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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
130/144

ACT-128『 金 色 の 瞳 』


 イセカス王城内で突如発生した異常事態。

 それは、魔法結界で魔物の侵入をシャットダウンしているにも関わらず、大量の“鬼火ウィスプ”が発生するというものだった。


 古い地下牢獄の中から次々に湧き出した丸く淡い輝きを放つその怪火は、壁を通り抜け、床や天井を貫通し、あらゆるところに湧いてくる。

 小さなものは直径約一フィート、大きなものは八フィート程もある。

 それらが数え切れない程次々に発生し、空中を漂うのだ。

 城内の人間が驚かない筈がない。


 兵舎、駐屯所、見張り塔、従者の宿舎、調理場、ホール、回廊、そして謁見の間。

 あらゆるところに姿を現す鬼火ウィスプ達は、特に攻撃はしてこない。

 しかし、うっかりそれに触れてしまうと電撃のような衝撃が身体を走り抜け、身体が麻痺してしまう。

 その上で――


「う、うわあぁぁぁ―――!! く、来るなぁ! 来ないでくれぇぇぇぇ!!」


「いやああああ! た、助けてぇ!!」


「うぎゃあぁぁぁぁぁああ!!!」


 激しい恐慌状態に襲われ、悲鳴を上げながら昏倒してしまう。

 中にはそのままショック死してしまう者も現れ、徐々に被害は拡がって行く。


 この事態に真っ先に反応したのが、王城に隣接している巨大な館――魔道士ギルドの幹部達だ。


「いったい何故、結界が効力を失ったのだ?!」


「わかりません! 結界は今も作用はしているのですが、一時的に……いえ、断続的に力が弱まっているようです」


「しかも、力が弱まる時間が、だんだん伸びているように思われます!」


「聖ランファース寺院の僧侶達と協力し、城内の鬼火ウィスプの除去を!

 ただし、攻撃魔法はくれぐれも使うなと魔法士メイジ魔道士ウィザード達に伝えろ!」


 城内に送り込まれた大勢の魔道士と僧侶達は、まだ活動可能な兵士や騎士達と協力し合い、鬼火ウィスプの除去を開始。

 しかし制約の為、除霊ターンアンデッド付与魔法エンチャントによる兵士・騎士達の攻撃補助くらいしか行えず、あまり成果は出ていない状況が続く。


高位僧侶ハイプリーストは来ないのか?!」


「どんどん出て来る! これじゃきりがない!」


 既に一時間以上も戦闘を続ける兵士達は、終わりの見えない状況に心が折れかけてくる。

 鬼火ウィスプの攻撃で、徐々に劣勢に追い込まれていく。


 だが、そんな時、一閃の光の帯が空中を駆け巡った。




「ぅお往生せいやあぁぁ―――――!!!」




 まるで大口径のレーザービームのような閃光が消滅すると、弾道上の鬼火ウィスプ達は全て消滅していた。


「――ですわ♪」


「さすがっす、ジャネさん!!」


 見上げる程高い天井の、大きな通路。

 その中に浮かび上がっていた鬼火ウィスプ達は、全て一掃される。


 遥か彼方では、大きな乳房をぶるんっ! と震わせながら盾を構えている、女性僧侶の姿があった。

 それと、盗賊が一人。


「ぅおっとぉ! 今度は俺いくっす!

 でぇりゃあ!!」


 その盗賊は素早い動きでジャンプすると、鈍い光をまとわらせた脚を回転させ、次々に鬼火ウィスプを蹴り飛ばし、散らしていく。

 その連撃の鋭さに、兵士達は思わず目を奪われていた。





挿絵(By みてみん)

