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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
115/120

ACT-113『遂に判明! 澪と卓也の職業は!』



「卓也様には、その……すべての魔法が一切効かないようなのです」



 男性の言葉の意味が咄嗟に理解出来ず、卓也はポカーンと口を開ける。


「魔法が効かない?」


「はい、そうです。

 この水晶球は、その方に微細な魔力を照射して能力を測定する仕組みなのですが、それが全くの無反応ということは……」


「えっと、よくわからないんですけど、魔法が効かないとどういうデメリットが?」


 卓也の素朴な疑問に、男性は露骨に顔色を変える。

 周囲の者達も「何を言い出すんだこの男は?」といった奇異な目線を向けて来る。


「つまりですね。

 例えばあなたが怪我をしても、魔法で治療することが出来ません。

 大きな崖を、魔法の力で飛び越えることも出来ません。

 そして何より――」


「な、何より?」


 妙な間を空けると、男はまるで何かの覚悟を決めたように、カッと目を見開いた。


「仲間とはぐれてしまった時、捜索の魔法で探知出来なくなります。

 つまり最悪の場合、死に直結する危険があるということです!」


「な、なにぃ?!」


 ガーン! という分厚い文字が、背景に浮かぶ……が、一瞬で崩れ去る。

 

「えっと、でもそれなら仲間とはぐれなきゃ良い訳ですよね?」


「え?」


「怪我したって、魔法以外なら治せるんでしょ?

 例えば……そう、薬草みたいなもんで」


「や、薬草? ですか?」


「崖を飛ぶのだって、魔法が効く奴に背負ってもらえばいいんだし」


「は、はあ」


「まあ、なんとかなるんじゃないっすか?」


 卓也のどこか呑気な物言いに、男性はだんだん困惑し始める。

 どうやらこれ以上説明しても無意味と察したようで、話題を切り替えて来た。


「それ以外にもう一つデメリットがあります」


「へ、なんです?」


「このままだと、あなたのステイタスを調べる事が出来ません。

 ですので、かなり回りくどい方法で確認する必要が出てしまいます」


「回りくどい方法……ですか?

 それはいったいどんな?」


 卓也の質問に、男は目をキラリと輝かせて呟いた。


「地道な、体力測定しかないですね」







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

  ACT-113『遂に判明! 澪と卓也の職業は!』






 卓也が“反魔導体質”であるというニュースは瞬く間に町全体に拡がってしまった。

 彼らにはよく分かっていなかったが、これはどうやらかなり異端な存在のようで、まるで化け物でも見る様な視線を人々から向けられる。

 

「ママー、あの人魔法が効かないんだってー」


「しっ、見てはいけません!!」


 通りすがりの親子が、そそくさと逃げるように遠ざかる。

 いったい何が起きているのか全く理解が及ばない卓也は、澪と顔を見合わせるしかなかった。


「魔法が効かないって、この世界ではそんなにヤバいことなのかな?」


「どうなのかしら?

 魔法なんてない世界のボク達には、全然ピンと来ないわね」


「でもあの様子からすると、俺は本当にアレな存在っぽいな。

 はぁ~、明日からどうしよ。

 そんなにスキルチェックって重要なんかなあ」


「さ、さぁ……」



 あの後、卓也は冒険者ギルドの受付嬢から、衝撃的な話を伝えられた。

 反魔導体質であることがわかった以上、彼に魔法的な調査を行う必要性はなくなった。

 その代わり、知力・体力は実際に多くのテストを行った上で測定するしかないらしく、それにはかなりの時間を費やすことになるそうだ。


 その所要時間、おおよそ四日!


「それって、毎日どのくらい時間かけるの?」


 澪の質問に、卓也は心底うんざりした顔で答える。


「朝から夕方までみっちり、だって」


「うわぁ……お昼ご飯どうするのよ?」


「一番最初に確認するの、そこ?!」



 その後、澪は魔道士ギルドに向かい、特別なスキルチェックを行うことになった。

 同伴した卓也は入口のロビーで待たされることになったので、彼がどんな方法で能力測定を行うのかはわからない。


 冒険者ギルドの位置とは対極に位置する、まるで博物館のような佇まいの黒っぽい建築物。

 その一階のホールは、冒険者ギルドとは異なりかなり厳粛な雰囲気のお堅い所だった。


(こっちには冒険者風の奴はいないんだな。

 うわぁ、いかにも魔法使いですってな見た目の連中が沢山いるなあ)


 ありえない程つばが大きくてっぺんが尖っている帽子。

 異常に襟が大きなマント。

 丈が足首まであるスカートのような衣服。

 片手に持っている小さく分厚い本。

 そして、妙に鋭い目つき。


 そんな恰好の者達が、いぶかしげな目でこちらを見つめて歩き去って行く。


(こんだけ魔法使いが居るのに、よくあるえっちな恰好の女魔法使いが全然いないのはどういう了見なんだ?)


