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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
118/118

ACT-116『初めての野宿、初めての戦闘?!』


 澪の魔法暴走によるアングスの被害は、見た目のド派手さに反して意外と大したことはなかった。


 卓也達の後を追っていた冒険者の一部が軽い火傷を負った程度で、幸いなことに犠牲者などは出ていない。

 尤も、強烈な火炎魔法をぶっ放す危険人物が居るという情報だけは確実に広まり、卓也達“勇者パーティ”には下手に関わらない方が身の為であるという印象を与えることには成功したと云える。



 だが、しかし。



「あいつら、十人も町の人を焼き殺しやがったのかよ!

 絶対に許せねぇ! 確実に追い付いて魔王よりも先に俺が全滅させてやるぜ!」


「もしお前が奴らを出し抜き、魔王を討伐出来たその時には。

 我が王より、この世のあらゆる望みを叶える指輪“ウィッシュリング”が与えられるだろう。

 存分に闘い、冒険に臨むが良い」


「望みが叶う……か。

 面白れぇ、必ず手に入れてみせる!」



 本物の勇者レンは、魔道士ギルドから与えられた“虹色の装備”をまとうと、意気揚々とアングスの門を飛び出して行った。




「ユリス殿、何故あの者に嘘の情報を?」


 魔道士ギルドの最深部にあるホールにて、上位階級と思われる三人の魔道士達が集っている。

 そのうちの一人が、最も高位そうな男に尋ねた。


「あの者は、非常に扱いやすい」


「と申されますと?」


「愚者はあのように焚き付けておけば、後は勝手にやってくれる」


「さすがはユリス様。

 相変わらず、勇者……いえ、愚者共を扱うのが旨い」


 不敵に笑う魔道士に、ユリスと呼ばれた高位の魔道士が続ける。


「それよりも、後で町長を呼び出すのだ。

 あの者が勝手に冒険者共を焚き付け、追っ手など差し向けるからこのような無駄な騒ぎが起こる」


「御意。

 あの者には後程厳罰を処すよう動きましょう」


 魔道士は、何故かとても嬉しそうに微笑んで頷いた。








  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

   ACT-116『初めての野宿、初めての戦闘?!』






 アングスの町を、まるで追放されるように飛び出した四人は、一時間程歩いた所で見つけた林の中に入った。

 さほど深入りしない辺りで開けた場所があったので、今日はそこをキャンプ地とすることにした。

 早速テントを張ろうとして、卓也ははたと気付く。


「あれ、このテントのお代って確か」


「うん、まだ払ってない」


「つか、澪達のバイト代で払う予定だったんだよな。

 いいのかなあ?」


「ああいう状況だったんだし、仕方なくね?

 俺達だって、持ち金の大半支払った鎧と武器持って来てないんだし」


 なんだか“それはそれ、これはこれ”案件のようにも感じられたが、どのみちもうアングスには戻れそうにない。

 卓也は、これ以上余計なことは考えないことにした。


 くだらない雑談を続けながらも、卓也はテツと共にテントを組み上げて行く。

 テントを組むなんて初めてだったが、何故かテツが手慣れた動作で作業を進めて行くので、見よう見まねでやってみる。

 

「テツ、意外な特技を持ってるんですのね?」


 ジャネットの呟きに、テツは満面の笑顔で親指を立てた。


「オッス! テント二つOKっす!」


「ふい~、こっちもなんとか出来たよ」


 テントはどちらも同一サイズで、大人が二人余裕を持って寝泊り出来るくらいの大きさがある。

 ただし現代世界のテントと違い、全方向が閉じられているものではなく片側が全開になったタイプだ。

 その為、現代人の知る形状のテントにするには、二つをくっつけなければならない。

 

 今回は、間に焚火や食事をするスペースを設け、それを囲むようにテントを配置してみた。

 色々と試行錯誤しながら、初めての野宿の晩を少しでも快適に過ごそうと工夫を行っていくが、夜の帳が降り始めた辺りでジャネットがあることに気付いた。


「ねえ、ちょっと待って」


「え、どうしたの?」


「テントって、これで全部ですわよね?」


「ああ、そうだよ。

 俺達四人だから、二で割り切れるようにって」


「これ以上増やしたら荷物増えて重くなっちゃうっすからね」


「どうしたのジャネット?

