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押しかけメイドが男の娘だった件  作者: 敷金
第六章 “学園”編
105/119

ACT-104『その娘の名前は、未央』

「この状況をどうにかしろ、ジジイ」


 薄暗がりの中、学園長の怒声が響き渡る。

 普段と違い、感情をあらわにした彼の態度に臆することなく、老人“パイニアヴィア”は腕組みをして首を傾げる。


「人にものを頼む態度ではないのう、柾鷹まさたか


「やかましい!

 そもそもあの時、貴様は俺に言ったはずだ。

 この“学園”にはナイトメアが入れないようにしてやる、とな。

 それがどうだ! 既に三体ものナイトメアが入り込んでいるじゃないか!」


「ホッホッホッ、三体どころではないがのぅ」


 まるで茶化すような口調で煽る。


「それにな柾鷹よ。お前は大きな勘違いをしておるぞ」


「勘違いだと?!」


「ワシはあの時こう言ったんじゃ。

 “学園”の外からナイトメアが侵入して来ないようにしてやろう、とな。

 その力は現在も有効じゃよ。

 ナイトメアは、外からは絶対に入り込めんわ」


「ふざけるな! 実際にナイトメアが――」


 老人は学園長の言葉を遮るように、人差し指立てながら更に続ける。


「確かに、外に発生したナイトメアは入れん。

 じゃがな、“学園”内に現れたナイトメアとなると話は別じゃ」


「どういうことだ?!」


「ワシが施したのは、内外を区切る『壁』としての障壁じゃ。

 お前はあの時、それで良いと言いおったからのう」


「貴様……それじゃあ詐欺のようなものではないか!」


 今にも殴りかかりそうな程怒る学園長だが、老人はそんなものに動じる様子を見せない。

 それどころか、凍りつくような冷酷な眼差しで彼を射抜く。


「不満ならワシを上回る思念力を発揮して、より優れた障壁を立てれば良い。

 或いは、それ相応の力を持つ者に頼るんじゃな」


「それ相応の、だと?」


「そうじゃ。ナイトメアを倒せてしまうような圧倒的な力の持ち主じゃ」


「そうか……思念力の持ち主は、あいつの方だったのか!」


「お前以上の『思念力』が生徒達の恐怖心に反応して、この状況を作り上げておる」


「つまり……今いるナイトメアを始末出来たとしても、その者が居る限り、また同じような状況が発生するという事だな?」


「よくわかっとるじゃないか。

 その者の精神が一時的に不安定になるタイミングが、どこかであった筈じゃ。

 それがトリガーになって、ナイトメアが校内に生み出されたのじゃろうな。

 無意識に『思念力』を用いてしまって」


「……女王コンテストか!」


 学園長は強く拳を握り締め、憤怒の表情を浮かべて身震いする。

 額にピクピクと脈動する青筋を浮かべ、今にも血が噴き出しそうだ。

 そんな彼に、老人は変わらず冷静な声で告げる。


「その者を、ここへ連れて参れ。

 そうすれば、ワシの方から穏便に話をしておいてやろう」


「……!!」


「このままでは、ナイトメアはどんどん生み出されるぞ。

 結局はお前が動かねばならん。

 まあ、せいぜい頑張るが良い」


「くっ!」


 それ以上何も言わず、学園長は踵を返す。

 彼の後ろ姿を見つめながら、老人は呆れたような溜息を吐き出した。


「この“学園”を生み出した時は、素晴らしい逸材だと思ったもんじゃが。

 買い被りだったかのう」







  ■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■

 

    ACT-104『その娘の名前は、未央(みお)





