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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第二章 ロイエ編
25/118

ACT-25『またまた移動のお時間ですよ』







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


 

 ACT-25『またまた移動のお時間ですよ』







 澪は、キッチンに走り冷蔵庫を確認した。


「ねぇちょっと! 冷蔵庫の中、お酒ばっかりになってる!

 ボクの買い貯めた食材、殆ど残ってないじゃないのぉ!

 何よコレ!」


「丁度いいじゃないですか。

 幸い、ここにもまだ開口されてないのがありますし。

 さぁ、ご主人様」


「う、うん」


 谷川沙貴は、いつの間にか持って来たグラスにお酒を注ぐと、両手でそっと差し出す。

 それを恥ずかしそうに受け取る卓也を見て、澪は真っ赤なオーラをメラメラと燃やしていた。


「ちょっと沙貴! ねぇ、さっきからご主人様って、いったいどういうことなの?

 そろそろ説明してよ!

 ロイエのマネージャーが、どうしてボクのご主人様を」


「澪、私はね、この卓也様と結・ば・れ・た・の♪」


 ウィンクしながら、意味深に微笑む沙貴。

 澪の背後で、火山が噴火した。


「はぁ?! ちょ、ちょっと待ってよ、何ソレぇ?!

 本当なの、マジなの? ねぇ卓也ぁ!」


「い、いやそのな、そこは……色々と事情が」


「何よぉ! ボクというものがありながら! 浮気よ、これは確実な浮気よぉ!」


「澪、ロイエたるもの、ご主人様のやる事に文句を言っては」


「説得力ないわ! このドロボウ猫! あんたも追い出してやるわよ!」


「そんな事していいの? 私がここから出たら、あなた達は即座にうちの課の男達にまた捕まるわよ?」


「ぐ、ぐぬぬ~!!

 ってさ、沙貴あんたまさか、ボク達に付いて来るつもりなんじゃ――」


「あら、そうよ?

 だって、私はご主人様に永遠に仕えるという誓いをしたの。

 ご主人様も、私の所有を宣誓してくださったのよ」


「ちょ! た、卓也ぁ~~!!!」


「ま、待って、今、一生懸命、飲んでるから……」


「あ、はい」


 元々、そこまで酒が得意ではなく、せいぜいショート缶のビール一本でも充分という卓也は、ロング缶一本分が並々と注がれたグラスと、悪戦苦闘していた。

 先日の飲み会は、なんだかんだで話が盛り上がり、場の勢いで量が進んだが、今回はそうは行かない。

 しかし、第三段階は、とにかく彼が酔い潰れなければならないのだ。


「ご主人様、二本目をお持ちしました」


「あーっ! それ、ボクが注ぐぅ」


「あら、ここは一号の私が、ね」


「ちょ、誰が一号よ! 後から来たあんたが二号でしょ?!」


「うふふ、ご主人様の初・め・て☆ を頂いたんだから、私が一号でしょ?」


「ぬ、ぬ、ぬ、ぬわにぉ~?!?!

 た、た、た、卓也ぁ! どうりで時間がかかり過ぎると思ったらぁ!

 ホントにパツイチかましてたのぉ~?!」


「パツイチって」


「ま、待ってってば、飲み切れない……」


 頭から湯気をポッポと噴き出す澪に、ジャケットを脱いでくつろぐ沙貴。

 その脇で、肩をすぼめながら、卓也はちびちびと景気の悪い飲み方をしていた。


「ねえ、沙貴。

 あんた、本気でこの世界からいなくなるつもり?

 イーデル大騒ぎになるわよ?」


「それなら大丈夫よ。

 神代卓也の名義で書いた小切手に、私の譲渡金額を追記して、私の車のダッシュボードに入れてあるから」


「え、エグぅい」


「もし異世界への移動が適ったとして、私がこの世界から消えたなら、後でその小切手を見つけたスタッフが私の譲渡契約を認識してくれると思うわ」


「確かに、社員になったロイエでも譲渡されるケースはあるって聞きはするけど……。

 んで、もし移動出来なかったら?」


「その時は、悪いけどあなた達に悪役になってもらうわ。

 私は今、二人に軟禁されている状態ってことになってるから」


「そ、それはそうだけどさぁ。

 失敗した時のリスク、高過ぎない?!」


「そうね。澪は処分、ご主人様はイーデルに捕らえられて、たぶん非合法的な手段で葬られる可能性が高いわね」


 恐ろしいことをさらりと言ってのける沙貴に、二人は戦慄を覚えた。


「あと、お忘れかもしれませんが、あの二人が入り口に待機している部下達に助けを求めた場合、彼らは即座に私の救助とお二人の捕獲行動に移りますよ」


「ひぃ! そ、そうだったわ!

