ACT-129『もう一人の転生者』
「あなたの目、あいつと全く同じなんですのよ。
――黒い翼を生やした、あなたとそっくりの姿をした、あいつに」
「え? え?」
「あなた、本当に……澪なんですの?」
腕組みをしたジャネットが、真正面から疑惑の眼差しを投げかける。
思わぬ反応に、澪はただ戸惑うしかない。
そして彼自身、言われるまで全く気付いていなかった。
「え、ちょ、ジャネさん……どういうことっすか?」
股間を押さえながら、テツが二人を何度も交互に見つめる。
そんな彼の目線も、徐々に訝しさを含んだものに変わって行く。
「ぼ、ボクは……本物の澪だよ!
だって、今までずっと卓也と一緒に旅して来たんだし、その記憶も想い出も、ちゃんと――」
そこまで呟いた瞬間、頭の中に、未央が放った言葉が蘇った。
『上の階が丸々崩れ落ちて、その下敷きになった僕達が無傷で居られるなんて、本気で思ってた?』
『そうよ、澪。
あなたはあの時、僕と一緒に死んだのよ。
今ここに居るのは、僕と同じ――
X E N O に な っ た 澪 よ 』
「い、いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
突然大声で叫び、頭を抱えてうずくまる。
そして、次の瞬間
「あっ、澪?!」
「澪さん?!」
澪の姿が、掠れるように薄まって行き、消えてしまった。
まるで幻覚が覚めて行くように。
薄暗い宿屋のホールに、ジャネットとテツの二人だけが取り残された。
「澪に、何かが起きているんですわ。
私達の知らない何かが」
酷く真剣な表情で、今まで彼が居た場所を見下ろす。
すると、テツが突然奇妙な声を上げた。
「あれ? な、なんだぁ?」
「どうしたんですの?」
「いやあの、さっきまですっげぇムラムラしてたのが、急になくなって」
「こんな時に、何を呑気な……」
「い、いやいやマジなんですって!
俺そのケはないんすよ! なのに、今日に限って急におかしくなって」
「……」
「なんか今夜の澪さん、いつもと雰囲気が全然違う気がしませんでした?
なんていうのか、妖しいというか、異常なくらい魅力的っていうか……」
テツの言う事は、何となく理解出来る。
性的興奮こそ覚えなかったものの、確かに居るだけで場の空気が様変わりするような感覚はあった。
そしてそれは、今までの旅の中で感じたことはなかったものだ。
「卓也に、問い質す必要がありそうですわね。
よく考えたら、私達は彼らのことを、まだ何も知らないんですわ」
「あ、そうか。そういやぁ」
今更気付いたように、ポンと手を打つテツと、眉間に皺を寄せて顎に指を当てるジャネット。
だが二人は、やがてもう一つあることに気付いた。
「ねぇジャネさん、全然関係ない話なんすけど。
なんかこの宿、前と雰囲気変わってねっすか?」
「あら奇遇ですわね。
私も、なんだかおかしい気がしていましたの」
澪が卓也と協力して、徹底的に回収した宿屋の廃墟。
普通に過ごせるくらいに状態が回復し、雰囲気もかなり明るくなった筈なのだが、まるで以前の廃墟に戻ったような感じになっている。
そして何より、人の気配が全く感じられないのが気にかかって仕方ない。
「ユマさんを捜しましょう」
ジャネットの呼びかけに、テツは無言で頷いた。
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-129『もう一人の転生者』
王城が、再び大騒ぎになる。
城内に突如現れた魔物達に対し、救援という形で駆け付け、一時は兵士達に受け入れられた筈の“はしまき”は、カバルス王の鶴の一声でいきなりお尋ね者になってしまった。
唯一城内に取り残された卓也は、なんとか城内関係者の目を盗んで目の届きにくい所へと身を隠すことが出来た。
しかし、巨大な王城敷地内から単独で抜け出すのは、かなりの困難を伴いそうだ。
それを、脱出・潜入の知識もスキルも持たない、一般人と大差ない卓也が行うというのだから、無理ゲーが過ぎるというものだ。
「くっそぉ、物凄い数の兵士が出て来てるじゃねぇか!