「あの声は?!」

「み、澪?! とテツ?!」


 先程麗亜が走って来た方向から、見覚えのある姿が駆け寄って来る。

 思わぬ合流に、卓也と麗亜は思わず顔を見合わせた。


「澪! こっちだ!」

「テツ急げ! 避難するぞ!」


「おおお! 卓也ぁ!」

「麗亜ぁ! マジヤバ超助けて~!」


「いったいなn――おっわ」


 澪とテツが走って来た廊下の彼方に、異様な大きさの影が見える。

 爛々と輝く赤い目が、じっとこちらを睨みつけているのがわかる。

 と同時に、あの機械音にも似た鳴き声が響いて来た。


「なんなんだぁ、あのとんでもなく危険そうな化け物は?!」


 化け物が、のっそりとした動きで身体を照明の下に晒す。

 あまりにも奇怪なキメラの姿に、麗亜は思わず目を見開いた。


ぬえ、か?!」


「ぬ、鵺?!」


 麗亜の呟きに、皆が反応する。


「平家物語や源平盛衰記などの古書に登場する妖怪だ。

 いずれにも非常に具体的な表現や共通する描写があるので、かつては実在したのではないかという説もある」


「れ、麗亜って、物凄く詳しいんだね」


「そんな事より、早よ逃げましょうや!!」


「わぁ~ん、ママぁ、怖いよぉ!!」


「全力で逃げろぉ!!」


「ひいいいい!!」


 五人は、足並み揃えてクルリと振り返ると、全速力で走り出す。

 そして鵺も、まるでわざわざ待っていたかのようなタイミングで、その後を追い駆け出した。


 が、しかし廊下の大きさが体格に対してぎりぎりなせいか、かなり走り辛そうだ。


「チャンスだぁ! 一気に駆け上がれぇ!」


「この校舎の三階だ!」


「ひいい、三階まで走るのぉ?! 絶対無理ぃ! 脚死むぅ~!!」


「泣き言いうなぁ!」


 卓也は、泣きじゃくるリントを自ら背負いながら、懸命に澪に呼びかける。

 そんな二人の様子を見て、麗亜はフッと微かに微笑んだ。


「本当にいいペアだな」


「ななな、何が?」


「君達が、だよ」


「こんな時になんだよ?!」


「なんとなく、さ。

 さぁ急ぐぞ! 奴は階段の下まで来ているみたいだ」


「「「 ぎゃあ~!! 」」」


 死ぬ気で駆け上った甲斐があり、五人は「集会室」になんとか辿り着けた。

 不思議なことに、部屋に飛び込んだ瞬間、鵺のあのおぞましい気配が途絶える。

 窓越しに廊下を確認するが、どうやら追って来る様子はないらしい。


「な、なんとか巻いた……のかな?」


「ふいいい、た、助かったぁ~」


 テツが情けない声を上げて、へなへなとその場に崩れ落ちる。

 が、集会室内のどこか異様な雰囲気に気付き、すぐに立ち上がった。


 いくつもの長机と椅子が並べられた、通常の教室の三倍ほどはありそうな広い部屋。

 そこには既に数十人ほど避難して来た生徒がおり、その中にはジャネット霧島とアリスの姿もあった。


 だが生徒達は、五人が入って来たのを見た途端、一斉に顔色を変えた。


「み、澪……さん?!」


 ジャネットが、真っ青な顔で甲高い声を上げる。

 彼女を筆頭に、全員が五人から距離を取り始めた。


「な、何?! いったいどうしたの?」


「なんだか様子がおかしいな。

 おい君達、どうしたんだ?」


 麗亜が数歩前に出て、ジャネットに尋ねる。


「だ、だって、澪……さんはさっき……」


 ジャネットは、ガタガタ震えながら澪を指差す。

 何があったのかはわからないが、完全に怯え切っているようだ。

 卓也とテツは、首を傾げて後ろに立つ澪を見つめるが、別に何の変哲もない。


「ちょっとぉ、ボクがどうしたのよぉ?」


「さっき、と云ったな。

 君、何を見た?」


「そ、それは……」


「私から説明させて戴きます」


 怯えるジャネットを護るように、表情を引き締めたアリスが前に出る。

 心なしか、彼女の目にも怯えの色が宿っているような気がした。


「私達、つい先程ここにたどり着いたのですが、途中で澪さんを見たんです」


「え、澪を?」


「はい」


「それで?」


「あの……物凄く下品な物言いをすることを、お許し願いたいのですが」


「構わないよ、何があったんだ?」


 麗亜の追求に、アリスはしばし口ごもったものの、意を決してハッキリと述べた。


「下の階の廊下で、男子生徒達と、淫らな行為をされていました!」


「な、な、な、なんですってぇ?!」


 間髪入れずに、本人が反応する。

 卓也もテツも、麗亜もリントも、そんな彼に思わず視線を送ってしまう。


「何時の間にそんなことを」


「澪さん、素早いっすね」


「ぼ、ボクはそんな事してないもん!

