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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第二章 ロイエ編
20/118

ACT-20『いやそんなこと、急に言われましても……』


 新宿京王プラザホテル。

 ここの三階フロントが、谷川なる人物との待ち合わせ場所だ。

 約束の時刻の五分前に辿り着いた卓也は、金卓也から教えられた特徴を頼りに、谷川を捜した。

 だが、


「失礼します。神代卓也様でお間違いないでしょうか」


 不意に、背後から声をかけられ、驚いて振り返ると、そこには黒いスーツを身にまとった、細身の髪の長い女性が立っていた。

 想像よりも若いのにとても落ち着いた物腰、決して派手ではない化粧、最小限のアクセサリー、そして何より上品な着こなしと、吸い込まれるような美貌。

 その美しさは、澪や茉莉に勝るとも劣らないレベルだ。

 卓也は、思わずその女性の姿に見とれてしまい、一瞬反応が遅れた。


「は、はい! そうです」


「私、イーデル製薬株式会社・日本支部の谷川と申します。

 本日は、ご足労頂きまして、本当にありがとうございました」


(これが、俺の言っていた谷口って人か!

 た、確かに怖気走るくらいの美人だな……俺が言ってたことがようやくわかった)


 しどろもどろで挨拶を返すと、谷川を名乗る女性は、一礼してからエレベーターの方へ卓也を導く。


「それでは、お部屋を用意しておりますので、こちらへお願いいたします」

 

「あ、はい、わかりました」


 そこらに空いている席ではなく、部屋? と一瞬疑問を抱くが、これから話す内容の重要性を思い出し、納得する。

 確かに、機密性の高い話をするなら、その方が賢明だ。

 卓也はそう納得はしたものの、初対面の女性とホテルの部屋に、となると、どうしても動揺してしまう。

 

 無言のままエレベーターに乗った二人は、そのまま上層階へと移動した。



 一方、卓也を追いかけてきた澪は、京王プラザホテルの入り口まで辿り着いたのは良いが、早くも卓也を見逃してしまい、途方に暮れていた。


(参ったわね、この格好じゃあ、やっぱり入れて貰えそうにないよね)


 澪は、駄目元で三階のフロントを目指した。


 フロントの女性受付に、早速尋ねてみる。


「あの、すみません!

 こちらに、谷川沙貴という人が来ていると思うんですけど――」


「恐れ入りますが、ご宿泊のお客様の情報をお伝えすることは出来ませんので」


「あう、やっぱりそうですよね」


 ホテルで密談となれば、もはや第三者が様子を窺うのは難しい。

 それくらいのことは判断出来るのだが、思わず勢いで追跡してしまったため、策が思い浮かばない。

 

(でも、なんかとっても嫌な予感がするのよね。

 このままじゃ済まない、何か起きそうな予感がする……卓也、運がないからなあ)


 なんの根拠もなかったが、澪は女の感(?)で、卓也を一人にしておけないと思えてならない。

 やむなく、澪はロビーで待機して、卓也が出てくるのを待ち続けることにした。


 その様子を、離れた所から一人の男がじっと見つめている事にも気付かずに。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■


 

 ACT-20『いやそんなこと、急に言われましても……』






 卓也が通された部屋は、ツインルームタイプの大きくて豪華な部屋だった。

 いくつも並ぶ大きな窓からは、新宿都庁がすぐ目の前に見える。

 卓也は、眼下に広がる新宿の夜景に、思わず目を奪われる。

 窓際に置かれた大きなソファと、丸いテーブル、そして椅子。

 谷川は、ソファを卓也に勧めると、自分は向かい合う椅子の脇に立った。


「改めまして、ロイエ管理課の谷川と申します」


 ここで、ようやく名刺を差し出す。

 そこに記載された内容が内容だけに、大勢の人が行き交う場では出せなかったのだろう。

 金卓也から預かった名刺を取り出し、無難に交換を済ませると、二人は揃って腰掛けた。


「早速ですが、澪の状況につきまして、お話を伺わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」


「え、あ、はぁ……」


 さて。

 卓也は、答えに詰まった。

 ここに来るまでの間、相手に色々問い詰められるだろう事を前提に様々な脳内シミュレーションを行ったつもりだったが、谷川の想像以上の美貌と、ホテルの豪華さ、夜景の素晴らしさに圧倒され、全部頭から消し飛んでしまったのだ。

 だが、とりあえず澪が無実なのは、しっかりと伝えなければならない。

 その心意気だけは、かろうじて頭にこびりついていた。


「澪ですが、彼女……じゃなかった、彼は、ちゃんと自分の所に来ましたよ」


「――えっ?」


「ちゃんと時間通りに、0時に俺のマンションへ――あ、違った。

 そうじゃなくて、あの、澪はですね、急に出て来たんです!

 自分のマンションの部屋の中に」


「それは、いったいどういうことですか?」


「ええつまりですね、その、なんてったらいいのかな。

 彼は、別に逃げたわけじゃなかったんです。

 ちょっとした事故に巻き込まれてしまいましてね、俺の所に行きたくても行けなくて、代わりに自分の所に来ちゃったんです」


「???」


 一生懸命、丁寧に説明しているつもりの卓也だが、谷川は意味がわからないようで、怪訝そうに見つめてくる。

 