 顔色すっごく悪いけど」


 心配そうに顔を覗き込む澪に、ジャネットは絞り出すような声で呟いた。



「このテント、誰がどっちに寝るんですの?!」



「え?」


「あ」


 テツと卓也は、思わず顔を見合わせた。


(し、しまったぁ! 単純に二で割ってしまってた!)


(やべえ! 中に入る内訳完全度外視じぇねぇかよ!)


 あからさまに狼狽える男連中二人に怒りの眼差しを向けるジャネットに、澪が申し訳なさそうに話しかける。


「あ、あのね?

 ボクは卓也と二人でテントに入るから」


「じゃあ?! 私はあのテツと一緒ってことですの?!」


「俺はいいっすよ♪」


 バキッ!


「アゴッ?!」


 ストレートパンチが、気味悪いくらいスムーズに決まった。


「そういうことなら、澪がジャネットと組んでさ」


「あのー、ボクも一応男なんですけど?」


「ああ! そうだったぁ!」


「そもそも男三、女一の内訳でテント二つだけって、いったい何考えてるんですの?!」


「「 ひえええ、す、すみませぇん!! 」」


 反論の余地がない。

 テツと卓也は、如何に自分達が配慮に欠けているか、女性が居ることを軽視していたかを心底反省した。


「どどど、どうしよう?!」


「仕方ないっす、購入決めたの俺だし、俺がテントの外で寝るっす」


 そう言うと、一旦テント内に置いた自分の荷物を抱え直そうとする。

 だが、一緒に買い物をした卓也としては、それはさすがに看過出来ない。


「いやテツ、そういうことなら俺も」


「いや卓也はいいだろ」


「俺も買い物に付き合ったんだし、テツだけ外って訳にはいかないだろ」


「変なとこで律儀になんなよ」


「なに、またどこかでもう一丁テントを入手するまでの辛抱だ」


「う、う~ん」


「ねえちょっと! 卓也を外に寝かせるなんてボクには出来ないわ!

 だったらボクが外に」


「いやいや! 澪さんそれは駄目っすよ!」


「そうだよ、澪はテントで」


「だってぇ!」


 そんなことで色々揉めている最中、四人の元に、突然誰かが近付いて来た。

 蚊帳の外状態にあったジャネットが、足音に気付く。


「だ、誰?!」


「あ、こんばんは~。

 ご無沙汰ですね、皆さん」


 薄暗がりからひょっこり顔を出したのは、以前閉鎖区域で出会った、あの顔だった。

 亜麻色の髪をたなびかせた、優しい笑顔のエルフ。


「あ、ユマさん?!」


「え、どうしてこんなところに?!」


「あはは、どうも~。

 今回の調査を終わらせましたので、移動しようとしておりまして」


 どうやら、焚火を見てやって来たらしい。

 ユマはしばしテントの様子を窺った後、フゥと溜息をついた。


「あの、宜しければ私も今夜、ご一緒させて頂いて宜しいでしょうか?」


「え、あ、勿論です!」

「歓迎です!」

「ああ、女性が居てくれたら私も安心しますわ!」

「ほえー」


 どうやら四人に反対者はいないようだ。

 全員の同意を確認すると、ユマはバックパックを下ろし、やたらコンパクトにまとめたテントセットを展開した。


「この人数なら、テントは出来れば最低三つ、それもフードが外側を向くように編成された方が良いですね。

 私のテントをこっちに置けば、開いてる方が全部内側を向きますから、外敵の強襲に対処がしやすくなります」


「あ、なるほど!」


「そうか! ユマさんはお一人で旅をされているから、色々詳しいんですね?

