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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
47/74

02-007 体験

◇ ◇ ◇


(はぁ、はぁ、はぁ……)


 顔を覆うアンドロイドコスプレ用マスクの下で息を切らしながら、ケイイチは路地裏を全力疾走していた。


 ちなみにこの呼吸音、コスプレ衣装の機能で呼吸音だけうまい具合に消音されるようになっている。

 なぜならアンドロイドは呼吸をしないからだ。

 呼吸に伴う胸や肩などの動きもうまく誤魔化してくれる。

 まったく本当によくできた衣装だと思う。

 が、今は正直そのよくできた機能が厄介だ。

 だってこの姿で「実は中身は人間で、コスプレなんです」と言ったところで、まるで説得力がない――


「待てやこら」 


 走るケイイチの背後からは、世紀末っぽいガラの悪そうなお兄さんが二人、怒気を孕んだ血走った目で追いかけてきていた。


(こんな事になるなんて聞いてないんですが!?)


 心の中で叫ぶケイイチ。

 だが、それもこれも全部、自分で撒いた種がお見事に芽吹いただけの話。

 コスプレ衣装や後ろの二人を責めるわけにもいかない――


   ◇


 遡ること30分ほど。


 ケイイチは、見事に調()()()()()()いた。


 たかだかアンドロイドのコスプレをしているだけで、何を調子に乗る事があるのかという話なのだが、ケイイチにとってこの状況はまさに連チャン大当たり。大フィーバーだった。


 なにせ、このコスプレ衣装を身につけるだけで、人助けをし放題。


 ケイイチのかつての夢は、困ってる人の元に颯爽と現れ手助けをする、ヒーローになることだった。

 しかしこの高度AI社会でそんな事、AIが人よりもずっと上手に、完璧にこなしている。

 人間の出番なんてどこにもないし、ヒーローなんていうものは全くもって必要がない。

 何なら人が手助けすると詐欺なのでは、と疑われる事すらある。

 だから、そんな夢を見る事はやめた。

 3ヶ月ほど前、ナオと出会い、経験したあの出来事の中で、きっぱりと諦めた――つもりだった。


 ――しかし。

 今日、アンドロイド姿になってみて、気付いてしまった。

 アンドロイド姿になれば、誰もが自然に自分を頼ってくれる。

 アンドロイドを装うだけで、自分の善意の人助けを、誰もが素直に受け取ってくれる。


 実際、この都心にほど近いエリアに辿り着くまでに、何度となく助力を依頼され、ケイイチは何度も人の手助けをすることができた。

 荷物を運んだり、体調を崩した人を介抱したり、ちょっとした使い走りをお願いされたり。


 この手があったか、とケイイチはホクホクとし、さらにナオの「アンドロイドらしく振る舞え」という指令も手伝って、ケイイチは見事に調子に乗って、ホイホイと安易に依頼を請け負いまくった。


 だが――

 ケイイチは調子に乗るあまり、アンドロイドにはあって自分にはない、大事な能力のことを忘れていた。


 ケイイチは所詮、人間だ。

 アンドロイドほどの力もなければ、AIたちほど賢いわけでもない。

 そんな無力な人間が、アンドロイドの真似事をしたらどうなるかなんて、わかりきった事。


 コワモテのお兄さん二人に故障したバイクをガレージまで運ぶ手伝いを頼まれ、よし任せろとばかりに運ぼうとしてみたはいいものの、想像以上に重かったそのバイクをまともに運べず、手を滑らせて派手に倒してしまい、故障箇所をさらに増やしてしまった。


 お兄さん二人は瞬間沸騰で大激怒。

 腹いせにこのポンコツアンドロイド、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない、とばかりに追い回されているのが今、というわけだ。


(ヤバいヤバいヤバい!)


