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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
116/124

ACT-114『そろそろ旅立ちが迫ってるみたいです』


 四人の職業クラスは確定し、冒険者アドベンチャーギルドへの最終登録も完了した。

 これでいよいよ旅立つことが出来る!


 ……という状況になりはしたが、四人は改まって自宅にこもり、相談を始めていた。

 議題はもちろん「これからどうすりゃいいんだろ?」である。



「「「異世界移動が出来ないかもしれないぃ?!」」」



 卓也の告白に、三人は大声を上げた。


「ちょ、ちょっと待てよ卓也!

 じゃあ俺達はどうなるんだ?!

 お前が世界移動してくれねぇと、いつまで経っても故郷の世界に戻れねぇじゃねぇか!」


「いや、お前勝手について来ただけやん」


「それを言うなよ兄弟ぃ~」


「私も困りますわ!

 アリスの最後の願いを、私はどうしても叶えなければなりませんのに!」


「ああ、そうだね。

 アリスから頼まれたもんな。元の世界にお嬢様を返してやってくれって」


「それがわかっているなら!」


「でも、こればっかりはど~~しようもないじゃん!」


「あ、あぐぐ……その通りだから何も言い返せない!」


 テツとジャネットは、自分達が元いた世界に帰還することが最大の目的だ。

 卓也や澪のように、ただ別な世界に移動すればそれでOKという単純な話ではない。

 幾度も異世界を渡り、本当に彼らの故郷の世界と判断出来るところに辿り着いてようやくミッションコンプリート。

 それが叶わなくなるとなったら、二人にとっては正に死活問題だ。


「あのね、二人とも聞いて」


 今まで沈黙していた澪が、手を挙げて発言する。

 

「理由はわからないけど、ボク達は全員、この世界に来てから能力が極端にパワーアップしてるわ。

 卓也の場合、それがたまたま持久力バイタリティだったってだけ。

 卓也が自分で選んだ結果じゃないんだから、今更文句を言っても仕方ないわよ」


「そ、そうだけどよぉ~」


「そもそも、なんで私達はこんなにパワーアップしちゃったんですの?!」


 そう、澪を含めたこの三人は、異世界転移をする度に“補正”がかかることを知らない。

 澪の魔法使いの超適正も、ジャネットの腕力もテツの脚力も、老人パイニアヴィアが説明してくれた“補正”の結果と見て間違いないだろう。

 卓也は、彼から以前に教わった話を皆に説明した。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

  ACT-114『そろそろ旅立ちが迫ってるみたいです』






 異世界は、一見それまで居た世界と同じに思えても、実際には多くのものが異なっている。


 例えば異世界に大好物の食べ物があっても、それがちゃんと食べられるかどうかわからない。

 もしかしたら、この世界では毒と同じ効果を発揮する恐れもあるのだ。

 しかし実際に異世界転移をすると、移動した者は強制的に「その世界に合わせて」身体の能力を変更させられてしまうらしい。


 これを“補正”と呼び、その結果、異世界にある大好物も安全に食べられるようになる。


 だが“補正”が起きると、副次的な効果も表出する。

 卓也達の場合、それが身体能力の劇的向上という形で表れたと考えられるのだ。


 卓也も澪も、これまで多くの異世界を渡り歩いて来たため、その都度“補正”がかかっていることになる。

 そして今回、テツやジャネットにもそれが起こり、結果的にスキルチェックで明確化した。

 彼らの急激なパワーアップは、一応これで説明がつく。


 ――のだが、さすがに三人はその事態を、すぐには受け入れられないようだ。


「じ、じゃあもしかして、俺のジャンプ力はずっとこのまま?!」


「だと思うよ」


「わ、私の腕力も?!」


「うん、多分」


「卓也ぁ! じゃあボク、これからも水晶玉割りまくらなきゃならないの?」


「いや、そこ?」


 恐らく卓也の持久力バイタリティ過剰の問題も、これが要因だろう。

 というか、振り返れば今までもじわじわと上がり続けていたのではないかと思われる。


 沙貴と初めて出会った晩のこと

 澪と初めて結ばれた時のこと

 その後の世界でも、限界まで疲労するのにかなりの時間と労力を要した気がする。


(そっかぁ、もしかしたら澪も俺の持久力と同じように、これまで少しずつ魔力とか高まっていたのかもな。

 それで今回ぐわっと――いや、でも)


 ふと卓也は、五日前に澪から聞いた話を思い出した。




『卓也、ボクね……もしかしたら、もう人間じゃないのかもしれない』


『ロイエだろ?』


『そういうことじゃなくって!

