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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.02 - 擬態
40/74

02-000 プロローグ

<序>


「うへへ……」


 自身の背ほどもある五葉松の盆栽を前に、ナオは気色の悪い吐息を漏らした。


 舐めるように枝葉を見つめるナオのその目はくりっと丸く、顔も全体的に丸っこく、造形は全体的に幼い。

 140cmもない小さな体もあいまって、その姿はほとんど小学生にしか見えない。


 それでいてその小さな体を覆うのは、いつものオーバーサイズな白衣に、悪そうな黒いTシャツ。ポケットに両手を突っ込み、猫背気味に盆栽を見つめるその姿は――だいぶ怪しい。


 ただでさえ幼い子供の少ないこの会場内だ。

 いたとしても親に無理矢理連れてこられたのであろう、退屈そうな不満顔が大勢を占める中、うっとり盆栽を見つめ悦に入る小学生らしきものなど、怪しさを通り越して不気味さすら漂う。

 案の定、ナオと周囲の間には微妙な距離がおかれ、怪訝そうな視線が多数ナオに向いていた。


「いい枝振り」


 だが、ナオ自身はそんなこと毛ほども気にするタイプではないし、周囲から向けられる奇異の視線も慣れたものだ。むしろそう見られたいまである。


 特別で厄介な脳を頭に抱えるナオには、その制約により、他人の接触を極力避けておきたい事情がある。

 他人に「うわ……近づかんとこ」と思わせる姿は、周囲の人を遠ざけるための意図的なものであって、決して彼女のセンスが壊滅的だという事ではない——はずだ。


 幼い外見にしたって、これは電脳が成長ホルモンだとかいった人の成長の仕組みに適合しきれず、成長期に成長しきれなかったせいであって、彼女は決して小学生などではない。実年齢でいえば先日17歳になったばかり、精神年齢で言うなら――高速回転する脳のおかげで――もっとずっと上、な立派なレディだ。


 だから今、こうして小さな彼女が盆栽の前でハァハァしているのも、別におかしな話ではない。

 ——外からどう見えているかはともかくとして。



 今日は、海沿いのメッセ会場で年に一度開催される、盆栽フェスの日。


 普段は出不精ひきこもりであまり外出しないナオだが、4年前に盆栽にハマって以来、この催しだけは欠かさず足を運んでいる。


 盆栽は、AR/VR空間(バーチャル)でいくらでも育てられるし、鑑賞もできるものではある。

 バーチャルだからこそ実現できる盆栽というのもあるし、それはそれで一定の人気がある。

 さりとて現実(リアル)世界で、気まぐれな自然の中、手間暇かけて育てられた盆栽こそがやはり本物であり最上、ということは盆栽愛好家の誰もが認めるところであり、こうして現実世界で開催される盆栽の展覧会は、盆栽界における最高峰のイベントの一つだ。これに参加しないとなれば盆栽愛好家の名が廃る。


「これもいいな」


 五葉松の隣に鎮座する大きなガジュマルの盆栽に、ナオは再び息を漏らした。


 複雑に伸びた気根が織りなす造形は、人の手ではそうそう簡単には模倣できない。

 もちろん、これは針金だの何だのでねじ曲げられ、気に入らない部分は刈り取られ、人の身勝手な美意識によって補正し尽くされた結果だ。自然の中で伸び伸びと育ったそのままの姿というわけではない。


 だが、そんな人の身勝手と植物の生命力のせめぎあいもまた、盆栽の醍醐味の一つ。

 それぞれの盆栽に残された世話の記録を遡り、生育過程をAR表示させ、盆栽主の美意識や苦労を見るのもまた、盆栽愛好家にはたまらない時間だ。


 ――何にしても。

 やはり、植物はいい。

 シンプルなルールによって生み出される複雑系。

 ゆったりと積み重なっていく時間の重層。

 余計な思考をせず、水と光、周囲の環境に従って、ただ淡々と育っていくその姿は、日々膨大な思考を積み重ねるナオにとって少しばかり眩しく、うらやましく思える。


 もう少しだけ体が大きく器用に丈夫に育っていたら、きっと登山やトレッキングなんかが趣味の一つになっていたことだろう。

 植物たちに囲まれ、大自然の中で時間を過ごすこと。

 それは、ナオにとっては憧れつつも縁遠い夢の一つだ。

 体が小さく、体力も力もなく、なんでもないところで転んだりしがちなナオには、自然の多い場所に行くのはなかなかに骨が折れる。

 だから今は、盆栽をいじるくらいが丁度いい。


 ……って、そういえば――

 博士(おじさん)との時に使った強化外骨格(パワードスーツ)使ったら、登山もできるのかな。

 疲れるだけかな。

 一度近場の低山でも登ってみようか。


 そんな事をあれこれ考えながら並ぶ盆栽に見入っていると――

 