 だんだん居心地が悪くなってきた卓也は、外で待っていた方がいいのかなと思い始めた。


「卓也ぁ~!」


 そう思っていると、奥から澪が駆け寄って来た。

 静かなホールに、彼の甘ったるい声が響き渡る。


 澪が姿を現した途端、それまでただ静かに行き来していた人々が、突然足を止めて注目した。


「お待たせ! ボクのスキルチェック終わったわ」


「お疲れ! んで、どうだった?」


「うんとね、ボクの職業クラスは、超魔士アークウィザードだって。

 魔法使いよ、ボク、魔法使いになれるの!」


「へぇ、魔法使いか!

 んで、アークウィザード?

 なんだかすっごく強そうだな」



「「「「超魔士アークウィザードぉ?!?!」」」」



 突然、周囲にいた人々が大声を上げて驚く。

 突然の事態に、卓也と澪は思わず飛び上がった。


「な、な、なに?!」


「この小娘が、超魔士アークウィザードだとぉ?!」

「だ、だが、確かにこの膨大な魔力は……」

「ありえない、魔道士の基本すら揃ってなさそうな、こんな者が」


 外野が、なんだか好き勝手なことを言い始める。

 それらを無視しながら、澪は卓也に両手を合わせて謝って来た。


「それでね、ゴメン卓也!

 待っててもらったのに悪いけど、今日はこのまま一人で帰ってくれる?」


「え? まだこの後なんかあるの?」


「うん、魔道士になる人はね、専用の魔導書と術棒ワンドが支給されるんですって。

 これからそれを受け取りに行くの。

 あと魔法の研修もあるみたいだから、まだまだ時間がかかりそうだわ」


「お、おう、なんか大変なんだなあ」


「うん、夕飯の準備には間に合うと思うの!

 だからごめんね!」


「ああ、わかったよ。

 じゃあ頑張ってな、澪」


「はーい♪

 愛してるわよ、卓也☆」


 チュッ♪ という音と共に飛ばす投げキッス。

 その様子に、その場にいたギャラリー魔道士達は信じられないものを見たような顔つきになる。



 バカップルだ……


 バカップルであるな……


 ヒソヒソ……



(くっそ! この世界でもこのパターンかよ!)


 顔を真っ赤にしながら、卓也は逃げるように魔道士ギルドを飛び出した。



 後に分かるのだが、魔道士というものはその技能と経験によって階級が細かく分かれるらしい。

 下から順に、


 術士ノービス

 呪術師マジシャン

 魔法士メイジ

 魔道士ウィザード

 戒魔士ドルイド

 練術士ソーサラー

 高魔士ウォーロック

 大魔士ハイウィザード

 超魔士アークウィザード

 

 となるらしい。

 ウォ―ロック以上の階級は魔道士ギルドの幹部クラスに相当するそうで、国内はおろか世界全体でもその人数は限られて来る。

 そして澪は、いきなりそのトップに君臨する階級の実力を認められたことになるのだ。


 一人自宅に戻った卓也は、寝室のベッドに横たわると天井を見つめ、物思いに耽る。


(そうかあ、澪もクラスが確定したか。

 それにしても、みんなすげぇ能力持ってんだなあ。

 俺なんか能力持ってるどころか、魔法が効かないなんてペナルティみたいなもんしかないし……)



『だが安心せぇ、お前は次の世界移動でまたパワーアップする。

 そうすれば、運が良ければ今までより安全な手段で移動が出来るようになるかもわからんぞ?』



 ふと、前の世界で老人パイニアヴィアに言われたことを思い出す。

 彼の言う事が本当なら、このイスティーリアに渡った時点で卓也も何かしらのパワーアップが起きている筈なのだ。


(ラノベの主人公達は、異世界転生した時に特殊スキルが身に着いたりしてたよな。

 中にはハズレスキルもあるけど、それを有効活用して活躍するってのが殆どだったっけ。

 はぁ、でも俺の場合は“魔法が効かない”かぁ。

 それ以外にも、何かびっくりするような力が備わってると――ないだろうなあ)


 特にやることもなく、だらだらとベッドの上で過ごしているうちに、卓也はいつしか程好い眠気に包まれていった。





「おーい、マツリぃ! ココアぁ! めちるぅ!!

