表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
133/143

ACT-131『それぞれの、イイ雰囲気』


 ヴァレネドリンに残ったジャネットとテツは、その後もしばらくユマ達を捜し回ったが、とうとう誰も発見出来ず終いだった。

 もう夕方も近く、今から旅立つのは危険が伴いすぎる。

 二人は宿に戻り、もう一泊だけしてから明朝にイセカスへ向かう計画を立てた。


「ホント、ユマさんに職人さん達、どこいったんすかねぇ?」


「そうですわねぇ。

 行けるところは、もう全部行った筈なのに」


「何かあって、この町を出て行く羽目になったとか?」


「だとしたら、ユマさんの事だし何か書置きでも残していくんじゃないかしら?」


「そうかもしんねぇっすけど、よく考えたら俺ら、ユマさんの事も詳しく知らないんすよねぇ」


「それを言い出したら、私達もお互いのことを知らなすぎるかもしれないですわ」


「ははは、ちげぇねえや♪」


 先程ジャネットが魔法で出した“雪印牛乳”をパックごと煽ると、テツはまるで酒でも飲んだように口許を拭う。


「しっかし、こうして落ち着いてじっくり見てると」


「なんですの?」


「ジャネさんも、すっげぇ美人っすよねぇ。

 おまけに胸もでけぇし、スタイルも完璧だし」


「あら、今更この私の魅力に気付いたんですの?」


 そう言いながら、無意味にしなを作って見せる。

 だがテツの目は、何故かいつもより真剣に思えた。


「いやいや、ずっと前からっす。

 澪さんがいないから言うんじゃないっすけど、ジャネさんも普通にしてたら、男がほっとかないですよね~」


「オ~ホホホ♪ 勿論ですわよ?

 “学園”の女王コンテスト、この私の人気をご覧になりまして?」


 “普通にしてたら”の部分を見事に聞き洩らして、悦に入る。

 そんな姿にほくそ笑みながら、テツは更に続ける。


「もちろんっす!

 あの頃はまさか、ジャネさんとこんなに近くで、しかも二人きりで話せるなんて思ってもみなかったっすよ。

 ジャネさん、俺ら木っ端からしたら、高嶺の花でしたからねぇ」


「あらテツ? 今夜はやけに持ち上げるじゃないですの?

 もしかして、何かよからぬことでも企んでるんじゃないですの?」


 愉快そうに笑いながらも、ジャネットは内心、何だかいつもと違う雰囲気に気付いていた。

 これでは、まるで……


「な、なあ、ジャネさん?」


 突然、テツが真剣な面持ちで身を乗り出して来た。

 思わず、ビクリと反応する。


「な、なんですの?!」


「ジャネさんってさ、その、卓也と澪さんの関係とかって、どう思う?」


「それって、どういう意味ですの?

 男同士だからとか、そういう?」


「つうか、肉体関係的な」


「!!」


 ドクン! と激しく心臓が脈打つ。

 無意識に顔が紅潮し、手が震え出す。

 ジャネットは、ここに至りようやく、雰囲気の違いの意味を理解した。


「そそそそ、そ、それは!

 あ、あの二人はその、ととと、特別なアレですからぁ~」


「あいつらがヤリはじめると、声が思いっ切り漏れるじゃないっすか。

 アレ聞かされると、めっちゃモヤモヤしないっすか?」


「そそそ、そうね! わかるわ!

 ひ、人様のその、お、おせっせ? の声なんて、滅多に聞くチャンスはないですものね?」


「そうだよなぁ。

 でもさぁ、俺も男なんで。

 澪さんの女みてぇな甘ったるい声とか聞かされてると、どうしても、そのね……」


 テツが、自分の椅子をジャネットに近付ける。

 彼の顔も、異常な程紅潮しているのがわかる。

 

(え? え? な、なんですの? こ、この雰囲気は……?

 ももも、もしかして、わ、私……も、求められてるんですの?!)


「なあ、ジャネさん」


「は、はい……」


「良かったらさ、俺と今夜……」


「ひっ……」




「あいつらが普段どんなドスケベかましてんのか、妄想語りしねぇっすか?」


 


「……( #o言o).」


 数秒後、宿屋の窓をぶち割って、テツの身体が宙を舞った。






  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-131『それぞれの、イイ雰囲気』







 その頃、イセカスのキュズィナルツ小屋の地下室では、卓也とトレモロが話に華を咲かせていた。


「いやホントなんだって!

