ACT-100『女王は誰?! 波乱の幕開けです!』
なんとか100話に到達しました!
ド阿呆な内容ですが、どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。
広報部主催の、“学園”女王コンテスト。
その情報は瞬く間に広まり、半日も経たずに校内で知らない者はいない程の状況にまでなった。
当然、その話は卓也の耳にも入るわけで。
「なあ澪、この“学園”は狂ってるのか?
男の君が、どうして女王決めるコンテストに出なきゃならんの?」
「そんなの知らないわよぉ!
ボクは巻き込まれただけでぇ!!」
「まあ、なんだか知らんが出るなら最善尽くしなさい」
「もう、無責任なんだからぁ!」
「無責任がどうこうじゃなくって、もう俺の理解の範疇を越えてるんだっつうの!」
■□ 押しかけメイドが男の娘だった件 □■
ACT-100『女王は誰?! 波乱の幕開けです!』
女王コンテストよりも、卓也達にはもっと気になることがある。
“学園”に、新たに姿を現したもう一人のロイエ・麗亜。
彼は澪とは異なり、男子生徒用の制服を身にまとう事にしたようだ。
長くウェーブのかかった黒髪と、切れ長で鋭い眼差し、そして凛とした姿勢と態度。
澪と同じく、女性的な特徴を揃えているにも関わらず、何故か麗亜は“男性”を強く感じさせるスタイルだ。
その立ち振舞いは、強い頼り甲斐を感じさせる。
一方リントの方は、まだ子供といった印象が強い少年だ。
彼は麗亜にべったりで、ひと時たりとも彼の傍を離れようとしない。
いつも怯えたような表情で辺りを見回し、麗亜の背後に隠れるようにする。
他者との会話も碌に行えない程で、卓也達も見ていて不安になる程だ。
だがそんな彼を、麗亜は愛しげに世話し、優しく接する。
その様子は、友達というよりは“親子”に近いイメージだ。
だが、卓也も澪も、知っている。
リントは、本当はもっと幼い子供の筈なのだ。
恐らく、実年齢は三歳から四歳くらい。
あの日、崩壊した秋葉原で見た“遺体”は、そのくらいの体格だった。
だが、今の姿は――
「ねえ卓也、どう思う?」
ベッドの中で、澪が尋ねて来る。
彼に腕枕をしながら、卓也は上のベッドの敷板を見つめながら反応する。
「うん、あの二人が秋葉原で見た遺体だとしたら、彼らは幽霊ってことになるのかな」
「でも、麗亜もリント君もちゃんと肉体があるし、身体も温かかったよ」
「じゃあ生きてる人間と同じってことなのか。
それはいいとして、じゃあリント君だけどうして成長しているんだろう?」
「分からないけど……この世界の人達って全員が異世界から迷い込んだんだよね?」
以前、御陵が言っていた事を思い返す。
『実はこの世界で生活している人は、この世界で生まれ育った者ではありません。
こことは違う別な世界から迷い込んで来たんです』
そういう事なら、麗亜達も同じように迷い込んだ存在と見るのが正しいのだろう。
だが卓也達は、彼らが本当は死んでいることを知っている。
そこが一番腑に落ちない点だ。
「ねえ、もしかしてこの世界ってさ。
別な世界で死んじゃった人も迷い込んじゃうのかな?」
「え、どういうこと?」
「つまりね、死んでしまった人の魂もこの世界に入り込んでしまうけど、その後は生きてる人と見分けがつかなくなっちゃうんじゃないかなって」
いまいち要領を得ない発言ではあるが、何となく言いたいことは分かる。
しかし、となると別な考え方も出来ることになる。
「ってことはさ、もしかして。
この“学園”の中には、麗亜以外にも“実は死んでる人”が居るってことかな?」
「そそそ、そういうことになるんじゃない?」
「うひぃ、なんだか怖いな」
まるで怪談話に怯えるように、二人は思わず抱き締め合う。
肌のぬくもりが互いの身体に伝わる。
「なあ、澪」
「え、何?」
「実は、君もその一人なんてことはないよな?」
「何言ってるのよ。
あなたと一緒に、ちゃんとここまで来てるじゃないのよ」
「ああ、そういう意味じゃなくって」
「え、どういうこと?」
不思議そうな顔で尋ねる澪に、卓也は妙にシリアスな表情で応える。
「前の世界で、君にそっくりな奴が居ただろ」
「……未央のこと?」
「そう、もしアイツまでこっちに来ていて、君と入れ替わってたりしたら嫌だなあって」
「ちょ、ちょっとぉ! やめてよ卓也ぁ!