どうやって脱出しろっていうんだ、こんなの?!」
もう、先程までのように落ち込んでいる場合ではない。
辺りの様子を窺いながら、卓也は必死で息を殺して身を隠した。
だが、その時、
「卓也さん! ご無事でしたか!」
「どわっ?!」
何者かがすぐ近くにテレポートアウトして来た。
一瞬ビビるも、
「み、澪?! じゃなくって……ええっ?!」
目の前に現れたのは、先程別れたばかりのグルドマックだった。
「さぁ、脱出しますよ!
私に続いてください」
「え、あ、あの、ちょ……」
あまりに唐突過ぎる展開に、頭がついて行かない。
「王城の構造は私が把握しています。
地下道から脱出しますよ、そこなら兵士達も追っては来ないでしょう」
「あ、ありがとうございます!
でも、なんで?」
「そこが魔物の発生源だと思われているからです!
さぁ、お早く!」
「ひえええ!」
問答無用、という雰囲気で卓也の腕を掴み、予想を上回る怪力で引っ張られる。
卓也は、グルドマックが魔法使いなのかそうでないのか、良くわからなくなって来た。
こんな所に路が? と思えるような所を幾重にも潜り抜け、卓也達はどんどん人気のなさそうな……というより、もう何年も人が立ち入ってなさそうな雰囲気の場所へと進んでいく。
やがて妙に湿気の多い、じめじめした場所に辿り着く。
もう城内の明かりは届かず、視界はほぼゼロに近い。
グルドマックは詠唱もなしに、手の上に小さな光の珠を生み出した。
「うわ、魔法!」
「これでも、かつてはギルドに所属していましたからね。
さ、卓也さんこちらへ。
足元がぬるぬるしますので、くれぐれも滑らないようにお気をつけください」
「ありがとうございます。
グルドマックさん、俺、なんて言ったらいいのか」
「何をおっしゃいます、水くさい!
ノームはですね、一度関りを持った相手には仁を尽くす者なのです」
「……」
「ささ、ここまで来れば外に出るまでそんなに時間はかかりません。
慌てずにゆっくり参りましょう」
魔法の光に照らされながら、二人は幅の狭い水路の脇を進んでいく。
確かに、ここへは誰も来そうにない気配だ。
卓也は、グルドマックに静かに声をかけた。
「ところで、なんで俺の居場所がわかったんです?」
「ハハハ、簡単な話です。
卓也さんのその荷物を魔法で調べたんですよ。
後は、その荷物の在りかに飛ぶだけですから」
「ああ、そういうことね」
彼は、卓也が魔法の効かない体質であることを知っている。
とはいえ、それで咄嗟に機転を利かせて助けに来るというのは、さすがの行動力と評価するしかない。
「グルドマックさん、俺、どうやら反魔導体質ではなかったみたいなんです」
「ほぉ、何か発見がありましたか?」
「ええ、あの、ちょっとすみません。
試してみていいですか?」
「え、はい。でも何を?」
卓也はグルドマックの手の方に自分の掌を近付ける。
すると、先程発生させた光の珠が吸い込まれるように消滅した。
辺りが真っ暗になる。
「え?! ちょ、駄目ですよ消しちゃ」
「待って。
え~と……こんな感じかな?」
ポン! という軽快な破裂音がして、今度は卓也の右手の前に光球が発生した。
それを見たグルドマックは、思わず目が点になってしまう。
「た、卓也さん、今のはいったい?!」
「え~とですね、話すと長いんですけど」
卓也は、ジェムドラゴンから教わった自身の体質の本当のことを説明する。
実際、先程もレンの大剣のエンチャント能力と思われる魔力を吸収したのだ。
ただの偶然ヒット的な素人パンチで、鎧を着たレンが十数メートルも吹っ飛んだのも、きっと魔法を吸収した結果だからに違いない。
そう思い、光の魔法でも試してみたのだが、案の定だった。
話を聞いたグルドマックは、目を閉じてウンウン唸ると、感嘆したような態度で話し出した。
「卓也さん、あなたはどうやら、とても素晴らしい素質をお持ちのようです。
