02-005 切掛
沈んだLatoの表情に、爽やかイケメンが憂いに満ちた表情になるとそれだけで絵になるんだなぁ、などとケイイチはしょーもない事をぼんやりと考え、そんな事考えるタイミングじゃない、と我に返る。
「……警察だったらぼくも本名で話したほうがいいのかな」
「あ、えっと、警察に関わってるってだけで、警察そのものではなくて……」
「そうなの?」
「そんな警察だなんて恐れ多い」
実は一緒に喋っている黒髪の少女のほうが警察なんかよりももっとずっと恐れ多いのだが、そのあたりは普段から容赦なく雑に扱われ足蹴にされているお陰か、あまり強く意識せずにいられている。
「だから本名とかは大丈夫です」
「でもまあ、僕もケー君の本名も知っちゃってるしね」
「それはうっかりで……」
「どうせ調べれば分かる事だし、今更隠す事でもないしね。……ってことで、じゃあ改めて」
そう言うとLatoは居住まいを正し、軽く頭を下げながら、
「雨夜ユラトです。職業は動画配信者、かな。19歳で絶賛恋人募集中☆」
そう言ってウィンクを一つした。
「……」
どちらかというと陰の者である二人は、そんなユラトにどう反応したものかと止まってしまった。
「ち、ちなみにそういえばラトさん、MIRさんの本名って……?」
「リィミ、だよね」
「はい」
「最近連絡は?」
「4ヶ月前くらい前だったかな。一度『最近どう?』みたいなやり取りして。その時は元気そうだったな」
「そ」
「で、先月に一度コスプレイベントのお知らせ送ったんだけど、返事がなくて。
それから何度かメッセージ送ったり連絡したんだけどつながらなくて心配してたんだ」
「コミュニティでも最近見ないねってちょっと話題になってましたよね」
「うん。でもまさか失踪とはね……」
「……はい」
「コミュのみんなは?」
「まだ知らないです……というか、僕も今さっき知ったばかりで……」
「そうなんだ」
「えっと、M……じゃなくて、リィミさんをコミュニティに招待したのってたしかラトさんでしたよね?」
「そう。1年半くらい前だね」
「どういう知り合いだったんですか?」
「ああ、アンドロイドになりきるっていうコスプレ僕がやってるの知ってるよね?」
「はい」
「それを検索で見つけて興味持ったんだって。メッセージもらって、それがきっかけで仲良くなって。
時々一緒にコスプレしてイベント出たり、動画にも出てもらった事あるよ」
言いながら、ユラトはリィミが出演した動画のワンシーンを見せてくれた。
「あ、この人だったんですね」
その動画はケイイチも見た事があった。
「みんなでアンドロイドになりきってみた」と題されたその動画には、ユラトとそのコスプレ仲間がアンドロイド姿になって過ごす一日が、面白おかしく編集され記録されている。
その動画に登場していたコスプレ仲間の一人が、彼女だったらしい。
浅黒い肌の、どことなくエキゾチックな顔立ちの女の子だ。
ゆるくウェーブのかかった黒髪に、赤のメッシュがよく映えている。
ユラトのような分かりやすい整った顔立ちではないが、表情が豊かで愛嬌があり、人に好かれそうなオーラがある。
動画では脇役ながら、いい意味で目立っていた。
「もっとアンドロイドのことよく知りたいって言うから、コミュニティに招待したんだよね」
「じゃ、リミリミはアンドロイドなりきりコスプレイヤー?」
「そう」
「コスプレ衣装、すごいですよ。どう見てもアンドロイドにしか見えない感じで」
「そういえばケー君にも衣装作り手伝ってもらったよね」
「あー、頭まわりですよね」
「そうそう! 懐かしいな」
ケイイチはコミュニティの写真ライブラリから、コスプレするユラトたちの姿の3D写真を探してナオに見せた。
「よくできてる」
「ですよね!」
「今ならこの頃の衣装を元にしたなりきりセットなんかも売ってるよ。ぼくがしっかり監修したからリアルさは保証つき」
「そんなのあるんですか?」
「へぇ」
そんな話をしていると、突然コツコツという音がケイイチの耳に届いた。
ARではなく、現実世界側の音だ。
不審に思って音のしたほうをに目を向けると、ドローンがケイイチの部屋の窓を叩いている。
「……あれ、すみません、何か届いたみたいで」
今日届くような荷物はなかったはずだけど……と、訝しく思いつつ、しかし宛先は間違いなく自分のようだ。首を傾げつつ、差し出された箱を受け取る。
間違いで届いたものだったら返送しないと……と、早速開けてみると――
「えっ……」
中には、今しがた話に出てきたばかりのアンドロイドなりきりコスプレセットらしきものが入っていた。
「届いた?」
「えっと……?」
そのナオの一言で、おおよその状況を理解する。
要するに、ユラトの話を聞いた瞬間にナオがコスプレセットを発注して、それが今ケイイチの元に届いた、ということか?
