02-030 行末
「……なんで私がこんな目に……」
ブラックリスト入りが余程ショックだったのだろう。
分かりやすく不貞腐れるキヤマダに、
「リィミはどうなった」
ナオからバトンを受け取ったユラトが尋ねる。
「……失敗した実験の被験者の事なんて知らないですよ」
キヤマダは不貞腐れた表情のまま、さも興味なさげに、投げやりに答えた。
「死んだんじゃないですか」
――この男は、本当に。
失敗から学ぶ、という事すらしないらしい。
ユラトの後ろで、ナオはげんなりと脱力する。
「あんたのせいで……リィミは……」
「同意の上の事ですし」
「だからって……」
「私だって失敗しようとして失敗したわけじゃない」
「だとしても……!」
「私の何が悪いと言うんです?」
「人の命を……何だと……」
まるで反省の色のないキヤマダに、ユラトが静かに激昂する。
小さなナイフを構え、再びキヤマダに襲いかかろうとするユラトを――再びハルミが押さえ込んだ。
ハルミはアンドロイドだ。人が人を傷つけようとする場面は看過できない。
「止めないでください。こいつはリィミを……!」
「ユラユラ、気持ちは分かるけど」
ナオは少しばかり疲れた表情で言う。
「リスク管理だけは上手いみたいだから、そんなことできたとしてもどうせユラユラだけが犯罪者になる。それに――」
ナオは射すくめるようにユラトの目を見て、
「それをしたらキミもそいつと同じ」
ナオの言葉に――ユラトの手が止まった。
ナイフがその手からぽとりとこぼれ落ちる。
崩れ落ちるように地に腰を落とし、ユラトは両手で顔を覆い「ああああ……」と嘆きの声を上げた。
「あとは警察の仕事」
ナオが事前に連絡していたのだろう。
背後から足音がし、ギンジを始めとした見慣れた警察の面々が部屋に入ってくるのが見えた。
「あれ? なぜ??」
刹那、キヤマダの情けない声が部屋に響いた。
目を向けるト、キヤマダは、ARで必死に何かの操作をしている。
ボタンを押すような動作や、キーを叩くような動作をいくつも繰り返している。
が、思った結果にならないのだろう。
「なぜだ!?」「高い金を払ったのに、あいつら……」などと悪態をつきながら、苛立ちをまき散らしている。
そんなキヤマダの様子に、ナオは小さくため息を吐く。
キヤマダが操作しようとしているのであろう、この家に仕掛けられていた様々な仕掛けは、嫌がらせついでにナオが全て解除済みだ。
外部からの人の侵入を妨げる仕掛けも、身が安全に部屋から脱出するためであろう仕掛けも、何もかも一切無力化しておいた。
「どうぞ解除してください」とでも言わんばかりにおかしな仕掛けがそこかしこにあるものだから、面白半分で解除していたのだが、まさかこれを本当に使おうとするとは。
こんな研究室にそんな仕掛けを作って、よほど凄い研究をしているつもりだったのだろうか。
それとも研究ではなく、商売の方面で何か危ない橋でも渡っていたのか。
どうせこんな仕掛け、この超高度AI社会では何の役にも立たないのに。
こんな仕掛けを張り巡らせるその思考も感性も何もかもがもはや可哀想にすら思える。
憐憫を含んだ眼差しでナオが見る目の前で、キヤマダは拘束され、情けない顔でギンジ達に連行されていった。
その姿を見送り、一同は部屋を後にした。