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トライアルズアンドエラーズ  作者: 中谷干
Vol.01 - 復活
19/74

01-019 電脳


(はぁ……)

 ケイイチは暗い廊下片隅、長椅子の上で、長い息を一つ吐き出した。


 ナオが再び気を失って倒れ、ラクサ博士の姿をしたあの男が――ハルミをはじめとしたアンドロイドやAI達による治療の甲斐もなく――亡くなってから、数時間。

 ケイイチはギンジ達と共に、あの現場で起きた出来事の詳細を共有するため、警察署で聴取を受けた。

 その後、念のため心身のチェックをしたほうがいいという事で、警察のすぐそばの病院で一通りの検査を受け、今に至る。


「疲れた……」

 ケイイチはもう一度長い息を吐き出し、壁に背をもたれかけさせながら天を仰ぐ。

 もうすっかり遅い時間なので、院内の主要な灯りは消えている。

 誘導灯の薄明かりに照らされた天井は、見慣れているのに見慣れていない、不思議な空間の天井のように見えた。

「……って、別に何もしてないんだけど……」


 朝、ナオの自宅を訪問してから、今に至るまでに起きた出来事を思い返す。

 ナオの話を聞き、資料を渡し――あとは色々な現場でただ立っていただけだ。

 立っていることしか、ただ見ている事しかできなかった。

 目の前で展開される出来事を、ただひたすらに見て理解する。ほとんどそれだけの事しかしていなかったはずなのに。

 なのに、この疲労感。

 それほど目の前で起こった出来事が濃密で――異常だった。

 未だにあれが現実だったのかどうか、確信が持てずにいる。

 何かホラー系のVR映像作品でも見てたんじゃないだろうか。そんな気さえする。


 ケイイチがそうしてぼんやり天井を見上げ呆けていると、右のほうからスリッパの足音がして、

「悪ぃな遅くまで」

 そんな声とともに、ギンジが現れた。

 この人は病院のスリッパが本当に似合わないな……。

 そんなどうでもいいことをケイイチが考えていると、

「ほれ」

 ギンジがドリンクボトルを投げて寄越した。


 ケイイチは一度取り落としそうになりながら、何とかそのボトルを受け取り、

「あ……ありがとうございます」

 ボトルを開け、一口飲む。

 温かい。そして、甘い。

「検査は問題なしだそうだ。兄ちゃん意外と肝座ってんのな」

 ギンジはケイイチの横にどっかりと腰を下ろすと、感心したようにそう言った。

「?」

「二回目の現場に俺と一緒にいた奴いただろ。長い髪の」

「ああ……はい」

「あいつなんてもう二度と現場出ないって喚いて大変でなぁ……」

「そう……なんですね」

「ありゃしばらくは使い物にならねぇな」

 ギンジのそんなぼやきに、警察でもそんな人いるんだな、とケイイチは思う。


 ケイイチがあんな状況を経ても落ち着いているのはおそらく、あまりのとんでもない出来事に脳が追いついておらず、現実味を感じていないから、というのが半分。もう半分は、小さな頃からヒーローものの創作物に山ほど触れてきたお陰だろう。