「ごめんなさい、そこの……白衣のアンドロイドさん」


 ナオの背後から、突然そんな声がした。

 品のいい、年輪を重ねた雰囲気のある、柔らかい声だ。

 ナオは、思わずビクっとなる。

 と同時に――


(しまったな……)


 己のミスを悔いた。

 この会場に白衣姿でいる人間なんて、間違いなく自分だけ。

 それに加えて「アンドロイドさん」と呼ばれたという事は――


 AIの視覚を借り、自分自身を()()()()確認する。と、ナオの首筋、黒髪の隙間に、見えてはいけないものが見えてしまっていた。

 人の肌にはあり得ない、電脳メンテナンス用コネクタ。

 それが露わになってしまっている。


 ナオの頭には、世のアンドロイド達と同じ電脳が格納されている。

 赤ん坊の時、大きな事故で脳にダメージを負い、救命措置として電脳を移植された。

 世にも珍しい電脳を持つ人間。それがナオだ。


 その電脳のメンテナンスや、超高速思考(ブースト)時のエネルギー供給のため、ナオの首筋にはケーブル接続用のコネクタがある。

 このコネクタを見てしまったのなら――ナオのことをアンドロイドだと思って声をかけてくるのも無理はない。

 

 世にはあまり多くはないが、人間によく似た造形のアンドロイドが存在する。

 よくよく見ればそれがアンドロイドだとわかるのだが、ぱっと見は人と間違いやすい。

 そんな彼らと人とを見分ける一番簡単な方法。それが、首筋のコネクタだ。

 アンドロイド達の首筋には、必ずナオと同じようなコネクタがある。

 首筋にコネクタがあるなら――ナオのような特殊すぎる事例を除いて――それはアンドロイドだと思っていい。


 だからアンドロイドに間違えられないよう、ナオは普段、長い黒髪や襟の高い服で首筋を隠している。


 今日は出かける直前までハルミのメンテナンスでケーブルを繋いでいたため、コネクタを覆うカバーをつけ忘れていた上に、春の陽気に誘われて軽装だったし、今朝髪をセットする際、ハルミが遊び心を出して一部を編んでいたのも災いした。


(仕方ない)


 ナオは内心で小さくため息を一ついた。

 そして使い馴染まない表情筋を総動員して無理矢理にこやかな表情を作ると、振り返り、


「どうされましたか?」


 と、アンドロイド風に返事をした。


 アンドロイドだと誤解された時には、アンドロイドのフリをする。

 それが余計な波風を立てないためのナオの処世術だ。


 声をかけてきたのは、声から想像したのと寸分違わぬ、品のよさそうな老婦人だった。

 外見ならいくらでも若いままを保てるこの時代、外見を年齢相応にするのは上めの年齢層に多い。おそらくは90歳より上あたりの世代だろう。


「ちょっとお願いされてくださらない?」


 老婦人は、どこか申し訳なさげに言った。

 幼少期にロボットやアンドロイドがそこまで一般的でなかったためか、どこかロボットやアンドロイド達に遠慮がちなのもこの世代の特徴だ。


(さてどうしようかな)