 どうか色々教えてくださいませんか?」


 澪の願いに、ユマは快諾する。


「勿論、私などでお役に立てるのなら。

 それと、宜しければ今後もしばらく一緒に行動しませんか?」


「お! それは願ってもないこと!」


 話を聞くと、どうやらユマも首都イセカスまで向かう予定らしい。

 また何度もこのルートを行き来した経験があるとのことなので、道には詳しいようだ。

 今の卓也達にとって、これ以上頼もしい存在はない。


 四人は、頭を下げてユマに同行を頼み込むと、判明したそれぞれの職業クラスを含め、改めて自己紹介をした。


「御礼といってはなんですが、道中は美味しい食事を提供いたします」


「お食事ですか? それは面白そうですね」


「この澪はプロ級の調理技術を持っていまして~」


 卓也に紹介され、澪は照れながら頭を掻く。


「あら、食べ物なら私も行けましてよ?

 見てて頂戴……ええっと、アラビンドビンハゲチャビン」


 なんだか何処かで聞いたような呪文を唱えると、ポン! という弾むような音と共に、ジャネットの手の中に小さい箱のようなものが出て来た。

 それはどうやら冷たいもののようで、出した本人も端っこを摘まむように持ち上げている。

 箱の表面には、何やら波打つものが印刷されているようだ。


「これは食べ物なんですか?

 どういったものでしょう」


「あれ? ジャネットこれってもしかして」


「ベヨネッタ、だっけ?」


「ビエネッタ」





 その晩、五人に増えた一行はとても楽しい夜を過ごした。

 携帯食をベースに澪が作った即興の煮物とスープ、そこにジャネットの出したパンと牛乳を合わせることで、初めての野外キャンプとしては上々の夕食を堪能出来た。


 同時に、ユマが語る“この世界の事情”の話も大変興味深く、卓也達はしきりに耳を傾け聞き入った。


 この世界のエルフは、人間のおよそ二十倍程の寿命に至るそうで、ユマも五百歳くらいになるそうだ。

 エルフとしてはまだまだ若造扱いらしいが、それでも長い人生経験を詰んでいるためなのか、その話は非常に深くためになり、何より面白い。

 それは、ユマの会話スキルの高さも影響しているのかもしれない。


 彼女の話で特に興味を駆り立てるのは「魔王」についての話だった。


「――そういうわけで、魔王は長年その存在を示唆されているのですが、実際に存在を確かめた人はいないようなんです」


「もしかして、確かめようとした人は誰も……みたいな?」


「そうかもしれませんね」


「じゃあ、魔王なんて実際は存在しない可能性もあるってこと?」


 テツの質問に、ユマは目を閉じて首を振る。


「そうとも言い切れません。

 先日あなた方を襲ったキャリオンクローラーなどの魔物は、魔王の影響で凶暴化したものとされています。

 それまで存在が確認されていなかった魔物の出現も確認されたりしています」


「ひぇ! じゃあ、やっぱり魔王って居るんだ!」


「ゲームの世界みたいに、幹部が居たり手下のモンスターが軍隊作ってたりするんでしょうかね?」


「そうですね、魔王をなんとか止めないと、凶暴化したモンスターが大きな被害をもたらす事でしょう。

 それに魔物以外でも、人の生活圏に様々な悪影響を及ぼしたり、本来居ない筈の者達を呼び寄せてしまうこともあるようです」


 驚く澪とジャネットに軽く頷くと、ユマはふと遠くの方を指差した。


「たとえば、ホラ。

 あれもその一種です」


「え? な、何?」


「見えませんか? あちらの方に佇んでいる姿が」


「たた……ええっ?!」


 ユマの指先を目で辿り、四人はテントの彼方の暗闇を見つめる。

 だが卓也には、何か薄ぼんやりとした白いもやのようなものが少し見えるだけだった。

 しかし、澪とジャネットはあからさまに顔色を変え、短い悲鳴を上げて抱き合った。


「ひいっ?!」


「な、な、何あれ?! いつから居たの?!」


「えっと……誰かいるんすか?

 俺にはなぁんにも見えないんだけど」


「だよなあ……俺にもわかんない」


「見えませんか? お二人には」


「ええ」


「たたたた、卓也、マジで見えないの?!」


「めっちゃ恨めしそうな顔で、こっち睨んでるじゃないですのぉ!」


「え? え?」


「な、何言ってんですか澪さんジャネさん!

