02-024 捕縛
◇ ◇ ◇
「これ、マズくないですか?」
都心にほど近い高級住宅街の一角。
ナオとハルミ、そしてケイイチはユラトが向かった先――大きな邸宅の庭にいた。
家主に断りもなく庭に入り込み、大きくあいた窓から家の中の様子をのぞき込む。
明らかに不法侵入なのだが、その割にはAIたちが静かだ。
警告もなければ排除される様子もない。
「大丈夫。サインあるからユラユラは協力者」
不安そうにキョロキョロするケイイチに、ナオはそう言って一枚の書類をARで見せた。
ユラトが協力を申し出た時にサインしてもらった書類だ。
その書類の文面に、ちゃっかりと『自身の行動を監視する事に関する許可』と『自身のいる場所に侵入する許可』というのが組み込まれている。
ラトさん多分これ読まずにサインしたんだろうな……とケイイチは思いつつ、しかし恐るべきはあのタイミングでこれを見越し、サインさせているナオの手回しの良さだ。
おそらく、さきほどの謎技術を使った強制AR通話も、この書類があって実現できた事なのだろう。
いくらなんでもプライベート空間に強制接続だなんてこと、何かの約束や許可もなしにできるはずがない。
「……な、るほど」
そんな騙し討ちみたいな形でゲットした許可でいいのか……? と思いつつも納得するしかない。
現に今だって、取り締まるドローンの類いも飛んでこないし、動けなくなったりもしていないのだから、AI達のルール的にも問題ない、ということになる。
「……ほんとに最初から疑ってたんですね……」
「そう言った」
「にしてもこの建物……」
ケイイチは家を見上げて、首を傾げる。
表札には「KIYAMADA RESEARCH LABORATORY」とあった。
恐らくは何かの研究所だと思うのだが、先に訪れた――といってもケイイチが見たのは焼け焦げた後の外観ではあったが――ラクサ博士の自邸とはまるで趣が違う。
シンプルな直方体、としか言いようのない、実用一辺倒の博士の邸宅と異なり、壁にはゴテゴテとした装飾が多数刻まれ、金ぴかの模様が眼にうるさい。
要するに――悪趣味だった。
「ユラユラはここのどこかにいるはず」
ここまでの侵入は許されているとはいえ、さすがにずかずかと家に入り込んでユラトを探すというのは憚られる。
ハルミの協力のもと、マイクロマシン経由で音の振動を拾い、屋内でのユラトの所在を探ってみる。
どうやら建物のやや奥のほうにいるらしいが、さすがに何を話しているかまではここでは拾えなそうだ。
……と、そちらに集中しすぎたせいだろう。
庭で放し飼いにされていたドーベルマン――いや、ドーベルマンの形をした警備ロボットが複数近づいてきていた事に、気づけなかった。
庭に異物を見つけ、けたたましく吠える犬たちに、一度「しまった」という表情になる。
「助手よ……」
「え、今の僕ですか?」
「ボクの成功はボクの成功。ボクのミスは助手のミス」
「先輩って歌うとボエーって音とか出ますか?」
「人はそんな音出さない」
どうやら家主は相当に警戒心の強いタイプらしい。
あるいはこの家に何かやましいところでもあるのか。
AIに任せておけば大抵の問題は起こらないこの世の中では珍しく、多数の警備ロボット集まってきて、ナオたちを取り囲んだ。
「さてどうしよ」
「どうにかできるんですか?」
「やろうと思えばできるけど、やったら多分社会的に死ぬね」
「……なるほど」
ナオはやれやれと首を振り、両手を上に上げた。
ケイイチとハルミもそれに倣い、二人と一機は、警備ロボット達に捕らえられた。