  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

     ACT-128『 金 色 の 瞳 』






 時間は若干遡る。


 深夜のグルドマック邸に、突然けたたましい足音が鳴り響いた。

 ようやく深い眠りに就けそうだったジャネット達は、眠い目をこすって廊下に出た。


「なんですのぉ? こんな時間にぃ~」


「おい誰だぁ? まだ飲んでやがんのかよ!」


「た、卓也……さん?! その恰好はいったい?!」


 驚いた表情で廊下の奥を見るグルドマック。

 彼の視線の向こうには、既に装備を整えた状態の卓也が佇んでいた。


「ごめんグルドマックさん、ちょっと出て来ます」


「出て来るって……あなた、まさか?!」


「ええ、ちょっと勝算を思いつきまして」


「行かれるのですか、城へ?!」


「ええ、まぁ」


 アングスで揃えた装備一式を軋ませながら、それ以上何も言わずに玄関へ向かおうとする。

 そんな彼を、呼び止める声。


「おい待てよ、卓也!」


「やっと覚悟が決まったようですわねぇ?

 随分時間がかかったこと」


「覚悟とか、そういうんじゃないよ。

 ちょっと思いついたことがあっただけで」


「へっ、まぁどっちでもいいぜ!

 ちょっとだけ待ってろよ、俺達も行くぜ。

 なぁ、ジャネさん?」


「俺達も、って言った後に同意を求めないで欲しいですわね。

 でも――良くってよ♪」


 そう言うと、二人は自分達の寝室のドアを勢い良く閉じる。

 そして十数分後、“はしまき-1”が玄関に勢揃いした。


「どういう思惑があるのか分かりかねますが。

 卓也さん、ジャネットさん、テツさん、どうかお気をつけて。

 城の中で何が起きているのかは、全くわかりません。

 どうか、くれぐれも無理はなさらないようにお願いしますね」


 心底心配そうなグルドマックに、卓也は「本当にいい人なんだな」と感想を抱く。

 この世界に来て、初めて本当の優しさに触れた気がする。

 そんな彼に、迷惑をかけるわけには行かない。

 卓也は、


(恐らく、もう戻っては来れないだろうな、ここへは)


 そう考え、バックパックも背負っている。

 澪の荷物も含めて。

 ジャネット達も、それを察したのか、それぞれの持ち物を背負っている。


 無言でテツが肩を叩き、それが出発の合図となった。


「お世話になりました、グルドマックさん!

 では、行って来ます!」


「え、ちょ――」


 彼が何か言い出すより早く、三人は表に駆け出して行った。






「外が騒がしいな。

 何が起きているのか」


 汗まみれの身体をシャワーで流し、寝室に戻って来たカバルスは、ようやく離れの外の異変に気付く。

 徹底的に攻め続けられ、疲弊してベッドに沈む澪を一瞥すると、分厚い遮光カーテンを開いて様子を窺う。

 眼下に広がる中庭、そして渡り廊下へと続く回廊では、大勢の兵士達が走り回っているようだ。

 さすがのカバルスも、この状況には激しい違和感を覚えた。


「くそっ、人払いしたのが裏目に出たか」


 どこか諦めたような態度で再びベッドに顔を向けると、澪が弱々しく身体を起こすところだった。


「王様――」


 静かに囁くその仕草、一糸まとわぬ肢体が月光に浮かび上がる様。

 既に幾度も精を放ち、体力も消耗しているにも関わらず、カバルスの中で何かがドクンと強く鼓動する。

 暗闇でも煌々と輝く金色の瞳は、まるで彼の性欲を操るように魅了していく。


 彼の背後に、桃色のガスを思わせるオーラが見えた気がした。


「来て♪」


「おお、澪……」


 桃色のオーラに触れた途端、再び、溢れんばかりの欲望が滾り出す。

 急激に沸き上がった肉欲に戸惑いつつも、もう目を離すことも、抗う事も出来ない。

 まるで甘えるように両腕を伸ばす澪の許に、カバルスはガウンを脱ぎ捨てて飛び込んで行った。


 首筋に、唇に、胸に、腹に、そして背中に、尻に脚にと、カバルスの指と舌が這い回る。

 そして澪の手も、彼自身を優しく包み、淫靡な動きで感じる部分を探り当て、的確に責め立てる。


「お、おお……」


「うふふ♪ カワイイ声が漏れてますよ」


「こ、こんなすぐに……だと」


 身体を震わせながら、天井を見上げて下半身を突き出す。

 口端を僅かに吊り上げると、澪はゆっくり口を開き、舌を伸ばして受け入れる。


 だが胸中では、全く違う想いが渦巻いていた。


(ぼ、ボク、なんでこんな事してるの?!