 インターネットって、そんくらいヤバいんよ。

 なんせ世界中と繋がっちまうわけだからさ」


「え~でも、それやったらいちいち本とか読まんでもええのん?

 知りたい事、全部わかってまうん?」


「いやさすがに、なんでもってわけじゃないけどね。

 嘘情報も紛れてるから、裏を取らなきゃならないこともあるしね」


「それでも便利なんやなぁ。

 見たい昔の番組が見られるなんて夢のようやわぁ~。

 あ~もう、うちなんで転生なんかしてもうたんやろ?」


 休憩室の小さなテーブルに、小さなボトルの酒と小さなコップ。

 二人は、それだけで密かに楽しく盛り上がっていた。

 はじめはツンツンしまくっていた彼女も、話が合うととても楽しい会話が出来る。

 同じ日本出身ということで話も合い、懐かしさも手伝って色々な話題が次々に出る。


 卓也は、昨日までの鬱屈した気分が晴れて行く気がして、益々会話にのめり込んだ。


「今ふと思ったんだけど。

 トレモロって、本名なの?

 日本人にしては珍しいと思うんだけど」


「あ~これ? 本名ちゃうで」


「あ、やっぱし」


「うち、本名は名張智子なばりともこ言うねん」


「変わった苗字だけど、思ったより普通」


「せやろ?

 トレモロってのは、うちがこの世界の言葉に慣れるまで親父に付けられてた仮の名前やねん」


「そうなんだ!

 その親父さんって、どんな人だった?」


「親父は……そうやな、生真面目で職人一筋っていう感じの、固~い人やったわ」


「師匠でもあるんだろ? 厳しい人だった?」


「厳しいけど、同じくらい人情家でなぁ……。

 あの人とグルドマックのおっちゃんは、ホンマ優しすぎやん」


「そうか。

 いい人に助けてもらったんだな」


「せや。色んなことがあったけど。

 それでもうち、親父の下で頑張ったんや」


 天井を見上げ、トレモロは何処か懐かしい想い出を辿るように、遠い目をする。

 ほのかに微笑むその顔に、卓也は何故かドキリとした。


「うちはな、ずっとこの街で、親父と一緒に色んなもんこさえて来たんや。

 剣に鎧、盾に槍、そして弓なんかもな。

 けどな、誰にでもひょいひょい作るんちゃうで?

 キュズィナルツの装備は、特別なものなんや。

 それを手にする者の運命すら変えてしまう、この地上で“人が生み出せる”究極の装備を求めてるんや」


「な、なんか壮大な話になって来た」


「うちはもう十年、この世界で槌を叩いとる。

 でもな、満足出来るものは、まだ一つも出来とらへん。

 今まで何人もの勇者を名乗るへたれが来たんやわ。

 うちも、そいつらの事を信じて装備をこさえて来たんやで。

 でもな、帰って来るもんは、一人もおらんかった」


 トレモロの顔が、悲し気な色に染まる。

 酒を満たしたグラスを指で揺らしながら、俯いて溜息をつく。


「帰って来なかったってことは……」


「そういうことやろな。

 転生して勇者になったって奴ら、みんな魔王退治に行きおったんや。

 中にはな、すっごい強い奴もいっぱいおったんや。

 でもな……帰って来たら、必ず顔見せぇや? って約束、まだ誰も守れてへんねん」


「トレモロ……」


 彼女の手が、不意に卓也の手を掴む。

 妙に熱い手のぬくもりにドキリとするが、神妙な雰囲気に呑まれ、思わず息を呑む。


「なあ卓也。

 あんたらも、魔王退治に行くんやろ?」


「いや、俺達は……」


 “この世界から脱出出来ればそれでいいんだ”