なんでナオの元にではなく、自分のところに届いたのかは謎だけど……っていうか毎度の事ながら何もかもテンポが早すぎる。
ケイイチが目を白黒させていると、
「じゃ、助手は今からそれ着て」
「はい?」
「この場所通って2時間以上かけてボクん家まで来ること」
「は?」
「道中はこのミッションをこなすこと」
「いやあの……」
「スタート」
「ええええ?」
ナオがそう言うなり、ケイイチはARルームから蹴り出され、視界にはナオからの指示書だけがぽつんと残った。
しばし呆然とするケイイチ。
しかしそこはさすがの社畜魂である。上からの命令には逆らえないしなんなら命令されることが嬉しいまである。
ケイイチは「仕方ないな……」と、僅かにニヤけつつ、急いでコスプレセットの検分を始めた。
◇ ◇ ◇
「強引だなぁ……」
ケイイチを追い出し、二人きりになったルームで、ユラトは呆れたように言った。
「気にしなくていい。あれが助手の仕事」
「優しいんだね」
「?」
「詳しく説明したらケー君尻込みしちゃうし、あれくらいの強引さじゃないと、ってことだよね」
「察しのよすぎる人は嫌い」
どうやらナオがケイイチにやらせようとしている事を、この青年はおおよそ察したらしい。
ケイイチの性格もよく把握している――のは、ナオよりも付き合いが長いのだから当然か。
「それから」
「?」
ユラトはにっこりと微笑むと、
「ぼくと二人きりになるため、だよね☆」
「……」
「罪作りだなぁぼくは」
「冗談もほどほどにしないと命に関わる」
「おーこわいこわい」
言いながら笑うユラト。
しかし、その目の奥は笑っていない。
「でも、ケー君抜きで話がしたかった、っていうのは合ってるでしょ?」
「助手の口にユラユラの爪の垢ぶち込むから今度頂戴」
「爪の手入れするときにでも取っておくよ。で……?」
何が聞きたい? とユラトの目が言っている。
ナオは少しばかりのやりにくさを感じつつ、
「ユラユラは失踪、悲しくないの?」
端的にそう訊ねた。
単刀直入。
それがいつだってナオのスタイルだ。
まどろっこしい探り合いをするには、普通の人間は遅すぎる
「……どうして?」
「あまり驚いてなさそうだった」
リィミの失踪を告げたときのユラトは、確かに驚いてはいた。沈んだ表情にもなってはいたが、ショックで取り乱す様子もなく、静かに受け入れていた。
少なくともナオにはそう見えた。
「ああ……」
ナオの真っ直ぐな疑念に、ユラトは少しだけ間を置き、
「リィミは猫みたいにちょっとつかみ所のない子だったからね。失踪っていうのも似合う気がしてしまって」
「そ」
「またふらっと現れたりしそうな」
「IDロストしていてそれはない」
「はは……本当に容赦ないな」
「ボクに容赦だとか配慮だとかそんなものを期待するほうが悪い」
そんな物言いばかりするナオに、ユラトはどこか遠い目をした。
「仲良くしてた子だからね。ショックではあるんだ」
小さくため息を一つ。
その表情が再び沈む。
だが、悲嘆に暮れるようなところまでは沈まない。
悲しいと思ってないわけではないが、それ以上に大事な何かがある。ナオにはそんな表情に見えた。
「失踪の理由に心当たりは?」
ナオの質問に、ユラトは静かに首を横に振った。
「そ」
ナオはそれきり黙り込んだ。
二人の間に、しばし静寂の時間が流れる。
矢継ぎ早に高速なコミュニケーションをしていたナオが急に止まるものだから、ユラトの表情に少しばかり戸惑いの色が表れる。
が、ナオはまったく気にする様子もない。
「ケー君とは長いの?」
「3ヶ月」
やむなく当たり障りのない話題で場を繋ぐユラトに、ナオは短く返した。
「ということは……コミュニティに入った頃が初対面くらいだったんだ」
「そ」
「ケー君は本当にいい子だから仲良くしてあげてね」
「あれは助手。しっかりこき使う」
「助手、か。でもそれだけでもないでしょ?」
ユラトがケイイチと楽しく思い出話をしていた時、少しだけ面白くなさそうにしていたナオを、ユラトは見逃していなかった。
「……察しの良すぎる人は嫌い」
ナオは小さく眉をしかめた。
どうにもやりにくい。
稀にいるのだ。
思考速度云々を越えて、やりとりの外側にある情報を自然と掴んでコミュニケーションに乗せてくる人間というのが。
ナオは頭の回転は速いが、決して察しがいいわけではない。
電脳の制約により、幼少期から人との関わりをできる限り避けてきた事もあって、ナオの対人コミュニケーションスキルは実のところかなり低い。
低いスキルを、超高速回転する頭脳でもってじっくり考え補う事で真っ当なコミュニケーションを成立させる。それがナオの対人コミュニケーションの実際だ。
そんなナオにとって、こうして言葉の外にある情報を巧みに掴んで投げ込んでくる人間というのはなかなかにやりづらい。
明示されていない不完全な情報を探りつつコミュニケーションを取るのは、少々骨が折れる。
正直――面倒。
それに、これ以上引き出せる情報もなさそうだ。
ナオはそう判断し、話をいったん切り上げる事にした。
「聞きたい事は聞けたから、一旦OFF。助手が着いたらまた連絡する」
「りょーかい☆」
「その軽さどうにかならない?」
「皆に愛を届けるのがぼくの役目だからね☆ もちろん君だって例外じゃない」
「そんな軽薄な愛とやらは届かない」
「手厳しいね。でもそれがナオちゃんの可愛いところ」
「……」
「じゃ、また後でね☆」
少しばかり疲れた表情のナオの目の前で、満面の笑みで手を振り返してくるユラトの姿が、ふわりと光になって消えた。
退室時の演出までこだわっているあたりはさすが動画配信者、というところだろうか。
ナオは、そんなユラトの様子に小さく引っかかる何かを感じつつ、その正体はよくわからずにいた。
ナオは決して、察しは良くないからだ。