これなら訓練次第で、敵の強力な魔法を無効化するだけでなく、それを弾き返す事も出来るようになるでしょう。
ご自身で魔法を生み出すことは困難かもしれませんが、きっと大いに役立つことになりましょう!」
「そ、そんなに?!」
「ええ、そんなに、です。
ただ、今の話で一つ気になることがありましてな」
急に難しそうな顔つきになったグルドマックに、卓也は恐る恐る尋ねる。
「え、な、なんでしょう?」
「勇者と闘われた際、その者が身に着けていた装備のことです。
虹色に光っていた、と申されましたね。
その鎧、もしかして胸元にこういう紋章がありませんでしたか?」
そう言うと、グルドマックは空中で指を動かし、光の線で何かを描く。
それは大雑把ではあるものの、大きく羽根を拡げた鷲のような形状で、確かにレンの鎧の胸元にあったものだ。
卓也がその旨を伝えると、グルドマックは一瞬驚いた表情を浮かべ、そして苦笑いをし始めた。
「ああ……そうでしたか……ははは」
「あ、あの、グルドマックさん?!」
「その装備はね、かつて王の依頼で仲間と共に制作した、キュズィナルツの鎧なのです」
「ええっ?!」
「あの装備に込められている魔法は、私が永久化を施したものなのですよ。
そうですか、その剣の力が――」
「パーマ?」
頭が突然アフロになった卓也に、グルドマックは戸惑いの表情を浮かべる。
「特定の魔法を、特定の物品に固定化する秘術です。
こうすることで、半永久的に魔法を行使出来るアイテムを生み出せます。
現在では、ごく限られた魔道士しか使えない、古の術法ですね」
「そんなものが使えるんだ! グルドマックさんやっぱ凄い!」
「いえいえ、とんでもない。
ですが卓也さん、もしキュズィナルツの剣にかけられた付与魔法の力を吸収してしまったのなら。
あなたは今、かなり高い攻撃力を身に着けたことになりますぞ」
「そ、そうなんですか?!」
驚く卓也に、大きく頷きを返す。
「そうですよ、なんせ術を施した本人が言っているんですからね!」
グルドマックは自信のこもった、それでいてどこか悲しそうな顔で、卓也を見つめた。
地下水道は複雑な迷路になっており、所々で鬼火が現れたが、二人の敵ではない。
先程の話を聞き、PDではなく普通の剣を抜いて闘うも、それでも充分撃退することが出来た。
卓也の持つ剣の刃に、あの時見た虹色の光が宿る。
「やはり思った通りでしたな!
卓也さん、今のあなたが持った武器には、対魔・対不死・対獣の痛撃効果が自動的に付与されるのです」
「な、なんだか知らないけど、要はめっちゃ闘えるようになってるってこと?」
「そうですとも。
え~と、なんだったかな。
仮面ナントカーという改造人間? になったくらいのパワーアップですよ多分」
「グルドマックさん、なんでそんなの知ってるの?!」
「昔知り合った勇者様のご一行の中に、そういう物語にとても詳しい方がおられまして」
(特ヲタか……特ヲタまでこの世界に来るのか……)
なんだかんだで、地下水道の末端まで辿り着くと、グルドマックはとある牢屋の中に侵入する。
そこには壁にもたれかかった白骨死体があり、一瞬ドン引きするも
「よっこらしょっと」
「うわ」
グルドマックは、躊躇いなくその白骨死体を動かして脇に避けた。
「ご安心ください、これは造り物です」
「つく……え?」
「この壁の部分にですね、緊急脱出用の出入口があるんですよ。
この人形は、そのカモフラージュのために置いてありましてね」
「な、なるほど」
確かに、壁にもたれかかる白骨死体をわざわざどかして壁を調べる者も、そうそういないだろう。
巧妙? な隠し方にひとしきり感心すると、卓也はグルドマックの開いた隠し扉をくぐった。
「ちなみにこの仕掛け、誰が考案したんですか?」
グルドマックは、笑顔で自分を指差した。
「はしまきの連中は、まだ捕まらんのか!
