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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
46/74

02-006 準備

◇ ◇ ◇


一方その頃――


「どうしよ……」


 ナオにいきなり送りつけられたアンドロイドなりきりコスプレキットを中途半端に身につけた状態で、ケイイチは焦っていた。

 所詮はコスプレ、とたかを括っていたところ、思った以上にキットの装着手順が複雑だったせいだ。


「えっと、これをこうして……あれ、違う?」

 

 キットが届いてから15分ほど。

 生き方はともかく手先だけはそれなりに器用なケイイチをもってしても、ようやく下半身の装着が終わったところだ。

 より複雑そうな上半身の装着には、まだまだ相当な時間がかかる。


 ナオからの指示は「2時間以上かけて」ということだったわけだし、時間のリミットは指定されていない。別にそこまで焦る必要はないといえばないのだが、しかし「2時間以上かけて」と言われて、ちんたら何時間もかけていいわけではない。

 「2時間以上かけて」と言われたのなら、2時間以上2時間半まで、くらいの間にミッションを終えるべき。ケイイチの社畜魂がそう叫んでいる。


 ――だというのに。

 このコスプレキット、あまりに複雑すぎる。

 いや、キットそのものはよくできている、と思う。

 パーツは多いが、正しく着装できている時だけ光るパーツなどもあり、間違った形での装着はできないように細やかな配慮がなされている。

 手順さえきちんと理解できれば、2度目からは5分くらいですんなり着装できそうな予感はある。


 一番の問題は――マニュアル代わりに添付されていた、装着の手順を説明する3D動画だ。

 これがもうとにかく酷い。

 制作コストをケチったのか何なのか、アンドロイドになりきるためのコスプレキットの装着手順をアンドロイドが説明し実演するという非常にシュールな動画になっていて、まるで頭に入ってこないし分かりづらいことこの上ない。おまけに実演するアンドロイドの頭部パーツがかなりレアなタイプで、マニア心をくすられてしまって全く集中できないときた。


 これだったらまだネットで買った人のレビューとか説明とか見た方がいいような……。

 いや、というかそもそも、ラトさんが監修したものならラトさん自身の解説動画とかあるのでは、という事にようやく思い至る事ができたのは、キットを8割ぐらい装着してからだった。

 取扱説明書があるのなら、それがどんなに酷かろうがバカ素直にクソ真面目に取説に従ってしまう。そんな融通の効かなさこそ、ケイイチがケイイチたる所以である。


 ユラトの動画を見つけてからはすんなりと装着が進み、ケイイチはトータルで25分ほどで装着を終えた。

 そして鏡に映る自分の姿に――ケイイチは素直に驚いた。


 もちろん、衣装のクオリティの高さは知っている。ほんの一部ながら、その監修に協力だってしたのだし。

 しかし写真や動画で見るのと、実際に着てみた自分を見るのではまるで話が違う。


「すごい……」


 それは、どこからどう見ても、アンドロイドだった。

 少し古めの、屋外での活動の多いタイプの機体そのものの外見。

 アンドロイドにうるさいどころじゃないケイイチの目から見ても、違和感がまるでない。

 すらりとした無駄のない美しいボディラインが、しっかりと再現されている。


 そもそも、だ。

 人の肉体を覆う形で装着するのだし、無駄にガタイだけはいいケイイチの肉体を、どううまく覆ったとてアンドロイドらしい細身の姿になんてなれるはずがない。そう思っていた――のに。


 さすが「表面」にかけては超一流のラトさん、というところか。

 表面に施された緻密な光学補正――光をコントロールして、太いものを細くみせるなど、実際と違う形に見せる技術――によって、どの角度から見てもスラリと美しいアンドロイドのボディの曲線が見事に再現されている。

 これはもうなんというか感服だ。アンドロイドに対する愛情と執念をひしひしと感じる、本当に素晴らしい職人芸としか言いようがない。

 ケイイチは感涙にむせびつつ、所詮は量産型のコスプレ衣装、と心のどこかでナメてかかっていた事をユラトに全力で謝罪したくなった。


 しかし――

 と、鏡の中のアンドロイドに見とれつつもケイイチは考える。

 ここまでのリアルさとなると、この姿のまま家の中をうろつくのはマズい。

 アンドロイドマニアを自認するケイイチの目をもってしても、全く違和感の無いアンドロイド姿なのだ。

 この姿を見て、「これは人間がコスプレしてるな」と思う人などまずいないだろう。

 このままの姿で家の中をうろつけば、家族からは見ず知らずのアンドロイドが屋内に侵入したと思われるに違いない。


 さてどうしたものか――と考えて、そういえば装着した時、顔のマスク部分だけは、妙に外れやすそうな作りになっていた事を思い出した。

 なるほど、こんな事態も想定済み、という事なのだろう。

 ケイイチはコスプレ衣装の頭の部分を一旦外し、顔だけ人間になって部屋の外に出た。


 歩いてみると、アンドロイドらしく行動できるようにするためだろう。姿勢を矯正する仕組みも入っていて、普段から猫背気味のケイイチには、姿勢の維持が少しばかり苦しく感じた。

 だが同時に、なんだか少し体が楽になったようにも感じられる。

 姿勢の矯正によって、体が骨格によってうまく支えられていて、無駄なエネルギーを使わずに済むようになった。そんな感じだ。


 世のアンドロイド達がみんないい姿勢をしているのも、ちゃんと理由があってのことだったんだな、と地味に感心しながら、ケイイチは階段を下り、玄関に向かい――


「えっ……」

「あっ……」


 丁度外から戻ってきた妹のサリュと鉢合わせになった。


「お兄……」

「いやこれは違くて……」


 可哀想なものを見るような目で見るサリュに、ケイイチは慌てて弁明しようとするが、サリュは「大丈夫。サリュはどんなお兄でも大事にできるから」とだけ言うと自分の部屋のある二階に逃げるように駆け上がっていった。


 サリュは自分の兄が重度のアンドロイドおたくである事は知っている。

 きっと多分恐らく趣味をこじらせたくらいに軽い感じで思ってくれているに違いないと頑なに信じたいが、そんな趣味をこじらせた兄な時点でアウトなのではないかと思い直しましたので私はこのままアンドロイドとして生き、人としては皆の前から消えたいと思います本当にありがとうございました。


 気を取り直して家の外に出て、周囲に人がいないのを確認し、あらためて完全にアンドロイドになりきるために顔面のパーツを身につける。

 こうなってしまえば、もうこれがケイイチだと気付く人はいないだろう。

 今から僕はアンドロイドであって、東畑ケイイチではない。

 そう自己暗示をかけて、アンドロイドになりきったつもりになり、ケイイチは歩を進めた。


 ケイイチの家は郊外にあり、ナオのマンションは都心にある。

 自律車を捕まえて行けば10分もかからない距離なのだが、2時間以上かけて、というのがナオから与えられたミッションだ。最近少し運動もサボり気味だし、ここは地道に歩いて向かうのがいいだろう。


 時間の指定以外に、ナオに与えられたミッションは3つ。


 1.常に油断することなくアンドロイドらしく振る舞うこと

 2.人に何か依頼されたら、アンドロイドらしくきちんとこなすこと

 3.添付された地図上の3箇所、マーカーの地点を経由すること。順序は問わない。


 見た感じそんなに難しいことではなさそうだ。


 ――と、ナメてかかった事を、ケイイチはすぐに後悔することになる――

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