 あのね、真面目に聞いてくれる?』


『ああ、聞くよ。何でも言ってみて』


『前の世界でね、ボク、未央に逢ったの』


『未央って、もしかしてあの、アンナセイヴァーの世界で化け物になっちゃったっていう?』


『そう!

 ナイトメアとしてボクの前に現れたの。

 それでね……ボクはあの世界で一度死んで、その後にあの子と同じになっちゃったんだって』


『ははは、そんな馬鹿な』


『でも! あの時ボクの背中から大きな翼が生えて!』


『だってアンナセイヴァーの世界の化け物って、人間襲って食うんだろ?

 澪、そんな事したことないし、普通に人間の食事してるじゃん』


『え? あ』


『それに前の世界って、君の思い込みが実体化するようなでたらめな所じゃないか。

 未央に言われたことを信じ込んで、一時的にそういう風になっちゃっただけだろ?

 澪って素直だからさ』

 

『そ、そうか、そういう考え方もあるのね!』


『そうだよ、第一本当に澪が化け物になったなら、俺なんか真っ先に食われてるって』


『……た、卓也ぁ~! ふえぇぇん!』


『あ、こら泣くな。

 ――泣きながら握るなぁ!』


『卓也、愛してるぅ!

 ボクやっぱり、あなたの物になれて良かった♪ ハムッ』


『ムホォッ☆』




(……いかんいかん、余計なことまで回想してしまった。

 やばい、このままだと立ち上がれないぞ?)


 余計な回想のせいで、ナニかがおっきしてしまう。

 もしこの時の澪の話が本当だったとしたら、異常な程の魔力属性の付与も納得が行くかも? と一瞬考えたが、頭を振って払拭する。


(いやいやありえない、澪は今までと全然変わらないじゃないか。

 信じなきゃ、信じてやらなきゃ。たった一人の家族として)


「卓也、何一人で深刻そうな顔してるんですの?」


 不意にジャネットに声をかけられ、ハッと我に返る。

 まだ椅子からは立ち上がれそうになかった。



 卓也の持久力がありえない程高まったせいで、これまでのような異世界移動を行うことは難しくなった。

 恐らく、酒をたらふく飲んでもただ二日酔いするだけで終わるだろう。

 だとすると、何かのきっかけを掴むまではこの世界に居続けなければならない。

 しかし、この町の人々が彼らを「勇者」と認識し「魔王」なる者の討伐を望んでいる以上、少なくともここにずっと居座ることは難しい。


 ここまでは、四人の認識は合致している。


 しかし、じゃあその「魔王」とやらを本当に倒せばいいのか? となると、話は変わって来る。


 そもそも卓也達に、そんな事が出来るのか?

 

「つうかよ、そもそも魔王ってなんだ?」


 非常に根本的な質問を、テツが繰り出す。


「まあ普通に考えると、この世界に混沌をもたらす悪の親玉みたいな?」


「なんか童話みたいな話ですわね」


 ジャネットの言葉に、三人が深く頷く。


「あ、それはわかる」


「なんつうか、ふわっとし過ぎた話だよなあ」


「この世界の人達って、魔王のことをどこまで分かっているのかしら?

 何処に魔王が居るのかわからない状態でこの町を出たって、無駄に時間とお金と体力を使うだけだと思うし、何か確実な情報が欲しいわ」


「おいおい、澪は魔王倒すつもりなのかよ?」


「え? ち、違うの?」


「んなわきゃないだろ?」


 卓也達の目的は、あくまで“この世界からの脱出”だ。

 つまりは、卓也が異世界転移を実施すればそれで事足りる。

 まぁ、それが難しいから悩むわけなのだが。

 

「あ~そうか、つまり卓也が死にかければ、その時点で目的が達成されるってことだな!」


「え」


 テツの言葉に、ジャネットと、よりによって澪まで頷いた。


「だったら、卓也が死にかけるほど危険な冒険をすればいいってことなんですの?」


「それはちょっと短絡的というか……。

 でも卓也がそうならなきゃ駄目なら、別な方法を探すために旅に出るのはありかも?」


「おいおい、なんだか物騒な話になって来てないか?」


 恐れおののく卓也だが、一番肝心なことを思い出す。


「いや待て! 俺達、あのマンションに戻ってから世界移動しなきゃなんだぞ?!