ええい、ダークリベンジャーは何をしておる?!」
カバルス王は、一向に届かない報告に業を煮やし始めた。
大臣をはじめとする側近たちは、慌てて頭を下げるとそそくさと散って行く。
その脇で、かろうじて帰還に間に合った澪は、ホッと一息ついていた。
一度外に出たせいなのか、先程までの体内で渦巻くような性欲は、もう治まっている。
既にいつもの平静さを取り戻している澪ではあったが、カバルスの方は
「さて澪。
聞いていただろうが、私はお前を妻として迎え入れるつもりだ」
澪にも理解で来るほど、その目は相変わらず正気ではない。
それどころか、先程異常に熱を帯び興奮しているように感じられる。
立ち上がって出口のドアの方を向いていたカバルスは、再び向き直ると澪の前にしゃがみ、両脚を開かせると、その合間に頭を突っ込んだ。
「うっく……!」
ガウンの下は、相変わらず何も身に着けていない。
そんな剥き出しの部分に、カバルスは容赦なく舌を這わせ続ける。
「お前はもう私だけのものだ。
絶対に、誰にも渡さない。
あの卓也という男にも、返さない」
「そ、そんな……!」
「欲しいのであろう? ウィッシュリングを」
「……」
「脚をもっと上げろ。
そうだ……私の所有物になると誓うなら、あのリングはお前のものだ。
お前も、それで目的が果たせるのだぞ?」
その言葉に、澪は背筋がぞくりとした。
この男は、自分が何故招聘に応じたのか、その真意を理解しているのだ。
その上で自分を抱き、あまつさえ我が物にしようとしている。
色香に狂ってはいるものの、策謀を見抜く感覚と力はさすがと言うしかない。
恐らく、この後の自分の発言や選択がどうであれ、それに応じた“切り返し”を既に用意しているのは間違いない。
「まだ朝まで時間がある。
混乱も落ち着いたようだ、別室でもっと愛してやろう」
「お待ちください、王様」
腕を掴むカバルスに、澪は泣きそうな顔ですがる。
「お願いです、あなたの言う事を聞きます。
全てを受け入れます。
ですから、どうか、どうか――」
「遂に覚悟が決まったか。
良かろう、では明日公式にお前を娶ることを公に発表するぞ」
激しい背徳感に苛まれながらも、澪は、力なく頷く。
その仕草に、カバルスはとても満足そうな笑みを浮かべた。
「お前はこれからの人生を、私に奉仕するために費やすのだ。
私のあらゆる欲望を受け入れろ。
その代わり、お前にはこの国のあらゆる富と特権を与えよう」
「……はい」
静かに、しかしてはっきりと頷く。
それを見定めると、カバルスは大きな声でとても嬉しそうに笑った。
白いガウンが、はらりと床に舞い落ちた。
(これで、ウィッシュリングが手に入る。
卓也にそれを渡すことが出来れば、もうボクは……それでもう、ボクは……)
ふと、壁に掛けられた姿見を見つめる。
そこに写し出された自身の姿には、何の問題も見当たらない。
(卓也、ごめんね。
ボクは、あなたを裏切ってしまった。
だけど、だけど……必ず、あなたがこの世界から脱出出来るようにして見せるわ。
そう、必ず――それが、あなたの奴隷であるボクが出来る、最後の――)
澪の頬に、涙がつたう。
その瞳の色は、深いブルーに戻っていた。
街中にも、各所に兵士達が巡回しはしまきを捜している。
そんな中、巧妙に身を隠しながら卓也とグルドマックがやって来たのは、職人街だった。
「お~い、トレモロ! ここを開けてくれ!」
グルドマックが、無遠慮に木のドアをドンドン叩く。
そこは、卓也がかつて一度入り込んだことがある場所だ。
(うわ、ジェムドラゴンの言った通りになった!)
