表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
最終章 異世界「イスティーリア」編
110/118

ACT-108『あなたが異世界転生の勇者様?!』


「へぇ! 本当に人間がいるとはなぁ!!

 こいつぁ驚いたぜ!!」


 聞き覚えのない、妙にガラの悪そうな男の声が聞こえて来る。

 外から差し込む陽光に浮かび上がるシルエットは四つ。

 

「な、な、なぁ?!」


「おい! てめぇらどこのナニモンだぁコラぁ!」


 尻もちをついている背後から、テツがドスの利いた声で怒鳴る。

 そのあまりの迫力に、卓也の驚きはそちらの方に向いてしまう。


 しかし、ドアを破壊した本人達は、そんなことお構いなしといった態度だ。

 

「うるせぇよ。

 お前ら、この世界の住人だよな?」


「は?」


「ちょっとぉ、勇者様ご一行がやって来たのよ?

 ちゃんと出迎えてよね、まったく使えないんだからぁ」


「はぇ?」


「それにしては、随分近代的な所に住んでいるようですね。

 ここはまるで、僕達の世界のマンションみたいじゃないですか」


「あはは♪ こんなファンタジー世界にマンションなんかあるわけないじゃーん!

 これそう見えるだけの、何かの遺跡でしょ?」


「な、何言ってんだコイツら?」


「さ、さぁ」


 二人の男、二人の女。

 男は柄の悪そうな荒くれ者と、如何にも自分は頭が良いと言いたげな眼鏡の知的タイプの二名。

 一方女は、お高く止まった嫌みっぽい態度のロングヘアと、それとは真逆のショートヘアのロリ娘タイプ。

 四人とも十代くらいで、いずれもあまり人相はよろしくない。

 特にリーダー格と思われる柄の悪そうな男は、まるで値踏みでもするかのように卓也とテツをジロジロと見つめて来る。


 だがやがて、男は大きく眉をしかめた。


「おい、お前」


「な、なんだよ?」


「お前、転生者だろ」


「は?」


「とぼけんじゃねえ!

 その服、その靴、それにそのスマホ!

 俺達の世界のと同じじゃねぇか!」


 男はそう叫ぶと、土足のまま室内に上がり込み、卓也を蹴とばした。

 他の三人も、その後に続き無遠慮にずかずかと上がり込む。


「いてて! ぼ、暴力反対!」


「おいコラ、ちょっと待てやてめぇ!」


「汚い手で触らないで欲しいんだけどな」


 眼鏡男の肩に手をかけた瞬間、突然電撃のようなものが迸り、テツはもんどり打って吹っ飛んだ。


「やだコイツ、あたし達に歯向かう気ぃ?」


「ばっかじゃないの?

 女神様の加護を持つあたし達に、勝てる訳がないじゃん♪」


(ファンタジーとか転生者とか、それに……女神の加護?

 おいおいおい、それってまさか――)


 ようやく起き上がった卓也は、壁にもたれかかるように気絶しているテツを担ぎ上げると、リビングに入り込む四人の後ろ姿を見つめた。







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

   ACT-108『あなたが異世界転生の勇者様?!』






 卓也のマンションは、あっという間に四人の無法者によって占拠されてしまった。

 自らを勇者と名乗りおごり高ぶるリーダー格の男は、自らを「レン」と名乗ったが、他の三人は名乗らず蔑むような視線を向けて来るだけで、はなからまともに相手をするつもりはないようだ。


「やっぱり、こいつら現実世界から来やがったんだ。

 見ろよこれ」


「あ、菓子パン!」


「冷蔵庫に牛乳やコーラもありますね」


「へえ、異世界に来て初めて食べるのが惣菜パンなんて、意外過ぎだわ」


「わは♪ でもこいつら食べ物貯め込んでるっぽいから、しばらくは楽出来そうだね!」


 四人は、家主を無視して勝手に物色を始める。

 大事な食料や飲料物も自由に食い荒らし、やりたい放題だ。


「おい、お前いい加減に吐けよ。

 転生して来たんだろ? この世界に」


「止めときなよ。

 ど~せあたしらに関係ないんだし」


「そうだよ、貰うものもらってとっととこんなトコから脱出しよって♪」


「そうですね、早く我々の存在を求めている者達の許に辿り着くのが先決です」


(くそ、何なんだこいつらは?