 それに、ボクは卓也のものなの! 他の人とは……!!」


 そこまで言いかけ、麗亜の姿を見て言い淀む。

 顔を真っ赤にしてプスプスくすぶっている澪に、ようやく調子を取り戻したらしいジャネットが話しかけた。


「でも、私やアリスだけでなく、避難しているこの場の全員が見ましたのよ。

 あなたが複数の生徒と……そ、その……は、裸でいんぐりもんぐり」


「面白い表現するんだな、この巨乳お嬢様」


「おだまらっしゃい!」


 卓也の言葉につっかかるも、ジャネットはすぐに麗亜に向き直った。

 あえて澪から視線を外すように。


「そ、それにですね!

 私達が見た澪さんは――大きな羽根が生えていたんです」


「は、羽根ぇ?」

「羽根?」

「はね?」

「羽根だって?」


 卓也達四人は、怪訝な表情で揃って首を傾げる。

 だが、澪だけは――


「は、羽根って!

 そ、それってもしかして! 背中から生えていたの?!」


「そ、そうですわ!

 物凄く大きなコウモリみたいな羽根を拡げていて」


「よくコウモリの羽根だってわかったなアンタ。

 もしかして、全員で覗き見してたんじゃねえの?」


 テツの情け容赦ないツッコミに、ジャネットをはじめとした多くの生徒がわざとらしく視線を逸らす。

 しかし、澪だけは真剣な表情を崩さない。


「間違いない――あの子だわ」


「おい澪、どうしたんだ?」


「ねえ卓也。

 ボクがそんな事してないって、信じてくれる?」


「当たり前じゃないか。

 そんな事するわけないし、第一そんな余裕もなかっただろ」


 疑うそぶりも見せず、卓也はきっぱりと言い放つ。

 そんな彼の態度に一瞬表情を緩ませるも、澪は更に厳しい顔つきになった。


「だったら、彼女達がいう“ボク”って、なんだと思う?」


「え? だってそりゃあ――」

「ナイトメア、か」


 卓也の言葉に割り込むように、麗亜が呟く。


「しかし、澪とよく似たナイトメアなんて」


「心当たりがあるのよ」


「え?」


「な、なんですって?!」


 今度は、麗亜だけでなくジャネットも反応する。

 澪は、額の冷や汗を拭いながら、肩を上下させつつ応える。


「ボク達が前に居た世界でね。

 ボクと全く同じ姿をしている人が居たの。

 でも、その人はあるトラブルで命を落しちゃって――怪物として蘇ったの」


「え?!」


「か、怪物?!」


「おい澪! それってまさか……」


 卓也達の驚きをよそに、澪はまるで何かに確信を得たように大きく頷く。

 そしてその視線を、何故か誰もいない筈の廊下に向けた。



「その子の名前は“未央みお”!

 無差別に男性を襲う怪物になってしまった、もう一人のボクよ!」



 そう叫びながら、澪は廊下を指差す。

 全員の視線が、その指し示す方向に向けられた。


「え?!」

「な……?!」

「嘘だろ……マジかよ」

「ひ、ひいいい!!」


 全員の言葉が恐怖で震え、全身が強張る。

 そして澪自身、指差した姿勢のまま、まるで全身が麻痺したかのように動けなくなった。



 ブレザーの制服を着た“もう一人の澪”が、薄笑いを浮かべながら集会室を覗き込んでいたのだ。

 その背後からは、どす黒いオーラのようなものが漂っている。


「どうして、あなたまでこの世界に?」


 皆を護るように立ち塞がる澪を睨みつけると、廊下に立つもう一人の澪――“未央”は、突然黒い何かを振り回して、集会室のドアと壁をぶち破った。

 激しい破壊音と、ガラスの飛び散る音が、生徒達の悲鳴に混じって響き渡る。

 振り回されたのは、三メートルはありそうな漆黒の翼だった。


『何を言ってるの?

 あなたが僕をここに呼んだんじゃない』


「ぼ、ボクが?!」


『そうよ?