 誰か返事をしてくれぇ!」



 ボロボロの状態で、ようやくマンションの麓まで戻って来た。

 辺りはすっかり暗くなり、周囲の状況は窺い知ることが出来ない。

 レンは杖代わりに使っている木の棒を携えながら、卓也達のいたマンションを見上げる。


「くっそ、あいつらぁ! 俺達をこんな目に遭わせやがって!

 見つけたら絶対にタダじゃおかねえ……全員ぶっ殺してやる!」


 怒りの言葉を吐きながら、安全そうな場所を探そうとする。

 だがその時、何か硬いものに身体をぶつけてしまった。


「いてっ! な、なんだこれ?」


 それは地面から生えている二本の太い棒のようだ。

 表面は何か布のようなもので覆われているが、芯は硬い。

 明らかに植物や岩とは異なるその物体が、何故かとても気になる。

 自分の腰の高さくらいの「それ」を調べていると、突然、背後でガサッと草木が鳴った。


「!!」


 咄嗟に振り返り、僅かな月明りを頼りに音の正体を見極めようとする。


 それが人間の姿をした者だということは、すぐにわかった。


「誰だ! マツリか、ココア? めちるなのか?!」


「あ、あぁ……」


 微かに声が聞こえる。

 それは女性の声で、かなり披露している様子が窺える。

 レンはホッと胸を撫で下ろし、人影に話しかけた。


「その声、ココアかめちるだろ?

 おいおい、大丈夫かよ?!」


「あ、あ、あ……」


「他の連中に逢ってないか?

 早いとこ全員合流して、町に行かないと――」


 う、あ、あ、あ……ぁあ


「お、おい?」


 なんだか様子がおかしい。

 月明りに照らされたその姿から、相手が自分の仲間の一人、ロングヘアの女・ココアであることはわかった。

 だが、その表情や動きが、どことなく奇妙だ。

 大きくひん剥いた目、だらしなく開いた口、明らかに骨折しているだろうおかしな方向に曲がった腕。

 その表情には、生気が宿っていない。


 あぁ~……あああああ!


「ひ、ひいいっ?!」


 突然、ココアが両腕を前に伸ばして掴みかかって来た。

 途端に鼻孔に飛び込んで来る、肉が腐ったような悪臭。

 レンは思わず力一杯つき飛ばした。


「な、う、嘘だろ?!」


 あ、あ、あ、あ……


 闇夜にようやく目が慣れたのか、レンの視界の端に見えては行けないものが映る。

 それは、先程ぶつかった硬い何か。

 ぶるぶると震え、途中から折れ曲がり、奇怪な動きを始める。

 それが地面に逆さまに突き刺さったマツリの死体だと、ようやく気付く。


 更にしばらくすると、全く違う方向からまたも草木をかき分けるような音と、女の呻き声が響いて来た。


「う、うわあああああああ!!!」


 痛む身体に鞭打って、レンは全速力でその場から逃げ出した。



「あらぁ?

 何でしょう?」


 そこから離れた高台で、焚火を灯していたユマが、悲鳴を聞きつけた。




 

 結局その晩、澪が帰って来たのはもう夜もとっぷり更けた時刻だった。

 数時間前に既に帰宅したジャネットとテツ、そして惰眠を貪っていた卓也達は当然のように夕飯を食いっぱくれた、

 ――筈なのだが。


「ごめんなさいみんな! 遅くなっちゃった!