何度目かのノックで、ようやくドアが開く。
眠そうな目をこすりながら出て来た眼鏡の少女が何かを呟くよりも早く、グルドマックは卓也と共に身体を滑り込ませた。
「な、なんや、おっちゃん?!
ぎゃあ、それになんでコイツまで?!」
「すまない、トレモロ!
しばらくこの人をかくまってやってくれ」
「ちょ、いきなり来て唐突に何やねん!
それに、なんでうちがコイツを――」
「説明してる時間はない!
――卓也さん、他の皆さんにはなんとか私から事情を説明します。
しばらくの間、ここでおしのぎください」
「ええ、で、でも」
「ちょ、おっちゃん!
勝手に話を進めんでや!」
「私は自宅に戻ります。
王城の関係者が来るでしょうからね。
もしかしたら、これでお別れになるかもしれませんが、どうかご無事で!
旅の成功を祈っておりますよ」
そう言うと、グルドマックは軽く卓也を抱き締め、素早く家を出て行った。
取り残された二人は、ただポカーンとして見つめ合うしかない。
「あ、あの、なんかそういうことになっちゃったみたいで」
「あかん、出て行きぃや!
なんで知らん男を、女一人の家にかくまわなあかんねん!」
「お願い、トレモロ様!
どうかご慈悲を!」
「あかんあかん! 絶対にあかん!
第一、急に来てタダで世話になろうなんて――」
「ここにジェムドラゴンの鱗がございましてな」
「何しとんねん!
ほら、こっちや! ぼぅっとしとらんで早よ来ぃや!」
さすが関西弁を操るだけのことはある、話が早い。
卓也は感心しながら、トレモロの後について隠し扉をくぐった。
地下へ続く階段を降りて行くと、想像していたより大きな地下室へ辿り着く。
そこは如何にも工房という雰囲気の部屋で、奥には火を炊く鍛冶炉があり、その手前には大きな金床が置かれている。
石ブロックを組んで構成された壁には何本もの剣や槍、ポールアームのようなものが吊るされており、その反対側には大小様々な盾も飾られている。
作業台と思われるテーブル上にも様々な専用の道具が置かれ、加工中と思われる剣の一部がある。
もう一つの作業台は盤面が斜めに立てかけられており、そこには大きな紙に図面のようなものと不可思議な文字がびっしりと書き込まれていた。
素人目にも、ここが相当長い間利用されている本格的な職人の工房だということが理解出来る。
しかし工房部屋の反対側には、これとは全くイメージの異なる部屋があった。
壁一面に組み込まれた本棚と、その中にぎっしりと並ぶ書籍。
別な棚には、丸いフラスコや瓶が並び、その中にはカラフルで綺麗な色の液体が入れられている。
まるで理科室の実験道具のようなものが置かれた机と、その脇にある背の低い台に置かれた謎の窯。
妙に太いろうそくが何本も立てられたテーブルと、木製の傘立てのようなものに差し込まれた杖が数本。
良く見ると天井を横切る桟からは乾燥した植物の葉の束がいくつもぶら下げられており、魔法陣のようなものが描かれたタペストリーみたいなものが貼られた壁もある。
そこはまるで、魔法使いの研究室だ。
地上階へと繋がる階段を境に、それぞれ対照的な部屋が並ぶ地下室。
卓也は、思わず言葉を失ってキョロキョロと見回した。
「ふわぁ、なんだこりゃあ~」
「どや、驚いたやろ。
これがキュズィナルツの秘密の工房やで!」
「す、すっげぇ!
え、これもしかして、両方とも君が使ってるの?」
「当たり前やん!
キュズィナルツは、魔力を込めた装備を開発・制作するブランドやで?
鍛冶だけじゃなくて、魔法の研究も同時進行で行えて初めてキュズィナルツが名乗れるんや!」
「そ、そうなんだ……君って凄いんだな」
「……まぁ、な。
ところで! 早よ寄越しぃや!