 あなたが僕のことを恐れるから――だからこの世界に生まれ変われたの。

 “ナイトメア”としてね』


 金色に爛々と輝く瞳が、澪と生徒達を射貫く。

 まるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった生徒達だったが、澪だけは必死で食い下がった。

 しかし、足ががくがくと震えている。


「ま、マジだ……マジで澪さんが二人居る!」


「これはいったい、どういうことなんだ卓也さん?!」


 テツと麗亜が、それぞれの反応をする。

 澪と未央を何度も見比べ、最後に卓也の顔を見る。

 困り果てた卓也は、ポケットの中のものをまさぐりながら二人と、ジャネット達に説明をし始めた。


 澪は、初めて見る様な険しい表情を浮かべ、未央に迫る。


「あなたが襲った男子生徒は、どうしたの?!」


『もちろん、美味しく食べちゃった♪』


 紫色の舌をちろっと出して、まるでおどけるように呟く。

 澪の目が、カッと見開かれた。


 だが、その時。

 突然、集会室の床に変化が生じた。


「うわ?! な、なんだこれ?!」

「きゃあっ?!」

「ちょ、な、なんだぁこりゃあ?!」

「リント! ママから離れないで!」

「ママぁ!!」


 他の生徒達も、悲鳴を上げる。

 なんと集会室の床が突如振動を始め、真っ黒な壁がいくつもせり出したのだ。

 それは不規則なパターンで部屋を仕切り、天井にめり込む。

 長机やパイプ椅子が、いくつか壁と天井に挟まれて圧壊する。


「う、うわ……!」

「どどど、どうなってるんですのこの部屋?! 安全設計だったんじゃなかったんです?!」

「お嬢様、これ以上動いちゃ危ないです!」


「みんな無駄に動くな! 区画から出ると挟まれるぞ!」


 麗亜の鋭い声に、生徒達が一斉に無駄な動きを止める。

 壁の動きも徐々に緩やかになり、やがて停止する。

 澪と未央がいるゾーンと生徒達のいる空間は、隔壁のせいで完全に遮られた。

 二人の様子は、卓也達からは全く確認出来ない。


 だが、何やら激しい破壊音と、澪のものと思われる悲鳴は聞こえて来た。


「澪?! 大丈夫か澪ぉ――っ!!」


 PDを取り出し隔壁を狙い撃とうとする卓也の腕を、横から麗亜が押さえ制した。


「何をするんだ?!」


「落ち着け卓也さん!

 もし隔壁が光線を反射したら、我々に当たってしまう!」


「うぐ」


「ひとまず、ここから脱出しなくては。

 みんな、廊下の方へ――」


 麗亜がそこまで言いかけたその時、どこからともなく


 バクン!


 という、何かが開くような大きな音が聞こえた。


「あれ?」


 床の一部がぱっくりと割れ、まるでマンガのように落とし穴が出現した。

 真上に居たのは、卓也一人……


「あれ―――――」


 一瞬空中に静止した卓也は、そのまま音もなく奈落の底に落ちて行った。


「た、卓也あ!!」


 テツが覗き込もうとするよりも早く床はバタンと閉じてしまった。

 あまりに唐突、そして奇抜過ぎる展開に、その場の全員が呆然と顔を見合わせた。


「なんだったんだ、今のは?!」


「卓也、どこ行っちまったんだ?!」


「この下の階……なのかな?」


「と、とにかく! まずはここから脱出が先ですわ!」


 ジャネットの言葉に、集会室に集まった全員が移動を開始した。






「なんじゃあ? お前の方が来たのか」


「ふえ? ここは――」


「“封印校舎”じゃよ。正確には図書館じゃな」


「げっ! アンタは?!」


「そうかあやつめ、この男が元凶だと思い込んだのか」


 数え切れない数の本で埋め尽くされた壁、壁、壁……ありえないくらい高い天井と凄まじい段数の本棚で四方が覆われている、そこはまさしく図書室以外の何物でもない場所だった。

 しかし、図書室と呼ぶには蔵書の数があまりにも多すぎる。

 部屋の天井の高さ、奥行きの深さは明らかに学校設備の規模を越えており、まるで要塞かお城の中のようだ。

 本棚の本はいずれもかなり分厚く、みっちり詰め込まれている。

 しかもどの本もかなり年季が入っているようで、どれも汚く埃まみれだ。


 そんなものが取り囲む空間の中、アンバランスな程小さく粗末な造りの椅子に、あの老人が座っていた。


 卓也はすぐ近くにある背の低い本棚から、適当な一冊を取り出そうと手を伸ばした。


「やめておけ。死ぬぞ」


「は?」


「その本を開いたら最後、お前はページに吸い込まれて死んじまうわい」


「ま~たまた、ご冗談を!」


「冗談じゃないぞい?