 出先で俺が死にかけても意味ないんだって!」


「え~めんどい!」


「あんな安物の賃貸マンション、諦めちゃいなさいよ。

 元の世界に戻れたら、もっと豪華なマンションを私が恵んで差し上げますわ」


「えぇ……」


「卓也! 今から彼女を“様付け”で呼びましょう!!」


「なんでやねん!!」


 何故か勝ち誇ったように高笑いするジャネット様と、目を爛々と輝かせる澪に、卓也は呆れた顔を向ける。


 その後も話し合いは明確な着地点を見出せなかったが、夜も更けて来たので途中解散となった。




 翌朝。

 商店街が開き始め、行き交う人々の数が増えて来た時刻、四人は揃って商店街へ出かけた。

 卓也の手には、支度金の詰まった革袋が握られている。

 今日は、これでそれぞれの装備を購入するのだ。


 装備、とは。

 昨日、冒険者ギルドの受付嬢から聞いた話によると……


『商店街の中には、武器屋さんや防具屋さん、道具屋さんや冒険用の携帯食料品などを扱われているお店がございます。

 支度金でそれらを購入出来ますので、皆様冒険の準備を進めてくださいね』


 とのことだ。


 街の人々の視線は、どこか冷たかったり奇異なものを見る様な感じだ。

 卓也達に求められているのは魔王とやらの討伐であり、街の人々はその為に力を貸してくれている。

 だからこそ、何もせずだらだらと長居されては困るわけだ。

 それが痛い程分かっているから、卓也はいささか焦りを感じていた。


「まずは武器屋か防具屋に行こう。

 そこで装備を整えて」


「ねえ卓也、それより長旅に備えて生活必需品から揃えた方がいいんじゃないかしら?」


「移動手段はどうするんですの?

 こういう世界だから車はないでしょうし、もしかして馬車?」


「なーなー飯どうすんだ?

 ジャネさんのパンばっか食うわけにもいかねーぜ」


「だぁ~うるさい!」


 意見がバラバラ過ぎて、どうにも話がまとまらない。

 とはいえ、確かに皆の意見にも一理はある。

 このまま目的が定まらなくて時間だけが経っていくのはまずいので、とりあえず最適な手段で優先順位をつけることにした。



「「「「 さーいしょはグー、じゃぁんけぇんぽぉん!! 」」」」



 厳正な判断の結果、ジャネット→澪→テツ→卓也の順に調べることになった。


「ぐぬぬ……俺のじゃんけん力の弱さよ!」


「ホホホホ、私ったら、昔からじゃんけんは強いのですことよ♪」


「でも、一番費用がかかりそうな事を最初に確かめるのは理に適ってるわ」


 皆は早速、馬車の調達の可否を確かめるために馬屋を探すことにした。



 商店街は、やや古びた印象はあるものの歴史を感じさせるような風格があり、とても落ち着いた雰囲気のある所だった。

 大勢に人々が中央通りを行き交い、両脇に立ち並ぶ商店には様々な品物が並べられている。

 中にはショーケースのようなものまで設置しているところがあり、その展示方法は現代世界のそれに意外と近い。

 しかし、建物の風格や時代がかった造りのせいで、どこかレトロっぽさも感じさせてくれる。

 そんな店を珍し気に眺めながら、一行は更に奥の方へ進んでいく。


 商店街は、卓也達の自宅から見て手前の方が一般人向けの店舗、そして奥の方が冒険者用の専門店の立ち並ぶエリアになっているようだ。


 馬屋もそのエリアの中にあったのだが――



「ば、馬車って、思ってた以上に高いんですのね……」


「まさか300 PDプラデンスもするなんて思わなかった」


「俺達の全所持金の12倍以上……ぐはぁ」


「ホ、ホホホホホホ……ほ」


 PDプラデンスというのは、金貨である「GDゴルデンス」よりも一段階価値の高い“プラチナ貨”で、卓也達の世界の感覚では一万円くらいに相当するらしい。

 つまりこの世界で、四人が搭乗出来る馬車を購入しようとする場合、三百万円以上の資金が必要になるということだ。

 しかも馬を使う以上、餌代などの維持費も必要となる。

 とてもじゃないが、今の彼らにはどうしようもない事だった。


「ってことは、俺達の移動は」


「徒歩、ってことかぁ」


「澪さん、魔法でこう、びゃ~っと飛んでくのとか出来ません?!」


「無理ぃ!

