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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
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02-022 裏技

 それにつけても、わからないのはユラトの行動だ。


 言っていた事は、確かに正論といえば正論。

 だが、今一番やってはいけない対応だ。

 こういった出来事に疎いケイイチにだって、それくらいは分かる。


 でも、あれほど察しのいい、世渡りの上手そうな人が、そんな悪手を打つだろうか。

 何か理由がある?

 ありそうな気はする。

 だが、ケイイチにはそれがまったく想像つかない。


「ラトさんなんであんなこと……」

「さ」


 考え込むケイイチをよそに、ナオは淡々とリィミの分析を続けていた。

 ネットの人々がかなり詳細な足跡を集めてくれているので、ナオがやるべき事はさほど多くはない。

 ネット情報の真偽だけ見誤らないように気をつけながら、AIたちの持つ情報と突き合わせ、リィミがロストしたおおよその場所やロストするまでに経由したであろうプライベート空間を一つ一つ、丁寧に特定していく。


「だいたいわかったかな」


 失踪直前、IDが不確実になっていたリィミの行動は、ほぼ確定できた。

 滞在していた場所や、日記に出てくる「手術」の中身も、おおよそ推定できた。


 しかし――

 ナオの思考にチクチクと違和感を差し挟んでくるのは、やはりユラトのあの動画だった。

 その意図が、狙いがわからない。

 こうかな、という予想はある。

 だが、どこかしっくり来ない。


「しかたない」


 違和感には、素直に従う。

 それがナオのポリシーだ。 


「やるか」


 ナオはそう独り言つと、ごそごそと何かを探しはじめた。

 どこかから一本のケーブルを取り出してくると、髪をまとめ、うなじを見せる。

 首筋にそのケーブルをつなぐと、ナオは目を閉じた。

 そんなナオの様子をクソ童貞(ケイイチ)は少しばかりドキドキしながら見ていると、

 ナオは「そういえば」と言いながらケイイチのほうを見て、


「助手はユラユラと話したいことある?」

「聞きたい事はありますけど……」

「そ」

「……?」


 それだけ言って黙ってしまったナオに、ケイイチはただただ戸惑うしかない。


 もちろん、聞きたいことは、ある。

 だが、ユラトに聞こうにも、今朝からARコールは繋がらないし、メッセージにも全く既読がつく気配がない。

 あらゆる通知を切って、ネット経由のコンタクトを全て遮断しているらしいユラトに対して、こちらからどんな連絡をしようが届く事はあり得ない……はずなのだが――


「助手にはちと五月蠅いかも」


 ナオがそう言うや否や、ケイイチの視覚が突然グレーに染まった。

 そして同時に、耳にもザーッという大雨の時のようなノイズ音が鳴った。


「……!?」


 いや、よく見ると視覚を覆っているのはグレーではない。

 ランダムな色のドットが、空間を埋め尽くしている感じだ。古い映像で見た事のあるいわゆる「砂嵐」のカラー版、とでも言おうか。


 目と耳を完全に塞がれ、ケイイチは一瞬パニックになりかける。

 だがそれも一瞬のことだった。

 ノイズは次第に薄れていき、その中から掘り出されるように、次第に意味のある形と音が浮かび上がってきた。


「……?」


 それは10秒ほどの時間をかけて、「え……?」と戸惑うような人の声と、驚きに染まった人の顔に収束した。


「……ラト、さん……!?」


 それは、間違いなくユラトの姿だった。

 普段の動画で見るような、センスよくまとめた服を纏うわけでもなく、いかにも部屋着、といった服装のユラトが、お化けにでも出くわしたかのような表情で固まっている。


「元気?」

「……?」


 おおよそ場違いなナオの挨拶に、AR空間に浮かんだユラトの表情がなお一層戸惑いに染まる。


「急にごめんね」


 ナオの二言目で、ユラトはようやく今起こっている事を理解したらしい。


「え? 通話?」

「そ」


 ユラトは、未だに目の前で起こっている事が理解できていない、といった様子だ。

 それもそのはず、ユラトはデバイスの通話機能を全て完全にオフにしていたのだ。

 どんな方法を使ったとて、通話ができるはずはない。

 なのに――


「どうやって……」

「秘密」


 ナオはイタズラめいた笑みを浮かべる。


 種を明かせば、これはマイクロマシン達を使ったナオ専用スキル(チート)だ。

 ユラトの姿はAIたちの「視野」で取得し、ナオ達の姿をマイクロマシン経由で直接ユラトの視野に送りつける。

 デバイス不要の完全なピアツーピア接続。問答無用の強制AR通話。


 電脳のリソースを結構使うためエネルギー補助が必要になるし、そう滅多に使える手段ではないのだが、居場所の特定ができている相手なら無理矢理接続できる。音信不通になった相手の調査には有用だ。

 もちろん、プライバシーに関わるやり口なので、AIたちによる許可がなければ使えない方法なのだが、その辺りは既に手を打ってある。

 

「今、いい?」

「……だ……、いじょうぶ」


 強制的にAR通話を開始させておいて、今更通話しても大丈夫かを尋ねてくるのは何かの悪い冗談にしか聞こえない。

 とはいえそこを突っ込んだところで意味はないのだろう。

 察しのいいユラトは半ば諦めたように力のない笑みを浮かべつつ、渋々承諾した。


「……動画のこと?」

「ん」

「言わなきゃいけない事だったからね」

「そ」

「おかしな事言ったかな?」

「あれが本音?」

「……うん」

「そ」


 特別な方法であるが故か、ユラトの姿が、不安定に揺れる。

 だが、その目は真っ直ぐだ。やりたい事をした。間違った事はしていない。

 不安や後悔はない。

 そう訴えている。


 誰かに無理矢理やらされた、みたいな事もなさそうだ。

 そうナオは理解した。

 としたら――


「助手は何かある?」


 ナオは少しばかり考えを整理しつつ、ケイイチに水を向けた。


「あ……えっと」


 状況に戸惑いながら、ケイイチは


「あの日記って……えっと、リィミさんの日記なんですよね?」

「だろうね」

「でも、えっと、リィミさんってコミュニティではすごい礼儀正しい子って感じでしたよね」

「そっか、ケー君は実際に会ったり話したりしたことないんだっけ?」

「……はい」

「あんまりああいうコミュニティには慣れてなかったみたいでね。無駄に礼儀正しくなっちゃってたんだって。『あーしまじ折り目正しすぎウケる』って言ってた」

「じゃあ、普段はあんな感じなんですか」

「うん、あれが素。GAL語キツくて、僕も最初は何言ってるのか分からなかったな」


 ユラトがどこか遠い目をする。


「それが分かってて何であんなこと……」


 ケイイチの問いに、ユラトは答えず、ただニコリと笑みを浮かべた。

 これ以上話すつもりはない。

 ユラトの笑顔がそう言っている。


 ナオはそんなユラトの様子を見て、


「邪魔した」


 そう一言告げると、


「一応、教えとく」

「?」

「リミリミが失踪直前にいた場所」


 地図を表示し、ユラトに見せる。

 刹那、ユラトの表情に、何か違う色が混ざった気がした。

 だが、その表情の意味を問う前に、ユラトの姿はふっと消えた。


「あれ?」


 急に消えたユラトに、ケイイチは戸惑う。


「デバイス外したかな。ふーん」


 ナオは何かを察したように鼻を鳴らした。

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