ていうか、それホンモノなん?」
右手をずいっと突き出して、トレモロが鱗を請求する。
自分で言っておきながら渋々とそれを取り出すと、ポンと掌にのせた。
と同時に、トレモロの手の上に青白い光で描かれた不思議な紋章のようなものが浮かび上がった。
「う、うわっ?!」
「へ? な、なんだこれ?」
「ほ、本物や……間違いなく、これ本物や!
あんた、ホンマこれどっから手に入れたん?!」
「あ、うん。
ジェムドラゴンを倒して、そこから」
「はあぁぁぁぁぁぁあああああ????
たたた、倒したやてぇ?!」
突然、トレモロが卓也の胸倉を掴み上げた。
「どういうことや?!
ジェムドラゴンを倒したって? アンタが?!
どうやったらそんなことが できんねん?!
神様みたいな存在なんやで?!」
「そ、そう言われても……だって俺、そういうの知らなかったし」
「ついでなんでちょっと、みたいな言い方すんなや!
どないなっとんねん、説明してみぃや!」
(えぇ……なんなの、この子?)
仕方なく、卓也はこれまでの自分達を巡る出来事を説明した。
魔物の襲撃を受けて滅んだヴァレネドリンを拠点にしたこと、そこに突然ジェムドラゴンがやって来たこと。
そしてそれを倒したこと――
トレモロの目が点になり、言葉を失って狼狽えている。
一通り説明が終わると、トレモロは身を乗り出して尋ねて来た。
「んで、そのジェムドラゴンの死体は、今どうなっとるん?」
「ヴァレネドリンの町に、まだある筈だよ。
知り合いが呼んだ解体業者が作業をしてるから、ある程度は解体処分されてると思うけど」
「解体処分て……ああもう、アホちゃうか?
あんた、自分がどんだけとんでもない事しでかしたんか、わかっとるん?」
「んなこと言ったって、誰からも何も説明聞いてないんだし、わかるわきゃあないだろ!
なんだよ、こっちは降りかかった火の粉を払っただけなのに」
「ドアホ!
ジェムドラゴンはな……人間を護ってくれている、神様の使いなんやで!」
何故か涙目になりながら、トレモロが必死の形相で訴える。
「そ、それはグルドマックさんからも聞いたよ。
でもさ、俺達も知り合いのエルフから教わったんだよ。
あいつは邪悪なドラゴンだって。
だから――」
「はぁ? エルフ?」
卓也の何気ない言葉に、トレモロは頭上にハテナを浮かべて首を傾げる。
「エルフなんて、まだこの世界におったんか?」
「え? どういうことだよ?」
「あんたの出会ったそいつ、ホンマにエルフやったん?」
「だーかーらー、そんな事言われても今までエルフなんて居ない世界に居たんだから、分かるわけないじゃないか」
「まあ、言われてみたら確かにそうやな。
うちらの元居た世界、亜人種なんておらんかったもんなぁ」
「え? 元居た世界?」
トレモロの発言に、今度は卓也が首を傾げる。
彼女は手近な椅子に腰掛けると、脚を組んで少し疲れたような表情で見つめて来る。
「うちな、大阪生まれやねん」
「へぇ、そうなんだ、おおs――って、ちょっと待てぇ?!
おおお、大阪ぁ?! 関西地方の、あの大阪なのか?!」
いきなりの告白に、卓也はひっくり返りそうになった。
「何も驚くことないやんか。
この関西弁、気付いたやろ?