 お腹空いたでしょ?! すぐご飯作るから!」


「あ、澪さんおかえんなさーい」


「お疲れ様、澪。

 遅くまで大変だったわね」


「澪、お帰り~」


 空腹状態な筈の三人は、何故か平静だった。


「あ、あれ? みんな、食事……どうにかしたの?」


 不思議そうに尋ねる澪に、ジャネットは何故かフフン♪ と微笑んで見せる。


「澪、これをご覧なさい!」


 じゃじゃ~ん! といわんがばかりに両手を拡げるジャネットの前に並んでいるのは……


「ええっ?! な、何これ?!」


 テーブルいっぱいに並ぶ物を見て、澪は心底驚いて声を上げた。

 そこにあるのは、色とりどりのパッケージに包まれた……


「これ、焼きそばパンじゃないの?!

 こっちは、カレーパン?!

 あっ、ボクの大好きなイギリストーストもある!

 なんで、こんなものがこの世界にあるの?!」

 

「なんで澪が青森名物を知ってるんだよ?」


「蒸しパンもあるっすよ、澪さん!

 俺これ大好きでぇ♪」


「どこに売ってたの、これ?」


 ざっと十袋くらいある、様々な種類の菓子パンや惣菜パン。

 いずれも、この世界に存在する筈のないものだ。

 しかも良く見たら、端には牛乳パックまで置かれている。

 三人が空腹を凌いだのはよく理解できたが……


「実はな澪、これ、ジャネットが出したんだ」


「え? だ、出した?」


「オ~ホホホ♪

 そうですのよ、これは全部、この私が使った魔法で出したのですわ!」


「え、えええっ?! ま、魔法でぇ?!」


「信じられないだろ?

 しかもこれ、魔法で出て来たものなのに俺でも食べられるんだ」


「え、ええ……」


 戸惑う澪に、ジャネットが説明する。

 彼女が使ったのは、今日の教義で教わった僧侶系魔法「クリエイトフード&ウォーター」というもので、これらはその魔法が生み出したものだという。


「ちょっと待って!

 なんで魔法で作った食料に、ビニールパッケージがついてくるの?!

 しかもこれ、文字まで印刷されてるじゃないの!」


「ど、どうやら、私の好物しか出せないみたいで……オホホホホのホ☆」


「袋の裏に賞味期限の記載まであるって、いくらなんでも凝り過ぎでしょ!」


「製品に問題がありましたら下記にご連絡ください、だって。

 これ東京の住所じゃねえかw」


「随分いい加減な魔法なんだなあ」


「でも、たった一日で魔法を習得してくるなんて、ジャネさん物凄いっすよ!」


「オ~ホホホ♪

 もっと褒め称えなさい☆

 どう、澪?

 これで私達の食料事情がまた改善されましたわ」


「た、確かにそうね……うん、凄いと思う」


 冷や汗を流しながら、苦笑いを浮かべる澪。

 その目は、明らかに泳いでいる。

 しかしジャネットの言う通り、食べ物が魔法で生み出せ、しかも魔法が効かない卓也でも食べられるというのはありがたい話ではある。

 どういう理屈でこんなものが出て来るのかはわからないが、大きなメリットであることは間違いない。

 

「それで、澪の方はどうでしたの?