 身体が、勝手に……求めてる!

 嫌よ、今すぐにでも逃げ出したいのに、どうして――)


 そんな想いとは真逆な行動と発言を、身体が勝手に行っている。

 まるで、自分の中にもう一人、別な人格が生まれたような感覚。


 澪の脳裏に、かつて存在した“自分と全く同じ姿の者”が浮かび上がる。


「も、もう……澪、受け止めてくれ……」

 

 ぬるりとした温かな感触に包まれ、そして、強く搾り取られる。

 まるで身体の中の大切なものを全て吸収されるような感覚を覚えながら、カバルスは天井を見上げて吐息を漏らした。


「うぅ……うお、おぉ……!

 うう、吸……」


 両腕でがっしりとカバルスの下半身を抱き止めながら、澪は、彼の注ぎ込むものを飲み干していく。

 またも、ドクン、ドクン、と激しく鼓動が響く。


「んふ♪ んふふ……♪」


 含み笑いが響く。

 壁に映り込んだ翼の影が、一瞬大きく羽ばたく。

 と同時に、何処からともなく無数の光の珠が、床を通り抜けて入り込んで来た。





 一直線に伸びる細い閃光が、宙を斬る。

 その一閃に、無数の鬼火ウィスプが切断され、消滅していく。

 クルクルと片手でPDを回転させると、卓也はフゥと息を吐いて周囲を観察した。


「やっぱこれ、無茶苦茶だわ。

 こんな得体の知れないモンスターにも効いちゃうなんてな」


 ジェムドラゴンの言う通り、卓也が城内に入り込んだと同時に、ジャネットは魔法が使えるようになったようだ。

 彼女はテツに付加魔法エンチャントをかけ、それと自身の除霊術で鬼火ウィスプと闘っている。

 どうやら現状、この不気味な光とまともに闘えるのは自分達だけのようだ。


(本当に、魔法結界とやらの効力が弱まってる。

 俺ってそんなに魔力を吸収しちゃう体質なのか?)


 かろうじて平常心を保てている兵士達に事情を話し、救援に来た旨を伝えると、彼らは思っていた以上に友好的な態度を取る。

 卓也は鬼火ウィスプを払いながらどんどん奥へと進んでいく。


 勿論、その目的は――


 やがて、大きな中庭の見えるテラスに辿り着く。

 見上げると、中庭の中に建っている大きな離れと、そこへ繋がる渡り廊下が見えてくる。

 

「おっとまずい、あそこに大量にいるじゃないか」


 鬼火ウィスプ達は、まるで避難でもして来たかのように、離れの周りに集結している。

 卓也は階段を駆け上ると、渡り廊下に出てPDを構えた。


「まるでガンシューティングだな、これじゃ」


 ゆっくりと迫って来る鬼火ウィスプを、片っ端から撃ち落す。

 なんだか自分だけ全然違うことをしているような感覚に捉われながら、卓也は渡り廊下を通り抜けると、その先の大きな扉に手を掛けた。


(あれ? 開かないな)