こんな話し方するもん、この世界に他におらへんやろ」
「そ、そりゃそうだけどさ。
ってことは、もしかして君も、転生者なのか?!」
「そや。
うちは十歳の時に、この世界に迷い込んだんや。
それで、グルドマックさんと――親父に保護されてな」
「マクドナルドって、なんて呼ぶ?」
「マクドや」
「ある時ー」
「ない時ー」
「ハナテン」
「中古車センっタぁ~♪」
「千日前、味のデパート」
「みそのー」(エコー付き)
「間違いない、確かに関西人だ!」
「あんたも、東京弁の癖によぉ知っとんなぁ」
トレモロは、自分の身の上について語り出した。
五歳の時、交通事故に巻き込まれた彼女は、気付いたら異世界イスティーリアに迷い込んでいた。
それを発見したのがグルドマックと、彼のかつての仲間であり、キュズィナルツの称号を持つ先代だった。
彼女は先代キュズィナルツに引き取られ育てられたが、やがて彼から鍛冶の技術を、そしてグルドマックからは魔法を学び始める。
それらの技術と知識は、トレモロに秘められていた能力を開花させ、やがて次世代のキュズィナルツの称号を引き継ぐまでに至る。
「――んでな、ここが今までずっと使われ続けて来た秘密の工房やねん。
うちは、先代の遺した遺産で食い繋いでるって事になっとって、周りの連中はそう信じとるんや」
「ということは、実際は違うと」
「せやねん。
まあ、一応同郷のよしみで見せたるわ」
そう言うと、トレモロは奥から何かを持ち出して来た。
それは図面――何か剣のようなものを描いたもの。
しかし、その形状がとても特殊だ。
この世界にありがちな、大きな柄を持つ両刃の大剣ではない。
見た感じ、まるで日本の仕込み刀のような、柄のないストレートな形状だ。
周囲になにやら複雑な文字が無数に書き込まれているが、意味は分からない。
「なんだこれ、まるでライトセイバーみたいな」
「そう、それや!」
「え?」
「うちが造りたいのは、そういうものやねん!
ほら、あるやろ? こんな風に刃に手を当てると光り出すみたいな」
そう言うと、トレモロは徐に立ち上がり、両腕を前で交差させる。
右手で何かを握り、左手を横にスライドさせていく動き。
卓也には、それが何を表しているのか、ちょっとよくわからなかった。
「う~んと、ごめんよくわからないんだけど」
「そ、そうかぁ……残念や」
どうやら、実在の刃を振るう剣ではなく、魔法の力で刃を生成する武器を生み出すのが、トレモロの夢のようだ。
しかし、既存の魔法ではどんなに頑張っても刃の形状を構成するのが精一杯で、そこに肝心の力を込められない。
トレモロは、これまでの歴代キュズィナルツが造って来たような“強固で軽量な希少装備品”ではなく、たった一つの優れた“新兵器”を造りたいというのだ。
「ああ、それでその魔法をどうにかしようと思って、研究してると?」
「まぁそんなとこや。
けどなぁ、魔法の力を決まった形で、しかもこんな小さな範囲で固定出力化するのがえらく大変でな?
膨大な魔力の消費が必要やし、それだと魔術師以外に使えなくなるやんか。
それやと意味ないねん」
「うん、確かに。
ちなみに、俺もちょっとそれに似たようなものを持っててさ」
卓也は、PDを取り出して見せる。
はじめはその形状に戸惑っていたが、コンパクト型の本体を開き液晶画面を見せると、彼女の目が好奇心で輝き出した。
「な、なんやなんやこれ?!
かっこええやん! これなんの機械なん?」
「あれ、ケータイ知らない?」
「け、ケータイ? なんやそれ?」
トレモロは、どうやら携帯電話自体を知らないらしい。
もしかしてケータイがない時代から来たのか、それともガラケーを知らないだけなのか。
卓也はPDについて簡単に説明すると、トレモロに尋ねる。
「なんか、要らないものってない?
切断しても構わないようなものとか」
「切断? 物騒やな。
それやったら、そこにある剣ええで」
「えっ? これすっごい造り込みでなんだか高そうなんだけど?」
「ええねん、それ失敗作やから。
近いうちに溶かそ思っとったんねん」
「えぇ……これで失敗作?