 脅かさないでくださいよぉ~」


 本気で怯えている二人と、まるで日常の光景と言わんがばかりに平然としているユマ。

 その対比があまりにも妙で、卓也はもう一度彼女達の視線の先を見た。

 

「あの、何かいるんです?」


「ええ、白い服を着た女性が一人」


「ああ、女せ――ええっ?!」


「え、ちょ、マジで?!

 まさかそれって!!」


 ようやく顔が青ざめ始めた二人に、ユマはまるで子供に言い聞かせるような口調で説明する。


「大丈夫ですよ、あの幽霊ゴーストは何もして来ません。

 どうやら、ここに何か思い入れを持っているみたいですね。

 だから、私達のことを警戒しているのでしょう」


「そそそそ、そんなこともわかるの?!」


「めっちゃ睨んでるのにぃ?!」


「ええ、その辺は経験と申しましょうか。

 どうしても気になるというのであれば、ジャネットさん?

 除霊ターンアンデッドをされてみては」


「は、え? わ、私?」


 突然名指しされたジャネットは戸惑いながらも荷物をごそごそ漁る。


「ターン……なんだって?」


「ターンアンデッド。

 不死者アンデッドに鎮魂の言葉と祝福の念を送り込むことで、魂を浄化させる僧侶プリーストの技術です。

 簡単にいえば、強制的に成仏させるようなものですね」


「き、強制成仏……」


「お、お経でも唱えるの?」


「わ、私やったことないんですのよ!

 研修は受けましたけど」


 十字のマークが付いた掌サイズのお守りのようなものを携え、ジャネットはガタガタ震えている。

 彼女の肩を押さえて励まそうとしている澪も、旨く言葉が紡げないようだ。

 その様子を見て、ユマは立ち上がると、なんと幽霊のいる方向で歩き出し始めた。


「え?! ゆ、ユマさん?!」


「ちょ! な、何をするんです?!」


 ユマは振り返らずに片手で「大丈夫」とジェスチュアをすると、誰も居ない空間に向かって立ち、何かを小声で話し始める。

 ものの数分もしないうちに、踵を返して戻って来た。


「これでもう大丈夫ですよ」


「い、今のは何?」


「あの幽霊ゴーストは、予想通り善良ローフルでしたので、交渉したのです。

 私達はあなたが不快になるようなことはしないから脅かさないで欲しい、って」


「ええ……ゆ、幽霊と話せるの?!」


「悪霊ではなかったってことか」


「ええ、なので私達がここを荒らすとかでもしない限りは、問題ないでしょう」


 にっこり微笑みながら、ユマはスープを注がれたマグカップを手に取る。


「でも、今後は皆さんでこういう事態に対応して行かなければならないと思います。

 差し出がましいですが、経験を積まれた方が懸命かなと。

 特に、澪さんの魔法」


「えっ?! ま、まさかユマさんもご覧になられてたんですか?」


 驚く澪に、スープを一啜りするとこっくり頷く。


「はい、かなり派手に炎が上がっていましたので」


「う、うわぁ……恥ずかしい」


「宜しければ、魔法の使い方を少しお教えしましょうか?」


「あ、そうかユマさんも魔法使えるんだったな!」


「はい! 是非お願いします!!」


 速攻で頭を下げる澪に、ユマはもう一度優しく微笑む。



 その晩は、ユマの用意したテントに彼女とジャネットが入り、テツが一人で、卓也と澪は残る一つを使う事にした。

 焚火は一応灯したままにしてあるが、その日は全員が疲れていたので、そのまま眠ることになった。


「夜営をなさらないなら、少々魔法をかけておきますね」


 眠りの直前、ユマはそういうとテントの外側に向けて小声で何かを唱えた。


「今のはなんですか?」


「このテントの周囲にスクリーンを張ってテントが見えないようにしました。

 幻覚地形ハルチナチオーニという呪文でして」


「ああ、その魔法知ってる!