 中から錠が締まっているのか、ドアはびくともしない。

 しかして、渡り廊下の外では鬼火ウィスプ達が次々に壁を通り抜けて離れの中に入り込んでいく。

 このままでは、中にいる人達を助けられない……と思ったその瞬間、不意に鍵が外される音が聞こえて来た。


「脱出するのか?!」


 数歩引いて様子を見ていると、中から出て来たのは、薄いシーツをまとい抱き合う二人の姿だった。


「え……」


「あ……」


 卓也の手から、PDが滑り落ちる。

 屈強な体格の半裸の男性に抱きかかえられているのは、紛れもなく。


「澪?!」


「た、卓也?!」


「何故、お前がここに居る?!」


「……」


 怒りの形相で睨みつけるカバルスに、目線を合わせる事が出来ない。

 卓也の目は、汗ばんだ身体に長い髪をまとわりつかせている、大切な人の姿に向けられていた。

 その様子と表情から、中で何があったのかは容易に想像がつく。


 その瞬間、卓也の脳裏に、またあの時の記憶が蘇った。




 『ありがとう、私達、絶対に幸せになるからね!』




「あああああああああ!!!!」


「た、卓也! ち、違うの! これは!!」


「誰か! 誰かおらぬか!!

 曲者だ、こいつを捕えよ!」


 大声で叫ぶも、誰もここへややって来ない。

 そして卓也は、絶望の表情で叫ぶと、踵を返してその場から逃げ出した。


「ま、待って卓也!」


「ええい! このようなところまで潜り込んで来るとは!

 澪、お前の主人という男は、とんだ礼儀知らずであるな」


「そ、それは……」


「ふふふ、だがあの男。

 私に殴りかかるでもなく、逃げ帰りおった。

 意気地のない男よのう」


「……」


「おっと、それどころではないな!」


 背後から迫る光球に気付くと、カバルスは澪の肩を抱きつつ渡り廊下を走り抜けた。

 




「状況はどうなっておる?!」


「はっ、先程ダークリベンジャーを呼び戻しました。

 まもなく到着し、対応に当たる筈です」


「はしまき一行が先行で到着し、魔物を撃退しております。

 王城の南側と西側、四階までに出現したものは、ほぼ撃退された模様です」


「しかし、発生源と思われる地下からは、相変わらず……」


 部下からの報告を受けながら着替えるカバラスは、ようやく把握した王城の状況に、不安と苛立ちを覚えていた。


「ガンディ! そもそも何故、今夜に限ってこのような事態が起きたのか?!」


 大声で怒鳴られた大臣は、少し怯えた表情でカバルスの許に駆け寄る。


「ま、全くわかりません!

 ただどうやら、王城の魔法結界の効力が弱まっており、更には城内に膨大な魔力が充満していると、先程魔道士ギルドの方から連絡が……」


「早急に結界の補修と、その魔力の正体確認を命じよ。

 それと、城内に侵入した、はしまきの者共を捕えるのだ。

 一人残らずだ」


「は? で、ですがカバルス様、彼らは――」


「余は、捕えろと申したのだ。

 ただし、そこに居る澪は別だ」


 そう言うと、カバルスは近くのソファーに座らされた澪を一瞥する。

 温かそうなガウンを与えられ、身を縮ませている彼に、大臣やその他の側近達の視線が集中する。


「では、この者はどうされるつもりで?」


「この者は――余の"正室"とする」


「え?」

「は?」

「え、え~と……?」


「聞こえなかったのか?

 この者・澪は、今夜より余の正室とする。

 明日、正式に公表するので、その準備も並行して進めよ」


 突然の物言いに、大臣達は目に見えて狼狽える。

 だがそのうちの一人が、恐る恐る尋ねて来た。 


「あ、あの、カバルス様。

 正室、と申されましたか? 愛人、ではなく?」


「そうだ、正室だ。

 この者は、余の"妻"としてこの王家に迎え入れようと思う」


「お、お待ちください!