あの子のこと、ボクすっごいトラウマになってるんだからさぁ!」
「うお、ごめん!」
「齧ってやる」
「何処を?!」
「人には言えないところに歯形付けてやる~」
「きゃあイヤァ、やめてぇ」
「何その棒読み」
ベッドの中でじたばたする澪をなだめると、卓也は思い切り抱き締めて頭を撫で回した。
その後、しばらくだらだらお喋りと続けた後、二人は仲良く抱き合いながら眠りについた。
「あれ? ここは……」
気が付くと、澪は見覚えのある場所に居た。
卓也のマンションの中。
戸惑っていると、玄関のドアがゆっくりと開き始め、誰かが中に入って来る。
その姿を見た途端、澪は吃驚した。
「み、未央?!」
入り込んで来たのは、自分と同じ姿の者。
死人のような顔色、怨念のこもった眼差し。
追い詰めるように迫る未央は、澪を指差した。
『絶対に、許さない』
「え……」
『先輩を、もうすぐ手に入れられる所だったのに。
澪、アンタは絶対に許せない!』
「ま、待って、未央!!」
『見てろ……絶対に復讐してやるから。
アンタから、一番大切なものを奪い取ってやる!!』
「やめて……やめてよ、未央!
だって、アレは」
『僕と同じ存在の癖に。
どうして、アンタだけが』
「え? それはどういう……」
『うるさい!!』
突然叫び言葉を遮ると、未央は背中から巨大な翼を生やし、身体を変型させ始める。
あの時に見せたおぞましい怪物の姿に、変貌していく。
「未央! もうやめて! あなたはもう!!」
『ギャアアアアアアアアアア!!』
耳をつんざく悲鳴を轟かせながら、未央が襲い掛かる。
反射的に身を屈めた所で、澪は夢から目覚めた。
「――ハァッ! ハァ、ハァ……」
全身汗まみれで、身体から恐怖が抜け切らない。
横でぐっすり眠っている卓也を一瞥すると、澪はシャワーを浴びるために立ち上がった。
(もう、卓也があんな事言うから、せっかく忘れかけてたのに思い出しちゃったじゃない。
――未央のこと)
熱いシャワーを浴びて汗を洗い流すと、もうすぐ出勤時間だ。
ベッドに戻ることなく、澪はそのまま服を着て学生食堂へ出向く準備を始める。
「ふぅ。
じゃあ、行ってきます」
眠る卓也の頬にキスをすると、澪は頭を振って、元気に廊下へ飛び出して行った。
女王コンテストの情報が広まるのと同じくらいの速さで、麗亜もあっという間に“学園”内の有名人となった。
ただ澪と大きく異なるのは、その人気は主に女子生徒によるものという点だ。
妖艶な美女というよりは極まったイケメンというタイプで、どこかニヒルで影のあるイメージが人気を後押ししているようだ。
またそんな彼が、健気にリントの世話をする姿もまた女子生徒達の注目を集めていた。
そして“某有名人”も、キッチリ反応していた。
「ウキィィィ!! 何ですの、何ですの?!
また一人、私より目立つ存在が現れたですってぇ?!
許せないわぁ!」
「お嬢様、必殺仕事人じゃないんですから」
「澪だけでも厄介だというのに、二人目?!
次々に増えるプリ〇ュアに戸惑う敵幹部の気持ちがわかるってもんですわ!」
「お嬢様はチョッキリ団でしたか」
「もしあの麗亜という者までコンテストに出るとなったら、たまったもんじゃないですわ!
アリス、どんな手を使ってもいいから、必ず阻止するのですわ!」
「かしこまりました!
って言ったのはいいんですけど、どうしましょう?