 確かに瞬間移動の魔法はあるけど、移動する先のことを詳しく知らないと使えないのよぉ!」


「ああ、俗にいう“いしのなかにいる”状態になるわけだな」


「そもそも、この後何処に行けばいいのかもわかってないですのよテツ?」


「あ、そりゃあそうか!」



 続けて、澪の唱えていた“生活必需品”を確認する。


 冒険者ギルドの登録者がそこそこ多い、或いはよく訪れる街では、そういった客に向けた専門店が結構多く存在する。

 このアングスの町もその一つで、まだ冒険に慣れてない者も訪れるためなのか、店の人もそれを踏まえて色々詳しく説明してくれた。

 主に、澪に対してだが。


「まずは、両手が使えるバックパックだな。これは必携だ!

 大きさも色々あるが、長旅をするなら大きいに越したことはないぜ。

 後は水筒だな、飲料水の携帯も必ず必要になる。

 個別に持つのも大事だが、余裕があるなら大きめなものを誰かが代表して持つのもいい。

 後は携帯食料だが、それはお隣が専門店だ!」


「ありがとうございます、ご丁寧に教えてくださり大変助かります」


「お、あ、いやいやこりゃご丁寧に♪」


 深々と頭を下げて礼を述べる澪に、頭の禿げ上がった筋骨隆々な道具屋店主は、顔を真っ赤にして照れる。

 彼の教えてくれたものは本当に必要最低限の装備のようで、実際に冒険者ギルド内でも持っている者を何度か見かけたことがある。

 バックパックの他にもザックという袋状の入れ物があり、そちらは軽装用のようだ。

 どちらも見た目はごつくて重たそうだが、実際に担いでみると案外そうでもなく、取り回しも利きそうだ。


 良く見ると、肩を通すベルトの基部とバックパック本体が別構成になっていて、それらを繋ぐ鉄製のレールが、歩行の振動に合わせてバックパック全体を上下に揺らす構造になっている。

 そのせいか、どんなに大きく動いてもバックパックの高さは一定のままで、肩にかかる負担も殆どない。


「これすごいな! 全然重さ感じない!」


「そうだろそうだろ! これはこの国特有の構造でな!」


「こんなの誰が発明したんだろう? すっごい快適」


「ああ、なんでも昔どこかのお偉いさんが発明したんだそうだ。

 詳しくは知らねえがな」


「ふ~ん……」


「このレールには時々油を差してくれよ。そうしないと動きが鈍くなっちまうからな」


「油? どんなのを使えばいいの?」


「なんでもいいさ、食用油でもなんでも」


「えぇ……適当過ぎない?」


 どの世界にも凄い人は居るものだ、と関心しつつ、全員分のバックパックと水筒を購入して次は食料品店へ。

 隣の女性店主は、まるで隣のやりとりを見ていたかのような態度で「待ってました!」とばかりに四人を出迎えた。


「うちの携帯食は軽くて長持ち、そんでもって美味しいと来たもんだ!

 よく売れてるんだよ!」


「拝見させて頂きますね」


 食の専門家である澪が、商品を検分する。

 やはりというか、主な商品は干し肉や干し魚、乾燥豆、ビスケット、乾燥パン、はちみつ、ドライフルーツだ。

 いずれも水分を極限まで抜いたもので重量を抑え、携帯性と保存性を高めている。

 変わったものでは、粉末スープの素やペミカン、チーズ、そして先日話題に挙がった乾燥肉・パストゥルマなどもある。


「このぺミカンというのは何ですか?」


 澪が店主に尋ねると、それはどうやら肉と果実、脂肪を混ぜ合わせてはちみつで固めたものらしい。

 大きさや形状から、現代世界でいうところのエナジーバーのように見える。

 その持ち運びの利便性から、実際に緊急時の携帯食として重宝されているようだ。


 スープの素は、玉ねぎや豆、ハーブや根野菜を粉末状にして塩と混ぜ合わせた物らしく、湯に溶かしてインスタントスープのように用いたり、肉を煮込んだりするベースにするらしい。

