ACT-19『いよいよ作戦決行ですよ!』
“Reue”
イーデル製薬株式会社が極秘で生産し、非合法な手段で一部のクライアントに向けて販売している「少年奴隷」。
彼らに人権はなく、またその存在も公には認められていない為、法の下に守られることはない。
すなわちそれは、ロイエの購入者が彼らの生命と生活を守る義務があり、同時に、彼らの生殺与奪権をも持つ事を意味する。
そして、ロイエにはクライアントの意図に反する事、またイーデル製薬株式会社の非合法マーケットの秘密を漏洩させる事は許されず、これを破った場合は無条件の“死の制裁”が実行される。
ロイエに、自由はない。
あるのはただ、所有者が認めた範囲内での生だけである。
澪も、そして茉莉も。
そんな悲しく厳しい掟の下に生を受けてしまった、儚く不幸な存在なのだ。
澪は、イーデルの指示に従い、購入者・神代孝蔵の息子であり、主である神代卓也の自宅マンションに、正確な時間に向かった。
しかし、彼を迎え入れた神代卓也は、本来澪を受け取る筈だった神代卓也とは“違う人物”だった。
異世界の神代卓也は、身に覚えのないロイエの購入者と認定され、有耶無耶のうちに澪のご主人様となった。
同じ頃、澪の到着を待っていた“本来の”神代卓也は、約束の時間になっても姿を現さない澪に激怒。
翌朝、父親の孝蔵に連絡し、イーデルに事情確認を依頼した。
これに同調して激怒した孝蔵は、イーデルにクレームを入れる。
イーデルは、澪を逃亡者と認定し、代替として茉莉を神代卓也の許へ派遣することで、クライアント側のクレームを押さえ込んだ。
しかし、澪が逃走したということは、ロイエや、イーデルの非合法マーケットの秘密、或いはそれらの利用者情報の漏洩が懸念される。
それは、イーデル製薬株式会社及び、これらを運営する巨大コングロマリット全体を脅かしかねない一大事だ。
その為、“澪が逃亡した”ことにされているこの世界では、イーデルは必死で澪の行方を追っているのだ。
だが澪は、本来のクライアントであるべき神代卓也の許に姿を現してしまった。
つまり神代卓也は、澪が居ない代わりに受領した茉莉に加え、澪をも得ている形になってしまう。
言い変えれば、神代卓也はイーデル社を騙し、二人のロイエを不当に獲得した扱いになる。
これがもしイーデル社にばれてしまった場合、無論、神代卓也はただでは済まされない。
当然、購入者である神代孝蔵にも規約違反のペナルティが及び、それは神代重鉄鋼株式会社という組織全体に悪影響を及ぼしかねない。
イーデル社による罰則とは、それほどまでに重い物なのだ。
そんな危険な状況が目の前に迫っているにも関わらず、神代卓也は“異世界の”神代卓也を自身の身代わりにさせ、最も危険な矢面に立たせようとしている。
澪に慕われた“異世界の”神代卓也は、彼の命だけでなく、“本来の”神代卓也と孝蔵、茉莉、そして神代重鉄鋼全体の運命をも、まとめて背負わされてしまったのだ。
だがしかし、当の本人は、まだその事に気付いていない。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-19『いよいよ作戦決行ですよ!』
ピロロロロロロ♪
ピロロロロロロ♪
携帯が、二つ同時に鳴る。
二人の卓也はそれぞれのスマホを確認し、それが父・孝蔵からの連絡だと気付いた。
卓也がまごついているうちに、金卓也が電話に出る。
「おぉ、親父! ああ、谷川の件な。
悪い悪い、俺がちゃんと会って話するわ。
――今日の午後7時な。了解。
じゃあな」
あっという間に話を決めてしまう。
あまりの即決に唖然とする卓也に、金卓也は何故か得意げに話し始める。
「こういうのはな、何でも迅速に立ち回るもんだ。
俺はそうして、神代重鉄鋼の専務になったんだ」
「お、おう、すごいなそれ」
「だろ? お前も、ぐずぐずしないで何でも即決する癖つけろよ。
そうすりゃ、必ず良い目を見られるぜ」
「ありがとう、参考にする」
ともあれ、話は決まった。
卓也は、金卓也になり代わり、谷川との待ち合わせ場所であるホテルへ向かうことで話がまとまった。
問題は、澪だ。
「ボクも付いていく!
卓也一人でそんな場所に行くなんて、危険過ぎるよ!」
「落ち着いて、澪!
あなたが付いて行ったら、すぐに捕まって問答無用で連行されかねないのよ?」
「で、でもぉ」
「やめとけよ澪、お前はここから出ない方が身のためだぜ」
「俺の言う通りだ澪。
ここは俺がなんとかするから。してみせるから」
「……卓也……」
顔を紅潮させ、うっとりした瞳で、澪が見つめる。
その表情に照れたのか、卓也はそっと視線を外す。
「あーあー、熱い熱い!
どんだけ相思相愛なんだよ、なぁ茉莉」
「本当にそうですね。
こんなに深く愛し合ってるなんて、僕、見ていて妬けちゃいます♪」
「ち、ちょっと待てぇい!