 確かレベル三ですよね!」


 即座に反応する澪に、ユマが人差し指を立てて正解を示す。


「でも、音や匂いは隠せませんから、完全に魔物に襲撃されないとは限りませんよ?」


「いやだなぁ、ハハハ……お、脅かさないでくださいよぉ」


 思わず辺りをきょろきょろ見回し、卓也は寝袋の端を押さえた。




 この世界でのテントは寒さや雨風はしのげず、本来であれば開いている側を岩肌や大きな樹に向けて設置するものだ。

 しかしこの林のように、そういった使い方が困難な場所である場合は、こうやってテント同士で囲いを作るのが一般的だという。

 そして寝袋だが、これは現代世界のそれのように機能的なものではなく、少々分厚いゴワゴワした肌触りの圧布を筒状に縫い合わせただけのもので、上と下は開いたまま。

 使用者は開いたところから身体を滑り込ませるが、あまりゆとりがないため、慣れないとなかなか旨くポジションが確保できない欠点がある。


 まして二人で一緒に使おうなんていうのは、どだい無茶な話なのだ。


 だが澪は、


「ねえ卓也ぁ、一緒に寝よう?」


「隣に転がればいいじゃないか」


「そうじゃなくってぇ。一緒に中に入ろ?」


「ムリムリ! 一人入るのだってやっとなのに」


「ブーブー! じゃあどうやったら一緒に寝られるのよ?」


「少なくともどこかの町で宿屋に泊まらないと無理だね」


「え~、じゃあ、アレはどうするの?」


 プリプリ怒りながら身を寄せて来る澪は、右手をスッと伸ばしてくる。

 その気配を察すると、卓也はその手を掴んだ。


「だから~、みんなすぐ傍にいるんだから、そういうのは駄目」


「みんな寝た後なら、いい?」


「あのな~」


「ちゃんと飲んであげる」


「うぐ……だ、駄目ダメ!

 早く寝なさい!」


「ぶーぶー」


 ブツブツ文句を言いながら服を脱ごうとする澪を押しとどめ、卓也は無理矢理寝袋に頭を突っ込んだ。

 しばらく隣でもぞもぞする音が聞こえたが、やがてそれも聞こえなくなった。





 どのくらいの時間が経っただろう。


 慣れない寝袋の感触にふと目を覚ました卓也は、今どのくらいの時刻かを確かめようと、ずっとズボンに入れっぱなしにしていたスマホを取り出そうとした。

 しかし、電源が入らない。


(ああそうか……そりゃあそうだよな、もうずっと充電してなかったし)


 もう一つの携帯――PDフォトンディスチャージャーがある事を思い出し、そちらを開いてみると、液晶画面には「01:35」と表示されていた。


(そういやこれ、随分バッテリーが長持ちしてるけど、大丈夫なのかなあ?)


 以前北条から聞いた話では、内蔵されているエナジーユニットは小型ながらもかなり長持ちするそうで、高頻度で使わなければエネルギー切れを起こすことはまずないとのことだった。

 しかし一旦エネルギーが切れたら、もう交換は効かないという。


(武器も魔法も持ってない以上、いざとなったらこれに頼るしかないんだよなあ。

 ううう、大事にしなきゃ)


 PDを折り畳んでポケットに戻すと、卓也はポコッと寝袋から顔を出した。




 ――目が、合った。



 カッと大きく見開かれ、血走った目と。


 青白い肌、ボサボサの垂れ下がる髪。

 

 見た事もない女が、卓也を覗き込んでいた。




「う、うわあぁぁぁぁぁああ!!!」


 卓也は、思わずあらん限りの声で悲鳴を上げた。

 

「きゃっ?! た、卓也?!」


 隣で横になっていた澪が、真っ先に反応する。

 