 小さな小瓶に入れられており、これなら現代世界のチキンコンソメの素のように使えるだろう。

 澪は、特にこのスープの素に強い関心を抱いた。


「素敵! これがあると、旅先で調理する時にバリエーションが拡がりそうね!」


 三人も、それぞれで色々な商品を見学している。


「へえ、干し肉やパンにしても、いろんな種類があるんだなあ」


「俺達の世界にはないものばっかりだよね」


「興味深いですけど、澪なしでちゃんと食べられるかどうか不安ではありますわね」


 四人は思った以上に興味深い商品の数々に強い関心を示した。

 取り急ぎ、四人が一週間分持つ量の食料を買い込むことにして、それを先程購入したバックパックに詰めて行く。

 退店しようとしたその時、店主がまた何か声を掛けて来た。


「あんた達、旅先で調理するなら調理器具も買っときなさいよ!」


「あ、そうか! そうだった!」


 どうやら、購入必須品はこんな感じでどんどん増えて行くようだ。

 この時点での支払額は、既に七GDに及んでいる。



 ようやく、卓也が主張した装備関係の購入に移る。

 この町では、どうやら武器屋と防具屋が一体になっているようで、しかも商店街の一番奥にある職人街の一角のようだ。

 陶芸品を作る職人、木工用品の職人、鋳掛屋などが軒を連ねており、中には鍋やフライパンのようなものを扱っているところもある。

 鋳掛屋の店頭に、何故か竹筒で作られた拳銃のようなものが飾られているのを見て、卓也は首を傾げた。



 目的の店は、鎧が展示されている店構えですぐに分かった。

 中に入ると、所狭しと並べられたプレートメイルが展示されており、その合間を縫うように大振りの剣が飾られている。

 カウンターテーブルの下は良く見るとラウンドシールドが並べられており、それが飾りのようにも見える。

 品揃えは兜、上半身鎧、下半身鎧、上下鎧のセット、小手、盾、剣、小剣、短刀、そして棍棒の類だ。

 どことなく鉄臭い店内を物珍し気に眺めていると、退屈そうな態度の店主が声を掛けて来た。


職業クラスはなんだい?」


「へ?」


職業クラスだよ、お前らのな。

 もう決まったんだろ?」


「あ、はぁ」


「なんだ乗り切らねぇな。いいから言ってみろ」


 年配の、それでいてベテラン臭漂う店主が、真っ先に卓也に目を向ける。

 仕方なく、それぞれの職業クラスを伝えた。

 ついでに予算も。


 店主は全員をギロリと睨みつけた後、


「ふむ……ならお前さんはこれだな」


 そう言って、手近にある革製の鎧を指し示した。

 これは胸と肩、首周辺をガードする形状のもので、かなりしっかり縫製されているようだ。

 しかし材質が鉄板でないため、指示されたテツが難色を示す。


「えぇ~、俺もっと頑丈な鎧がいいよぉ」


「素人はこれだから困るぜ。

 盗賊シーフは身軽さと機敏さが重要なのに、くそ重てぇプレートメイルなんか着てどうするつもりなんだ?」


「え? あ」


「お前さんの仕事は、仕掛けられた罠を除去したり、魔物に気付かれないように隠れて行動するってもんだろ?

 いいからこれにしとけ、悪い事は言わん」


「な、なんだか言いくるめられたような気がするけど」


「次はそこの、乳のでかいお姉」


 次に指差されたのはジャネットだ。


「んまぁ! なんて無礼な物言いなのでしょう?!」


「お前さんは戒律があるからな、防具はどれでも構わんが武器は打撃用の棍一択だぞ。

 敵を流血させる刃物は厳禁だ。

 あの坊主共から聞いてるな?」


「え、えぇ?! け、剣とか持っちゃ駄目なんですの?!」


「聞いてねぇのかよ……」


 驚くジャネットに、店主は頭を抱える。

 どうやらこの世界では知ってて当然の常識のようだが、ジャネットの気持ちもわからなくはない。


(なあ澪、本当なの?)


(うん本当よ。

 あとボクも、鎧は一切駄目)


(えっなんで?)


(装備の材質が魔法の触媒として干渉しちゃって、全然違う効果になっちゃったり、暴発したりする場合があるんだって。

 だからそういうことがないような布製品を身に着けるしかないの)


職業クラスごとの制約って、結構大きいんだな!)