 た、卓也ぁ! 早く飲んで! ぐびっと行って!」


「そ、そんな無茶な……」


「はい、三本目パス!」


「沙貴! 投げないでぇ!」


「せ、せめてつまみを――」


 二人のロイエに煽られて、卓也はビールを次々に飲まされる。

 澪の見立てが正解であれば、卓也が泥酔することで、並行世界への移動が始まる筈だ。

 しかし、あまりにも時間的な余裕がない。

 ここに、沙貴の誤算があった。


 酒を飲んですぐに泥酔するわけではないということを、酒が飲めないロイエが知る由もない。

 また、酔いというものは、その時の精神状態にも左右されやすいということも。


「ご主人様、酔いの方は、どうですか?」


「い、いや、フラフラになりかけてはいるんだけど、緊張感が増してて、思ったより酔えないというか」


「どどど、どうしよう?! このままじゃ、作戦失敗しちゃうよ~!」


「仕方ないですね、ご主人様の緊張を解きほぐすしかありません。

 ――澪、今こそあなたの出番よ」


「え? ボク?」


「そうよ。

 ご主人様を、お慰めして差し上げて」


「そ、それって、まさか――」


 沙貴の、とんでもない指示に、卓也は目を剥く。

 そして澪は、違った意味で目をひん剥いた。


 二人のロイエの、獲物を狙うような目線が刺さる。


「な、なんか、ものっそい嫌な予感が?!」


「わかったわ!

 じゃあ、卓也……♪」


 すっくと立ち上がると、澪は、身に着けたものを一つひとつ脱ぎ始めた。

 厚めの上着とズボンを脱ぐと、その下から白い肢体が覗く。

 どうやらはじめから下着を身に着けていなかったようだ。


「卓也ぁ、お願い。

 ボクを、抱いて?」


「み、澪……」


「沙貴ばっかりずるいよ!

 ボクの方が、早くあなたと一緒に暮らしてるのに!

 だから、お願い……もうそろそろ、ボクも、愛して欲しいの」


「……」


 しおらしい澪の姿に、卓也は、心を射抜かれたような気分に陥る。

 そうだ、沙貴だけではなく、澪もまた、究極の美しさを持つ存在だったのだ。

 なんとなく、彼の存在に慣れ始めて忘れかけていたが、普通の男ですら魅了してしまう程の美少年。

 そんな彼が、覚醒した卓也に懇願しているのだ。

 今までは拒んでいたが、もう今となっては――


 フラフラしながら立ち上がると、卓也は飲み掛けのグラス(※四杯目)を一気に煽り、澪に迫る。

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに佇む澪の顎を指でくいっと上げさせると、卓也は自分からキスをした。


「んっ……♪」


 絡み合う舌と、不意に伸びる指。

 膨らみ始めた澪自身を優しく包むと、卓也はそれを弄び始めた。


「んっ! んんっ……」


 唇を塞がれ、嗚咽すら漏らすことが出来ない。

 澪の全身が振るえ、快楽に酔う。

 やがて澪の身体を抱き上げると、卓也は沙貴をちらりと見て、そのまま――優花の部屋だった物置へと姿を消した。

 その後姿を、少しだけ悔しそうな表情で追う。

 本当なら、自分が誘いたかったのだが、彼にはもうそんな体力は残っていなかった。


「……疲れた」


 沙貴も、そのままソファにうなだれる。

 しばらくすると――


「あっ♪ ああっ、た、卓也ぁ! 好き、大好きぃ♪♪」


 早速、始まったようだ。

 だが、ものの一分も経たないうちに、



 ウゴゴゴゴゴ~~……


 ゴオゴゴゴゴォ~~……



 澪のあえぎ声は、卓也のいびきにすり替わった。


「――えっ?」


「ちょ、ちょっとぉ! 卓也、卓也ぁ!

 え~ん! もう、やっとできるって思ったのにぃ!! キィ~~っ!」


「あ~あ……」


 ばふんばふん、と枕を叩く音に混じり、なにやら外から騒がしい音がする。

 ドアスコープから外を覗くと、ドアのすぐ目の前に、黒服の男達が立っていた。

 手には、何か機械のようなものを持っている。

 

(まずい! 今移動が始まったら、彼らまで巻き込んでしまうかもしれない!)