皆に賄賂でも配って、票を入れさせないようにするとか?」
「方法はあなたに任せますわ。
でも、いったい何を賄賂に使うのです?」
「ベヨネッタを」
「ビエネッタ」
その後、学園女王コンテストは広報部と彼らが呼びかけたボランティア達によって着々と準備が進められた。
あっという間に時間が経ち、開催当日。
いつものように朝食の準備の為に食堂を訪れた澪だったが、おばちゃん達が妙な笑顔で出迎えた。
「おはよう、澪ちゃん!
今日はこっちはいいんだよ、コンテストの準備があるんでしょ」
「おはようございます!
え、でも――」
「大丈夫だよ。
今日からね、この人も新しく加わってくれたから」
おばちゃんが「待ってました」とばかりに、背後に立つ人物を紹介する。
長い黒髪を束ねて後ろに回し、白い割烹着を制服の上から羽織ったその姿に、澪は思わず唸り声を上げた。
「麗亜さん?!」
「やぁ、おはよう澪」
「あ、うん、おはよう!
あなたも厨房に?」
「ああ、何もしないで居座っているのもどうかと思ってね」
「リント君は?」
「まだ寝ているよ。
あとで起こしに行くんで、途中退席させてもらうけどね」
そう言うと、麗亜は軽くウィンクする。
「それから、コンテストのことを聞いたよ。
ここが終わったら、僕もそっちに加わるから」
「え?! あなたも参加するの?
や~ん、負けちゃうよぉ」
「何を言ってるんだい。
君のフォローをするのさ」
少し呆れた顔をすると、麗亜は澪の肩をポンと叩く。
「ボクのフォローを?」
「ああ、そうさ。
ロイエ同士で組めば、間違いないだろ?」
その言葉に、ハッとさせられる。
思わず目を見開く澪に、麗亜はもう一度ウィンクする。
「ロイエって……あなた、記憶が?」
「断片的にではあるが、徐々に思い出せているようだ。
少なくとも、僕が君と同じロイエだということは、かろうじてね」
そう言いながら、麗亜の表情が曇る。
彼の事情を知る澪は、その様子を察しつつも、あえて言及を避けることにした。
「そうなの……それ以外はどう?」
「生憎だが、まだ不十分だ。
――じゃあ、朝食の後に改めて。
今は少しでも身体を休めておくんだ」
あまり触れられたくないのか、会話を打ち切ろうとする態度が感じられる。
澪は、その意図を汲むことにした。
「う、うん! ありがとう麗亜さん!」
「麗亜、でいいよ。
じゃあね、澪」
軽く指差すようなポーズの右手を振り、麗亜は厨房に消えて行く。
その仕草が妙に様になっていて、澪は一瞬ときめいた。
「素敵よねぇ、麗亜さんって」
「カッコいいんだよね、スマートで、セクシーで」
「男装の麗人って、ああいうのを言うのかな」
(ま、そりゃあロイエですから、ねぇ)
麗亜の後ろ姿に見惚れる仲間の生徒達を尻目に、澪は一旦自室に戻ることにした。
午前十時から、女王コンテストは体育館で開催される。
普段は共用の運動スペースとして解放されているこの場所は、広報部達の大活躍により豪華に飾られ、見違えるようなステージと化していた。
壇上には何処から持ち出したのかスポットライトが設置され、虹色のカーテンが背後に施されている。
そして向かって右端には何故か教室から持ち込まれたと思われる教壇が置かれており、そこに和服を纏った男子生徒が一人スタンバイしている。
体育館内は、既に三十分以上前から生徒達が集まり、満員状態になっている。
その盛り上がりはかなりのもので、離れた校舎でも歓声が聞こえる程だ。
その様子を舞台袖から見ていた澪は、想像以上の盛り上がりに恐れおののいていた。
「どどど、どうしよう! なんだか物凄いことになってきちゃった!」
「大丈夫だ澪、自信を持って行こう」
「うん、卓也……抱き締めて」
「え、今?」
「うん、ボクを勇気付けて?」
「あ、うん」
舞台袖まで来ていた卓也は、澪の身体を優しく抱き締める。
「あ~ゲフンゲフン。
澪さん、ニ十分後に開始しますので、スタンバイをお願いいたしますねー」
広報部の男子が、疎まし気に卓也を睨みつけながら唱える。
どうやら付き添いは一人一名までのようで、卓也の出番はここまでだ。
「じゃあ、俺は観客席から応援してるからな。
澪、とにかく頑張って」
「う、うん。
いったいどう頑張ればいいのかいまいちわかんないけどぉ~」
「自信持って行けば大丈b」
「はいはいはい、部外者の方はとっとと出て行ってくださいね~!」
無理矢理外に弾き出されていく卓也を不安げに見守りながら、澪は広報部が用意したという衣装箱を手に控えの部屋で佇んでいた。
そんな彼に、大勢の視線が集中する。
「うぐっ」
澪に突き刺さる視線の数、なんと二十四人!!