 転生者とか言ってるけど、ただの盗賊集団じゃないか!)


 卓也は、ようやく意識を取り戻したテツと共にリビングの隅まで追い詰められていた。

 四人は特に武装はしておらず、見たところ武器らしき物は持っていない。

 しかし、眼鏡男が発した謎の電撃など、どこか妙なものを持っている気配がある。


 一方、先程から静かなジャネットと澪は――


(どどど、ど~するんですの?!

 まさかいきなり強盗が来るなんて思いもしなかったですわ!)


(しーっ、静かにしてジャネット!

 せっかく気付かれないように隠れられたんだから!)


 二人は、寝室に隠れていた。

 異常事態が起きたと気付いた瞬間、澪が機転を利かせてジャネットと共にクローゼットの中に飛び込んだのだ。

 幸い、まだあの四人に気配を悟られてはいないものの、隠れたところで何の打開策もない事に戸惑ってもいた。


(このままでは、あの二人がコロコロされてしまいますわ。

 あああ、なんとかしないと~!

 澪! あなたが何か作戦を練りなさい!)


(ぼ、ボクが?!

 ジャネットも考えてよ!)


(わわわ、私にはそんなスキルはないですわ!

 あなた、何でも出来るんでしょ? だったら――)


(あ、あのねえ……なんでもってわけじゃ)


 とはいえ、実は澪自身、色々と思う事があった。

 世界移動を済ませ、以前同様絶対に崩壊した世界に来ているというのに、ライフラインが維持出来ている不思議。

 もしかしたらこの世界でも、否、この部屋の中だけでも、自分の思念力がまだ活用できるのではないかと。


(ねえ、ジャネット。

 ちょっと思いついた事があるんだけどね)


(な、なんですの?)


(あなたにも協力して欲しいの)


(わ、私に?!)


(そうよ、よく聞いてね。

 コショコショコショ……)


(……う、旨く行くんですの?

 そんなやり方で?)


(やらずに後悔より、やって後悔よ!)


(なんかどっかで聞いたような話ですわね、それ)


 一応話はまとまったようで、二人は薄暗がりの中で大きく頷き合った。  




「ちょっとあなた達!

 いったい何をしてるんですの?!」


 突然リビングに響き渡る声に、六人は驚いて視線を向ける。

 寝室から飛び出して来たジャネットが、両腰に拳をつけて侵入者達を睨みつけた。

 その途端、二人の女は即座に自分の胸を見下ろした。


「おい、なんだまだ他にも隠れてたのかよ!」


「ジャージ姿ですよ、よりによって」


「何このホルスタイン女?」


「おっぱいでっかぁ! 動きにくそう!

 みっともなぁい☆」


「おおお、お黙りなさい! 貧乳の癖に!!」


「ムカッ! ででで、でかきゃいいってもんじゃないのよ?!」


「ひ、貧乳はステイタス、希少価値って格言を知らないの?!」


わたくし、貧乳の気持ちなんて考えたこともありませんわ」


「ぐ、ぐぬぬぬ」


「何やってんだおめーら」


「まったく、低次元で呆れますね」


 訳のわからないやり取りで侵入者達を煙に巻いている間に、澪は寝室を抜け出して窓からバルコニーに脱出する。

 リビングの窓に回り込むと、澪はガラスを軽くノックした。


(み、澪?!)