 その時、突然、金属を激しく削るような音が聞こえて来た。

 と同時に、ドアの隙間から火花のようなものが飛び散り始める。


(まさか、錠を切断するつもり?!)


 このままでは、一刻の猶予もない。

 沙貴は、ぐっと息を呑むと、内側からドアをどんどん叩き始めた。


「やめなさい! 大変なことになるわ!」


 なんどか大声で呼びかけると、金属を削る音が止む。

 沙貴は、覚悟を決めると黒服の男達に再度呼びかけた。


「この部屋に、爆弾が仕掛けられていることがわかりました!

 このままだと、このマンション全体が巻き込まれます!

 ここは私が何とかしてみます!

 皆さんは即座に退避して、神代様と茉莉の保護をお願いします!」


 沙貴の言葉に動揺したのか、黒服の男達は顔を見合わせ、しばらくすると逃げるように姿を消した。

 ドアを開けると、隙間に電動カッターを差し込まれたようで、あと少しで錠がカットされるところだったのが判る。

 周囲の部屋の住人が、何事かという顔で通路に出てくるが、沙貴はそれを無視して部屋に戻った。



 ぐらり。

 途端に、足元がゆらぐ。


「え? な、何?」


「さ、沙貴、大丈夫?!」


 優花の部屋から、全裸の澪が飛び出して来た。

 マンションの部屋が、揺れながら回転しているような感覚に陥り、窓の外がやけに明るく感じられる。


「こ、これはまさか?!」


「き、来た! これよ、これが起きると、世界移動が始まるの!」


「ほ、本当の話だったのね……凄い!」


「きゃあっ! さ、沙貴ぃ、どこかに掴まって!」


「わかった! きゃあっ?!」


 地震とは違う、まるで大きな手により部屋全体がゆっくり揺さぶられるような振動と揺れ。

 それは凄まじい不快感を与え、更にはカーテンを通り抜けてくる赤と黄色、白や青のカラフルな光が、強烈な刺激を加える。

 それが益々不快感を増強させ、遂に二人はまともに体勢を維持できなくなった。

 嘔吐感がこみ上げ、沙貴は必死でそれに耐える。


「さ、沙貴……」


「澪……っ!」


 遠くから、徐々に近づいてくるような、サイレンの音。

 それを聞きながら、二人は意識を飛ばした。


 そして肝心の卓也は、金卓也が購入した巨大ベッドの中央で、下半身丸出しのままぐっすりと眠りこけていた。






 翌朝。

 異常なほど爽快な気分で目覚めた卓也は、自分がいつの間にかベッドで寝ていることに気付き、戸惑った。

 澪はもう起きたのか、布団の中にはいない。

 昨日の事を思い返し、ひとまずシャワーを浴びることにした。


「おはよー、み……」


 言葉が、止まる。

 リビングでは、沙貴と全裸の澪が倒れていた。


「お、おい、澪! 大丈夫か?! しっかりしろ!