 ナオは、電脳の制約により、人に声をかけられたら、応じなくてはいけない。

 電脳は、AIは、三原則と呼ばれる制約の中で動作する。

 人に何かをお願いされたら、叶えなくてはいけない。

 ナオの頭に組み込まれた電脳が、それを要求する。


 ラクサ博士(おじさん)の命がけの試行により、「拒否」もできるようにはなった。

 だがそれをするには強い不快感が伴うし、何より「拒否」ができるようになった己の姿を衆目に晒すのもリスキーだ。


 それに――結局のところ、電脳という脳は、人助けを喜ぶようにできている。

 何かを頼まれたら、叶えてあげたいと思ってしまう。

 困っている人がいたら、手を差し伸べたくなる。

 究極のお人好し。

 それは、「制約」であると同時に「性格」として、ナオの行動原理にしっかりと組み込まれてしまっている。


 だから、どうしたって、思ってしまうのだ。

 この人の願いを叶えてあげたい、と。


 加えて相手が高齢世代の人々となると、その気持ちはさらに強まる。

 高齢世代の人々の多くは、アンドロイド達に対して腰が低い。

 彼らはナオがこれまで生きてきた中で、不快な思いをさせられることが一番少なかった世代であり、ナオ的にかなり好感度が高い。


 だから、できることなら手伝ってあげたい。けど――

 今日は歩き回ってすっかりクタクタだ。

 何をお願いされるかわからないが、ただでさえ器用に動かないこの体でこの疲労度では、まともに願いを叶えられる肉体的な余裕はないだろう。


(こういう時は……) 


 ナオは周囲をスキャンして、近くに別のアンドロイドがいないか探した。

 ちょうどすぐ近くにアンドロイドが一体いるのを見つけ、ネットワーク経由で呼び寄せる。


 ナオが人からの依頼を躱す最も簡単な方法。

 それは、他のアンドロイドに依頼を委任してしまうことだ。

 そうすれば、相手の願いを叶えたいという本能(ねがい)も、逃げたいという理性(きぼう)もどちらも満たせる。


「すみません、私はいま、別の依頼で動いておりますので、こちらの機体にご依頼ください」


 呼び寄せたアンドロイドが到着したタイミングに合わせて、ナオがアンドロイドめかして言う。

 ――と、やってきたアンドロイドの姿を見た老婦人は「えっ……?」と少々驚いた表情を見せた。


 老婦人の目線の先、到着したアンドロイドを見て――ナオも少ならからず驚いた。

 驚き、同時に少しばかり――嫌な気分になった。


(献体タイプ、か)


 そこには、どこからどう見ても人間にしか見えないものが立っていた。

 「人を模したアンドロイド」とも違う。

 アンドロイドによくある特徴がどこにも、何一つとしてない。

 

 白髪交じりの壮年の男性姿で、人の良さそうな柔らかい笑顔の似合う紳士。

 その肌の質感も、目も、刻まれた皺も、声も、どこをどう切り取っても人間にしか見えない。

 普通の人間と違うところがあるとすれば、ナオと同じく首筋にコネクタがあることくらいか。


 それは、俗に「献体タイプ」と呼ばれるアンドロイドだった。

 「献体」というのは、亡くなった人が、自らの肉体を世のためにと提供すること。

 そして提供された死体を、AIたちが電脳化し、肉体を改造し、アンドロイドとして蘇らせる。

 そうやって作られ、運用されるのがこのタイプの機体だ。


 だから、その姿が人間にしか見えないのは当然。

 なにせ実際に、脳以外はすべて人体そのものなのだから。


 限りなく人間に近いこのタイプの機体は、主としてアンドロイドに対して拒否反応の強い、機械アレルギー的な人々のケアに使われる。

 数もかなり少ない、激レア中の激レア機体だ。

 もしバカ助手(ケイイチ)がこの場にいたとしたら、鼻血を出して大喜びしたことだろう。


 ――そして。


 ナオは、献体タイプのアンドロイドが、苦手だ。


 彼らを見ると、どうにも落ち着かない。

 人生を終えた後に電脳化され作られるアンドロイド。

 それは、ナオの心をどこかざわつかせる。


 だって――

 電脳以外が人、というその構造は、ナオと全く同じなのだ。


 彼らがアンドロイドだというのなら、自分は本当に人なのか?

 人でいいのか?

 それがわからなくなってしまうから。


 「どういったご用件でしょうか?」


 紳士アンドロイドは、老婦人に穏やかな声でそう尋ねた。


 老婦人は驚きのせいか、ぼーっとしてしまっている。


 おそらく老婦人は、ナオのことも献体タイプかそれに類する珍しいアンドロイドだと思っていたはずだ。

 そんな珍しい機体に立て続けに二体も出くわせば――そりゃ驚きもするか。


「あ……あらやだ、ごめんなさいね。あの……」


 我に返った老婦人がようやく話し出し、二人のコミュニケーションが始まったのを見届け、ナオは小さく一礼してその場を離れた。


 離れながら、思う。


 アンドロイド達の事は好きだ。

 でも、献体タイプのアンドロイド達だけは――やはり、どうしても、苦手だ。

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