを淹れに沙貴が席を立った時、澪が思い出したように話し出す。
「そうそう! そういえばね、コンビニの中に落書きがあったのよ」
「え、落書き?」
「そうなの、なんかこう、マジックで書いたみたいなね。
一万いくらか、お借りしました! みたいな内容でさ」
「なんだよそれ……怖いな!」
落書きがあるということは、当然、それを書いた人間がいるという事だ。
この世界は、まだ完全無人の世界と決まったわけではない。
もしかしたら、何かの理由で大勢の人が何処かに移動したという可能性も、ゼロではない。
その為、落書き自体があるのは理解出来なくもないが、問題はその内容だ。
「お金を借りました、なのか、その金額分の商品を持ち出しました、なのかわからんけど。
そのまんま受け止めると、落書きの主は、あの店が無人の状態の時に来店して書いた可能性が高いわけかな?」
「そうですね、店員さんがレジにマジックで落書きするなんて、ちょっと考えづらいですし」
香り高いコーヒーを運びながら、沙貴が補足する。
座る瞬間、スカートの中がまた見え、卓也は無意識に目を逸らした。
「あ~、卓也ぁ。
沙貴のオポンチン覗いて興奮したわね!」
「し、してない!」
「まぁ♪ ご主人様ったら。
お言いつけ下されば、いつでも――」
「そ、そういうのは今はいいから!」
「今? じゃあ、後なら」
「黙ってそこ座って!」
「あ、はい」
今度から強制的にズボンを穿かせようかなと考えながら、卓也は二人からそれ以外の報告を聞く。
マンションのコスプレイヤーの部屋やコンビニ以外の細かな報告こそなかったものの、やはり二人とも、誰にも遭遇する事はなかったという。
「あの、思うのですが」
ピンク色のウィッグを手で払いながら、沙貴が話す。
「この近所だけを調べていたのでは、なかなか状況は掴めないと思うのです。
いっそのこと、大きく移動して広範囲に調べてみませんか?」
「それはつまり、交通機関で移動してってこと?
でも、人が居ないなら電車もバスも動かないぞ?」
「いえ、車を使います」
「車?」
沙貴の提案は、こうだった。
まず、この周辺で三人が余裕をもって乗れる大きさで、尚且つキーが入手出来る車を見つける。
それに搭乗して遠くまで走り、更に情報収集範囲を広げるというものだ。
車を強奪、という所にいささか抵抗感を覚えはしたものの、確かにそれは効率よく状況把握が行える手段だと、卓也は納得した。
「でも、車は誰が」
「私が運転出来ますので、大丈夫です」
「あ、そっか! 営業車運転してたもんね!
沙貴ならお手の物か」
「はい、一般乗用車からバイク、大型車両、牽引車、クレーンからフォークリフトまで、どんなものでも乗れますよ」
「なんでそんなに運転できるの?!」
「いやその、お給料の使い道がなくて、仕方なく、資格取得に……」
「まさかの資格マニアだったとは!」
人権がない筈のロイエがどうやって取得したのかという疑問はあったが、とりあえず、移動については問題はないらしい。
それならと、卓也は沙貴の提案を早速明日から実施することに決めた。
その晩。
就寝時間が近付くと、二人はそわそわし始める。
念入りに入浴に時間をかけたり、やたら卓也の視線を気にしたりする。
それに気付かない振りをしつつ、卓也は、いまだ片付かない自室ではなく、元・優花の部屋に向かう。
ここには、前の世界で金卓也が購入した円形の大型ベッドが中央にどっかと置かれている。
雑魚寝なら、三人はおろか五人くらいでもいけそうなほどでかい。
まるでラブホから盗んで来たかのようなベッドに潜り込むと、待ってましたとばかりに、澪が部屋に飛び込んで来た。
「あっ! 澪ずるーい!」
「へへーん! 早いもの勝ちだもんねー!」
「何やってんだお前ら」
「んふふ♪ ね~卓也ぁ」
先ほどの玉藻之○のコスチュームを再びまとった澪が、尻尾をフリフリしながら卓也の上に乗ってくる。
薄暗がりでも判るほど、澪の顔は紅潮し、身体も火照っている。
はだけた胸元から覗く、仄かに丸みを帯びた胸を見て、卓也は不覚にもドキッとした。
「な、な、なんだ?」
「ねぇ、昨日の続き……して?」
「昨日の続き?」
「うん、そう。
ボクの……触ってくれたでしょ?」
「え、ああ、あれはその」
「ボク、卓也がやっとその気になってくれたのかなって思って、喜んだのに。
もう、いつまでおあずけするの?