(そう、だから一番装備にお金がかかるのは、制限が少ない戦士ファイター僧侶プリーストになっちゃうみたいね)


 卓也と澪がひそひそ話をしている間に、店主が何やらジャネットに説明しているようだ。

 結局、ジャネットの


「どうせ買うのなら、このお店で一番頑丈で高い鎧を仕上げて頂戴」


 という超偉そうな態度に店主が反応し、


「そこまで言うなら、よぉしわかった!

 だったらこれを、お前さんに合わせてやる!

 おいそこの男! お前さんも一緒に来い!

 採寸するからな!!」


「えっ採寸?」


「お前の方はともかく、この胸のでっけぇお姉は、このままじゃ鎧が入らねえ!

 だからよ、微調整が必要だってんだ」


「オホホホ! 当然ですわね!

 この私の自慢のバぁスト、そう簡単には収まりが利きませんことよ?」


 なんだかよくわからない事で得意げになっているジャネットを尻目に、澪は卓也とテツにそっと耳打ちした。


(ねえもしかしてこれ、余分にお金がかかったりしないかしら?)


(ありえるっすね、ジャネさんの胸収まりそうな鎧、見た限りなさそうだし)


(それにあいつ、一番高いのとか言ってたよなあ)


(し、心配ね、ものすっごく!)


 結局ジャネットと卓也は、身体のサイズを測られて鎧のサイズ調整を行うことになったが……



『ちょっと! あなたの前で脱げと仰るの?!』


『きゃあ! そんなとこ触らないで!』


『き、きつい……!』


『や、あ、そんなとこ……いやぁん!』



 店の奥から怪しい声が響いてきて、いつしか男共は無意識に前屈みになっていた。


「じゃ、ジャネさん、け、結構エロい声、出すんだな」


「お、おう、俺も知らなかった」


「二人とも何やってるのよ、みっともない」


「「 そ、そんな事言ったってぇ! 」」


 男性ながら唯一の例外種・澪は、呆れた顔で腕組みをしながら二人のオス共を見下ろした。




 その後、卓也も採寸を済ませたが、鎧と武器の引き渡しは明日に持ち越しになった。

 むしろたった一日で出来るのか、と驚くくらいだったが、その分代金はがっつり取られてしまった。


 ――残りの所持金、一 GDゴルデンス……


「おおおいいいい!

 いくらなんでも散財しすぎだろぉ?!

 どうすんだよこれぇ! 殆ど使い切っちまったじゃねえかぁ!」


「全く、誰ですの? こんなにお金使ったのは?」


「「「 あんただ、あんたぁ!! 」」」


 明日の夕方に防具と武器を受け取るとして、この町を出るのはその翌日……つまり、あと二日はアングスに滞在しなくてはならない。

 なんとなく気まずさを覚えて帰宅すると、玄関前に白髭が自慢の町長が立っていた。

 心なしか、その表情は酷くお怒りのようだ。


「お戻りになられましたか、勇者ご一行様」


「あ、はぁ、どうも」

「こんばんは、いつもお世話になっております」


 間髪入れずに丁寧な挨拶をする澪に一瞬怯むものの、町長はゴホンと咳払いをして、玄関を指差す。


「少しお話したい事がありましてな。

 お時間よろしいかな?」


「え~、私達これから夕飯をモゴモゴ」

「しっ! ジャネット少し黙って!」


 後ろからジャネットの口を押さえながら、澪がアイコンタクトで確認を求める。

 嫌な予感を覚えはしたものの、卓也は、やむなしと頷いた。


「わかりました、どうぞ」


 澪の導きで、町長と三人は家の中に入って行く。

 ドアを閉めようとしたその時、近所の人々が大勢出て来てこちらを不安げに窺っている様子が見えた。




「いったいあなた方は、何時になったら魔王討伐の旅に出られるのか?

 それを伺いたい!」


 開口一番、町長は露骨な怒り口調でそう唱える。

 やはり、街の人々の思惑は想像通りだったようだ。

 まるで先生に叱られるような気分で、四人は俯いてしまった。


「でも、これは冒険者ギルドでのスキルチェックに時間がかかったからで」


「勇者様ともあろう方々なら、そのようなもの分からなくとも、なんとでもなりましょう!」


「そ、そんな無茶な!

