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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
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02-021 速度

 ◇ ◇ ◇


 断末魔のような謎の文字列を最後に、リィミの日記は終わる。


 これを断末魔の叫びのように感じるのは、リィミが失踪状態にあることを知っているからだろうか。それとも、日記に書かれた「人間をやめる」という言葉のせいだろうか。 


 ネットでは、大勢の暇人がこの謎の文字列の解読を試みている。

 単なるミス、日記執筆AIの暴走、果ては宇宙からのメッセージだとか古代文明がどうとかいったオカルトな話まで飛び出しているが、今のところ成果は上がっていないようだ。


 何にしても、この日記は――辛い。

 アンドロイドとして過ごしたことで、人の闇を見、人に絶望し、命を絶った。

 どう読んでも、そうとしか読めないから。


 この日記の著者が失踪状態にあることを知る人はまだ多くはいない。

 おそらくは警察関係者くらいしか知らないだろう。


 だが、ユラトが焚き付けたこともあり、日記の主を見つけてやろうという動きは多くある。

 実際に、「この子なのでは」とリィミの名を挙げている人も既に何人もいる。

 だが今、この瞬間に生きているリィミ本人を確認できた人間は――失踪状態なので当然ではあるのだが――誰一人としていない。


 そんな状況で、日記の最後に書かれた「人間を辞める」という言葉も合わせて考えれば、日記の主はすでに亡くなったものと考えるのが自然だ。


 人の命が関わる事故が滅多にないこのAI時代、一人の少女が命を失ったという出来事は、あまりにセンセーショナルな出来事だ。

 だからこそ、その原因の一端を担った、ユラトを含めた様々な人々の行動を責める声が刻一刻と大きくなっている。


 6日目の日記に登場した盲目の人は、即座に特定された。

 その過去の行動や言動まで明らかにされ、さらし者にされていた。

 何より盲目であることが偽装に近いものであり、盲目を装うことで人に接触したいという己の欲を満たしていたことがバレ、あっという間に地位も何もかも失っていた。


 8日目の日記でリィミが見たというアンドロイドをいじめた子供達でさえ特定され、少女の心にダメージを負わせた悪ガキだ、とさらし者にされていた。

 彼らはいじめていたというよりは遊んでいたに近く、それくらいの遊びはどこの子供でもやっている事だ。それはさすがにやり過ぎだとケイイチも思うのだが、暇人の多いこの世界ではどうしたって過剰に反応する人が出てきてしまう。


 ナオが警察のAIの力を借りて行っていたような、リィミの行動の分析も着々と進んでいた。

 日記に書かれた出来事が、どこで起こり、リィミが目撃したり体験した出来事の当事者は誰なのか。

 公園で謎の告白をした老人や、リィミに性器を露出し触らせた男。リィミを壊そうとした男。リィミが走って逃げたルート。

 目撃者が数名でもいれば、その人の個人の記録から掘り起こされ、特定され、まとめられ、整理されていく。


 超高度に情報化され、超高度にAIが情報を操るこの時代、こういった炎上が起こったときは、何もかもが、早い。

 優秀すぎるAIアシスタントが、人の求める情報は即座に集め、まとめてくれる。

 それを人が広め、それを見た人から情報が集まり、整理され、また広められる。

 なにせ、働かなくても生きていける暇人だらけの世の中なのだ。

 大した興味がなくても、面白半分で飛び込んでくる人なんていくらでもいる。

 何か面白い情報が一つでも出れば、一瞬で拡散し、検証され、関連情報が洗い出され、また広まっていく。

 人の興味と関心があれば、情報は簡単に集まってしまう。


 加えて今回は、強い発言力を持つ、アンチAIメディアが大きな声を上げ、炎上を加速していた。


 日記に出てきた「奴隷」という言葉を取り上げ、ここぞとばかりにアンドロイドに依存する社会を四方八方に糾弾するそのメッセージは、普段はネットで起こる炎上に見向きもしない層にも届いてしまっている。


 近年でも稀に見る、多くの人を巻き込んだ大きな炎上。

 そんな中、あんな動画を公開してしまったら――


 ユラトの動画は即座にたくさんの人に共有され、瞬時に極大な炎が燃え上がった。

 すぐさまユラトの過去の動画が掘り起こされ、発言が切り取られ、悪い人間に仕立て上げられていく。

 長い時間をかけて積み上げてきた評判や信頼も、壊れるのは一瞬。

 ユラトの動画チャンネルのファンは恐ろしい速度で減っていく。


 ――それにしても。

 日記の公開から1日も経たずに、ここまでの展開だ。

 炎上なんていくらでもあるが、ここまでの早さと大きさのものはあっただろうか。

 あまりのめまぐるしさに、目が回りそうだ。


 リィミという、コミュニティでやりとりした事のある相手が失踪してしまっているのに、それを悲しむ暇もない。

 ユラトの行動を、その意味を考える時間もない。


 ケイイチは、めまいのするような気分で、ただただ溢れてくる情報を飲み込む事しかできずにいた。

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