 その者……あ、いえ、そのお方は、確か女性ではなく男性だった筈では?!」


「そうだ。

 何か不満でもあるのか?!」


「い、いえ、決してそんな」


 大臣や側近達は、即座に気付いた。

 カバルスの目が、既に正常ではないことを。

 そして先程から、澪が一切こちらの会話に反応しないことに。


 何かが、あった。

 それは理解したものの、何かまでは想像も出来ない。

 大臣の目配せを受け、従者の一人が頷いて控室から飛び出して行く。


「良いか、皆の者。

 この澪は、これより王の妻、すなわちきさきとして丁重にもてなすのだ。

 もはや冒険者などという、危険極まりない者共と関わらせてはいかん。

 わかったな?」


「は、ははあっ!」


 王の言葉に従い、皆が控室から退出していく。

 その際、全員がうなだれている澪の姿を一瞥していく。


(あの男、いったい王に何をしたのか?)

(あの者、確か恐ろしい程の魔力の持ち主であった筈だな?)

(もしや、結界の力が弱まった際に、何か良からぬ魔法でも用いたのではないのか?!)

(いや、むしろ結界が弱まったのも、あの男のせいではないのか!)

(であれば、あの魔物を呼び寄せたのも――)


 従者達の中で、澪に対する嫌悪感がどんどん高まって行く。

 そうとも知らず、二人きりになった部屋で、またもカバラスは澪に近付いた。


「驚かせたかもしれんな。

 だが、先程の話は本当だ。

 お前は、今夜からこの私の物だ」


「……ぼ、ボクは……ボクには、ご主人様が……」


「あんな意気地のない男のことなど、もう忘れろ。

 いや、この私が忘れさせてやる」


 そう言うと、カバルスは澪をソファーに押し倒し、乱暴にガウンの前を開いた。

 だがその瞬間、澪の目がまたも金色に輝いた。


「?!」


 カバルスの動きが、不自然に止まる。

 目を大きくかっ開いたまま、身体を斜めに傾けた不自然な状態で停止している。

 まるで彼の周りだけ時間が止まったようになり、澪は、その隙に抜け出してガウンの前を閉じた。


 その場で素早く呪文を詠唱すると、澪はその場から姿を消した。





 その頃、はしまきの三人は王城一階入口のホールで再会した。

 

「おう卓也! 大丈夫だったか?」


「こちらはかなり蹴散らしましたわよ!

 それで、澪は見つかったんです……の……?」


「お、おい卓也、どうしたんだ?

 すっげぇ顔色悪いぞ?」


「……」


 まるでゾンビのような鈍い歩みで近寄って来る卓也の顔は、血の気を失っているかのようだ。

 明らかに何かあっただろうこと、そして澪が共に居ないことから、二人は何となく察する事が出来た。


「い、一旦引きます? どうやら落ち着いたみたいだし」


「そ、そうだな! 俺も蹴り飛ばし過ぎてへとへとだぜぇ! ハハ……ハ」


 卓也が何も話さないせいで、会話が持たない。

 呆然としていると、突然門の外が騒がしくなって来た。

 ドン、という大きな音を立て、大きな城門が開かれて何者かが入り込んで来る。



「お前らぁ~~!」


「あっ」


「て、てめえ!!」



 王城に入って来たのは、五人のパーティだった。

 男一人に、女性四人の編成。

 皆、訝し気にこちらを睨んでいるが、特に先頭の男の目には憎悪の炎が宿っている。


「お前ら、ここへ何しに来た?!」


 勇者パーティ・ダークリベンジャーのリーダー、レンが吠える。

 だが、はしまき一行は何も返さない。

 ただ睨み合いが続くだけだ。

 痺れを切らしたレンが、剣を抜いて前方に翳す。


「お前らに殺された仲間の恨み、今ここで晴らしてやる!」


「えっ、この人達が、レン様の?!」

「こんなところで出会うなんて……」


 後ろの女性達が、驚きの声を上げる。

 しかしはしまき側は、呆然自失状態の卓也の方が気になって、それどころの騒ぎではない。

 ジャネットとテツは顔を合わせると、無言で頷いた。


「行きますわよ!」


「おっけぇ! それ逃げろぉぉぉぉぉぉおおお!!」


 ジャネットは卓也の身体を強引に持ち上げ、そのまま元来た路を逆走していった。


「あ、この野郎! 待ちやがれ!!」


「レン様!! 上!」


「な……うわっ!!」


 ジャネット達を追いかけようとしたその途端、天井の方から無数の鬼火ウィスプが降り注ぎ、襲い掛かって来た。

 

「くそぉっ! 絶対に逃がさねぇぞぉ!!