 そう言いかけて、言葉を止める。

 そう、トレモロも、ジャネットやテツと同じように、自分の意志とは無関係に異世界へ来てしまった者なのだ。

 そんな彼女に、自分の能力の話をして、本当の目的を伝えたらどうなるか。

 それを想像すると、言葉に詰まってしまう。


 トレモロは、卓也達とは違う。

 異世界に転移したのではない、“転生”したのだ。


 つまりもう元の世界では、トレモロの存在はもう――


「なんや、どないしたん?」


「いや、なんでもないよ。

 そうだな、俺達は――って、トレモロ、一つ聞かせてくれない?」


 卓也の急な質問に面喰うも、素直に耳を傾けて来る。


「俺達が、もし魔王を倒すことが出来たとしてだ。

 それで、君達の生活は、どう変わると思う?」


「せやなぁ……なんか、パッと思いつかへんのやけど」


 しばらくの間を置くと、トレモロは額に人差し指を当て、上目遣いで視線を泳がせる。


「剣や鎧や盾を持たずに、誰もが安心して旅することが出来たり。

 好きな場所で自由に過ごせたり、遊びに行くことが出来るようになるんやろか。

 ――そういう、当たり前の幸せが来るんちゃうかなって気ぃするわ」


「でもさ、剣や鎧が必要なくなるんなら、君達は商売上がったりなんじゃない?」


 素朴な質問に、彼女は首を大きく横に振った。


「ちゃうで、卓也。

 うちらみたいなもんが必要なくなるんが、本当は一番良い世界なんや」


「トレモロ……」


「闘ったり、身を守るものがなくてもいい世界って、最高やん?

 つうか、うちらが元居た世界だって、そういう所だったやんか。

 せやろ?」


「ああ、確かに……そうだな」


 不思議な気持ちが、湧いてくる。

 トレモロの言う通り、闘う為に必要なものが不要になる世界。

 それが、一番理想的で幸福な世界だ。


 この世界は、魔王という存在の為に、大きく歯車が狂っている。

 危険で凶悪な魔物が蔓延り、人々はいつ殺されるか分からない恐怖に怯えながら日々を過ごしている。

 だからこそ、勇者の降臨を待ち望み、アングスのような町を用意してまで転生者に期待をかけたのだ。


 それがどれだけ長く続いていることなのかは、わからない。


 だがこの世界には、ごく普通の幸福を求めている人々が大勢居る。


 そしてその中には、自分達と同じ世界から来た人も居るのだ。


 彼らは、もう元の世界に戻る事が出来ない。



 何故なら、元の世界で彼らは――既に死んでいるのだ。


 帰るべきところなど、もうない。



 自分と同じ価値観を、世界観を持ち、そして共感出来る大事なものを持つ。

 そんな人々が、トレモロの他にも大勢居るのかもしれない、居たのかもしれない。


 それが、魔王という存在に脅かされている。

 この世界は、そんな理不尽な理念に支配されているのだ。


 そんな世界から早々に脱出することが、自分達の目的。



 だが――本当にそれでいいのか?



 卓也の中に、燃え上がるような何かが芽生え始めた……気がした。


「なぁ、卓也」


「ん?」


「あんたも、約束してくれへん?

 必ず、生きて帰って来るって」


「なんか死亡フラグっぽい言い方だな」


「フラグ? なんやそれ?」


「ああ、気にしないでくれ。

 俺は、そうだな――」


 テーブルの上に置きっぱなしになっている酒のグラスを掴み、一気に煽る。

 強い香辛料の香りに混じって、抹茶の風味に似たものが鼻を通り抜け、思わずむせそうになる。

 それにかろうじて耐えると、卓也は、トレモロの肩を両手で掴んだ。


「うん、約束する。

 必ず、ここに戻って来る」


「ホンマやな?

 信じて……ええんやな?」


「ああ」


「わかった」


 立ち上がると、トレモロは顔を寄せ――卓也の頬に口づけをした。

 一瞬、思考が止まる。


「うち、もう寝るわ。

 卓也、楽しかったで。

 また話しよな?」


「あ、ああ」


「あんた、思ってたよりずっとえぇ男やな。

 見直したで。

 おやすみ」


「ありがとう。

 君も、とても素敵な娘だったよ。

 おやすみ」


 まるで逃げるように階段を駆け上がる彼女を見つめ、卓也は、思わずキスされた頬を撫でる。

 顔が熱くなっていることに、ようやく気付いた。

 心臓が、バクバク鳴っている。


(ハハハ、俺、何期待してんだよ!

 俺は世界一女縁がない男なんだぞ! んなわけあるかよ!)


 そう自分に言い聞かせながら、トレモロが用意してくれた寝床に寝転がる。


(俺……今夜、寝られるのかな)


 暗い天井を見ながら、卓也は熱い溜息を一つ吐き出した。


 

 そして、一階。

 自分の寝床に戻ったトレモロは、顔を真っ赤にして枕をボスボス叩き出した。


(う、うちのアホ~!