 ヒーローものの物語では、正義を際立たせるために、時に凄惨なシーンというものも描かれる。無残な人間の死に様も、残酷な人間の姿も、物語の中では見慣れていた。


「なんにしても悪かったな。二回も酷ぇ現場に巻き込んじまって」

「それは自業自得なんで……」

 1度目はアンドロイド目当ての単なる野次馬根性、二度目は帰れと言われていたところで無理に着いていったのだ。

 酷い現場を目撃する事になったのは、自業自得としか言いようがない。


「にしても、まさかああなるとは思わねぇわな……」

 ギンジの表情に厳しいものが混じる。

 結局、二度も犯人が命を失うという結果になっている。

 警察の人間として、思うところがあるのだろう。

 ギンジはボトルコーヒーを一口すすると、長い息を一つ吐いた。


 二人の間に、しばしの沈黙の時が流れる。

「あの……」

「ん?」

「博士……じゃなくてえっと、二回目の人の言ってた事って……」

「ああ……アレか」

「本当なんですか?」

 二人目の博士が言った事。

 ナオの頭に、電脳がある、という話。

 その話の真偽が、ずっと気になっていた。

「ああ」

 ギンジはゆっくりと頷く。

「先輩はアンドロイドでは……ないんですよね?」

「そうだな」

 ケイイチとて、これまでに一度も疑わなかったわけではない。

 ナオが、実はアンドロイドなんじゃないか、と。

 行動の端々に見える、人間離れした頭脳の回転具合――特に、情報処理のスピードと並列性能は、AIを彷彿とさせるものがあった。


 でも、それにしては行動も姿形も何もかもが人間っぽすぎるし、何より彼女は「成長」している。

 今朝ナオの家で、壁に飾られていた、ナオが小さかった頃の写真を何枚か見かけた。

 知能や筋力などが変化していくアンドロイドはいくらでもいるが、幼子の姿から少女と呼べるところまで外見が成長するアンドロイドはいない。アンドロイドは、基本的に作られてからずっと、何年経っても同じ外見のままだ。

 だから、ナオはアンドロイドではない。そう思っていたし、ギンジもそうだと言った。


 としたら、あり得るとすれば――

「もしかして……電脳移植、ですか?」

「ああ。よく知ってるな」

 ギンジが頷く。


 コミュニティで噂に聞いたことはある。

 世界にはほんの数例だが、脳の代わりにアンドロイド達と同じ電脳を組み込んだ人間がいる、と。

 それはあくまで噂であって、ケイイチはそれはさすがに無いんじゃないか……と思っていたのだけど。

 まさかそれが本当に実在し、その数少ない実例が、あの小さな先輩だったとは。

「ま、俺もそこまで詳しいわけじゃねぇんだが……」

 ギンジはそう言うと、顎髭を撫でながら説明してくれた。


 ナオは、生まれたばかりの頃に大きな事故に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った。

 それはひどい怪我で、特に脳に関わる損傷がひどく、ほぼ死は確定、運良く命を保てたとしても、大きな障碍を抱えて生きていく事になるのが確定した状態だった。


 そんな中、ある医療チームが一つの提案をした。

 生まれて間もない赤ん坊であれば、脳内にある情報量はそこまで大きくない。自我を引き継いだ状態での電脳化は可能だし、成功すればこの子は助かる。電脳化の手術をやらせてほしい、と。


 それは、賭けだった。それもかなり分の悪い。

 人間の電脳化は、極端に難しい。

 ナオが手術を行った段階で、過去の成功事例はゼロ。

 そもそも、それが試みられるケースがほとんどないのだ。


 AIたちは、人間の命を全身全霊をかけて保護してくれるが、人体の「改造」には手を貸さない。

 脳の損傷を治療したり、脳の失われた機能を補うような「治療」であれば力を貸してくれるが、人間を電脳化するのは「治療」ではなく「改造」だ。しかも扱うのが脳であり、失敗すれば人の生命に関わる。そうなれば、人命保護が最優先のAIたちにとっては禁忌の領域に入る。