ボク、もうせつないよ……」
そう言いながら、身体を更に密着させてくる。
少々分厚い衣装越しでも判るくらい、澪の身体の一部が固くなっている。
潤んだ目で見つめられると、まるで吸い込まれそうな感覚に陥る。
「で、でも沙貴が」
「今夜は、ボクなの!
ねえ、いいでしょ? もうそろそろ――」
「うう……」
以前より抵抗がなくなったとはいえ、まだ躊躇いがないわけじゃない。
昨日は、あまりにもコスがどストライク過ぎたのでつい手が出たが……
とか考えながらも、卓也の手は、澪の腰を抱いている。
徐に伸ばした右手が、大きな尻尾をわし掴む。
その途端、澪が短い嗚咽を漏らした。
「どのくらいのが、入ってるのかな」
「う、うん……ボクのと、同じくらいのが……」
「見せろよ」
「え、どっちを?」
「両方」
「うん……いいよ」
澪に四つんばいになるよう命ずると、卓也は起き上がり、彼の後ろに回り込む。
大きく膨らむ形の良い女形の尻と、そこから生えている尻尾のアンバランスさがかもし出すエロティシズムが、卓也の眠っているもう一つの性欲を激しく掻き立てた。
卓也の右手が澪自身を掴み、左手が尻尾を掴む。
「ああっ!」
予想外の刺激に、我慢が出来ず漏れる声。
卓也の左手に、力が込められる。
「あ、あ、あ……ぬ、抜けちゃう……っ!」
十数秒後、ぬちゅっ、という粘り気のある小さな音と共に、雫型の金属の塊が姿を現した。
と同時に、粘液が飛び散る音も。
「あ~、澪いいなあ……」
独り言を呟きながら、沙貴は本来の仕事着である黒のスーツに着替え、マンションから出た。
さすがに、あの空間に居続けるほど、野暮ではない。
もうすっかり暗くなり、ほぼ完全な暗闇に近くなった路を歩きながら、沙貴はあのコンビニに寄った。
一杯のコーヒーと、懐中電灯と電池を回収すると、再び店外に出る。
「さて、と。
じゃあ、探しますか」
部屋でやることのなくなった沙貴は、明日やる予定を若干早めて、車の調達に動き始めた。
マンションの周辺を歩き回り、使えそうな車を物色する。
まるで普通に近所の住人が使用しているかのように、当たり前の如く乗用車が停められている駐車場。
一見ごく自然な光景だが、やはり無人の街となると、いくつもの疑問が湧いてくる。
沙貴は、車を一台一台覗き込み、車内を確認したり、ノブに手をかけてみたりする。
だが、ドアが開きそうな、はたまたエンジンが掛けられそうなものは、簡単には見つかりそうにない。
「そりゃあそうよね、まずキーから探さないと――」
そう呟きながらふと向けたライトの彼方に、何かを見止める。
それは、駐車場の入り口に置かれている、駐車料金の支払機だ。
通電はしていないようで稼動する様子もないが、良く見ると、その真ん中辺りに何かある。
沙貴は、改めてそこにライトを向ける。
数秒後、思わず数歩後ずさった。
“車を使うなら、7番の赤いランクルがオススメ。
鍵は開けてあるし、キーも運転席にあるから!”
それは、コンビニでも見かけた、あの黒いマジックで殴り書きされたようなメッセージだ。
字体も良く似ている気がするが、それよりも、沙貴は自分の心を誰かに見透かされたような気がして、怖気を感じたのだ。
「まさか……って、あっ」
確かに、七番のスペースには赤色のランドクルーザーが停車している。
恐る恐る近付いてみると、どうやら本当にドアが開くようだ。
落書きの内容通り、キーも運転席の上にちょこんと乗せられている。
スイッチを押すと、車内から「ピピッ!」という音が聞こえて来た。
「――これは、どういうことなの?」
沙貴は、思わず車内と支払機を交互に見つめ、額の冷や汗を拭った。