 意外に早く、卓也が音に気付く。

 カーテンが半分閉まっている状態なので、四人の方からは澪の姿ははっきり確認出来そうにない。

 卓也は気付かれないように窓際にすり寄ると、澪のジェスチュアに従い窓ガラスにぴったりと耳を付けた。

 澪は、両手を組んで窓ガラスにくっつけると、そこに口を寄せた。


「聞こえる? 卓也。

 聞こえたら頷いて」


 卓也の頭がコクコク動くのを確認して、澪は更に話し続ける。


「この部屋、たぶんまだボクの思念力が使えると思うの」


 再び卓也が反応する。


「だから、今からテツとジャネットの――」


 説明はどうやら問題なく伝わったようで、卓也も最後に大きく頷く。

 問題は、この後の立ち回りだが……



(テツ、起きろ!)


「あだっ?! あ、もう朝?」


(寝ぼけるな! ちょっと耳貸せよ)


「ん? な、なんだよ」


 ようやく意識を取り戻したテツに、卓也は作戦を伝える。

 意外にも理解力が高いようで、テツは意図をすぐ分かってくれたようだ。


 二人の視線は、必然的に四人とたった一人でやり合うジャネットの方に向く。


「とにかく! ここはあなた達のような荒くれ者が居ていい場所ではありませんわ!

 即刻出て行きなさい!

 あ、あとドアの修理もね!」


「何言ってやがんだ、この巨乳女」


「選ばれた勇者のあたし達に逆らうなんて、命知らずもいいとこね」


「めんどくさいし、ここで殺っちゃおっか!」


「名案ですが、ここでやるとせっかくの根城が汚れます。

 やるなら外でどうぞ」


「それもそうだな!

 おいメス豚! こっち来いよ」


 そう言いながら、レンが右手でジャネットの乳房をわしづかみにする。

 ジャージ越しに食い込んでいく、無骨な指。

 一瞬の沈黙を置いて

 

 

「きゃあああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」



 ドバン! という物凄い音が響いたのは、その直後だった。

 ジャネットはありったけの力でレンを突き飛ばした。

 しかし、そのパワーが尋常ではない。

 レンは何の抵抗も出来ず、一瞬で壁に激突し、失神した。

 激突の振動で、家具が揺れ食器棚の中で食器が崩れる。

 そして、吹っ飛ぶレンの身体の一部が当たったのか、眼鏡男の身体がクルクル回転した。


「な?! な、なぁっ?!」


「よっしゃ、今だぁ!!」


 その隙を突くように、テツが走り出す。

 超低空のドロップキックを眼鏡男に向かって繰り出すと――二人は、そのまま玄関の方にすっ飛んでいき、なんとマンションの外に飛び出してしまった。


「「あ~~~~……」」


 フェイドアウトしていく、二人の声。

 ほんの一瞬で男メンバー二人が倒された事に理解が追い付かない残り二人は、


「えっ? えっ?」


「な、何が起きたの?!」


「ぬりゃああああああ!」


「「きゃあああああああああ?!?!?!」」


 ジャネットは、なんと二人を両手で捕まえると、その場でぐるぐると激しく回転し始めた。

 そのスピードは尋常ではなく、マンガみたいな同心円が見えるくらいだ。

 ビュンビュンという風を切る音が鳴り響き、捕まえられた女達の身体が真横に伸びて行く。


「極楽往生おぉぉぉ~~!!」


 回転スピードMAX状態で、ジャネットは二人の身体を思い切り投げ飛ばした。

 すかさず卓也が窓を開けた為、二人はスポーンと、遥か彼方に飛び去って行く。


 しばらく後、空の彼方で二つのキラーンが光った。


「は、はにゃほにゃほにゃ……め、目が回りゅ~?!?!」


「お、おいジャネット、しっかり!」


 ふらふらになって倒れそうなジャネットを、卓也が抱きかかえる。

 その後を追うように、澪も室内に戻って来た。


「ふやぁ、ちょっと計算外だけど、こんなに効果あるなんて思わなかったぁ!」


「す、凄いな澪の力って」


「う、うん、自分でも驚いてる……」


 先程、澪が考えた作戦はこういうものだった。



「今からテツとジャネットの力を、ボクの思念力でパワーアップさせてみる。

 ボクが飛び出して彼らの気を引くから、その隙にジャネットとテツに、彼らを追い払ってもらうわ」



 結論:力業。


 テツという大きな犠牲は払ったものの、卓也達はなんとか強盗を退けることに成功した。

 

「い、いやいやいや! 勝手に殺すなって!