 何言うてんねん! 何言うてんねん!

 うわぁ、きっしょ! 我ながらめっちゃきっしょ~!!

 飲みすぎや! こんなん絶ぇっ対! 酒飲み過ぎたせいや!)


 ボスボスショットは、その後十分以上に渡り続いた。





 そして、夜の王城。


 離れの寝室、天蓋付きの大きなベッドの上で、澪はカバルスの寵愛を全身で受け止めていた。


 汗ばんだ肌が触れ合い、指と手が互いをまさぐり合い、唇が求めあう。

 白く濁った二人の想いは何度も真紅の空間に散り、互いの手と口を汚す。

 もはや、再現なく湧き出す欲望の赴くまま、二人はお互いの肉体を求め合った。


「うぅ……み、澪……」


「あ、あああああっ!!

 お、王様……カバルス様ぁっ!!」


「ぬぅ……っ!」


 ぎゅっとシーツを掴む手に、更なる力が入る。

 乱れた呼吸が、しつこい程に耳に飛び込んで来る。


 自分の想いとは裏腹に、身体は益々カバルスの愛撫を、攻めを求めている。

 澪は、彼の腕に抱かれている最中、卓也の存在が幾度も消え失せる現実に、戸惑い始めていた。


 まだ数日しか経っていないにも関わらず。


 あれだけ長い間ずっと一緒に居たのに。

 数え切れない程の出来事を経験し、共に幸福を、喜びを、危険を分かち合って来た仲なのに。

 そんな大事な存在のことを、一瞬ひとときとはいえ忘れてしまう。

 想像を遥かに越える自身の軽薄さに、澪は心底嫌悪感を覚えていた。


 だがそれでも、身体は尚も肉欲を求める。

 性愛を、淫らな行為を、そして自身に向けられるカバルスの想いを欲している。

 その矛盾が、澪の精神に大きな負荷をかけていた。



 カーテンの隙間から差し込む月光が、犯されている自分の影を浮かび上がらせる。

 だが澪は、その脇にもう一つの影が佇んでいることに気付いた。


(あなたは……どうしてここに?)


 大きなつばのある帽子、裾の長いドレス。

 それは「誰もいない世界」でも見かけた、麗亜の亡霊。

 池袋サンシャインシティの地下で、自分達を救ってくれた存在。


 だが今、その影からは、恐ろしいまでに明確な



 ――怒りの感情が伝わって来る。



(麗亜……どうして怒っているの?

 ボクに、何を伝えたいの?

 それとも、惨めに犯されるボクを、嘲笑いたいの?)


 視線が、ウィッシュリングの収められたケースに向く。

 澪が、全てをかなぐり捨ててでも手に入れたいと願う至宝。

 そのためなら、どんな苦痛も、屈辱も耐えよう。

 たとえそれが、大好きなご主人様から軽蔑されるような事だとしても。


(もう、ボクはどうなってもいい……。

 でも、あれだけは……どんなことをしてでも、あれだけは卓也に届けなければ)


 卓也を、ジャネットを、そしてテツを、この世界から安全に脱出させる。

 その悲願を果たせるならばと、澪は全ての望みを諦め、放棄した。


「休むな、綺麗にしろ」


「んっ……」


 一筋の涙を流しながら、奥深く呑み込む。

 気が付くと、いつの間にか、あの影は姿を消していた。




 それぞれの夜が、更けて行く。


 その晩、卓也の夢枕にジェムドラゴンが立つことはなかった。





「いくらなんでも、やりすぎだ!

 何故、超魔師が三人も処刑されねばならんのだ!」


「カバルス公は、もはや正気ではない。

 あの澪という男に、完全に操られている!」


「イセカス周辺の魔物の出現率が、格段に上昇しておる!

 昨今の件も含め、城塞警備からどれだけの犠牲が出ているのか、王はご存じなのか?!」


「いや、意見役の大臣すらも葬られた以上、もはやカバルス公――いや、あやつを止められる者はいない」


「どうすればいい?

 後継者はおらぬし、血縁の者もおらん。新しい王を掲げることは難しいぞ」


「もはやこうなったら……ユルムの王に期待を掛けるしかない」


「ユルムの?!