 この図書館のある蔵書は、全て“禁書”じゃからの」


「禁書?」


「存在を認められていない書物、国家権力から危険視された思想をまとめた本、または人に危害を及ぼす目的で記された魔法書など、様々な“悪書”がここに封印されておるのじゃ。

 お前のような者が迂闊に手に取って良いものではない」


「は、はぁ。

 ――って! なんで俺ここに居るの?!

 さっき落とし穴に落っこちて!」


「ああそれか。

 学園長のせいじゃ」


 老人はそう言うと、何時の間に用意したのか小さな椅子に腰掛け、いつの間に取り出したのか優雅にパイプを吹かし始めた。

 脇の小さなテーブルには、以前にも見たあのランタンが柔らかな明かりを灯している。


「学園長?

 あの人がなんで?」


「お前にこの“学園”の話をしてやろうと言ったじゃろ。

 学園長のことも含めて、これから重要なことを教えてやるわい。

 ま、楽にして聞くが良いぞ」


「はぁ……じゃあ、ありがたk――って!それどころじゃねえ!

 澪が、澪が大変なんだ!」


 色々突飛な事態が続き、うっかり澪のことを失念していた事を思い出す。

 だが慌てる卓也を制すると、老人は変わらぬ冷静な声で続けた。


「心配せんでも良い。

 あの小僧は死にゃあせんよ。

 ――というより、簡単に死んでもらっては困る」


「はん? どゆこと?」


「お前とあの小僧には、ワシを悦ばせるためにもっと踊ってもらう必要があるからのお♪」


 そう呟くと、老人は表現し難い不気味な笑顔を浮かべる。

 卓也は、何処となく薄気味悪さを覚え始めていた。


「あやつが動き出した以上、どうやらお前は、この世界ではワシの期待に応えられそうにない。

 じゃが、期待はしておる。

 これから先面白いことをしてくれるだろうと考えて、特別に“前払い”をしてやろう」


「意味がわかんないよ! それってどういう―-」


「この“学園”はな、伊能柾鷹いのうまさたかという男が作り出したものじゃ」


 卓也の言葉を止めるように、老人は静かな、それでいて迫力のある声で語る。


「作り出した? 建築士なのかその人」 


「そうではない。

 あの男は強い『思念力』を持っていてな。

 その力で、この“学園”をイメージして実体化させたのじゃ」


「んん? 思念力?

 なんだそれ、どういうこと?」


「わかりやすく言うと“スタ〇ド”じゃな」


「そういう事言っちゃっていいのかよ!

 って、えっ?」


「まあ聞け、サルでもわかるように説明してやるわい」


「うっきー」


「ノリの良さには光るものがあるの、お前」


 老人は、卓也をテーブルの反対側にある椅子に座らせると、更に話を続けた。


「この“学園”は、その男の力によって構築されておる。

 言い換えれば、この“学園”はそやつの思うがままの独自世界。

 どんなことでも、そやつの考え通りになってしまうのじゃ」


「にゃはは、そんな馬鹿な」


「その制服も」


「へ?」


「お前以外の者達が、皆十代くらいの年齢になっているのも」


「え、えぇ?!」


「お前達以外の者が、全員記憶を失っているのも。

 これは全てあやつが“そうあるべき”と強く念じておるからなのじゃ」


「な……ちょっと待てよ!

 それって」


 椅子から立ち上がり迫る卓也に、老人はニヤリと微笑んだ。


「期待通りのリアクションじゃな。

 そう、ここは確かに避難所ではあるが、同時に学園長の支配するディストピアでもあるのじゃよ」


 卓也の顔色が、みるみる青ざめた。




 その頃、集会室から弾き出された澪と未央は、そのままグラウンドに向かって落下した。

 未央は背中の羽根を羽ばたかせ軟着陸したが、澪はそのまま地面に激しく激突してしまった。


「あいたたた……もぅ! なんでこうなっちゃうのよ!

 ――って、アレ? なんでボク、無傷?」


 三階の高さから落下し、しかも激しく右肩を打ったにも関わらず、服が汚れただけでケロッとしている。

 澪は、思わず落ちて来た所を見上げて目をひん剥いた。


「うっそぉ……映画じゃないんだから」


『そりゃあ、この程度でケガなんかするわけないじゃない』


 数メートル離れたところで腕組みをしながら、未央が呟く。


「ど、どういうこと?!」


『僕が平気なんだから、あなたも平気な筈でしょ?』


「え?」


『ねえ、本当は気付いてるんでしょ?