 俺達は、この世界のことを何も知らないってのに」


「女神様に導かれた勇者様でおられるなら、そのような事は些細な問題!」


「おいふざけんな! そもそも勇者ってのはあのモゴモゴ」

「しっ! テツ君少し黙って!」


「はぁ、わかりました。

 でも鎧の調整があるので、あと二日は滞在させて戴きたいのですが」


「二日あぁぁぁああ?!」


 わざとらしく声を荒げ、町長が遺憾の意を全身で現す。

 どうやらこれは、もう今すぐにでも出て行けと言わんがばかりの態度だ。

 しかし、こちらにも事情があるので、そう簡単にYESと返事する訳にはいかない。


「このお宅を借りていることや、食料を分けて頂いている事には大変感謝しております。

 ですが、それ以外のご援助はもう結構ですので、どうかもう少しご猶予を賜れませんか?」


 合間に澪が入り、交渉する。

 澪の美貌が良いカリスマチェックになっているのか、町長の態度が明らかに軟化していくのがわかる。


「そ、そうですな……まあ我々としましても、少ない予算の中から勇者様方を持て成している状況ですので」


「ボク達、その二日間で働かせて頂きますので、それでご容赦願えませんか?」


 と、いきなり澪がとんでもない事をのたまう。

 驚く三人が何かを言い出す前に、澪が更に畳みかける。


「実は冒険者ギルドの酒場から、お声がけを頂いているのです。

 どうでしょう、あと二日だけお許しを願えませんでしょうか?」


「う、あ、ま、まあ、その間に自給自足頂けるというなら、まあ」


 意外とあっさり、町長が折れる。

 卓也達は、やっぱりこういう時に澪の美貌は頼りになるなあと、なんだかおかしなことを考えていた。




 町長が帰ってからしばらく、四人は夕食を摂りながら顔を見合わせた。


「何とか許可は出たけど、あと二日って期限がついちゃったわね」


「あの町長も町の連中も、なんかムカつくっすねえ。

 俺達だって好きで居座ってるんじゃねぇってのによぉ」


「まあまあ、ここの食料は高いし、それを毎日提供してくれてたんだから気持ちはわからんでもないよ」


「それにしても、旅の目的も定まらないうちに旅立つなんて、不毛もいいとこですわねえ」


「それも、もしかしたら情報収集出来るかもしれないわ。

 ねえジャネット、相談があるんだけど」


「え、私に?」


 何故か澪は、ニヤリと微笑んで彼女の手を取った。


「卓也、テツ君、ちょっと出かけてくるわね」


「え、ちょ?!」


「あ~、いってらっさい」

「何処行くんだよ、こんな時間に?」


「バイト♪」

「ええっ?!」


「いてら~」


 なんだかよくわからないままに、澪はジャネットを連れて家を飛び出して行った。

 取り残された卓也とテツは、しばらく顔を見合わせていたが、特にやることもないので夕飯の後片付けをすることにした。


「何しに行ったんだろ、澪さん?」


「ああ、多分冒険者ギルド」


「え? なんで?」


「片付けたら、一緒に行ってみようよ」


「お、おう」



 それから三十分程した後、二人は冒険者ギルドへと向かってみた。

 入口のドアを開けた瞬間、すえたアルコールの匂いと共に、大勢の野郎共の歓声が襲い掛かって来た。



「お~いメイドの姉ちゃん、こっちだエール三杯!!」


「こっちは肉、もっと追加だぁ!」


「蒸かしポテトくれよデカ胸の姉ちゃんよぉ!!」


「うおおお、なんてエロいケツなんだ♪ たまんねぇぜ!」


 荒くれ者達が、顔を赤らめながら店内を行き来する給仕の姿を目で追っている。

 その給仕――否、スカート丈のやたら短いメイド服をまとった二人の姿に、卓也とテツは


「お、お前、前屈みになってるぞ?!」


「て、テツだってぇ!!」



「はぁいおまたせぇ♪ こちらご注文のエールでぇす♪」


「ちょっと! 胸ばっかり眺めてるんじゃないですわよ!

 ホラ、蒸かしポテト四人前!

 ありがたく召し上がりなさい!」


「やぁん、お尻触っちゃ駄目ぇ☆

 ボクの身体は卓y……勇者様のものなんですからね♪」



 そこはもう、完全に、メイド居酒屋と化していた。

 少々お触り系のナニかが混じっているような気もするが。


 

「なあ、卓也?」


「頼む、今はそれ以上何も言わないでくれ」



 二人は、なけなしの一GDを使って、取り急ぎのエールを二杯注文した。



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