02-003 旧知
「ちなみに行動洗って何かわかったり……?」
失踪した女の子の行動を洗い終えたというナオにケイイチが問うと、ナオは首を横に振った。
まあ、その程度で分かるような事なら、警察の超AIがとっくにどうにかしているはずだ。
ナオもそれは分かった上で情報整理していたのだろう。
ケイイチはどうせ何の役にも立てないんだろうな……とは思いつつ、さりとて助手という立場で何もせずにいられるほど図太くもなく、失踪した少女のプロフィールと行動履歴をナオに共有してもらい、アシスタントAIの助けを借りつつざっと目を通してみた。
失踪した少女は、ジーファ・リィミという名で、年齢は18歳。
都内在住の情報開示民。
IDは2週間ほど前にロストしていて、その直前は3週間ほどの間、自宅に帰らず、都心に近いエリアに滞在していたようだ。
その都心エリアにいる間に何かあったらしく、アシスタントデバイスを外した状態かつIDの確実性が下がった状態での行動が幾度となく記録されている。
夜を中心に記録が途切れている様子からみて、どこかしらのプライベート空間で寝泊まりしていたのは確かなようだが、途切れる前後の行動履歴からしてその場所も一定しないし、行動の法則性もなさそうだ。
移動式のプライベート空間とかあるのかな……などとあれこれ考えてみるが、所詮は量産型庶民でしかないケイイチが世のプライベート空間事情など知る由もない。
「今はオンラインの行動履歴見てる」
ナオはそう言ってデータを集めている大量の仮想スクリーンをケイイチに見せた。
普段、データの収集や分析については脳に直結して処理してしまう事の多いナオだが、ケイイチと話している時は「たまには目も使わないと衰える」とか何とか言って、こうして情報収集の様子をAR展開して見せてくれる事がある。
ナオなりの気遣いなのか、人としてのスペックの差を見せつけて心を折ろうという嫌がらせなのかはいまいち判然としないが、どちらにしてもケイイチ的にはナオの電脳の秘密に触れられる機会であり、幸せなのでOKだ。
とはいえ毎度のことながら、大小6個のスクリーン上に、恐ろしい速度で流れていくデータを見せられても、ケイイチにはそれをただ呆然と眺める以外にできることなどない。
――のだが。
「……あれ?」
そのデータの中に一瞬ちらりと見えたものが引っかかり、ケイイチは声を上げた。
「ん?」
「あ、あの、ちょっと戻ってもらうことってできますか?」
「どれ?」
「えっと、右上のスクリーンに赤い髪のアバターが……」
ナオは他のスクリーンは止めないまま、器用に右上のスクリーンの内容だけ巻き戻し、浅黒い肌に赤髪、派手なメイクの女の子アバターが画面に表示されたところで止めた。
「これ?」
「です」
「これが?」
「このアバター見覚えあって。もしかしたらなんですけど、MIRさんかなって」
「MIR?」
「最近見ないねってちょっと前に話題になってまして」
「例のコミュニティ?」
「あ、そうです」
「例のコミュニティ」とは、ケイイチが頻繁に出入りしている、重度のアンドロイドおたくの集まるコミュニティの事だ。
3ヶ月前の事件の時にケイイチがナオを招待し、ナオも約束通り、ごくごく稀にではあるがラクサ博士の事などを書き込んだりしてくれている。
「この子?」
ナオはコミュニティのユーザの中から、一瞬で一人のプロフィールを探し出し、スクリーンに展開した。
ケイイチは「……はい」と答えながら、長年コミュニティに関わり、コミュニティに精通しているつもりのケイイチよりも圧倒的にコミュニティの機能あれこれを使いこなしているナオの様子に謎の嫉妬心を覚え、そんな自身の心の狭さのあまり狭心症で絶命したくなった。
「確かにアクセスしてた記録あるね」
そんなケイイチの心中など知った事ではないナオは、あっという間にMIRというアカウントのコミュニティ関連の行動履歴を抽出していく。
一方のケイイチは、失踪状態にある少女が接点のあった人間だった事に驚くと同時に、MIRさんの本名をうっかり知ってしまった事になんとなく焦っていた。
実際に会った相手ならともかく、オンラインでしか接点のない人の本名を探るのは基本的にマナー違反だ。
実際に会ったときどうしたら……と一瞬考えかけ、失踪している事を思い出して良かったとホッとして、いや全然よくない、と我に返る。