 王国ウルブスを、属国にせよと申すか!」


「だが、あのような淫魔サキュバスに魅入られたとあっては、もはや王城組織は機能せんのだぞ」


「同様の意見は、聖ランファース寺院でも挙がっていると聞く。

 もはや、一刻の猶予もないぞ」


「……魔導士ギルドの総本山に、連絡を取るしかない。

 元老院に、判断を委ねよう」


「王城が、新たな魔王の城と化す前に」 

 




 翌朝、ヴァレネドリン。


 宿屋の一室で気持ちよく目覚めたジャネットは、辺りが妙に静かなことに気付いた。


「おかしいですわね、テツはまだ起きてな――あ、叩き出したんでしたわね」


 夕べのアホらしい会話を思い出し、むくれ顔で部屋を出ると、顔を洗いに洗面所を目指す。

 だがそこに突然、テツが血相を変えて飛び込んで来た。


「おはジャネさん!」


「テツ! あなた、夕べは何処に」


「それより、一緒に来てくれ!」


「ど、どうしたんですの? そんなに興奮して?」


 ここまで全力疾走して来たのが良くわかるテツの態度に、ジャネットは小首を傾げる。

 だがテツは、空間の穴に目を向けることもなく、ジャネットの手を強引に掴んだ。


「ちょ! な、何をするんですの?! 朝っぱらから」


「大変なんだ! とにかく来てくれよ!」


「だからぁ、いったいどうしたんですの?」


 掴まれた腕を力任せに引き抜くと、不機嫌そうに尋ねる。

 テツは、額の汗を袖で拭いながら、神妙な面持ちで呟いた。


「見つかったんすよ、解体業者のおっさん達が」


「え、ホントですの?!

 何処に居たんです?」


「教会っす」


「教会? でも、昨日見に行って誰もいなかったじゃないですか」


「ジャネさん、忘れたんすか?

 卓也と入った、あそこのこと」


「え?」


 以前、卓也と二人で教会の地下通路に潜り込んだ事を思い出す。

 

「ちょっと待ってテツ?

 なんで私をそこへ連れて行こうとするんですの?