 自分の事』


「ちょっと、どういう意味よそれって?」


 言葉の意味が分からず、狼狽える。

 だが未央は、ニヤニヤしながらその様子を眺めているだけだ。


『本当に意味が分からないなら、わからせてあげるわよ』


「それってど――うひゃあっ?!」


 突然、澪の身体が宙に浮き上がる。

 見ると、いつの間にか未央が真上から自分の両肩を掴み上げていた。

 翼をはばたかせ、みるみる高度を上げて行く。

 二人は、目測五十メートルはあろうかという高さまで到達した。


「お、落ちる! 落ちるぅ!

 み、未央! 離しなさいよぉ!

 あ、ウソごめん! やっぱ今のなし! 離さないでぇ!!」


 顔を精一杯上げながら懇願する澪に、未央は満面の笑みを浮かべてこう言った。


『イ・ヤ・♪』


「え――」


 間髪入れずに、パッと手を離す。

 澪は、そのまま真っ直ぐに、地上へ向かって落下していった。

 無論、彼の身を護るものなど、何もない状態で。


「うっわわわわわわわわわぁぁ~~~!!!」


 猛加速で地面に向かって真っ逆さま。

 数秒後、まるで爆弾でも落ちたような轟音を響かせ、澪はグラウンドのど真ん中に墜落した。

 濛々と砂煙が舞う中、未央がゆっくりと降下する。


『ホラごらんなさい』




「う、うえぇ~~……せ、制服がぁ~~!!」




 直径五メートルはあるだろう巨大な穴の中心で、ボロボロに破れた制服を纏った澪が、泣きべそを掻きながら途方に暮れている。

 その様子を見て、未央は一瞬微笑むが、すぐに悪鬼の如き表情に切り替わる。


『これでわかったでしょ?

 あんたはもう、僕と同じなのよ。

 このくらいじゃ死にはしないの』


「ぜ、全然わかんないわよ!

 何が言いたいの、未央?!」


『まだわからないの?

 じゃあ、思い出させてあげる』


 そう言うと、未央は澪の目の前にテレポートで移動する。

 驚く彼の額に、右手の人差し指を当てた。


 澪の脳内に、あの時の――渋谷ぱるるでの出来事が蘇る。


「これは! 前の世界の……」


『よぉく思い出しなさい。

 あの日、僕と澪は二人で渋谷ぱるるに出かけて、XENOの起こした事件に巻き込まれた。

 アンナセイヴァーと協力して、避難した人達を助けた』


「そ、そうよ!

 あの時、まだ未央は人間で――」


『澪も、ね』


「え?」


 動きが、止まる。

 表情が、凍り付く。


 脳内に蘇った記憶の映像は、あの瞬間――


 植物の化け物に追われて、階段スペースに飛び込んだ澪と未央。

 上の階へ逃げようとして、履いていたパンプスを脱ぎ捨てた瞬間、物凄い音が鳴り響いた。


 とてつもない量の粉塵で一瞬にして視界を奪われ、無数の瓦礫が降り注ぐ。

 その直後、ガン! という鈍い音と強烈な振動が頭に襲い掛かり、一瞬で意識が飛ぶ。


 それから。


 それから――



「え? ど、どういうこと?

 だってボク、あの後、アンナローグに助けてもらって……」


『本当に気付いてないみたいね、澪。

 よく考えてみて?

 上の階が丸々崩れ落ちて、その下敷きになった僕達が無傷で居られるなんて、本気で思ってた?』


「……ぇ……」


『それに、僕はあの時死んだのよ。

 あなたのすぐ傍にいた、僕は。

 ――なのに、あなただけ無傷で生還なんて、本当にありうると思ってたの?』


「待って……待って、待って!」


 澪の声が、叫びになる。

 全身が震え、身体が熱くなる。

 背中に、今まで感じたことのないような“何か”が集中していくような感覚を覚える。


「そんな! ボクは! ボクはあの時!! ちゃんとぉ!!」


『そうよ、澪。

 あなたはあの時、僕と一緒に』


「やめて! それ以上言わないでぇ!!」


 必死の表情で、懇願するように叫ぶ。

 黄金の光を放つ瞳で。


『死んだのよ、澪。

 今ここに居るのは、僕と同じ――


 X E N O に な っ た 澪 よ 』



「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 澪の背中から、巨大な漆黒の翼が生えた。




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