ざわざわ……
(た、卓也ぁ~……助けてぇ)
飛び入り参加OKのコンテストだが、当日になって突然十七人もの参加希望者が現れたのだ。
しかも、その全員が男性!
以前に澪に弟子入りを志願した五名は分かっていたものの、残りは皆、碌な準備もせずに会場入りしている。
しかも、どう見ても女王コンテストで優勝を狙うようなタマではない。
美しさなど全く求めていないような、モロに男男している連中が、全員股間を目一杯モッコリさせて立ち尽くしているのだ。
しかも、誰一人として着替えようともせずに澪の方を凝視している。
例の五人も、そんな彼らの態度を訝し気に窺い始めた。
そんな連中の合間を潜り抜け、制服姿の麗亜が素早く滑り込んで来た。
「すまない、澪!
やっと辿り着けた」
「麗亜! 来てくれたのね、ありがとう!!」
麗亜の登場で、控室の中に歓声が上がる。
だが当の本人はそんなものを無視して、澪に耳打ちし始めた。
(気をつけろ。あいつらは皆、出歯亀だ)
(で、デバガメ?)
(そうだ。
参加者を装って控室に入り込んで、君の着替えを直に見ようとしているんだ)
(ひ、ひえっ?!
それでこんなに大勢居るの?!)
(だから、ここで着替えるのは無理だな。
少し狭いが、舞台裏に行こう)
(そ、そうだね!)
麗亜は澪の手を引き、控室から舞台の裏側に入り込む。
その瞬間、控室で澪の着替えを今か今かと待ち構えていた連中が一斉にブーイングを唱え出した。
「ところで、リント君は大丈夫なの?」
「ああ問題ない。
途中で君の相方さんに逢ったので、頼んで来たよ」
「え、卓也に?」
「そうだ、彼は面倒見が良さそうだからな」
舞台裏に辿り着いた澪と麗亜は、先程スタッフから説明された通り、最初の衣装を着用することにした。
だが、衣装箱から出て来た服を見た途端、二人の顔が強張る。
「な、なんだこれは?!」
「ちょ! 何よこれ!
サイズ小さすぎじゃないのよ!」
澪が取り出した衣装は、白いセーラー服のようなコスチューム。
胸と腰にピンク色のリボンが付いており、青いラインの入ったミニスカートとカフス、ニーハイとキャップがセットになっている。
全体的に露出が多めなコスチュームで、どちらかというとアイドル用ステージ衣装という印象を受ける。
しかし、そのサイズが問題だ。
「これは……どう見ても百三十サイズくらいしかないな」
「子供用じゃないの? こんなの着れっこないよぉ!」
「そうだな、仕方ない。
僕がなんとかしてみる」
「あ、でも」
「気にするな、そのための付き人だろう」
そう言い残して、麗亜は壇上から飛び降りて行った。
カーテンの向こうから不安げに見つめている澪の姿を、天井に貼り付いている黒装束のアリスが見つめていた。
「お嬢様、大成功です!
やはり澪は、あの服が着られなくてまごついています!」
「オ~ホホホのホ!