ちなみにリアル・オンライン問わず少しばかり人見知り傾向のあるケイイチは、ネット経由で知り合って実際に会ったことをある人は数えるほどしかなく、ましてや本名のやりとりをした相手なんていうのは片手で数えるくらいしかいない。
にしても、まさか失踪なんていうとんでもない状態になっているのが、知ってる人かもしれないなんて。
年始のあの時――落ちた先にナオがいた事――もそうだったが、いったいどんな確率だ。
思いもよらぬ状況に、ケイイチは地味なショックを受け、固まってしまった。
一方のナオは、少しばかり難しい顔で「うーん」と唸っている。
ナオ的には正直、この件については全くやる気はなかった。
失踪の原因なんて、分かったところで何か新しい発見があるとも思えない。
今こうしてあれこれ調べているのだって「調べたけどこんな資料でわかるわけない」で通すためのエビデンス作り以上の意味はないつもりだった。
だが、あのコミュニティのメンバーが捜査対象だとすると、少し話が違ってくる。
入ったばかりだし大きな義理があるわけではないが、あのコミュニティに関わる人の話だとすれば、アンドロイドやAIたちに関わる話である可能性が高くなる。
――ま、研究方面も落ち着いてるところだし。
ちょっとくらい時間使ってみてもいい……かな。
ナオの頭の中でそんな結論が出かけたところで、ナオの考え込むその微妙な間を、何か誤解したのだろう。
「えっと……先輩はあんまり乗り気じゃないかもなんですが……もし失踪したのがほんとにMIRさんだったら、あの、僕からもお願いしたいです。MIRさんがどうなったのか、とか」
ケイイチが深々と礼をし、ナオにそう懇願した。
言いながら、何かしらお願いをすると叶えようとしてしまうナオの電脳の事を思い出したのだろう。「あっ……」という顔になり、
「え、えっと、これは依頼とかそういうんじゃなくて、希望というか願いというかそういうやつなので、えっと……」
そう慌てて取り繕うケイイチ。
ナオは内心で(この助手は……)と軽く脱力しつつ
「ま、あのコミュの事ならボクも全く無関係じゃないしね」
そう言うと、AR展開している画面をまた少し増やした。
「も少し調べる」
「ありがとうございます!」
「別に助手のためじゃない。し、」
ナオはケイイチをキッと睨みつけて、
「助手の分際でボクの判断に気を遣うのは生意気」
「す、すみません」
全力で平伏するケイイチ。
「で、この子、コミュで仲良かったのは?」
「Latoさんが仲良くしてたはずです」
「らと?」
「この人です」
無駄以外の何物でもない対抗心を燃やして、ケイイチはLatoという名のユーザのプロフィール画面をすかさずナオに見せた。
もちろん、質問を見越して先回りして検索しておいたものなのだが、ナオはもちろんそんな事はまるで気にすることもなく、ざっとプロフィールを確認し――
いきなりARコールでLatoにコンタクト要求を送りつけた。
「はい……?」
「ん?」
「いや、いきなり連絡するとは思わなくて」
「話が聞きたかったら連絡するのは当然」
「行動力の化身か何かですか」
ナオは普段から、対人方面についてはあれこれ嫌がったり面倒臭がったりする事が多い。
盆栽道具の注文を、仕事と称してケイイチにやらせるのはもちろん、酷いときにはギンジをはじめとした旧知の警察方面からのコンタクトですら、時々「話聞いといて」とケイイチに任せたりする。
そんなナオの行動から、もしかして自分と同じように人見知り的傾向あるのかな、とケイイチは密かに親近感を抱いていたのだが――やはりそういう事ではなかったようだ。
考えてみれば三原則という厄介な制約のある電脳持ちが、人とコミュニケーションを取るのは色々とめんどくさい事も多いはずだ。それを避けるのはリスク管理の意味で当然の事。
そんな簡単な事も想像できず、勝手に親近感を抱くなどという不敬を働いていた事を思い知り、ケイイチは思わずその場でジャンピング土下座しそうになったがそれをやるとまたナオの機嫌が悪くなりそうなのでぐっと堪えて我慢する。
そんなこんなしていると、数回のコール音の後、
「やあ、こんにちは」
そんな爽やかな声が響くと同時に、空間がキラキラした光に満たされ、爽やかなイケメンがAR空間にふわりと降臨した。