 業者さん達が見つかったのなら、こちらにお招きすれば良いのでは――」


「それが出来れば、声なんかかけないっすよ!」


「え?」


 テツの態度に嫌な予感を覚えたジャネットは、急いで身支度を整え、彼について教会へと赴いた。


 テツにより、地下通路への出入口にはロープが垂らされている。

 恐る恐る地下に降り立った瞬間、鼻を突く異臭が漂っていることに気付いた。


「これは!?」


「今、ランタン点けるっすよ」


 テツがランタンに明かりを灯すと、周囲の様子がようやく見えて来る。

 そしてジャネットは、短い悲鳴を上げた。


「こ、これは……」


 二人の足元には、既に腐敗が始まって久しい、三人の男性の死体が転がっていた。





 一時間後、宿に戻った二人は真っ青な顔でホールのソファーに座り込む。


「あれ、絶対に、誰かがったんですよね」


「ですわね……でも、まさかユマさんが?」


「わかんねっす。

 でも、あの人にそんな事するメリットってあるんすかね?」


「思いつかないですわ。

 でも、あんな所に遺棄するってことは、業者さん達が死んでいることを、私達に隠す目的があるってことですわよね?」


「ですよねえ……でも、マジで何のために?」


「だんだん、訳が分からなくなって来ましたわ」


 頭を抱えるジャネットと、背もたれに身を預けて天井を眺めるテツ。

 それ以上、言葉が出て来なかった。


「どうします? これから」


「私は、一刻も早くここを出るべきだと思いますわ」


 解体業者が殺されて、教会の地下に遺棄されたのは間違いない。

 死体を詳しく調べる気力はなかったが、かろうじて確認出来たその表情は、どれも恐怖に引きつっているようだった。

 であれば、犯人は、まだ誰かを殺す意志があるのかもしれない、という発想に自然と辿り着く。


「モンスター……じゃないっすかね? 無理があるかな」


「ユマさんが言ってたことが本当なら、ここへはモンスターは入り込まない筈ですわ。

 だから、やっぱり――」


「急ぎましょう、ジャネさん!」


 テツの声で、腰を上げる。

 何としても、卓也達と合流してこの事態を共有するしかない。

 二人はそれ以上何も喋らず、息を殺すような気分でヴァレネドリンの門へと向かう事にした。


 だがその時、ジャネットはある事に気付いた。



「ねえテツ、これ何ですの?」


「ありゃ? なんだこれ?!」


 彼女が見たもの。

 それは、門のど真ん中にぽっかりと空いた“穴”。


 穴と言っても、壁や地面にあるのではない。

 空間に、不自然極まりない形で開いているのだ。


「ど、どういう事ですのこれ?!」


「さ、さぁ……誰かの魔法?」


「だとしても、いったい何の為に、誰が?」


「そ、そんなん、俺に分かるわきゃないでしょ!」


 ジャネットは、穴を覗き込んで更に驚愕した。

 なんと、中には見慣れない景色がある。

 遥か彼方に広がる地平線、その手前に隆起する大小の丘。

 そして、その一部の僅かに見える、一本の背の高い建造物。


 ジャネットは、謁見の時の卓也とカバルスの会話を思い出した。



『先程の、国境の魔物を倒すという話についてですが』


『ああ、それがどうした?』


『その際、必然的に“物見の塔”を損傷或いは破壊してしまったとしても、お咎めにはなりませんか?』



「あの、空に突き出しているのって、もしかして塔?」


「あ~、確かにそれっぽいですねえ」


「じゃあまさかこの穴、国境に繋がってる……?」


「えぇ?

 これをくぐれってことっすかね、やっぱ?」


「実際に入ったら、全然違うとこに出てしまう可能性もあるんじゃないですの?」


「うう、そ、それはヤダなぁ。

 ジャネさんはどうします?」


「う……う~ん」


 腕を組んで悩んでいると、謎の穴は突如膨張し始め、みるみるうちに巨大化した。


「ええ?! き、きゃあああっ!!」


「うわああああ!!」


 二人が逃げ出すよりも早く、穴は物凄い吸引力で吸い込んでしまう。

 問答無用で穴に呑み込まれ、ジャネットとテツは、その場から姿を消してしまった。


 そして穴も、あっという間に収縮し、消滅した。




「なんや、外また大騒ぎしとるみたいやわ」


 朝食のパンと野菜スープを運びながら、トレモロが報告する。

 まだ眠気が残る頭を振りながらテーブルに就くと、待ってましたとばかりに話し始める。


「ありがとう、美味しそうだ!」


「うち、あんま料理上手くないけど堪忍やで」


「そんなことないよ、今までのご飯全部美味しかったし。

 ああ、それで外がどうしたって?」


「ああ、なんでもな。

 お城でお偉いさんが何人も処刑されたんやて」


「ええ?!」


 思わず手にしたスプーンを落としそうになる。


「どうしてそんな?」


「よぅわからんのやけどな、昨日王様が結婚しはったやん?

 それに反対したんで処刑されたって噂やで」


「な、なんだよそれ……?」


 カバルス王の結婚相手とは、間違いなく澪だろう。

 澪は男であり、当然、本当の妃にはなれない筈だ。

 だとすれば、反対者が出るのもわからなくはない。

 とはいえ、まさか側近の者達をも無理矢理黙らせるなんて、いくらなんでも極端だ。


「そんでな、あんたらも本格的に指名手配されとるらしいわ。

 おっちゃんが言ってたで……益々、ここから出られなくなってまうな」


「それはまずい。

 なあトレモロ、なんとか上手くこの街から脱出する方法はないものかな」


「うちは、ずっとここに居てもええんやで?」


「気持ちはとても嬉しいけど、このまま居候するのはさすがに」


「ほなら、うちと結婚するか?」


「ぶっ!」


「アホ、冗談やがな。はいこれ」


「あ、ありがとう……拭き拭き」


 その後も外の騒乱の話を聞くが、どうやらだんだん奇妙なことになっているらしい。

 カバルスが正常な思考を失い暴走しているのだとしたら、ここに長居するのも危険が伴うだろう。

 しかして自分達は、物見の塔の魔物を打ち払い、そのカバルスから越境の認可を貰わなければならないのだ。

 あまりにも無理ゲーが過ぎる……と思っていると、急にトレモロが心配そうな顔で覗き込んで来た。


「なあ、えらく深刻な顔しとんなあ、大丈夫なん?」


「ああ、大丈夫。

 でも、どうやらそろそろここを出なきゃならないような気がするんだ」


「そ、そうなん?