 必ず、俺の手で皆殺しにしてやるからなぁ!!」


 レンの叫びが、巨大なホールと通路に木霊する。

 それでも必死で走り続けると、やがて向こうから何者から駆け寄って来るのが見えた。


「え、あれ?

 ――み、澪さん?!」


「えっ、澪?!」


「……」


 誰も居ない、謁見の間へと続く通路の途中、いきなり現れた澪は息を切らしながら三人の前へやって来た。


「み、みんな来てくれたのね! 大丈夫?」


「え、あ、ええ、当然ですわ!

 それより澪、あなたの方こそ大丈夫ですの?」


「卓也が、澪さんの分の装備も持ってますよ!

 早く着替えて、ここから脱出を――」


「そ、それなんだけど! 

 ごめんねみんな、ボク、皆と一緒に行けなくなっちゃった!」


 澪の告白に、ジャネットとテツは声を揃えて


「「 はぁっ!? 」」


 と吃驚した。


「な、なんでですの?!

 あんなキモ王のところに居たら」


「説明している暇はないの!

 とりあえず、今から皆をテレポートでユマさんの居るところまで運ぶから!」


「え、で、でも、それじゃあ卓也は?」


「……」


 不自然に、卓也と目を合わせようとしない。

 何がどうなっているのか状況が把握出来ない二人は、戸惑いながらも卓也を解放する。


「な、なあ卓也?」


「いいんだ……みんな、行ってくれ」


「で、でも」


「澪、二人を。早く」


「う、うん……あの、卓也」


「急げ! あいつらが追って来る!」


「……」


 まだ、魔法結界は力が回復していないらしい。

 澪は、ジャネットとテツの前に立つと、テレポートの呪文“空間転移メタ・スターシ”を唱えた。

 ブゥン、という音がして、三人の姿がその場から消える。

 何の感慨も残さずに。


 その場に一人取り残された卓也は、まるで何もかも諦め切ったかのように、その場にどっかと座り込んだ。



(澪……君まで、俺から離れて行くのか)



 卓也の主観で、だいたい三年前。

 かつて結婚前提で同棲していた恋人・優花に裏切られた時の苦い記憶が蘇る。

 卓也を孤独という悲しい地獄に突き落とした女の存在を、忘れさせてくれた人。


 それが、澪だった。


 優花の行動に怒り、悲しみ、卓也の気持ちに同調してくれた。

 そして、自分が代わりにずっと傍に居てあげると約束した。

 そんな彼の言葉と態度を信じ、卓也は、長い異世界生活を乗り越えて来たのだ。


 だがそれが、こんな形で打ち砕かれるとは思わなかった。


 澪がカバルス王に抱かれたことは、疑いようがない。


 所謂“寝取られた”ということだ。


 優花の時も、後輩に同じことをされた。

 あの時の悔しさが、忘れていた感情が胸中に去来し、卓也は


(もう、俺なんて、どうなってもいい……。

 どうせ、何をやったってこうなっちまうんだ。何もかも上手く行かないんだ……)


 そう考えると、もはや何もやる気が出て来ない。


 しばらくすると、ホールの方から複数の足音が駆け寄って来るのがわかる。

 そして城の奥からも、大勢の兵士達と思われる者達の声と足音が迫る。

 卓也は完全に挟み撃ちにされ、逃げ場を失った。


(こんな訳のわからない世界で、こんな悔しい想いをしながら終わるなんて、嫌だなぁ。

 はぁ……澪、新しい恋人と、せいぜい幸せにな)


 全てを投げ出して、床に寝っ転がる。

 暗闇に包まれた高い天井を見上げていると、迫る足音の振動がよりはっきりと伝わって来た。


 いよいよ、最期の時が近付いた、と思ったその時



『ふざけるな!』



 突然、頭の中に誰かの声が響いた。


「えっ?!」


『お前には、まだやって貰わなければならない事がある!