 テツを捜しに行かないと!」


「その前に、この人、どうする?」


「え? あ」


 リビングの端で完全にノビているレンを見下ろし、卓也は少し考える。

 しばらくして、何処からともなく太いロープを持ち出して来た。


「とりあえず、今のうちにこれで拘束しとこう」


「後手縛りにする? それとも諸手上げ縛り?

 亀甲縛り? まさかのM字開脚縛り?!」


「……やりたいの? そういうの」


「う~ん、やりたいというより、して欲しいかなって♪

 もちろん卓也に☆」


「適当にぐるぐる巻きで行こう」


「は~い!」


 卓也が持ち出したのは、「誰もいない世界」で池袋サンシャインシティ地下五階で大活躍した、あのワイヤーロープ。

 妙に力が強そうなこの男でも、そう簡単には引き千切れないだろうと踏む。

 フラフラから回復したジャネットの力も借りてぐるぐる巻きにすると、卓也はレンを床にゴロンと転がした。


「――あっ?! な、なんだこりゃあ?!

 て、てめぇ! 解きやがれ!」


 芋虫と化したレンが、身じろぎしながら訴える。


「あら、目が覚めたんですの?」


 レンの目覚めにいち早く気付いたジャネットが、下衆なものを見下すような視線を投げかける。


「くそ、勇者であるこの俺を、こんな目に遭わせやがって!」


「自分で勇者名乗るなんて、あらまぁ、なんとおこがましい」


「うるせぇ! 俺は選ばれてここにやって来たんだ!

 お前らとは違う!」


「あの~、ちょっといいですかぁ?」


 ここで、澪がひょいと顔を出す。

 その途端、怒り狂うレンの表情が強張った。

 と同時に、頬が赤らむ。

 

「うわ……すっげぇ美人」


「ちょ! なんで私じゃなく澪にだけ反応するんですの?!」


「う~ん、想定範囲内の反応」


 大きなTシャツを羽織っただけで、下は穿いてるかどうかわからない恰好。

 そんな姿で、目を見張るような美女がすぐ目の前に現れたのだ。

 レンの反応も当然といえよう。

 卓也は、澪の性別をばらしたくてしょうがなかったが、ここはあえて無駄なことは言わないことにした。


「ねえ教えて、この世界はどういう世界なの?

 あなたも、ボク達と同じく別な世界からここに来たんでしょ?」


「そ、それは」


「素直に教えてくれたら、解放してもいいぞ」


 と、横から卓也が口を挟む。

 

「ちょ! そんな事簡単に約束しないでくれますこと?!」


「なんか怪しい動きしたら、あの女達と一緒に、窓の外に放り出すけどな」


 卓也の呟きに、レンは顔色を真っ青にして周囲を見回す。

 自分の仲間が誰一人居ない事にようやく気付き、大きく目を見開く。


「お、お前ら……あの三人を倒したってぇのか?!」


「ああ、そういうこと」


「結構あっさりでしたわ♪」


「う、嘘だろ……だ、だって俺達……」


 どうやら相当なショックだったようで、レンの顔から目に見えて血の気がどんどん引いていく。

 そんな彼を少々憐れんだのか、澪は出来るだけ感情を抑えて静かな口調で問いかける。


「さぁ、もう観念して、あなたの知っていることを教えて頂戴?」


「あ、はい」


「なんだ、澪には素直なんだな」


 どうやら澪に対しては、従順な態度を示すようだ。

 効率を考えて、卓也は彼に尋問を頼むことにした。


「じゃあ順番に聞くわね?