 う~ん、だったら急がなあかんな」


 そう言うと、小走りに魔法部屋に向かって行く。

 しばらくすると、眼鏡の端をキラリと光らせて、トレモロは手を差し出して来た。


「ちょっと予定より早いけど、そのケータイ貸してくれへん?」


「ああ、いいよ」


 セキュリティは外さない状態で、PDフォトンディスチャージャーを手渡す。

 トレモロはニンマリと笑いそれを受け取ると、大急ぎでまた部屋に戻って行った。


「なあ、ホンマにもう、出て行くん?」


「ああ、いつまでも君に迷惑かけられないしな」


「め、迷惑なんてあらへんで。

 でもまあ、無理に引き留めるのもな。

 あ、あと二時間くらい時間もらえへん?」


「ああ、うん」


 どうやら本格的に集中するようなので、邪魔しないように静かに時間を潰す。

 といっても、やることは二度寝くらいしかないのだが。


 適当に柄転がっていると、いつの間にか寝付いていたらしい。


 いつものような、モノクロームの景色が広がり、誰も居ない地下室に一人佇む。


(こんなタイミングで来るなんて珍しいな)


 そう思ってジェムドラゴンの呼びかけを待っているが、いつまで経ってもあの声が聞こえない。


(あれ? おかしいな、ジェムドラゴンじゃないのか?)


 不思議に思い地下室を歩き回っていると、魔法部屋の前に誰かが立っている。


 トレモロでは、ない。

 大きなつばのある帽子と、裾の長い黒いドレスをまとった女性のようなシルエット。

 その姿には、見覚えがある。


「君は……!」


 影は、両手を伸ばして卓也に接近してくる。

 床を滑るように、音もなく。

 その仕草があまりにも不気味過ぎて、卓也は思わずその場から逃げ出そうとした。


「うわあぁ! な、なんだ、近付くなぁ!!」


 反対側の鍛冶場に追い詰められるが、影は、それ以上接近して来ない。

 だが、何かを言いたげに懸命に腕を振りジェスチュアのようなことをしている。

 敵意はなさそうだと理解はするも、その意図が、全く読めない。

 大きな帽子のせいで表情はおろか、顔すらも見えないのだ。

 

「すまない、君が何を伝えたいのか、俺にはさっぱりわからない」


 その言葉を受け、影は動きをぴたりと止めると、何故かとても寂しそうな仕草で腕を下げる。

 

(な、なんだ? 俺、何か悪い事したかな?)


「なあ、君はいったい何者なんだ?

 俺の敵ってわけじゃないんだろ?

 だったら、教えてくれないか? 気になってしょうがないんだ」


 思い切って、自分から尋ねてみる。

 だが話すことが出来ないのか、答えは返って来ない。


 しかし、少しの間を置き



 ……た



 微かだが、声が聞こえて来た。

 腕を振り、何やら懸命に訴えようとしている。


「喋れるのか? おお、なんて言いたいんだ?」


 卓也も、身を乗り出して耳を澄ませる。

 掠れたような、どこかもの悲しさを感じる様な、とてもせつなそうな声が、僅かながら耳に届く。

 しかし、まるで目に見えない分厚い遮蔽物に遮られているかのように、充分に聞こえて来ないのだ。


「夢の中だからかな? もう少し、大きい声出せるか?」


 そう言った途端、影は一瞬で距離を詰め卓也のすぐ目の前に現れた。


「うわっ!?」


 驚くよりも早く、影は、まるで抱き締めるように卓也を包み込んで来た。



 ―― た く  や



(俺の名前?!)


 不思議と、嫌な感じはしなかった。

 それどころか、何処か懐かしいような、温かいような、記憶に引っ掛かる何かを感じる。


 卓也はゴクリと息を呑むと、影の顔を覗き込んだ。

 黒い帽子のつばの下にあったのは――



「起きぃや卓也ぁ! 出来たでぇ!!」



 ガンガンガン! と激しい打撃音が鳴り響き、卓也は無理矢理現実に引き戻された。


「だあぁっ!! せっかくいいとこだったのにぃ!!」


「何がいいとこや! 

 ど~せえっちな夢でも見てたんやろ?」


「あ、トレモロ」


「遅くなったけどな、出来たで。

 ホイ、これな」


 そう言って彼女が手渡して来たのは、細身の剣だった。

 鞘に収められ、柄のない真っ直ぐな大型定規のような武器。

 しかし、グリップの手前に少々膨らんだ部分があり、良く見ると開閉できる蓋がある。


「そこにな、ケータイを挟むんや。

 あ、そう、銃口は刀身の方に向けてな。

 キッチリ入るやろ?