 こんなところで勝手に諦められたら、こっちだって迷惑だ!』


「じぇ、ジェムドラゴン?!」


『余の鱗を、頭上に翳せ! 今すぐだ!』


「え、あ、でもなんで?! 寝てないのに」


『早くしろ!!』 


「うわあ!」


 いつもと全く違う怒号に煽られ、卓也はバックパックから鱗を取り出すと、それを頭上に高々と掲げる。

 すると、鱗から赤い光が放射状に放たれ始めた。


「うわ、なんだこの光は?!」

「あっ……」

「ちょ、ちょっとぉ! 何急に――」

「ね、眠い……」

「zzzzz」

「ね、寝るなぁ!!」


 赤い光を浴びた者達は、避けようのない程強力な睡魔に苛まれ始める。

 何の抵抗も出来ないまま、兵士達も、ダークリベンジャーの女性達も、静かに床に崩れ落ちる。

 あっという間に、周辺は静まり返ってしまった。


 だがレンだけは、その効果を免れたようだ。


「この野郎……何を小細工しやがった」


「……」


「丁度いい、一対一だ。

 どちらが本当の勇者なのか、ここで決着つけようじゃねぇか」


 レンは舌なめずりをして、大剣を構える。

 何かの魔法がかかっているのかその表面は虹色に輝いている。

 一方の卓也は、そんな彼の様子をただじっと見つめているだけだ。

 表情には、まだ気力が戻っていない。


「行くぜぇ!!」


 レンが仕掛ける。

 大剣を振り被り、床を蹴ってジャンプすると、真上から真っ直ぐに斬りかかろうとする。

 だが卓也は、ただ静かに佇むだけだ。


 キ、ン――!


 鋭い金属音が鳴り、何かが宙をクルクルと回る。

 

「な……?!」


 卓也に向かって斬りつけられた大剣。

 その刃は、途中から半分に折れていた。


 先端部分が、カランと軽い音を立てて遠くに落下する。

 半分の長さになった剣を見つめ、信じられないといった表情のまま凍り付くレンの手から、虹色の光のようなものが漂い、卓也に向かって行く。


「な、なんだ?!」


「これは……」


 卓也は、PDフォトンディスチャージャーで咄嗟に切り返し、レンの刃を切断していた。

 だがその断面から、恐らくは剣自体が持っていたと思われる何かの魔力が漏れ出したのだ。

 そしてそれは卓也の身体に入り込み、どんどん吸収していく。

 眩い輝きを放っていたレンの剣はみるみるうちに力を吸い取られていき、やがてどす黒い鉄塊へと変質してしまった。


「な……て、てめぇ! 何しやがった?!」


「うるさい」


「はぁ?!」


「悪いな、今俺……物凄く機嫌が悪いんだわ」


「ふ、ふざけんな! いい加減にしねぇと――」


「――っ!」


 卓也は、剣を放り投げて殴りかかって来るレンに向かって一歩踏み出すと、まるでカウンターを打ち込むように、右ストレートパンチを放った。

 格闘技など全くやったことがないのに、奇妙なほど完璧にパンチが決まる。


「うご……?!」


 卓也の右拳がレンの顔面を捕え、凄まじい反動が彼に集中する。

 次の瞬間、レンの身体はまるで紙切れのように軽く吹っ飛び、十数メートル彼方の壁に激突した。

 ズン! という振動が響く。


「……え?」


 右ストレートのポーズのまま、凍り付く。

 軽く一発ぶん殴るつもりだったが、それどころじゃない結果になった。

 そうれはもう、ジャネットの怪力攻撃に匹敵するような……


 ようやく、いつもの感情を取り戻す。


「な、な、なんだこれぇ!」


『どうやら、あの剣には攻撃力付与の魔法が込められていたようだな。

 お前はその魔力を吸収した。よって一時的に、あのような攻撃が行えた』


「じゃあ、今の俺って――」


『そうだ、魔法の力でエンチャントがかかった状態になっている。

 いつまで持続するかはわからんがな』


 “魔力吸収体質”

