02-004 対面
光の中から登場した一人の青年。
ラフに整えられた金髪に、筋の通った鼻、長い睫、グレーの瞳。
どこか中性的な雰囲気だが、絞った体には男性的な力強さもある。
整った照明の中、白と赤の洒落た椅子に腰を落ち着け、柔らかに微笑むその姿は、どこからどう見てもアイドルかモデルか、といった雰囲気だ。
「みんなのお兄さん、Latoです」
そう言ってLatoは一つウィンクしてみせた。
「……」
そんなLatoの登場シーケンスに、ナオの微妙にわかりにくい表情が、あからさまにげんなりした色に染まった。
どうやらこのノリと空気はお気に召さなかったらしい。
そんなナオの様子を察し、
「ああえっとすみません、 Latoさんご無沙汰してます」
慌てて場を取り持つケイイチ。
「あ、ケー君もいたんだねご無沙汰~。そしてN/Aさんははじめまして」
「お初」
さすがにナオとて自分から呼び出しておいてノリが合わないからとガン無視するほど非情ではないらしい。
コミュニティで使っている「N/A」というニックネームで呼びかけられると、少しばかり不機嫌さを残しつつもきちんと挨拶を返した。
「そういえばN/Aさんはケー君が招待してたんだっけ」
「ですです」
「こんな美少女と知り合いとかケー君も隅に置けないな」
「えっと……」
そんな二人のやりとりを聞きながら、ナオが横で「ケー君て」と、肩を小さく震わせている。
「ら、Latoさんだけですよそう呼ぶの」
「助手に親しくしてくれる人がいた事に驚き」
「僕の事なんだと思ってるんですか」
「助手?」
「ああええと、最近こちらのN/Aさんのお仕事のお手伝いみたいな事をしてまして」
「へぇ、そんなに小さいのに仕事って偉いね」
「ボクは……」
「ああえっとすみません!」
瞬間沸騰で青筋が浮き立ちそうなナオの様子に、ケイイチが慌てて割って入る。
ナオは電脳化された副作用なのか、体があまり大きくは成長せず、実際の年齢に比して外見が極端に幼い。
そのくせ思考速度が極端に速いものだから、主観時間で生きた年月は長く、精神面では十分に大人だ。
そんな、見た目は子供、頭脳は年増のナオに対して、年齢と外見の話だけはタブーだ。
「こ、こう見えて先輩は先輩なので」
「こう見えて?」
「ああいやその……」
「え? もしかして、ケー君より年上?」
「あ、えっと、上ではないんですが精神的にはずっと先輩です」
「よくわからないけど分かった」
ケイイチの言動から二人のおおよその関係性と地雷原の位置を把握したのだろう。Latoはニコニコと頷くと、それ以上の追究はしてこなかった。
「二人は仲がいいんだね」
「心外」
「そんな恐れ多い」
「なるほどね」
心底嫌そうな顔をするナオと、全力で否定するケイイチ。
そんな二人の反応に、微笑ましいものを見るようにLatoは柔らかく笑った。
その笑顔がまた輝くような美麗さで眩しい。
きっとこの笑顔に撃ち抜かれた人間は、男女問わずたくさんいるのだろう。
このイケメンめ……と思うが、だからといって嫉妬心のようなものがまるで浮かんでこないのは、Latoの人徳というものか。
どちらかというとそんな徳の高さというか人としての格の違いのほうに嫉妬する――って結局嫉妬してるじゃん、とケイイチは自身のあまりのケツの穴の小ささに便秘が極まって死にたくなった。
「ケー君最近ちょっと付き合い悪いなぁと思ってたらそういう事だったんだね」
「いやあの」
「つれないなぁ」
Latoはそう言って少しツンとした表情を浮かべ、
「ケー君の事ちょっといいなって思ってたんだけどな」
「え……」
その一言に、ケイイチが固まる。
「Latoさんて、そっちだったんですか?」
「僕は老若男女誰でもイケる口だよ☆」
「そ、そうなんですね」
「物好き」
「N/Aさんだってもちろん守備範囲だよ?」
「それこそ物好き」
作ろうと思えば男性同士だって子供を作れる時代だ。
性別を問わず愛せる人間は普通にどこにでもいるし、世の中の性癖というのものは大変に幅広い。
そんな事はケイイチも頭では分かっていたつもりだったが、まさかLatoが自分をそういう目で見ていたとは知らず、ケイイチは目を白黒させた。
一方のナオはそういった事を言われ慣れているのか、はたまた興味がないのか、Latoの言葉をまるで気にしていない様子だ。
「ちなみにN/Aさんはぼくの事は?」
「外装マニアなのは知ってる」
Latoは、見る限りアンドロイドおたくコミュニティというディープでウェットな場にはそぐわない種類の人間なのだが、こう見えて重度のアンドロイドマニアである。