 私、本日だけでなんと五つも魔法を習得して来たんですわよ♪」


 大きく胸を張り、ドヤ顔で目を細める。

 僧侶系魔法の習得がどのようなものなのかは分からないが、卓也は「意外とチョロいのかな」という印象を持った。

 そして澪は、


「全部覚えて来たわ」


「え?」


「全部って、何が?」


「えっと、魔道士ギルドで保管記録されている魔法全部」


「え、ええええええ?!」


 家の外まで響き渡る程の、ジャネットの悲鳴が轟いた。


「そ、それってどのくらいの種類があるんですの?!」


「えっとね、確か三百くらい?」


「え、それを、たった一日で全部丸暗記したんっすか?!」


「うん、なんかやってみたら出来ちゃった」


「うぇ……な、何それぇ?」


 澪によると、最初に渡されたノービス用の魔導書をざっと読んだら魔法の理屈がわかってしまい、頼み込んでもっとランクの高い魔導書を読ませてもらったらそれもクリア。

 そんな調子で、読んだものが片っ端から頭の中に入って来てしまったそうだ。


「それでね、実技テストもやったんだけどクリア出来ちゃって。

 審査の先生、驚かせちゃった♪」


「ど、どんだけ強者なんだよ?!」


「んで、澪さんのスキルチェックはどうなったんです?」


 テツの質問に、澪は何かを書きまとめた羊皮紙を取り出して読み上げる。


「え~っと、なんかね、全てのステイタスが上限振り切ってるんだって。

 特に魔道士に必要な知覚力パーセプション智識力ウィズダムの数値が、ありえないくらい高いんだって」


「それってどのくらいなの?」


「確かね、普通の人の……せ、千倍以上? かな?」


「「「せ、千倍以上~?!」」」


 驚く三人に、澪はタハハと苦笑する。

 どうやら澪は、テツの敏捷性、ジャネットの腕力には及ばないものの、それ以外の数値はあらかた上回っているようで、まさに“勇者の風格”と称えられたそうだ。

 これには、三人も素直に驚嘆するしかない。


「あとね、ボクの持っている魔力が、魔導士ギルドの記録史上最高値を示してるんだって」


「あ、それ寺院で聞きましたわ!

 確か普通の人が潜在的に持ってるのが十くらいで、長年修行することで百とか、凄い人だと五百くらいに行くとか」


 ジャネットが補足説明する。

 卓也は、それは恐らくゲームでいうところの「MP」にあたる概念なのかなと想像した。

 であれば、多ければ多い程強力な魔法も使えるだろうし、便利になるのは間違いないだろう。

 これも、異世界間移動の“補正”効果なのかな……などと考えていると、


「そ、それがね……測れなかったの」


 想像もしなかった答えが返って来た。


「え?」

「測れなかった?」

「それってどういう事ですの?」


「あ、あはは……それがね、ステイタスだけわかったんだけど、その後に……また割れちゃって」


「割れた? って、まさか」


「うん! 魔道士ギルドの大水晶もね……といっても、少しヒビが入っただけなんだけど」


「「「えええええ~~っ!!」」」


 先程を上回る大絶叫が、夜の町に響き渡った。




 結論として。


 テツは、敏捷性と器用さが桁外れに高い“盗賊シーフ”に。

 ジャネットは、高い魔力と常軌を逸した腕力を秘めた“高位僧侶ハイプリーステス”に。

 そして澪は、これまでの常識を覆すレベルの強大な魔力を秘めた“超魔士アークウィザード”。


 このような職業クラスに決定した。

 残るは卓也のみだが、結論が出るのは四日後。

 しかも魔法が効かないという特性があるため、魔道士や僧侶の職には絶対に付けない。

 そうなると、残された道はおのずと限定されることになる。


「卓也は、戦士ファイターかな?」


「どうしてそうなるんだ?」


 寝室のベッドで寄り添う二人、澪は卓也の胸に顔を押し付けながら囁く。


「うん、魔道士ギルドの先生に聞いて来たのよ。

 卓也みたいな特性の人がもしやれるとしたら、もうそれしか考えられないって」


「俺、別に力なんか強くないし、身体も頑丈じゃないんだけどなあ」


「でも、体力は凄いでしょ?

 昨日だって……ねえ」


 そう言いながら、澪の右手が卓也の下半身を刺激する。

 二人とも、シーツの下は何も身に着けていない。


「澪だって、なんだかんだで明け方まで失神しなかったじゃないか。

 しかも、そのままずっと起きていられたし。

 物凄く体力高まってないか?」


「うん、そうかもしれない」


「性欲過剰で無限の精力って、それもう色んな意味で詰んでないか?」


「あ~、そんな酷い事言うとぉ~」


「な、何すんだ、こらぁ!」


 卓也の腕枕をすり抜けると、澪はシーツに潜り込んだ。

 その直後、ぬるりとした生温かい感覚に包まれる。


「おい、こら……早く寝ろっての」


「んふ♪ やだ」


 下の方からそんな答えが聞こえた直後、ちゃぷちゃぷと水音が響き出す。

 搾り取られていくような感覚に酔いながら、卓也は、もうそれ以上何も言わないことにした。


(あれ? でも、待てよ?

 そういえば俺達、なんで律儀にギルドに通ったりしてるんだ?

