ACT-18『思っていたのと、なんか違う……』
脱ぎ捨てられたメイド服が散乱するリビングに、卓也はただ一人だけ取り残された。
閉じられた寝室では、しばらく金卓也と澪と思われる会話が続いたが、それもやがて途絶える。
そして、十数分ほど経った頃――
『あ……んっ』
『あ、イヤ……いきなり、そんな……』
『だ、駄目……ぇ、そこ、そこは……ああん!』
澪の艶っぽい声が聞こえて来る。
微かではあるが、それは間違いなく、恥ずかしさを堪えながら漏れる、あの時の声だ。
それくらいの事は、童貞の卓也でもわかる。
先程土下座をしていた場所から一歩も動けないまま、卓也は、ただじっと澪の色っぽい声を聞くしかなかった。
やがて、もう一人の声が聞こえてくる。
それが茉莉のあえぎ声だと気付くのに、時間はかからなかった。
金卓也の、何かを命令するようなやや強い声と、それに呼応するように響く悶え声が二つ。
卓也の手が、震え始めた。
更に数十分経っても、澪と茉莉の声は止まらない。
時折、あえぎ声が金卓也のものに切り替わることもあったが、途切れることはない。
それどころ、まるで卓也を挑発するかのように、三人の声は益々大きくなっていった。
(が、我慢だ……我慢すれば、澪は助かるかもしれないんだ!
で、でも……いや待て、なんで俺が、悔しがらなきゃならないんだ?!
俺、どうして、こんないたたまれない気持ちになってるんだ?!)
自分の感情がぐちゃぐちゃになって、訳がわからなくなる。
そうこうしているうちに、澪の、一際甲高い声が聞こえて来た。
『ああぁ~! や、やめてぇ、死んじゃう~!!』
その声に、卓也は体を起こした。
バンッ!
鍵がかかっていると思ったが、意外にもすんなりと、寝室のドアは開いた。
「み、澪?!」
血相を変えて飛び込んだ卓也は、寝室内に広がる光景に、思わず硬直した。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-18『思っていたのと、なんか違う……』
「あ、やっと来た」
「卓也ぁ、おそーい!」
「あ、あの、どうも。
お借りしております……すみません」
金卓也と澪、そして茉莉は。
卓也の寝室の奥に置かれている小さなTVの方へ、体を向けていた。
その手には、見覚えのある、ゲーム機のコントローラーが握られている。
よくよく見てみると、TVの画面にはファミコンのゲームの画像が映し出されていた。
金卓也も、茉莉も、先程の服装そのままだ。
それに、裸だった筈の澪も、寝巻き代わりに使っているジャージをいつの間にか羽織っていた。
どう贔屓目に見ても、先程まで濡れ場を演じていたようには思えない。
三人は、卓也秘蔵のゲーム機を勝手に繋ぎ、ゲームで遊んでいた。
「これ、いいなあ! 古いゲームなんでも出来るんだな」
「レトロフリークって言うらしいわよ。
ボクも、卓也に聞くまで知らなかったの。
今のゲーム機って、すごいのね」
「僕、家庭用ゲームって初めてやったんですけど、こんなにスリリングで面白いんですね!
卓也様、ありがとうございます!」
「え、あ? ああ……」
「お? どうしたんだ俺? 顔真っ赤だぞ?」
「え、だ、だって、さっき……してなかった?」
「これぞ科学忍法・逆天の岩戸!」
フフーン♪ と鼻を鳴らし、澪が胸を張る。
卓也は、この前引っ掛けられた時のことを思い出し、別な意味で顔を真っ赤にした。
「お、お、お前らぁ! 俺を騙したのかあ!!」
「ふへへ、ごめ~ん☆」
金卓也が、テヘペロする。
「うふふ、ボクの事を心配してくれたの? 卓也ぁ♪」
澪が、卓也に抱きついてくる。
呆然としたまま、卓也は、金卓也と茉莉を見つめた。
「まあ、合格だな」
「そうですね、卓也様の、澪への想いの強さがよく伝わりました」
「え? え?」
「そうよ! ボク達は相思相愛、もう一生離れられない関係なの☆」
「は、はい?!」
卓也に甘えるように抱きつくと、澪は頬ずりをしてくる。
何がなんだかわからない卓也は、澪を引き剥がした。
「どういう事なのか、説明してくれぇ!」
「まあ、悪く思うな!