特にアンドロイド達のデザインや外装、表面処理の分野に限れば、おそらくコミュニティ内の誰よりも詳しい。
「それ以外の活動は?」
「知らない」
「そっかぁ……それなりに知られてるつもりだったんだけどな……」
ナオの返答に、Latoは大袈裟にシュンとなってみせた。
「ああええと……Latoさんは動画配信とかやられてて、結構な人気で」
「ボクは動画見ないから」
「そうなんだ」
映画などはともかくとして、情報系の動画はナオの思考速度には合わない。
視覚も聴覚も使わなくてはいけない割に、単位時間あたりの情報量がそこまで多くない動画というメディアは、ナオにとってはまどろっこしく面倒くさいメディア以外の何物でもない。
必要があれば超高速で再生して見たり、AIに頼んで内容を文字やイメージにまとめてもらって見る事はあるが、自ら進んで見る媒体ではない。
「じゃ、名前だけでも覚えていって」
Latoは駆け出しの芸人みたいな事を言うと、星か何か飛び出しそうな勢いで、ウインクを一つした。
「うざ」
「ははっ、これは手厳しいな」
あからさまに嫌がられても、全く気にした様子はなく、Latoはニコニコと笑っている。
その強メンタルっぷりがむしろ気になって、ナオは視界の隅のほうに、Latoのプロフィールにあった動画チャンネルとやらを表示してみた。
コミュニティ内では相当にマニアックな話ばかりしているLatoのチャンネルだ。
マニアックなアンドロイドに関する動画でも並んでいるのかと思ったのだが、予想に反してアンドロイドやロボットの外装に関わる動画は少ない。
代わりに並んでいるチャンネルの人気メインコンテンツは、メイクや肌の手入れ、ファッションにコーデ、光学整形など、一般ウケのよさそうな「美」についての動画だった。
――なるほど。
つまり、「表面」の美しさに対するこだわりが強い、という事だろうか。
人であれアンドロイドであれ、美しい表面を持つものへの強い憧れと関心が、並ぶ動画やコミュニティでの活動から滲み出ており、Latoという人間を少しだけ理解できた気はした。
とはいえ、人と関わる事を極力避けて生きるナオにとって、メイクだの美だのなんだのは生涯縁のなさそうなもの筆頭だ。今後見る事はないだろうし、キラキラしててなんか色々と眩しいし、ナオは画面をさっさと閉じた。
「で、どうしたの?」
「ああすみません!」
いきなり呼びつけておいて肝心な事をまだ全く話していなかった事を思い出し、ケイイチが慌ててる。
「MIRさんっているじゃないですか」
「ああ……」
「ちょっとお話伺いたくて」
MIRの名を出した瞬間、にこやかなLatoの表情に一瞬、何か複雑な色が混じったように見えた。
が、すぐに元の笑顔に戻り、「うん、いいけど、どうかしたの?」と爽やかに言った。
「えっと……あ、先輩、お仕事の事って言っても大丈夫ですか?」
「ん」
「えっと、こちらのナ……じゃなかったN/Aさんは……」
「本名でいい」
「いいんですか?」
「ん」
「じゃ……じゃあえっと、N/Aさんあらため……ナオさんはですね」
本名、と言っておきながらファーストネームのみ伝えるのも少し変かとは思ったが、さすがにここで「玖珂」の名字は出せない。
Latoだっていっぱしのアンドロイドおたくだ。コミュニティ内で神格化されるレベルで敬われ崇め奉られる研究者「玖珂ナオ」の名を伝えたら、何が起こるか分からない。
「ナオっていうんだ。いい名前だね」
「ありがと」
ケイイチのそんな心配をよそに、二人はそんなとりとめもない言葉を交わしている。
とりあえずLatoがナオの正体に気付いた様子は無さそうだ。
まあ、ケイイチ自身だって未だに信じ切れてないのだ。
まさか目の前にいるのがかの高名な「玖珂ナオ」だなんて、下の名前だけで気づける人間はいないだろう。
「警察と協力して色々調べたりする、探偵? みたいな事をしてまして」
「へぇ、じゃあケー君がその助手、ってこと?」
「は、恥ずかしながら……」
「すごいね」
「で、えっと、ちょっと調査のために、MIRさんの事聞けないかなって事になりまして」
「なるほど」
Latoは一瞬考え込む様子を見せ、
「警察の調査、ってことは……MIRちゃんに何かあった、ということ?」
「えっと……」
ケイイチは、どこまで喋って良いのか分からず、助け船を求めるようにナオを見る。
するとナオは、
「失踪」
あっさりと言いにくい事を言った。
こういう時のナオの容赦のなさというか、空気の読まなさは、ケイイチも時々ついていけない。
「……失踪?」
「ん。IDロスト」
「……そう、なんだね」
絞り出すようにそう言うLatoの表情は、わかりやすく沈んでいた。