 夢の中でジェムドラゴンに指摘されたのは、これのことだったのだ。

 相手の魔力を吸収し、一時的にその力を行使することが出来る。

 そして同時に、相手からその力を奪い取る。


 それが、卓也の身体に秘められていた、本当の能力だったのだ。


「な、なんか俺、すげぇ事になって来てる?!」


『それより、早くここから脱出しろ。

 私も、いつもの数十倍もの魔力を放出して、お前と話しているのだ』


「あ、そういうことか!

 でも、何処へ逃げればいい?」


『あの男以外にも、王城の兵士までもがお前を追って来ていた。

 さしずめ、王がお前を邪魔者と判断したのだろう。

 であれば、絶対に見つからない場所へ向かうしかない』


「そんなとこ、何処にあるんだ?!」


『もう教えた筈だ、よく思い出せ』


「えぇ?!

 えっと……えっと……」


『ヒント:眼鏡』


「めが……ああっ!!」


 卓也の頭の中に、トレモロの顔がぼんやりと浮かび上がって来た。





 滅ぼされた町・ヴァレネドリンに久々に帰還した三人は、真っ暗なホールの中でようやく落ち着きを取り戻した。

 だがその途端、異変が発生した。

 

「うわ、な、なんだこれ?!」


「どうしたんですの、テツ?!」


「あ、いやその、なんというか……あ、アハハハ」


 テツが、股間を手で押さえながら前屈みになる。

 顔を赤らめ、恥ずかしそうに澪に背を向けると、まるでジャネットの背後に隠れるように移動する。


「な、なんですの? 気持ちの悪い」


「い、いやさ、その……な、なんか澪さん、異様に色っぽくて」


「はぁ?!」


「つうかさ! なんかこう、澪さん見てたらその……や、ヤリたくなっちゃって」


「え?!」


「テツ! あなたまで卓也と同じ冥府魔導に!」


「い、いやそうじゃないだよ!

 そうじゃないんだけど、なんか急にそうなって……お、俺にも訳わかんなくて!」


「……」


 テツに言われて改めて見ると、確かに澪からは、異様なまでに濃厚なオーラのようなものがまとわりついているのがわかる。

 しかもそれは、桃色というか紅というか、色のイメージを感じる程強いものだ。

 ジャネットは、それが今までの彼からは感じられなかった、異様なものであることを見抜いた。


 彼女の表情に気付いた澪は、ハッとして後ずさる。 


「そ、それじゃあ、ボクはもう戻らないと――」


「待ちなさい、澪」


 即座に呪文を唱えようとする彼の腕を掴む。


「な、何?」


「どういうことか、説明しなさい」


「そ、それは……」


「気付いてる?」


「な、何が?」


「あなた、さっきよりも格段に魔力が高まっていますわよ?

 それだけじゃなくて、その顔」


「え? ぼ、ボクの顔、何か変になってる?!」


 頬を両手で押さえて戸惑う澪に、ジャネットは真剣な表情で頷いた。


「目が、金色になってますわ」


「え……」


「うわ、本当だ! カラーコンタクト? って奴をはめたみたいになってるっすよ!!」


「……!」


 その言葉に青ざめるも、ジャネットは更に冷酷な言葉を投げかけて来た。


「私、その目に見覚えがあるんですの」


「……それって」


「ええ、前の世界の“学園”に居た時に見たアレですわ」


 澪の表情が強張る。

  


「あなたの目、あいつと全く同じなんですのよ。

 ――黒い翼を生やした、あなたとそっくりの姿をした、あいつに」



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