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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
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02-018 燃料

◇ ◇ ◇


 その後いくつか確認をし、雑談をして、ギンジはまた仕事に戻った。


 再び二人に戻ったARルームで、ケイイチはただ日記と資料を読むことしかできない。


 ナオの事務所にでもいればナオの肩を揉むとかお茶を淹れるとかできる事も何かあるかもしれないが、バーチャル環境では邪魔にならないように黙る以外にケイイチが場に貢献できる手段などない。


 ナオはしばし無言になり、AR空間にたくさんのウィンドウを展開して作業している。


 日記の発信者から探る線は難しそうなので、日記の内容と、AIが持つリィミの失踪直前の行動、そして炎上によって刻々と特定されていく日記に登場した人々の情報も使ってリィミの行動を分析している――らしい。

 ナオの周囲で怒濤の勢いで情報が流れていく多数のウィンドウを眺めながら、ケイイチはひたすらに置いてきぼり感を味わい、そのまま置いていかれ忘れられ孤独の中でひっそり息絶えたくなる。


 そんなケイイチの耳に――フォンという通知音が鳴った。

 動画アプリの通知だ。

 中身を見ると――ユラトの動画チャンネルに新しい動画が追加された、との通知だった。


「……?」


 どうせ手持ち無沙汰なケイイチは、すぐさまその動画の再生を開始する。

 と――


「……え?」

「ん?」


 自分の見たものがいまいち信じられず、思わず変な声が出てしまったケイイチに、ナオが手を止め怪訝な目を向けた。


「あ、すみません、この動画……」

「これは何?」

「わからないです……」


 ケイイチがナオに動画を共有し、再生したナオはすぐさまケイイチと同じ渋面になった。


 このタイミングで公開されたユラトの動画だ。

 今炎上していることについての、何かの説明や釈明。そんな内容だろうと思って再生した。

 が、二人の目に飛び込んできたのは、その予想を完全に裏切るものだった。


「お伝えしたい事があります」


 固い声でそう告げるユラトは、普段あまり見た事のない、ごく真面目な表情をしていた。

 服装は、普段とは違う、きっちりとした正装。スーツ姿。

 姿勢をきっちり正し、真っ直ぐ前を見る形で喋るその姿は、大事なお知らせや謝罪などをする時にはよく使われるフォーマットではある。

 そこまでは、わかる。


 だが、その先が、違和感しかなかった。

 ユラトの表情にも口調にも、強い怒気が含まれていた。

 釈明や謝罪ではない。ユラトの纏う空気が、そうはっきり告げていた。


「今、色々な事を言われています。ですが――」


「それを僕に言われても困る」


 動画のユラトは、そう言い切った。


「僕に責任がある? どこに責任があるのでしょうか?

 包丁で手を切った人は、包丁を作った人間が悪いと言いますか?

 雨に濡れた猫を乾かそうと電子レンジに入れ、大事なペットを亡くしてしまった人が、電子レンジが悪いと責めるのですか?」


「僕の作ったコスプレ衣装に、何か重大な欠陥があったのなら、謝ります。

 僕の作ったコスプレ衣装を身につけたせいで、何か大変な目に遭ったというのなら、サポートしたい。

 でも、それは、僕の作ったコスプレ衣装を買ったコスプレイヤーさんご自身に対してだけです」


「今、騒いでる皆さん。

 あなたたちは第三者だ。

 僕の作った衣装を買ってもいない、酷い目にも遭っていない、そんな皆さんに対して、僕が何かする必要がありますか?」


「当事者じゃない人間に、僕をとやかく言う権利はない。

 僕がそれに対応する義務もない。

 正義面をして僕を悪く言う人間は、それこそが罪だと理解してほしい」


「当事者を、辛い思いをした本人を、僕の前に連れてきてください。その人にはできる限りのことをしたいと思います」


「それ以外の皆さんに何かを言われる筋合いはない」


「よいネットライフを」


 それが、ユラトの声明だった。


 言っている事は、言いたい事は――わかる。

 だが――どう考えたって、悪手だ。

 炎上に対する対応として、最もやってはいけないこと。

 「善意」で指摘する人に対しての、否定と反論。

 それは明らかに、火に油を注いでいる。


 人当たりもよく、察しもよく、見目麗しく、世渡り上手なイメージしかないユラトが、なぜこんな事を……?


 全く理解ができない。

 だって――ユラトだって、あの日記がリィミのものである事は、気付いているはずなのだ。

 気付かないわけがない。


 失踪し、今、生きているかどうかすら怪しいリィミが書いた日記。

 それが原因で起こった出来事に対する声明として、これは一体――


 最後の2日分の日記を、ケイイチはあらためて読み直しながら、ケイイチは、ユラトの態度の真意を測りかねていた。

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