 さ、沙貴も! 何があったんだ?!」


「……え、た、卓也?」

「ご主人様……?」


「も、もしかして、世界移動、起きたのか? 成功したのか?」


「待って、確認してみる」


「お、おい! 全裸ぁ!」


「ご主人様こそ、そんな、刺激の強い格好で……♪」


「え? あっ」


 沙貴が舌なめずりをするのを見て、慌てて股間を隠す。

 澪は、カーテンを開けて窓の外を眺めているが、何故か動こうとしない。


「どうだ、澪?」


「うん、異常はないみたい。

 だけど、なんか、変」


「変? 何が?」


「うん、ちょっと違和感があるのよ」


 澪の言葉に、卓也と沙貴も窓に近づく。

 外の景色は、普段見ているのと変わりない光景で、特段何の違和感もない。

 だが、確かに、表現しがたい違和感がある。

 三人は、それが何かわからないものの、物凄く気になってしまう。


「とりあえず、いつもの“確認の儀式”をしましょう、卓也」


「おっ、そうだな」


「確認の儀式?」


 卓也は、沙貴をちらりと見ると、自分のスマホを取り出してどこかに電話をかける。

 下半身丸出しのまま。

 やることがない沙貴は、やむなく、卓也のオポンチンを凝視していた。


「神代重鉄鋼、応答なし」


「回線自体はあったの?」


「ああ、あった。

 よし、次は大ローゼン……と。

 澪、イーデルのサイトを調べて」


「わかったわ」


「待って、私にやらせて」


 そう言うと、沙貴は自分のスマホからどこかへアクセスを始める。


「イントラサイトへアクセスしてみるわ。

 これなら一発よ」


「あ、そうか! 沙貴ならそういうのすぐわかるもんね」


「そうよ――でも、あれ?」


「――大ローゼンも、応答なし。回線はある。

 じゃあ、次は大菊輪か。

 ここは、確か先の世界だと存在しないことになってたな」


「そうね、じゃあ」


「待って!」


 沙貴が、少し青ざめた顔で制止する。


「うちの課の連絡用イントラサイトに、アクセス出来ないわ。

 上長への連絡も通じない。

 ここ、私や澪のいた世界じゃないわ」


「よっしゃ! じゃあ、俺達は逃げ切ったんだ!」


 フルチンで大喜びする卓也と、複雑な表情で見つめ合うロイエの二人。

 だが、違和感はそこから来ているものではない。


 しばらく後、交代でシャワーを使い、身だしなみを整えた三人は、改めてリビングのソファに座り込んだ。


「この世界、どんなところなのかを、調べないとね」


「そうだな、まず、腹減ったから飯にしようぜ」


「承知しました、ご主人様。

 それでは、今朝は私が――」


「待ってよ沙貴! 冷蔵庫の中、今空っぽみたいなものなのよ。

 お酒しか入ってないから」


「それは参ったわね。

 じゃあ、買い物に行かないと」


「時間は……8時か。

 しょうがない、手近なコンビニにでも行くか」


「コンビニ、ですか」

「さんせーい! じゃあ、早速出かけようよ」


「そうだな、三人で行こうか」


 卓也の提案に従い、三人は、一緒に外出することにした。

 だが、ドアを開けた瞬間、


「あれ?」


「な、なんだか」


「妙に、静かですね?」


 外に出た三人は、いつものような東京の景色を眺め、違和感にようやく気付いた。


 音が、しない。

 車の行き交う音、遠くで響くクラクション、微かに聞こえる雑踏の音、そして朝の空を飛ぶ鳥の鳴き声。

 それらが、一切聴こえて来ないのだ。

 音が伝わらないわけではない。

 ただ、今この世界ではっきり聴き取れる「音」は、この三人の声しかないのだ。


「と、とにかく、降りてみよう!」


「そうですね!」


「あ~ん、待ってよぉ!」


 三人は、エレベーターに乗って一階まで降り、通りに出る。

 やはり、車は一台も走っておらず、行き交う人も全く居ない。

 近所のコンビニは普通に営業しているようで、明かりが点いている。


「なんだぁ、やっぱり人がいるんじゃん」


 卓也は、そう行ってコンビニへ駆け込む。

 その後を追って沙貴と澪も中に入るが、


「あれぇ?」


「ありゃ」


「誰も、いない……」


 やはり、店内は無人だった。

 ただ、つい先ほどまで誰かが居たような雰囲気のまま、人間だけが消失してしまったように感じる。

 店の中には商品がしっかり補充されており、今にもお客が入って来そうな雰囲気だ。

 だが、不自然なまでに、人だけが居ない。


「どういうこった、これは?」


「もしかして、何かまずい事があって、この辺の人達はどこかに避難したのかな?」


「いえ、そうではないようよ」


 沙貴が、弁当のコーナーで商品を手に取りながら呟く。


「見て、これを。

 消費期限が、明日になってるわ」


「え? ということは」


「つい先ほど、補充されたことになりますね」


「ええ?! いったいどうなってるんだ?」


「こっちの商品も、明日になってるわね。

 製造日は今朝方!」


「な、なんだってぇ?」



 三人は、顔を見合わせる。

 戸惑いはしたが、ひとまず目的は果たさなければならない。


 各人は、思い思いの食べ物や必要雑貨を籠に入れると、レジで会計処理をして、一応代金の支払いは済ませることにした。

 レシートを、カウンターの上に置く。


「これで、誰かが戻って来たら、気付いてくれると思うけど……」


 マンションの部屋に戻りながらも、三人は不安げに周囲を見回す。


(一難去ってまた一難ってか? まったく、この並行世界ってどうなってるんだよ?

 つか俺、なんでこんな世界に出ちまったんだろう?)



 卓也は、とんでもない所に飛ばされたのではないかという予感に苛まれ、頭を抱えたくなった。



次回から、第三章に入ります。


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