「で、で、で、で、出た! 出たぁ!」


「だからいわんこっちゃない。

 ちょっと待って、何か拭くものを」


「そっちじゃねぇ! 出た、ユ~レイ出たぁ!!」


「え? う、嘘!!」


「ちょっとぉ、うるさいですわよ~? 寝ぼけてんですの?」


「どうかされましたか?」


 皆が心配して、卓也の方を覗き込む。

 しかし、つい今しがた顔を覗き込んでいた者の姿は、もうどこにもない。


「え、あ、今あの幽霊が……あるぇ?」


「え? あの幽霊は危害を加えないって――」


「テツさんの姿が見えませんが?」


 ユマの言葉に、全員がハッとする。

 確かに、テツだけがこの騒ぎに反応しておらず、それどころかテントがもぬけの空になっている。


「何処行ったんだあいつ?」


「ととと、トイレかな?」


 寝床を調べてみるが、随分前に床を離れたようで、寝袋に温かみがまるでない。

 四人は不安になり、火口箱で薪に火を点け点け即席の松明にすると、手分けして周囲を捜し回った。

 しかし、テツの姿はおろか気配すら感じられない。


「マジで何処行ったんだアイツ?」


「て、テツ君だけモンスターに襲われた……なんてことはないわよね?」


「もしそうだったら、一番近い場所に居た俺が無事な訳ないしな」


「ひええ! じゃ、じゃあ何処に消えたのよぉ?」


「それがわからんから慌ててるんやろがい!」


 焦りを覚え眠気など完全に吹き飛んだ頃、突然ジャネットが短い悲鳴を上げた。


「なんだ、どうした?!」


「ひ……あ、あそこ!」


「えっと、なんd――って、え?」


「きゃあっ!!」


「あれは……」


 ジャネットが指差した先を見て、他の四人は唖然とした。


 そこには、白い服をまとった女が一人佇んでこちらを見つめていた。

 今度は、卓也にもはっきりと姿が見える。

 間違いなく、先程覗き込んで来た女だ。


 すっと真横に伸ばした手は、アングスの方向を指している。

 

 しばらく凝視すると、ユマは独り言のように呟いた。


「なんだか、私達に何か教えようとしているような……ハッ!

 もしかしたら、テツさんの居場所を教えてくれているのかも?!」


 ユマの発言に頷くと、四人はそのまま走り出した。

 女の指し示した方角に向かって。


 だが女の姿は、もう消えていた。




 十数分程移動すると、異常事態は直ぐに判断出来た。


 アングスの町の方角に向かって伸びている道、そのすぐ脇に何かが落ちている。

 近付いて見ると、それは重そうな鎧と鉄板で作られた小手、脛当てだとわかった。

 他にも皮鎧の小手などが散乱している。

 更にその向こうには、横倒しになった木製の台車のようなものまである。


「誰かが運んで来たようですわね?」


 松明のおぼろな光に照らされたそれらを見ていると、やがて卓也はあることに気付いた。


「これ! 俺があの武器屋で買った装備じゃん!」


「「「 ええっ?! 」」」


「なんでこんな所にあるんだ?!

 それにこっちは、テツが使う筈だった装備だぞ?!」


「これ、もしかして運んでいる最中に襲われたんじゃないでしょうか?」


 ユマの言葉に、背筋がぞわっとする。

 皆の間に、今まで体験したことのないような緊張感が迸る。

 

「こんな時、テツを見つけ出せる魔法って何かないか?!」


 卓也の声で、澪とジャネットが身を固くする。

 数秒の間を置いて、澪がハッとして顔を上げた。


「あるわ!

 そのものズバリの魔法が!」


 早速詠唱を始めようとするが、ユマが手を伸ばして制止をかける。

 

「待ってください!