お前と澪が、どれだけ愛し合ってるか、試したかったんだよ」
「そうです、ご主人様は、お部屋に入ってすぐに澪に服を着せて。
お二人の事情を窺ったんですよ」
「じ、じゃあ、あのあえぎ声は?」
「え・ん・ぎ♪」
「はぁ?!」
「あのね、普通にゲームやって時間潰してたんだけど、こっちの卓也が、『どうせならあえぎ声みたいに喋ろう』って提案してね」
「そうです、だからアレは、ゲームでやられちゃった時の声なんです」
「この『コンボ○の謎』ってやべぇな!
弾見えねぇし、変な海老みたいなのはぶつかってくるし」
「でも、ありがとう卓也!
ボクのことを助けようとしてくれたんだよね♪ 素敵、愛してる☆」
「おい俺。
お前らの普段のプレイ内容もしっかり聞いたぞ?
めっちゃノロケてたけどな、コイツ」
「な、な、な、なぁあっっ?!」
再びリビングに戻った卓也は、三人によってたかって弄られまくっていた。
どうやら金卓也は、想像以上に卓也に親身になってくれているようで、澪のことについては卓也の方に付く事に理解を示してくれたようだ。
てっきり、澪に対して執着心が沸いたと思っていただけに、卓也はその意外な舵の切り方に驚くだけだった。
金卓也が言うには、澪にも未練がないわけではないが、それよりも茉莉の献身的な態度に情が移っており、彼を大事にしたいという意向の方が強いようだ。
そして茉莉の方も、事情を理解してくれた上、金卓也の意向に従うということで、イーデルに対して余計なことを言わないこと、そして全面的に協力することを約束してくれた。
「だが、とりあえず。
お前、こっちの部屋、なんとかしてくれよ。
これじゃあ、俺達の寝床がないじゃんか」
「え? あ、ごめん」
聞いてみたところ、金卓也は今卓也が使っている寝室ではなく、もう一つの“物置”に使われている部屋の方で寝ているとの事だった。
四人で共同生活する以上、彼らのプライベートスペースも確保する必要がある。
であれば、この物置を開放するのが急務だ。
「そういえば、卓也はこの部屋に絶対入るなって言ってたけど、何があるの?」
「あ、それは……まあ、色々あって」
「覗くぞ……って、うわっ?!」
寝室の隣、リビングから直接入れるもう一つの部屋。
その引き戸を開けた金卓也は、思わず声を上げた。
そこは和室で、畳張りでかなりの大きさのある空間だった。
しかし、その全貌は良く判らない。
何故なら、そこにはぎっしりとダンボールが詰め込まれていたからだ。
奥の方には、このままでは辿り着ける手段はない。
相当長い間放置されていたようで、ダンボールの上には埃が積もっている。
「何よこれ! こんなにいっぱい!」
「ど、どうしましょう! このままでは、使えませんよ」
「おい、この大量の荷物は何なんだ? お前の大事なものか?」
「あ、いや、それは――」
口ごもる卓也に、澪は、手近なダンボールを取り出して開けてみた。
「あ、ちょ!」
「これ、女の人の持ち物?」
「ブランド物のハンドバッグみたいですね。結構高そう」
「何よこれ、殆ど未使用じゃない?
って、まさかこれも、これも?」
「どういうこっちゃ、これは?!」
三人が驚く中、卓也は、申し訳なさそうな態度で、ぼそぼそと答えた。
「これは、前に一緒に暮らしていた彼女の物で」
「もしかして、この部屋って優花さんの――」
澪の呟きに、卓也はコックリ頷く。
「何もかも放り出して行ったんで、そのままになってる。
捨てようにも、なんだか捨てづらくてさ」
「なんだか、複雑な状況みたいだな俺」
結局、卓也はその部屋の荷物について、三人に事情を説明させられる羽目になってしまった。
話を終えると、金卓也は、何とも言えない複雑な表情で、卓也の肩を叩いた。
「なんつうか、色々大変だったんだな俺」
「なんかごめん、変な話聞かせて」
「いや、それはいいんだが。
ならば、むしろこれは全部処分してスッキリした方がいいぜ」
「でも、所有権とかアイツが主張してきたら」
「放置して何年も経ってるんだろ? だったらもう関係ねぇよ。
第一、そのお前の元カノが居る世界に、また戻れるかもわからねえんだろ?」
「まあ、確かに」
「それなら、これ全部処分しろって。
んで、その分を澪の引き取り代に充ててくれ」
冗談交じりという感じで、金卓也が荷物を指差す。
しかし、実際のところ、彼の言う通りではあった。