 この世界を早々に脱出しようって話、何処行ったんだっk――アヘッ)


 ふとそんなことが頭をよぎるが、急激にこみ上げて来た感覚に耐え切れず、嗚咽を漏らした。






 ――それから、あっという間に四日が経った。


 ジャネットとテツは問題なく研修を終え、特にジャネットは想定以上の優秀な成績を出して多くの僧侶系魔法の習得に成功した。

 テツは自身の技能について特に何も話さなかったが、それでもみっちりと仕込まれたようで相当疲弊していた。

 そして澪は、予定されていた研修期間をたった二日でクリアし「魔道士デビューからいきなり超魔士アークウィザード」という前代未聞の記録を樹立してしまった。


 そこに加え、冒険者ギルド内に併設されている酒場に彼の作ったメニューを出してみたところ……


「肉ってこんなに柔らかくなるものなのか?!」

「これも魔法? いやいや、俺達魔法使えないって!」

「あのパンが、スプーンだけですぅっと切れるだって?!」

「こんな野菜くずや肉くずだけで、こんなに美味いスープ作れるのかよ?!」


 酒場の主や調理人達が強い関心を示してくれた上、利用者達にも大好評を博した。

 本来魔道士ギルドで費やす筈だった時間を、酒場での新メニューレクチャ―に使った為、なんと彼は臨時報酬として八 GDゴルデンスを得る事に成功した。


「澪さん、あんたみたいなべっぴんさんが給仕やってくれたら、もっと出せるんだけどなあ~」


「いやぁ~ハハハ、ボク達も、いつまでもここにお世話になるわけにはいかない立場ですしぃ」


 顔を真っ赤にした主の頼みを、軽やかにかわす。

 だが実際に、澪達は少々焦りを覚えていた。


 聞いた話によると、町の人々は「勇者グループには二~三日くらいで魔王討伐に旅立って欲しい」と考えていたようだ。

 しかし、卓也達は既に一週間も滞在している。

 町の人々からは生活用品や衣類、食料なども提供されていたが、それも五日を過ぎる頃には色々理由を付けて断られるようになってきた。

 また町を歩いていると、行き交う人々のどこかよそよそしい視線が気になるようにもなってきた。

 明らかに「いつまで居るつもりなんだ?」といった意識が感じられる。


 そんなこともあって、卓也達はそろそろこの町を出ようと考え始めていた。

 だが、まだ卓也のステイタスが判明していない。

 朝から夕方までかけて、がっつり行われた身体検査の結果が、ようやく発表されることになった。

 四人は揃ってギルドに出向いた。


「結論から申し上げますね。

 卓也様に相応しい職業クラスは――戦士ファイターです」


「ああ、やっぱり」

「澪さんの予想が当たったっすね」

「魔法が駄目な以上、もうそれしかないですものね」


 思い思いの感想を述べる三人に、受付嬢は更に付け加える。


「それで、肝心のステイタスなんですが、その……なんと申し上げましょうか」


「え、な、なんです?

 何か問題でも?」


 妙に暗い表情になった受付嬢の態度に、卓也は嫌な予感に捉われる。


「あ、いえ、そうではなく。

 腕力ストレングス知覚力パーセプション智識力ウィズダム技巧性デクスタリティ俊敏性アギリティ、全て普通です」


「ホッ、なんだ、良かった」


「なのですが……正直な話、普通過ぎなんです」


「え、それってどういう?」


「一般人と変わらないということなんです。

 普通の冒険者の方々は、どれか一つくらい高い数値を持っているのですが、卓也様には殆どそれがなく」


「え? そ、そうなの?」


 あまりにも意外な結果に、思わず三人の顔を見回す。

 返答に戸惑う澪、何故か勝ち誇ったような顔のジャネットとテツ。

 そしてその結果を聞き、突然爆笑し始めるギャラリー冒険者達。


「だぁ~っはっはっはっ!! おい聞いたかよ! 勇者様のステイタスは凡人並だとよ!」

「全然大したことねえじゃねえか! これなら俺でも勇者が務まるぜ!」

「見るからに弱々しいもんなコイツ!」

「あ~、こりゃあ今回も駄目だわなぁ♪」


 それぞれ好き勝手な事を言い始めるが、言い返す事も出来ない。

 やはり、消去法的に戦士の職業クラスが与えられることになったようだ。

 