 魔法の行使に慣れていない澪さんが使うと、効果が変化してしまうかもしれません」


「じゃあどうする?!」


「明かりを消してください、今すぐに」


「え、でもそれじゃ見えなくなりますわ!」


「大丈夫です、月明りがありますので」


「ジャネット、消しましょう」


 ユマのいう通り、三人は松明を踏み消した。

 青白い月明りがぼんやりと周囲を照らし、お互いの顔もろくに見えなくなってしまう。

 そんな状況の中、ユマは暗闇をじっと凝視した。


「こっちです!」


「え?」


「なんでわかるの?!」


「急ぎましょう、私の後をついてきてください」


「え、あ、ちょ、この荷物はどうするんですの?」


「そんなの後回しだ、行くぞ!」


 暗闇にも関わらず走り出すユマに続き、三人は懸命にその後を追い始める。


 ユマは、まるで暗闇など関係ないといった態度で、しかも非常に素早く走る。

 三人の息が上がり始めた頃、何やら彼方から何者かの声が聞こえて来た。

 それも一人や二人ではない、もっと大勢、しかも争っているような。


「ゴブリンです!」


「えっ?!」


「な、なんでわかるの?!」


「もしかして、エルフの人ってめっちゃ目がいいんですの?!」


熱源探知インフラビジョンと申しまして……その話は後程」



 四人が辿り着いたその場所は、今正に闘いが繰り広げられている真っ最中だった。

 地面に落とされた松明の明かりに浮かび上がる状況は、一人の人間と複数の小人のような者達の戦闘の様子だ。

 取り囲まれているのがテツであろうことはすぐ分かったが、問題は小人だ。

 いずれも非常に醜悪な顔をしており、ボロボロの衣服をまとい手には木を粗く削ったような棍棒みたいな武器を持っている。

 防具などは一切持っていないようで、良く見ると周辺に既に倒されたと思しき者達の亡骸が散乱している。

 しかしその数が尋常ではなく、確実に十数人は居るように思える。

 テツはどうやら皮の鎧を身にまとい、手にした短刀一本だけでそれらと闘っているようだ。


 卓也達の気配に気付いたのか、テツは大声で呼びかけて来た。


「おーい! 来るのが遅ぇよ!

 助けてくれやぁ!!」


「テツ、なんだコイツらは?!」


「わかんねぇけど、どんどん湧いてくるんだ!」


「ゴブリンです、テツさんを助けましょう!」


 そう言うと、真っ先にユマが飛び込んでいく。

 何処から取り出したのか細身の剣を構え、ユマは勇敢にゴブリン達へ挑みかかった。


「はっ! やぁっ!!」


 まるで踊るような軽快で素早い動きに、振るった剣の軌道上のゴブリン達が一斉に倒されていく。

 月明りの下、華麗な舞に見とれていた卓也達だったが。


「いやいや、それどころじゃないや!」


 我に返り、足元で倒れているゴブリンの棍棒を手に取ると、卓也はテツの傍に駆け寄って行った。


「うわあああああ!」


 ギャビッ?!


 いきなり大声を上げて突っ込んで来た男に驚いたのか、ゴブリン達の動きが一瞬止まる。

 そこに、棍棒が振り降ろされる。


 ボコン!


 ――キュウ


 なんだか妙に可愛らしい悲鳴を上げて、ゴブリンはあっさり倒れた。


「おお、これはいけるかもしれない!」


 テツやユマの邪魔にならないように距離を置き、ゴブリン達を次々に叩いていく。

 それはまるでモグラ叩きのような感覚で、一発ヒットすると確実にバタンキューする様子は結構楽しい。

 しかしそんな彼の脇腹に、別なゴブリンの棍棒の一撃がダイレクトヒットした。


「いって!」


 ゲヒヒヒヒ!


「痛いなぁこんにゃろ!」


 ボコン!


 キュウ


 攻撃が当たりはしたものの、そこまで重いダメージというわけではない。

 卓也は懲りずに、次々とゴブリンを叩き続けて行った。


 一方では――


「おりゃあ! 食らえ正義の鉄拳~!!」


 ボゴォンッ! と大砲のような物凄い音が鳴り響き、ゴブリンの身体が何メートルも吹っ飛んでいく。

 それが別なゴブリン達を巻き込み、遥か彼方で積み重なる。


「す、すごい、ジャネット!」


「み、認めたくないけど、確かにすっごい腕力ですわ!

 うおおおおおお、くたばりさらせぇ!!」


「じゃ、ジャネット……? キャラ崩壊してない?」


 なんだかお嬢様とは到底思えないような大声を上げながら、ジャネットは徒手空拳で突っ込んでいく。

 その場に一人取り残された澪は、辺りをきょろきょろすると、卓也と同じように棍棒を拾い上げた。


「え、え~い!」


 ポン☆


 ギニャ?


「あ、あれ? えっと……は、はろ~♪」


 澪の全力打撃を頭のてっぺんに食らった筈のゴブリンは、「蚊でも止まったか?」とでも言いたげな表情で振り返る。

 ニチャアと効果音を付けたくなるような不気味な笑顔を浮かべると、両手を拡げて飛び掛かって来た。


 ギニャアアア!!