いつまでも未練を引きずるのは良くないし、とにかくスペースを空ける必要があるのだ。
卓也は、金卓也の説得に応じて、思い切ることにした。
「よし、じゃあ全部破棄する」
「よっしゃ、それなら話は早い。
早速業者を呼んで、こいつを引き取らせよう。
なぁに、少しでも高く買い取ってもらうようにするから安心しろ」
「あ、ああ」
物置の中の荷物は、大半が佐治優花の所持品と、同棲中に彼女が購入するだけ購入したブランド品だ。
物欲が高かった優花は、給与の大半を、時には卓也からお金を借りてまでこういったものに使い、それでいて買うだけ買って放置するという状態だったのだという。
それなのに、このマンションを飛び出した時は荷物をそのままにして行き、取りに戻ることも、業者を寄越す事もなかった。
「こう言っちゃなんだけど、本当に、卓也の元カノの優花さんは、ろくでもない人よね!」
少し起こり気味に、澪が吐き捨てるように呟く。
「まあ、もういいじゃねぇか。
とりあえず、行動に移ろうぜ」
金卓也の行動は、とにかく早かった。
すぐに業者を調べて電話し、即効でマンションに来させると、物置の荷物を茉莉に並べさせて全て預からせた。
卓也も澪も手伝った結果、ものの一時間もしないうちに、部屋の中は空っぽになってしまった。
金卓也は、業者に話をつけて買い取り金額の振込先などの書類をささっと書き、スムーズに提出する。
最初に電話してから二時間もしないうちに、物置は見事に空っぽになった。
「す、すごい……あっという間だ!」
「こういうのは、スピードが命だぜ。
さて、茉莉。
次はこの部屋を掃除してくれ。
その間に、俺は寝具を揃える」
「承知しました」
「ち、ちょっと待ってくれ!」
どんどん話を進めていく金卓也に、卓也は思わず呼びかけた。
「どうした俺?」
「いや、なんだか、俺達が割り込んだせいで色々迷惑をかけてしまって、悪いと思って」
「そうは言っても、起きてしまったことはしょうがねぇしな。
まあ、それに俺も、こんな体験滅多に出来ないからな。これはこれで楽しんでるのよ」
「そうだけど、余計な出費をさせてしまって」
「妙なところで義理堅いな。
――よっしゃ、じゃあ、お前に頼みがある。
これから購入する生活用具の代価に、お前達に一働きしてもらうとするかな」
と突然、金卓也はいやらしい笑みを浮かべる。
しかし、彼の申し出はもっともであり、ましてなんだかんだで澪の事も助けてくれようとしている事もある。
卓也は、どんな事でも受けようと覚悟を決めた。
「いいよ、わかった。
俺は何をすればいい?」
「お、いい覚悟だな」
申し出を受け入れた卓也の肩に両手を置くと、金卓也は、何故か物凄くいやらしそうな口調で、ねっとりと話し出した。
「実はなぁ、イーデルの谷川とは、お前が交渉して欲しいんだわ」
「え?」
「お前が俺に成り代わって、代わりに谷川ってヤツを言いくるめるんだ。
つまり、お前が直接澪を助けるってことだな!」
「お、俺が?!」
まさかの無茶ぶりに、狼狽する。
そのやり取りを見ていた澪も、予想外の展開に激しく戸惑った。
「ちょ、な、なんて事を!?」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。
それを聞いてくれれば、澪の件も解決だ。
なあ、やりがいはあるだろう?」
「でもなんで、その谷川って人と、交渉したくないんだ?」
卓也の何気ない一言に、金卓也は、ちょっと困ったような顔つきになった。
「ああ、まあ、それは……色々あってな」
「なんか怪しいな」
「うん、怪しい」
「ご主人様?」
今度は、三人が金卓也に詰め寄る。
弱った金卓也は、思わぬ反応に観念したようだ。
「ああ、俺……あの谷川ってヤツを見るとな」
「うんうん」
「――もよおしてくるんだよな」
「はぁ?!」
「なんつうか、その、押し倒してそのままヤッちまいたくなるんよ!
なんかこう、俺の性癖にブッ刺さるというかさぁ♪」
「ごごご、ご主人様!
そ、そんな目で、あの人を見ていたのですかっ?!」
「うひぃ、ごめん茉莉!」
「うっわ、サイッテ~」
「ど、どんだけ凄いんだよ、その谷川って」
金卓也の思わぬ言葉に、卓也は呆れ果てると同時に、谷川への興味も湧いて来た。
だが、そんな卓也Sを見つめ、澪は、一人弱り果てた顔をしていた。
「ボクが殺されるかどうかって重要な話なのを、忘れちゃってない? この二人って」