ざまぁないわね、これならもう私の方にポイントが入るのは決定でしてよ?」
「その通りですね、お嬢様。
麗亜はスタッフに抗議しに行ったようですが、彼らには鼻薬を効かせてありますので、徒労に終わる筈です」
「鼻薬って、いったい何よ?」
「ベヨネッタです」
「ビエネッタ、ね」
阿呆なやりとりをしている間に、まもなくコンテスト開催の時刻が迫って来た。
観客席という名の、何もない場所に追いやられた卓也は、会場の隅っこの方に退避していた。
先程出会った麗亜に面倒見を頼まれた、リントも傍にいる。
「ねえ、リントくん?」
「……うん」
めちゃめちゃ警戒されているが、それでも反応はしてくれる。
「しばらくおじさんと一緒だけど、大丈夫かい?」
「……ママのとこに行きたい」
掠れるような小さな声で囁く。
ママという表現に一瞬戸惑うが、以前沙貴から聞いた話を思い出し納得する。
(そうか、この子は育ての親の麗亜を、ママと呼んでたんだっけ)
この子は、見た目こそ学生……というか殆ど小学生だが、中身はまだ幼稚園児並。
それを意識し、卓也は彼の傍に寄り添うことにした。
「今、ママはね、お友達のお手伝いをしに行ってるんだ。
すぐに戻って来てくれるから、お利口にして一緒に待っていようね」
卓也の言葉に少し安心したのか、リントは目線を合わせて大きく頷く。
そんな事をしていると、会場がにわかに盛り上がり始めた。
ステージを見ると、右端の教壇に立つ男子生徒がマイク越しに大声でまくし立てる。
『さぁ遂にやって参りました、この“学園”始まって以来のぉ一大イベント!
その名も“学園”女王コンテスト!
お集まり頂きました皆様の投票にぃよりまして!
今宵、“学園”最高の美女は誰か! 一番人気のある女生徒は誰か! を競いますぅ!
さぁさ、紳士淑女の皆々様! まもなく開演のお時間にごさいます!
銀幕……じゃなくて、こちらの舞台にご注目くださいませぇ!!』
(なんか無声映画の弁士みたいなことやってんなぁ)
脇に転がっていたパイプ椅子に座り、リントを膝の上に乗せると、卓也はステージに注目した。
『只今より、“学園”女王コンテストを開催いたしまーす!!』
広報部の女子生徒が、マイクで声も高らかに宣言する。
と同時に、体育館全体が歓声と絶叫で満ち溢れた。
怯えるリントの耳を手で塞いでやりながら、卓也は辺りをキョロキョロと見回す。
その時、視界の端に奇妙な光景が引っ掛かった。
(あれ? 澪?)
大勢の生徒達の中、制服姿の澪が、じっとステージを見つめている……姿が見えた気がした。
慌てて向き直るも、そこにはやはり澪の姿などない。
(見間違いかな?
第一、こっちに居るわきゃないしな)
目をこすり、卓也は改めてステージに視線を向ける。
隅っこの為、かろうじて端の方からステージが見られるようだ。
先程の弁士役らしき生徒が何かまくし立てているが、周囲がうるさくて良く聞こえない。
だがどうやら、参加者がステージに出て来るようだ。
「リントくん、一緒に見よう。
君のママがね、おじさんの友達のお手伝いをしてくれたんだよ。
どんな綺麗な恰好になって出て来るか、見てあげようね」
「うん」
意外と素直に反応を返す。
卓也は、膝の重みに耐えながら、澪の登場を今か今かと待ち焦がれた。
『それでは、早速参りましょう!
コンテスト参加者ナンバー1ぃ!!
本コンテスト唯一の女子枠! 皆さんご存じ“学園”のカリスマ的美女!!
誰が呼んだかゴージャス・クイーン!
ジャネット霧島の登場だぁ!!』
弁士の紹介と共に、会場をつんざくような高笑いが響き渡った。
『オ~ホッホッホッのホッ!!