 まず、あなた達は何処から来たの?」


「お、俺は……現代世界の東京から」


「いつの時代から?」


「れ、令和七年八月」


「令和七年? 俺達の居た時代より未来だな」


「他の三人は?」


「し、知らない」


「え? どういうこと?」


「本当に知らないんだ!

 あいつらとはこの世界で初めて逢ったんだ。

 つうか、まだ逢ってから数時間くらいしか経ってねぇし!

 名前だって碌に知らねぇ!」


「意外な答えが返って来たなあ」


「結局赤の他人の集まりだったってことなんですわね」


「でも、どうしてそんな他人同士でこんな所に……」




 その後、澪は優しい口調で、丁寧に呼びかけてレンから事情を聞き出した。


 彼らは、どうやら元々同じ“現代世界”からこの世界に飛ばされて来たようで、自らを“転生者”と呼んでいる。

 四人はそれぞれ別な事情から現代世界で「死」を迎えており、異世界で“女神”なる者と出会ったという。


 その女神は彼らに特殊な力を施し、勇者となって異世界で「魔王」なる者を倒し、世界を救うようにと依頼されたようだ。

 そして気が付いたら、崩壊したビル街の中で佇んでいたのだと。


 それを聞いた卓也は、目を閉じ何度もウンウン頷いた。


「う~ん、やっぱりそうかあ」


「やっぱりって、卓也何か知ってるの?」


「いや、典型的な“異世界転生”パターンだなぁと思って」


「異世界転生? 転移じゃなくて?」


「うん、ラノベとかでよくあるパターンだよ。

 元の世界でパッとしない奴が事故で死んで、転生した先の世界でチート能力手に入れて無双するってパターン」


「そ、そうなの? そういうもんなの?」


「何それ? まさにコイツらのパターンと同じじゃないですの?」


「うん、だから驚いてる。

 そんな都合のいい展開、本当にやってる世界があるんだなあって」


「う、うるせぇ! パッとしないとかいうな!

 そ、そりゃあ俺も……引きこもりだったけどよぉ!」


「そうなの? どうして?」


「うっ」


 澪が、レンに顔を近付けて真正面から覗き込む。

 その仕草に、彼は思わず反射的に顔を背けてしまった。


「意外とカワイイ反応するんですのね」


「言いたくないなら追求はしないわ。

 じゃあ、この世界について教えてくれる?」


「お、俺も実は何も知らないんだ」


「え? そうなの?」


「本当だ! 俺達はこの世界について何も知らねえ!

 アムージュ様からは、おおまかな話しか聞いてねえんだし」


「アムージュ様って?」


「女神アムージュ様だ。

 俺達を、この世界に転生させてくれた、な」


「本当に居るんだ、そんなご都合主義的な存在が……」


 レンによると、事故に巻き込まれて死んだと思った次の瞬間、彼は真っ暗な世界に佇んでいた。

 そこには他の三人もおり、突如現れたとても美しい女神が全ての事情とこれからの事を説いたという。

 

「――ありがとう、それだけわかれば大丈夫よ」


 澪の優しい尋問が終わり、いよいよレンをどうするかという段階になる。

 他の三人及びテツが戻って来る気配はない。

 卓也達は、リビングの真ん中で集まって小声で相談する事にした。

 

「とりあえず、また襲われるのも困るし、外に捨ててくるのが一番じゃないですこと?」


「それは可哀想よ!

 だってたった一人でこんな場所に放り出したら、どんな目に遭うか」


「澪は優しいなあ。

 ま、とりあえずもう二度とこんな事はしないと約束させて解ほ――」


 卓也の声が、止まる。

 振り返ると、レンの姿が、ない。

 彼が居た場所には、ロープだけが落ちている。

 事態が呑み込めない卓也は、慌てて周囲を見回すが、それよりも早く、


「きゃあっ?!」


 澪の悲鳴が響き渡る。

 いつの間にか背後に回り込んだレンが、彼女の首に肘を回し捕えていたのだ。


「えっ?! えっ?! い、いつの間に?!」


「どうやって、あの一瞬で縄抜けしたのです?!」


「へへへ、あんなもん、いつでも脱出出来んだよ、俺ならな!