 そもそも自分が悪いのだし、「アンドロイドらしく振る舞え」というナオの指令に従うならここは一発殴られるべきなのかもしれない。

 しかし殴られたりするのはさすがに怖いし痛いのは嫌だし。

 殴られそうになったらきちんと身を守るのもアンドロイドらしい行動……なはず。多分。

 ――いや、何かに失敗して怒られるアンドロイドというのが世に存在しないので、アンドロイドコミュニティでもそんな記録は見た事がない。ので、本当にこれでいいのかはわからない。

 

 兎にも角にもケイイチは全力で逃げた。

 ヒーローたる物、ということでそれなりに体だけは鍛えていたお陰もあってか、必死に走りまくった末、二人を何とか振り切る事はできた。


 が、すっかり息も切れ切れ、足もガクガクで、しばらくは動ける気がしない。

 かといって疲れた様子でゼェハァしてるアンドロイドというのもおかしいので、ケイイチはいそいそと人目につかない路地裏に逃げ込んで息を整えた。


 休息のついでに地図を開き、自分の現在位置を確認する。

 運良くナオが必ず通るようにと指定した地点の一つが割と近い。

 つい調子に乗って余計な事をしてしまったしなんなら本来の目的を忘れかけていたが、今はナオの指令が最優先だ。


 しばらく休んで呼吸をある程度整えるとケイイチは、ビシッとアンドロイドらしく姿勢良く立ち、目的地を目指して歩を進めた。


 そして、ナオの指定ポイントに無事到着し――


(え……)


 そこは何というかもう色々とヤバさがヤバかった。


 壁にはグラフィティ的な落書きが書き散らかされ、AIからの自由や、アンドロイドの破壊を訴える、ケイイチとしては全く賛同できないポスターがあちこちに貼られている。

 地面には大量のゴミが散乱し、酒瓶があちらこちらに転がっていて、薬品っぽい匂いや、腐敗臭、アンモニア臭など、嫌な匂いが漂っている。

 タトゥだらけの肌を晒して地面で寝息を立てているゴツいお兄さんもいるし、隅のほうで酒らしきボトルを片手に、トロンとした目でケイイチを見る目線も複数ある。

 

 ……もうなんというか、見るからに治安が悪い。

 さらにその場に足を踏み入れた途端、ケイイチのARデバイスがネット接続できないとエラーを訴え始めた。


(まさかここって……)


 どういう仕組みで出来上がるのかは分からないが、建物の密集する都心には、ごくごく稀にネットが繋がりにくく、なぜかAIの監視網がきちんと機能しないブラインドエリアと呼ばれる区域ができる事がある。


 気まぐれにふっと出来上がり、いつの間にか消えてしまうブラインドエリアは、発見されると必ずその周辺の治安が悪化する。


 もちろん、情報公開(オープン)民であれば各個人の側で情報はきちんと記録されているわけだし、ブラインドエリアだからといって、悪い事が好き放題できるわけではない。


 だが、何となく監視網から逃れられるイメージと、ネットに繋がりにくいことでロボットやアンドロイド達が多くは近寄らないこと、マイクロマシン濃度が薄く、ここで怪我をしたりするとそれなりに危険、という事もあいまって、危険を愛する悪ぶった感じの人々が、誘蛾灯に誘われる蛾のごとく吸い寄せられてくる。


 そうして集まってきた悪ぶりたい連中が、夜な夜な喧嘩をしたりなんやかんやと危険な事をするので、あっという間に周辺の治安が乱れていくのだ。


 とはいえブラインドエリアが特に危なくなるのは夜の時間帯。

 お天道様が高い位置にある今の時間帯はさほど危険な事はない――はずなのだが、漂う空気がもうヤバいし、噂に名高い危険エリアを通り抜けるというのは、図体の割に小心者であるケイイチには中々にハードなミッションだ。

 しかもケイイチは今、アンドロイド姿なのだ。

 人間ならともかく、この場を通り抜けるアンドロイドなんて、誰に何をされてもおかしくない。


 ――正直、生きた心地がしない。


 こんなところに出向かせるとか、もしかして自分の雇用主は鬼なのでは……と思いつつ、しかしこんなところを命令で無理矢理通らされる事にほんのりと興奮もするドM(ケイイチ)は、奇異なものを見る視線の中を、ビクビクしながらなんとか通り抜けると、その先の路地裏でほっと一息をついた。


(もしかして、もうあと二つもブラインドエリア……?)


 そんなケイイチの予感は、見事に的中した。


 ヤバさしかないブラインドエリアを肝を冷やしながらもう二つ通り抜け、他にも、急にアホみたいに重い荷物を運ぶのを手伝わされたり、学校帰りの子供にはいきなりヒーローごっこの悪役にされたり、なんやかんやと大変な目に遭い、なんとかナオの家には辿り着く頃には、ケイイチは息も絶え絶え、体もズタボロ、酷い状態になっていた。

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