皆様ごきげんよう。
本日はこの私、ジャネット霧島の為にお集まり頂きまして、感謝の念に絶えませんわ♪』
自信満々な態度でステージの左袖から登場したジャネットの姿を見るなり、突如、男子生徒達の爆発するような歓声が沸き立った。
「あれがそうなの?」
「あわわ、リントくん、あれは違うからね、絶対に!」
卓也は、思わずリントの目を手で隠した。
まるでライブ会場かよといわんがばかりの歓声に驚くが、その理由はすぐに理解出来た。
真っ赤なドレス
大きく腰まで開いた背中
アップにまとめた長く美しい金髪と、白いうなじ
そして何より、大きくカットされた胸元からこぼれんばかりに溢れる乳房
まるで映画に出て来るパーティドレスのような、大胆な仕様のコスチュームに身を包んだジャネットの姿は、男共の滾る性欲をダイレクトに刺激するには充分過ぎた。
これには、卓也も反応するしかない。
「おじちゃん、お尻に固いのが当たってる」
「え? あ、ご、ごめん!!」
思わずリントの座る位置を調整しなおす。
それにしても、さすが“学園”内の一番まともな女王候補。
ポイント稼ぎのツボはしっかり押さえているようで感心させられる。
女子生徒達の受けはイマイチのように感じられるが、それでも会場内の温度は三度くらい上昇したように思える。
ジャネットは、とても愉快そうに巨大な扇子を振り、まるで時代遅れのジュリアナダンスでも踊るように身をよじる。
その度に揺れる胸と、チラチラ見える背中が美しい。
上品な雰囲気なのに男の劣情をも激しく掻き立てるその姿を見て、卓也は
(おいおい、ちょっと待てよ?
コイツは予想外の好反応だぞ?
だだだ、大丈夫なのか、澪は?!)
と、心配になってきた。
持ち時間はどうやら五分程度のようで、ジャネットはさんざん色気を振りまいて舞台袖に戻って行った。
帰り際、男子生徒達に向かって胸を寄せて屈み「だっちゅうの♪ですわ」とやる様子に、卓也は頭を抱えた。
(古っ!)
その次に出て来たのは、何を思ったか普通の男だった。
似合わないカツラを被り、体格や身長に不似合いなフリフリの服を着て気味の悪いしなを作ってステージの上を行き来する。
これでは女装を通り越し、単なる“汚装”だ。
当然のように、会場からは激しいブーイングが炸裂する。
よりによって、これが五人連続で続くという拷問が展開された。
言うまでもなく、彼らは澪に弟子入りを志願した者達だ。
彼らの登場により、会場はどんよりと静まり返り、中には帰ろうとする者まで現れ始める。
そして、冒頭のような熱い歓声は全くなくなり、あげくにはブーイングの声すら上がらなくなってしまった。
さすがにこの展開はまずいと判断したのか、広報部員達は何やら相談を始めた。
『皆さん、お待たせしました!
本来であれば、この後まだあと十九人ほど参加者がアピールする予定でしたが、運営側の判断により“予選落ち”として十八人を選外と致しました!』
(予選て……い、いいのかそれ?!)
途端に盛り上がりを復活させる生徒達。
その向こう側で、肉塊としか言いようのない推定体重百数十キロの巨漢達や、ハリガネのような半裸のガリ男らが大勢、スゴスゴとステージ端から降りて行くのが見えた。
『お待たせしましたぁ!
それでは最後の一人にして真打ぃ!
神の悪戯か悪魔の所業か、誰もが振り返る美しさ、そして美貌を誇る“無敵の男の子”!!
我々は、数千万億に一つの奇跡を、今目の当たりにするぅ!!
男性なのに女の子! 女の子なのに男の子!!
“学園”に降臨したスーパーアイドル! 澪ちゃんの登場だあぁぁぁぁ!!』
弁士の告知に、会場が一瞬水を打ったように静まり返る。
同時に、全ての生徒達の視線がステージに集まった。
よそ見をしている者は、誰一人居ない。
どことなく、緊張感すら漂い始める。
皆が固唾を飲んで待ち構えている様子が、卓也にも痛い程良く伝わって来た。
「おじちゃん、なんか怖い」
「大丈夫だよ。
さぁ、いよいよママがお手伝いした人が出るからね」
リントの手を握り、卓也はゴクリと唾を呑み込む。
やがて、ステージ上にスポットライトが灯った。
その中に現浮かび上がる、一つの影。
長い髪を振り乱して振り返ったその姿を見た瞬間―-
会場は、割れんばかりの大喝采に包まれた。