 おい! お前らが何処の何者かは知らねえけど、ここにある食料を全部よこしやがれ!

 あと、この女は俺が貰って行くからなぁ!!」


 そう叫ぶと、レンは嫌らしい表情で澪に顔を近付ける。

 まるで匂いを嗅ぐように鼻を鳴らすと、勝ち誇ったように嘲笑う。


「み、澪を放しなさい! この卑怯者!!」


「この女、澪っていうのか!

 へぇ、いいじゃねえか。

 だったらコイツは俺の女として――」


「男だよ」


 卓也の、感情のこもらない冷静な呟きに、レンの動きが止まる。

 表情が、強張る。


「へ?」


「いや、そいつ、男だからな」


「ななな、何言って?!」


「本当ですわよ?

 試しに胸でも股間でも触ってみればいいですわ」


「ちょ! ジャネット、なんてこというのよ!

 ボクの身体は、卓也だけの――きゃあっ?!」


 澪の、妙に可愛らしい悲鳴が響く。

 空いているもう一方の手で、レンは澪の股間をまさぐり、そして


「――ある!?」


「だろお?」


「でしょお?」


「な、な、な、なんだとおおおおおおお?!

 こいつ、女装してんのかよおおおおお?!」


「よ、余計なお世話よぉっ!!」


 動揺した隙に首の拘束が緩まったのか、澪は素早く身を沈めて脱出する。

 それと入れ替わるように、ジャネットが大きく前に踏み出した。


「澪! お願いしますわよぉっ!!

 ――ジャネット、ウルトラスーパービッグマキシムグレートストロングぅ、パぁぁンチ!!!」


「でぎゃぶぅ?!」


 人間が出せるとは到底思えないような奇怪な断末魔を上げ、レンはジャネットの上段強パンチをまともに食らい、バウンドしながら玄関の方に転がって行った。

 

「卓也、やっておしまいなさい!」


「えっ俺?」


「マンションから放り出すのよぉ!」


「お、おいおい! それじゃ死んじゃうだろうが!!」


「きゃあ! お、起き上がって来たぁ!!」


 玄関まであと少しというところで、なんとレンはすっくと立ち上がった。

 血まみれの顔を袖で拭うと、まるで殺人鬼のような怒り狂った顔で睨んで来る。

 もはや人であることを忘れたかのような唸り声を立て、両腕を上げて突進して来た。


「うがああああああ!! てめえ!

 ぶっ殺してやろああああああ!!!」


「ひいいい!!」


「うわあ! く、来るなぁ!!」


 咄嗟に足元に転がっている何かを投げつける。

 すると、それはダイレクトにレンの足に当たり、絡みついた。

 勢い余って盛大に前のめりになって倒れる。

 

「ぐはあっ?!」


「えっ、ど、どうしたの?」


「えっと……あ、あれ」


「あれって…えっ?!」


 見ると、レンの足には先程まで彼を拘束していたロープが絡みついていた。


「た、助かった……のか?」


「す、すっごい機転」


「ど、どうするの? こ、この人?

 また気を失っちゃったみたいだけど?」


「え~と」


「こんなの、もうこれでいいですわ!」


 呆れたようにそう言うと、ジャネットはひょいとレンの身体を持ち上げ、


「ほいっと」


 まるでゴミ袋を捨てるような手軽さで、ベランダの向こう側に放り投げてしまった。


「きゃあああ! な、なんてことすんのよジャネット!?」


「いいじゃないですの。

 どうせ死にはしないでしょ、しぶとそうだし」


「そ、それはそうかもしんないけど……い、いいのかなあ?」


 卓也と澪は、ベランダに出てレンが飛んで行った方向を眺めるが、もうその姿を確認することは出来なかった。




 それから三十分程後、テツが疲れ切った表情で部屋に戻って来た。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cy122y44tvcabv4jx6eknqridf6_bsz_dw_7b_1ghi.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