02-026 出処
ケイイチが祈るような気持ち見つめるその前で――
「にしても、あの日記って何だったんですかね」
ユラトはそう、キヤマダに訊ねた。
「あんな僕らに都合のいい日記なんて……」
その言葉が、ケイイチの緊張と不安を、少しだけ緩める。
その発言が出るということは。
ユラトは日記の存在を公開されるまで知らなかった……?
リィミの失踪そのものには関わっていない、ということでいいのだろうか。
「ああ……」
ユラトのその言葉に、キヤマダの表情が、待ってましたとばかりにニヤリとした笑みに変わった。
「……あれ? キヤマダさん何かご存じなんですか?」
「ええ、まあ」
「何ですか。教えてくださいよ」
焦らすようにするキヤマダに、ユラトがお約束とばかりに次を促す。
そんな二人の様子を黙って見つめるナオが、分かりやすくイラっとした表情になっている。
ナオは基本的に、焦らすとかいった事が嫌いだ。
「なかなかいい材料でしたでしょう?」
「そうですね」
「あれ、実は私が公開したものでしてね」
「え、そうなんですか?」
「そうなんですよ」
「でも、キヤマダさんが書いたものじゃないですよね?」
「ええもちろん」
「じゃあ……」
「あれは、お客様からお預かりしたものでしてね」
「お客様?」
「先日キットをご利用のかたからお問い合わせをいただきまして」
「……?」
「もっとちゃんとアンドロイドになりきりたいとおっしゃる方で」
「へぇ……」
「そのお手伝いさせていただくお代がわりに、日記の執筆をお願いしてたんですよ。まさかこんな素晴らしい商材になるとは思いませんでしたがね」
「……なるほど。だったらもっと早くに教えてくれれば、準備とか色々できたのに……」
「そこは申し訳ありません。どのような反応になるか、私にも少々予想しきれなかった部分がありましてね。ご迷惑をおかけする事になるかもしれないので、あえて伏せた次第で」
「なるほど、そういう事でしたか」
「それに、雨谷さんがこういったお話に乗ってくるとも思ってませんでしたからね」
「それは……何というか、すみません」
「いえいえ」
ユラトとて、さすがに失踪そのものには関わっていなかったようだ。
ケイイチは少しばかりホッとする。
だが、やはり話している中身はあまり好ましいものではない。
結局のところ、失踪の状態にあるリィミの日記をうまく使って一儲けを企んだ事に変わりはないのだ。そんな発言ができる神経は、まるで信じられない。
「……ちなみに、その日記の主はどうなったんです?」
「どう、と言いますと?」
「ああええと、そのお手伝いって、どんな事をしたのかなって」
「ああ……」
キヤマダは、もったいぶるようにコホンと一つ咳をして、
「そのお客様なんですが、なかなかに面白いことをおっしゃる方でしてね。コスプレではなく、もっとアンドロイドに近いものになりたい、との事でしたので」
その表情がどこか得意げになる。
「私もね、研究者の端くれとして、昔からいくつかやってみたい実験があったんですが」
どう見ても商売人や実業家の類だと思っていたキヤマダというこの男、その実研究者であるらしい。言われてみればこの建物には、KIYAMADA RESEARCH LABORATORY という名があったが。
「電脳移植、というのはご存じですか?」
その一言に、興味なさそうにしていたナオの目が、鋭くキヤマダの方を向いた。