「魔法が効かない、ステイタスも大したことない……それじゃただのお荷物じゃないか~」


「た、卓也ぁ」


「大丈夫だぜ卓也! 荷物持ちくらいには役立つ!」

「そうですわ、頑張って私達の後を付いてくるんですのよ♪」

「ちょっとぉ! 二人ともどうしてそんな酷い事言うのよ!」


 調子に乗ってからかい出す二人と、それをたしなめる澪。

 なんとも言えない虚無感に苛まれる卓也に、受付嬢は更に説明を補足した。


「――なんですけど、実は一点だけ、飛び抜けたステイタスがありまして」


「え? あるんですか?」


「はい、それは持久力バイタリティですね。

 卓也様の場合、この数値が、その……魔法が効かないので、あくまで推測値に過ぎないのですが」


 何やら意外な展開になってきた。

 笑っていたギャラリー達の声も止まり、その場にいる全員が受付嬢に視線を集中させる。


「あの、その、バイタリティがどうだったんでしょう?」


「はい、卓也様の持久力バイタリティは、測定不能でした」


「は?」


「卓也様、四日間のハードな検査にも余裕で耐えられてましたし、その間息一つ乱しませんでしたよね?

 その時点で検査担当者は驚いておりました。

 恐らくなのですが、卓也様の持久力バイタリティは、普通の人を十とした場合」


「ば、場合?」


 そこで、一旦会話が途切れる。

 いつしかその場の全員が、固唾を飲んで回答に耳を傾ける。

 受付嬢は、そんな注目を一身に浴びながら、緊張した声ではっきりと告げた。



「普通の人が十の場合、卓也様は――“億”単位に達するかと」 

 


「――へ?」


「お、億ぅ?」

「い、一千万倍?!」

「億って、一十百千万億兆キョー!! の、あの億ですの?!」


「はい、その億です」


「通じちゃうのかよ」


「ジャネさん、それもしかしてけい?」


「ええい、素人は黙っとれ! ですわ!!」



「「「「お、億だとぉぉぉおおおお?!」」」」



 ギャラリーが、またしても大声で叫ぶ。

 どうやらこれは、ゲームで例えるとHPの上限が五百の中に一人だけ五十億のキャラが居るのに等しいようだ。

 あまりにも想像を絶する数値の大きさに、卓也はそれが自分の事だと咄嗟に理解出来なかった。


「あ、はい、ありがとうございますどうも」


「た、卓也?」


「みんな、もう調べること全部わかったんだから行こうか」


「お、おい卓也?! なんだよその悟り切ったような顔は?!」


「無感情になってません?!」


「あ、ちょ、待ってよ卓也ぁ!!」


 現実を受け止められない卓也は、シュタッ! と手を挙げて挨拶すると、まるでロボットのような動きでギルドを出て行く。

 慌ててその後を追いかける三人は、彼の異様な雰囲気に声をかけられずにいた。


 だがその時。

 卓也は頭の中で、受け入れがたい現実について悩んでいた。



(ま、待て待て待て?!

 常人の一千万倍の耐久力だと?!

 それってもう、人間越えてねーか?!

 いや、それ以前に――)


 ゴクリと喉を鳴らし、卓也は、あえてはっきりと口に出してみた。



「それって俺、もう疲れ切ってから酔っぱらって世界移動すること、永久に不可能ってことじゃね?!」







 同じ頃、魔道士ギルド。

 そこでは、数メートルの高さに設置された直径三メートルはある巨大な水晶球を見上げる初老の男達が居た。

 彼らはそれぞれ黒いローブを羽織っており、長い髪と髭を携えている。

 その中の一人、紅いケープを重ね着した片眼鏡モノクルを付けた男が、溜息を吐きながら呟いた。


「あの澪とか申す者――あまりにも危険な存在じゃな」


 もう一人の男が、その呟きに頷く。


「左様、あの男の持つ膨大な魔力……大水晶に亀裂を走らせる程となると」


「人間ではありえない、魔物……否、もはや妖魔の領域でございましょう」


 最後の一人が、不安げな表情を浮かべながら呟く。


「あれでは“魔王”と同じか、或いはそれすらも越える存在になるかもしれぬ。

 いくら此度の贄とはいえ、このまま放置しておくわけにはいかぬな」


「監視役を、付けると致しましょう」


「それでは、相当な実力者で尚且つ、存在に疑念を抱かせない優秀な者を雇う必要がありましょうぞ」 


「よし、それでは早速手筈を」


 三人の男達は互いに深く頷き合うと、まるで空気に溶け込むようにその場から姿を消した。



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