02-012 発信
◇ ◇ ◇
リィミの日記は、二日目までは、わりあい穏やかに進む。
あっけららかんとした雰囲気と相まって、コスプレを自分もしてみたくなる、そんな空気さえある。
実際、冒頭を読んで真似してみたくなり、コスプレ衣装を注文した、という人もネット上で多数見かける。
その後の展開を読んでキャンセルする人も多いのだけど――
「でも、日記が今日公開されたってことは……」
「?」
「リィミさん、生きてるんですかね?」
「助手よ」
ケイイチの素朴な疑問に、ナオは大仰にため息を一つついてみせた後、可哀想なものを見る目でケイイチを見た。
「本人が予約投稿してもいい」
「失踪する前に本人が公開予約したってことですか?」
「委託もできる」
「ああ……預かった日記をまとめて公開とかありますね」
「少しは頭使お」
「……すみません」
「認証もあるから日記の中身が実体験なのは確かだけど」
「ですか」
「ん」
現実世界の人を認証するIDの仕組みと同様に、ネット上の情報にも認証というものがある。
たとえば日記をネットで公開する時、「私が書いた」という署名を付け加えれば、誰が書いた日記なのかをずっとAIが保証してくれる。
さらに必要があれば、書かれている内容が、現実で起こった嘘偽りのない内容である事も証明できる。
もちろん、話の一部を意図的に書かない事もできるので、その証明があるからといって書かれたことが全てが真実のまま、というわけではない。
が、少なくとも嘘や創作でないことだけは確実に証明できる。
リィミのものと思しき日記には、その認証がたしかに添付されていた。
執筆者の情報は匿名化されており、具体的に誰なのかはわからないようになっているが、少なくともこの日記が実在する作者の手によるものであり、現実に起こった事を元にした、嘘偽りのない内容である事は間違いない。
確かに実在する一人の少女が、確かに実際に経験した事を綴った日記。
だからこそ、世間で話題になり――ユラトが炎上しているのだ。
「誰が公開したんですかね?」
「さ」
ナオだって当然その辺りは調べている。
だが、匿名で公開された日記である事も手伝ってか、その情報はまだ入手できていない。
恐らく警察の超AIあたりなら、それくらいのこととっくに把握しているのだろうが、「匿名で書かれた日記を誰が公開したか」は、個人のプライバシーに関わる情報だ。
人がプライバシーを公開しているのはAIに対してであって、人に対しては厳重に秘密は守られる。
いくら警察に関わるナオであっても、この日記が失踪したリィミのものだときちんと確定し、失踪事件に関わるものだと確定しない限りはその辺りの情報は教えてもらえないだろう。
にしても――
一体彼女はなぜこの日記を書き、何のためにこんな日記を公開したのだろう。
告発、というには軽く、単なる日記と呼ぶには重い。
筆者がすでに失踪してしまっている、という事を知っているからそう感じるのかもしれないが、ケイイチにはもうよくわからない。
いずれにせよ、いちアンドロイドおたくとして、ケイイチにとってこの日記の内容は、見過ごせない内容であることだけは確かだった。