「ああ、その、すみません説明が下手で。

 とにかく、澪は何も悪い事はしてないし、規則も破ってないんですよ。

 ただ、誤解があって一時的に行方がわからなくなってただけでして」


「すみませんが、こちらからお尋ねしても?」


「はい、どうぞ」


「つまり、澪は約束された日時に、神代様のマンションをきちんと訪問していたのですか?」


「は、はい!」


「それをご認識されたのは、神代卓也様で?」


「そ、そうです」


 そう言いながら、卓也は自分を親指で指し示す。


「ですが、卓也様は澪がいない事に激昂され、お父様の孝蔵様にクレームの連絡をされました。

 そのように伺っていますが、この矛盾点についてはどうなっているのでしょう?」


「それは、澪は自分の所に来たのですが、だけど俺のところには言ってなくて――あっ」


 そこまで話していて、ようやく自覚する。

 卓也は、頭の中で「自分」と「金卓也」を、別々の存在であるという認識で話を進めていた。

 だが、今この世界に神代卓也が二人居る事を知っているのは、本人達と澪、茉莉の三人だけだ。

 こんな普通ではありえないような話を、谷川に理解させるというのは、どだい無理な話だ。 

 それなのに、卓也は前提の説明からしくじってしまった。

 途端に、顔が青ざめる。


「もしや、澪がご自宅に来ているにも関わらず、それを隠して茉莉をも取得したということですか?」


 谷川の口調が、露骨な疑問形になる。

 脚を組み、両手で肘を押さえ、いぶかしげな目線を向けてくる。

 明らかに、疑われている目だ。


(まずい、いきなりトチった!

 どうすればいいんだ、このままじゃ、俺も茉莉も澪も大変なことになっちまう!)


「卓也様?」


「うう……い、いや、それは違うんですけど……」


 完全に詰まってしまった卓也は、後悔のどん底に叩き落された。

 やはり、安請け合いなどするのではなかった、と。


「本来お話次第では、貴方とお父様に対して、規約通りの損害賠償を請求せざるを得なくなってしまうのですが――」


「あ、あの、それは……」


「ところがですね、実は朗報がございまして。

 こちらが本日の本題になるのですが」


「え?」


 突然、谷川の口調が明るく変わる。

 朗報、という言葉に、卓也は顔を上げた。


「とある方が、澪の購入を打診しております」


「は? 購入?」


「そうです。

 その方は、以前より弊社のロイエを複数購入しておられるお得意様で、実は澪についても、以前から目を付けていたそうなのです。

 それが、僅かの差で神代孝蔵様に購入されたということで、非常に悔しがっておられました」


「は、はあ……」


 話が、突然予想外の方向に向き始める。

 先ほどまで、もう洗いざらい真実をぶちまけてしまおうと考えていた卓也は、この急展開の流れに思考が付いていけずにいた。


「ところが、今回このような流れとなってしまい、結果的に澪の所有権は宙に浮いた状態となっております」


 それは、卓也も考えていたことだ。

 澪の話を考慮すると、澪は誰かが購入しない限り、イーデルに狙われ続けることになるのだ。

 それを避ける最良の方法は、澪を購入することで、それは金卓也が申し出た話ではあるのだが――


「そこで、その方が澪の購入を申し出ました。

 無論、この度の事情も全て把握なされた上でです」


「は?」


「時坂様といえば、神代卓也様もご存知かと思われますが。

 西が丘食品株式会社の重役をなさっておられる、あの方です」


「えええっ?!」


 思わず、ソファから立ち上がる。

 ここに来て、第三の選択肢が唐突に示されたのだ、驚くのも当然だ。

 あまりにも寝耳に水な話に、卓也は大いに戸惑った。

 西が丘食品というのは聞き覚えがないが、その社長ではなく重役がロイエの話に首を突っ込んでくるくらいなのだから、相当ハイクラスな会社なのだろう。


「そちらには、既に茉莉が派遣されておりますし、澪につきましては、契約書類と取扱い説明書のご返却、ならびに身柄の引渡しをお願い出来れば、彼は処分を免れますし、神代様への規約違反によるペナルティも発生しません。

 これが、一番無難な落とし所だと思われますが、いかがでしょうか」


「……」


 谷川の繰り出すトンデモ話に、卓也はもはや、何も言えなくなった。

 元々、卓也はこういった重要な交渉の場の経験がない。

 研修時代に営業の真似事のようなことを、先輩社員に付いて少々やった程度で、それ以外は殆どが細かな商談だけだ。

 その為、咄嗟の対応や切り返しなどできよう筈もなく、また人の命が関わっているような重要な交渉など、頭が回るよりも先に緊張感が前面に出てしまう。

 そんな彼が、いきなりこのようなヘビーな選択肢を突き付けられたのだ。

 その結果、極度の緊張状態にあった卓也は、更に言葉を失うしかない。


「――卓也、様?

 顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」


「ああ、あ、あの、はい、大丈夫です……」


「神代卓也様は、非常に気丈で交渉に長けた方と伺っておりましたが。

 本日は何かおありでしたでしょうか?」


「は、はは、あ、あの、いやその……」


(まずい! もう、俺にはどうしようもない!

 だが、このままだと澪が、全然知らない奴のところに行ってしまう!

 ……あれ、でも待てよ? もしかしてその方が、澪にとっては一番いいのかも?

 俺みたいな、どこの世界をうろつくのかわからないような奴に、ずっと付いているよりは……)


 だんだん混乱してきた卓也は、いつしか顔を伏せ、肩を振るわせ始める。

 そんな彼を奇異な目で見ていた谷川のスマホが、突然鳴り出した。


「失礼します。

 ――もしもし? ええ、どうしたの?

 ……えっ?! 澪が?」


 谷川が、驚きの声を上げる。

 卓也も、思わず顔を向けた。


「卓也様。

 貴方、澪を連れて来ていたのですか?」


「え? いいえ!

 どうしたのですか? 澪が何か?」


 スマホを切り、やや戸惑うような仕草をし始めた谷川に問いかける。

 少し言いよどむような態度を見せたが、谷川は、まるで睨むような強い目線を向け、ゆっくりと話し出した。

 


「弊社のスタッフが、このホテルのロビーにて澪を捕獲したとの、連絡が入りました」

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