お、俺は、そんな事ないいてっちゃったら」
「あ、噛んだ」
「まぁ、そう照れるな!
俺は応援するぜ、お前達の仲を!
いい夫婦になってくれよ俺!」
「ふ、夫婦ぅ?!」
「や、やだ、夫婦だなんて♪♪」
金卓也と茉莉に煽られ、卓也は顔を真っ赤にして何やら懸命に言い返す。
だが、そんな彼を見る金卓也の目は、笑っていなかった。
金卓也は、電話であらゆる物を調達し、それを次々に物置だった部屋に持ち込んだ。
畳の上に大きなカーペットを敷き、その上に大型のベッド、テーブル、椅子などを配置する。
いずれも高級そうなものだが、特にベッドの大きさが目を引く。
これは、その気になればここの四人が同時に寝そべることも可能そうだ。
「すっごい! こんな大きなベッド、買えるんだ!」
「い、いったい幾らしたんだよ……」
「聞きたいか?」
「い、いや、いい」
「でも、こんなに大きなベッド必要なの?
あなたと茉莉二人用にしては、大きすぎない?」
澪の素朴な疑問に、金卓也は大笑いしながら答える。
「毎晩茉莉を抱くんだから、こんくらいは必要さ!」
「ご、ご主人様!」
「どゆこと?」
「茉莉はな、そりゃあもう夜は激しいんだわ。
今はおとなしいけどな、いったんスイッチが入るともう、淫乱どころの騒ぎじゃ済まなくってな!
やれ縛りだのやれポニープレイだの、やれ立ちバックだの、駅弁だの――」
「ご主人様ぁ! も、もう、やめてください~!」
茉莉が顔を真っ赤にして、金卓也の腕をさする。
しかし、一切否定はしない。
卓也と澪は、赤くなった顔を見合わせた。
「み、見かけによらず、は、激しいんだな」
「う、うん。……そこまでとは、さすがのボクも知らなかった」
「二人とも、真面目に聞いちゃ駄目ですぅ!」
「この前なんかな、両手両脚を拘束して脚を閉じられなくしてな、ボールギャグ嵌めて放置プレイよ。
イッた回数を、太ももの内側に正の字で……」
「いやぁ~ん!」
「すご……」
「いいなぁ……ボクもされたい……」
「何か言った?」
「え? う、ううん」
茉莉の痴態を散々聞かされているうちに、夕方が近づいてくる。
約束の場所に時間通りに行くには、もう部屋を出なければならない。
スーツを着て出かける支度を始めた卓也は、金卓也に自身の名刺入れを渡された。
「しっかりやれよ」
「あ、ああ、頑張ってみる」
「澪は事故で本人の意志とは無関係に行方をくらませていたんだってことを強調するんだ。
異世界のことなんか、細かく説明する必要はないからな。
とにかく、澪も茉莉も引き取りたいってことをしっかりアピールして来い」
「わ、わかった」
「頑張ってくださいね、卓也様。
ご健闘をお祈りします」
「ありがとう、茉莉。
……って、あれ。澪は?」
「さっきお前の部屋に閉じこもったけど?
またファミコンしてんじゃないか?」
「そういえば、さっきボンバーマンとかいうゲームにハマってましたね」
「あいつ、よくわからん趣味してるなあ」
予定の時刻だ。
卓也は、まるでこれから会社に向かうような出で立ちで、玄関に向かう。
二人はそれをリビングから見送った。
ドアが閉まった音を聞いたのと同時に、金卓也の手が、茉莉の腰に回る。
「よし、それじゃあ俺達は♪」
「で、でも、澪が隣に……」
「聞かせてやればいいさ。
どうせ、あいつも我慢出来なくなって、下手すりゃ混じりに来るかもしれないぜ?
なんせ、性欲の権化だからなロイエは」
「そ、そうですけど……でも、恥ずかしい……」
「なんだよ、もう、こんなに濡らしてるじゃねぇか……」
「あん、ご主人様……」
抱き合い、唇を重ねて舌をむさぼり合う。
興奮が高まったのか、やがて二人は新しい寝室へと姿を消す。
引き戸が閉じられ、茉莉の甲高い声を響き出したのとほぼ同時に、卓也の寝室のドアが静かに開く。
帽子を被り、男物の服を無理やり着込み、何処から持ち出したのか黒いサングラスを装着した澪は、足音を忍ばせて玄関へ進む。
二人の気が逸れている事を確信すると、澪は財布と鍵を鷲掴みにして、慌てて外へ飛び出していった。
(最寄り駅は一つで、新宿方面への路線は一つしかない。
少しくらい遅れても、充分追跡出来るわ!
ホテルの名前も聞こえたし、問題ないわね)
完全に自分の体型に合わない服なので、かなりいびつなスタイルになってはいるものの、長い髪を上着の中に収めているせいか、確かに澪とは……女性とは咄嗟にわからない格好ではある。
だが、そんな格好にも関わらず、黒のパンプスなど履いてしまったものだから、足元がアンバランス極まりない。
それでも平気だろうと解釈し、澪は、卓也に買って貰った財布の中身を確かめると、小走りで駅を目指した。
もうすぐ、夜の帳が下りようとしている――