 そしたら、剣を抜くんや」


「こうかい?」


 スルリ、と金属が鞘を撫でる音がして、一メートルほどの長さの刀身が出て来る。

 それは半透明な物体で出来ており、向こう側が透けて見える。


 たとえるなら“ガラスの剣”。


 卓也は驚きながらも、その剣を翳してじっくりと眺めた。


「すっげぇ綺麗! これが、キュズィナルツの新作かあ!

 で、これにPDを入れてどうすんの?」


「そのままスイッチ押せるやろ? 押してみて」


 確かに、グリップのケースに入れたままでもボタンが押せるように、サイド部分が穴抜き加工されている。

 卓也は言われた通り、PDのスイッチを押してみた。

 すると――


「うわっ?!」


「来たぁ―――っ!! 成功や! 出来たでぇ!!」


「な、なんだこりゃあ! と、刀身が光ってライトセイバーみたいに?!」


「ちゃう! レーザーブレードや!」


「れ、レーザーブレード?」


「せやで! 耳を澄ませばあのテーマが聞こえる、レーザーブレードやで!

 それで魔物相手に、卓也ダイナミックを決めたり!」


「は、はぁ?」


 なんだか一人で盛り上がるトレモロをよそに、卓也は煌々と青白い光を放ち続ける“光の剣”を掲げる。

 確かにそれは、レーザーを刀身に変えたような感じで、なんだかとても強そうに思える。

 そして何より、重さを殆ど感じない。


「えっと……せいっ!」


「あ」


 何となく、軽い気持ちで剣を振ってみる。

 その途端、突然刀身がグインっ!! と伸び、部屋の反対側の壁にかかっていた何本かの剣と盾を、横一文字に斬り裂いてしまった。


「う、うわあああああああ!!!」


「あ、アホぉっ!!

 何してくれてんねん!!

 まだ振り回してええなんて言っとらんやんかぁ!!

 ああああ、うちの剣がぁ! 盾がぁ!!」


「ひいいい、ご、ごめんなさいぃぃぃ!!!」


 壁までの距離は、目測でおよそ四メートル強。

 にも関わらず、剣の攻撃は余裕で届き、壁面すらも焦がしていた。


 




 ここは、イセカスの国境。

 “物見の塔”と呼ばれる古い塔の一階には、五人の男女が拘束されて床に転がされていた。


 彼らの周りには、数え切れない程沢山の“白骨死体”が蠢いている。

 まるで生きているかのように動く彼らによって、ここまで運ばれて来たのだろう。


 完全に動きを封じられたレンは、白骨死体達の奥で黒いオーラを漂わせているローブの男を睨みつけた。


「てめぇ……こんな事をして、ただで済むと思うなよ?!」


 威勢のいい啖呵を切るが、明らかに分が悪い状況。

 男は顔を見せぬまま、クククと笑い声を響かせていた。


「どうして、私達を殺さないのです?」


 ローサが顔を上げて問いかけると、ローブの男はすっと立ち上がってこう言い放った。



 ――私の目的は、ただ一つ。

   お前達を、魔王の下へは行かせないようにするためだ。



「やはりてめぇ、魔王の配下か!

 だったら――」



 ――だったら、なんだ?

   お前達の旅はここで終わりだ。

   私がここに居る以上、もう何者も魔王の城へは辿り着けぬ。



「く、くそぉぉっ!」



 ――諦めるのだな。

   魔王討伐などくだらぬ野望は捨てろ。

   そうすれば、特別に命だけは助けてやろうではないか。



「い、命を?」


 レンは、その言葉に疑問を抱き、精一杯顎を上げて男の顔を覗き込もうとする。



 ――どうした、私の顔がそんなに見たいのか?



 男はそう言うと、ローブのフードを脱ぐ。

 途端に、禍々しい瘴気が辺り一面に巻き散らされ、レン達ダークリベンジャーは思わず顔を伏せてしまった。


「な……なんだ……?!」


「あ、あれは……!!」

 


 男の顔には……否、頭には、肉体がない。

 そこにあるのは、赤く煌々と光る眼を持った、髑髏があるだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cy122y44tvcabv4jx6eknqridf6_bsz_dw_7b_1ghi.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