「きゃあああ! た、助けて卓也ぁ!!」


「あ、こんにゃろ! なんてことしやがるんだ」


 澪の悲鳴を聞きつけて振り返った卓也の頭上を、何かが飛び越えて行く。

 それは音もなく着地すると、光の軌跡を描いて一閃、澪に掴みかかっているゴブリンの背中を斬り裂いた。


「大丈夫ですか、澪さん?」


「は、はい! あ、ありがとうございます!」


「澪さん、閃光ヴァルクの魔法を使えますか?」


「ヴァルク……あ、はい!」


「それを、彼らの方向に向かって唱えてください!」


「はい、わかりました!

 えっと……詠唱は確か……」


 すがりついていたゴブリンを横に放ると、澪は両手を伸ばして詠唱を始める。


“セーサラ ベレダルト セーサラ ベレダルト

 クイック オンヌラトロト  オルゲロームサッド

 ――閃光ヴァルク!!”


 掌にソフトボール大の光の球が発生し、澪はそれを思い切り振り被ってゴブリン達の居る場所に放り投げた。

 すると、光の球は更に光量を増し、まるで昼間の太陽のように周辺を強烈に照らした。



 ギャアアアア!!

 ギイイイイイイ!!

 ギャヒィィィ!!


「わあっ!」


「うお眩しっ!」


「目が、目がぁっ!」


「ジャネット、それ言いたかっただけだろ」


「う、うるさいですわね!」


 光の球の放つ強烈な閃光に、ゴブリン達は慌てて逃げ出していく。

 周辺に倒れているゴブリン達の数は、ざっと数えただけで三十体以上に及ぶ。


 ようやく落ち着いた一行は、疲れ果ててしゃがみこむテツに迫った。


「テツ、あなたいったい何をしてたんですの?!」


「そうだよ、見つけられたから良かったようなものの」


「うへへ、悪ぃ悪ぃ。

 でも、よくわかったな」


「ああ、あの幽霊が教えてくれたんだ」


「はぁ?」


 卓也の言葉に、テツは首を傾げる。


「おう、それより聞いてくれよ!

 実はな俺、あの町に忍び込んで来た」


 突然の告白に、一同は目を剥いて驚いた。


「なんて危ないことをするんですの、このヤンキーは!」


「えっ?! じゃあやっぱり、あっちに落ちてたのって」


 先程来た方向を指差すと、テツは大きく笑顔で頷く。


「ああそうそう! それだよ!

 武器屋のおっさんとこ行って、無理矢理回収して来たんだよ!」


「やっぱり……」


「何て強引なことを!」


「テツくん、一人で勝手にそんなことしちゃ危ないわ。

 今回は大事に至らなかったからいいものの」


「さーせん、澪さん!

 でもな、戻った甲斐があったぜぇ」


 頭を掻きながら、テツは何かもったいぶったような口調で話し出す。

 手を貸して立ち上がらせると、卓也は頭の上で煌々と輝き続ける光を指差した。


「ところで澪、あれ、なんとかならない?」


「え? あ……えっと、どうやって消せばいいの?!」


「はぁ~……」


 どうやら、まだ魔法を制御出来ないらしい。

 やむなく、今回もジャネットの消魔の魔法で効果を止めることにした。


「ああ、早いとこ消した方が良いな。

 俺達の居場所がバレたらまずい」


「えっ、どういうことだよそれ?」


 意味深なテツの物言いに、皆の注目が集まる。

 鼻の下を指でこすると、テツは少しだけ真剣な表情になって告げた。


「俺達を襲ったあのレンって野郎いるじゃん。

 アイツが、俺達を追って来てるんだとよ」


「えっ?! あいつが?! なんで?」


 驚く皆に向かって、テツは更に補足した。


「武器屋のオヤジに聞いた話だとよ、魔道士ギルドが俺達のことを偽者だと判断したらしくってな。

 なんだかよくわからねえけど“伝説の装備”みたいなのをアイツに渡して、俺達を追跡するようにって命令したんだとさ!」


「「「 ええ~っ?! な、なんでそうなるの?! 」」」


 驚く三人の背後で、ユマは一人、酷く深刻そうな表情を浮かべた。



「これは……面白くなり始めましたね」



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