でもまあ、あれを狙ってみるよ」
卓也は狙いを定めると、大剣に向かってトリガーのボタンを押した。
アンテナに偽装した銃口からレーザーが飛び、一瞬で剣を切断した。
それを見たトレモロが、飛び上がって驚く。
「ひえっ?! な、な、な、なんや今の?!」
「ここに来る前の、別な世界で貰った武器」
「こ、こんな凄いモンを持っとったんかい!
それ、魔法なん?」
「いや魔法じゃないと思うよ。
科学兵器みたいなもん」
卓也は「アンナセイヴァーの世界」のこと、そしてPDを入手した経緯をかいつまんで説明した。
あまり良く分かってないみたいだが、それでも決め手になる兵器であり、ジェムドラゴンを屠った装備である事には理解を示したようだ。
「なあ、卓也?
その武器見て、ちょっと思いついたことあんねん。
それ、少しの間うちに貸して?」
「え、これを?
俺じゃないと使えないけど」
「大丈夫や、おかしなことはせぇへん。
なんかな、これを使ったら、うちが思い描いてる武器が出来そうな気がするねん。
もし完成したら、それをアンタに譲ってやってもええで」
「え、ホントに?」
思わぬ申し出に、卓也の胸が踊る。
しかし、すぐに現実を思い返す。
ヴァレネドリンに戻ったジャネットとテツは、澪かユマと一緒でなければ、こちらに戻って来るまでに数日を要する。
恐らく、澪は立場上彼らと行動を共にすることは出来ないだろう。
そうすると、すぐに再会するにはユマの協力が不可欠になるのだが。
――何故か、とてつもない違和感を覚える。
「ねえトレモロ、さっきの話なんだけどさ」
「なんや?」
「エルフなんて、まだこの世界にいるのか? って言ったよね。
それ、どういう意味なの?」
卓也の質問に、トレモロは先程よりは温和な態度で、腕組みをしながら答える。
「う~ん、うちも親父から聞いただけで、詳しくは知らんのやけどなぁ」
「うんうん」
「この世界のエルフって、とっくの昔に滅んでるって聞いたで?」
ここは、ヴァレネドリン。
ジャネットとテツはユマの姿を捜し回るも、一向に見つからない。
それどころか、町には人の気配が全くなく、彼女が連れて来た解体業者の姿も全く見られない。
「おかしいっすね、もう帰ったのかな?」
「そうですわね。ジェムドラゴンの死体は?」
「見に行ってみましょう」
宿屋にあったランタンを使い、まだ暗い路地を進んでいくと、やがてジェムドラゴンの死体が横たわっている広場に到着する。
そこにあったのは、複雑に組まれた木製の足場と、それに覆われたドラゴンの巨体。
死体の解体はほぼ完了しているようで、足場に覆われているのは巨大な骨だけだ。
しかし現場は酷く汚れており、血や臓物から出た体液と思われる汚物が掃除もされずに散らばっている。
そして肝心の鱗も、そこら中に散らばっていた。
「一応、あらかた片付いてはいるっぽいっすね」
「でも、頭がないですわよ?」
「あ、本当だ!
それにジャネさん、見てくださいよ。
これ、なんかもう結構前から放置されてるっぽくないっすか?」
「……暗くてよくわかりませんわ。
ユマさん、本当にどうしたんでしょう?」
その後、宿に戻って調べてみたものの、ユマは書置きも残しておらず、全く痕跡が掴めない状態だった。
ただ、業者が利用したと思われる部屋にはしっかり生活跡が残されており、ここでしばらく滞在したのは間違いないようだ。
「どうします? 朝まで待って、再調査します?」
テツの相談に、ジャネットは顎に指を当てて考える。
確かに、その方が賢明ではあるが……
「ねえテツ、もしもよ?
もしも、澪が私達を迎えに来なかったら、あなたはどうします?」
「ええ?!
じゃあ、イセカスまで歩いて移動するっきゃないですよねぇ?」
「何日くらいかかってましたっけ?
その間、卓也が無事ならいいんすけど――でも」
そこで言葉が途切れる。
「そう、あなたも気付きました?
私達もしかしたら、もうイセカスには戻れないかもしれませんわね」