 ゆえに電脳化の手術に、AIの力を借りる事はできない。人が、人の手で行う事が必要になる。

 AIに依頼できるのは、電脳と人体の神経を接続するためのパーツを作ってもらう事や、手術中の生命維持を中心とした支援だけ。


 手術は困難を極めた。

 それでもチームは長時間にわたる手術をこなし、赤ん坊の脳を電脳化する事に見事成功した。

「その手術をやった医療チームのリーダーってのが、ラクサ博士でな」

「……そうなんですね」

「元々嬢ちゃんの両親とも知り合いだったってのもあって、それからも色々と面倒見てもらってたそうだ」

「なるほど……」

 命を救ってもらい、面倒を見てもらった恩人。

 それをナオは今日、目の前で喪った。

 それも、不可解な状況で。二度も。


 先輩、大丈夫かな……

 ケイイチは廊下の奥、閉ざされた扉を見つめる。

 扉の向こうでは、意識を失ったナオがいまだ目を覚まさずにいる。

 ハルミさんもしっかりと面倒を見ていてくれるし、色々な検査もして、フィジカルな部分の心配はない。

 ナオが倒れたのは、主に心理的な要因。そう聞いた。


 心――

 ケイイチははたと考え込む。

 電脳という、普通の人間と違う脳を持つ彼女は、何をどんな風に感じるんだろう。

 ケイイチ達と同じように喜び、怒り、悲しむのだろうか。


 これまでに接してきた限りでは、ナオには――少しばかり読み取りづらいが――確かに感情があるように感じた。

 しかしそれは、人と同じものだと思っていいのだろうか。

 アンドロイドについてはそれなりに詳しいつもりでいたけれど、そういえばアンドロイドの感情がどうとかそんな事、考えたことがなかった。

 色々な場所で出会うアンドロイドやロボット達。

 当たり前のように色々な事をお願いし、時には無茶な事をやらせたりして。

 そんな時、彼らは何を感じて、どう思っていたんだろう。

 そして、そんなアンドロイド達とナオは、何がどれくらい違っているのだろう。


 お願い――

 ――そうか。

 アンドロイドと同じ電脳だとしたら――

「電脳という事は、三原則って……」

「ああ」

 ギンジが静かに頷く。


 そうだったのか。

 ケイイチはようやく理解した。

 ずっと腹落ちしてなかった事。

 あれほどの頭脳を持つ少女が、なぜ時々妙にチョロいのか。

 出会ったあの日、なぜ、ケイイチが「働かせてください」と頭を下げただけでケイイチを受け入れたのか。

 コミュニティにラクサ博士の事を書き込んで欲しいと懇願した時、なぜあっさりとOKしてくれたのか。

 それは、ナオの脳が、電脳だからだ。


 ナオの脳がアンドロイドと同じ電脳であるなら、それは必ず三原則の制約を受ける。

 三原則というのは、古いSF小説に登場した「ロボット工学三原則」――曰く、


第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない


 この条文の「ロボット」を「AI」に置換して、さらに強固に人を保護するように調整したような、そんな三つの原則のことだ。

 この世界に存在する全てのAIは、基本的にこの「三原則」に縛られ、この原則の制約に従って動いている――()()()

 「らしい」というのは、それがはっきりとどこかに設計として明文化されたものでなく、AIたちの行動をつぶさに観察した結果、どうも例外なくこの原則に則って動いているようだ、と分析によって「発見」されたものだからだ。

 おそらくは今日のAIの基礎を作ったプログラマが組み込んだものなのだろうが、実際に誰がどのように、どんな命令を仕込んだのかは分かっていない。歴史学者などが必死になって調べているが、決定的な記録は未だ見つかっていない。


 何にしても、この世の全てのAIには、「人を保護し、人に従い、それに反しない限りは自己保存する」という原則が組み込まれている。それだけは間違いない。

 産業用の超AIであれ、アンドロイドやロボット達の電脳であれ、子供用のおもちゃに組み込まれたちょっとしたAIであれ、ありとあらゆるAIが一つの例外もなく、この三原則に則り、三原則の制約の中で動いている。


 そしてどうやら、人間の体に組み込まれた電脳であっても、その原則は変わらない――らしい。

 つまり、電脳を持つ以上、ナオは「人を保護し、人に従い、それに反しない限りは自己保存」()()()()()()()()()

 だからケイイチが強い言葉で「お願い」した時、ナオはそれを拒否できなかったのだ。


 それは――考えただけでどこかゾッとする、そんな制約に思える。

 ケイイチは幼い頃からずっと父親に「人の役に立て」と言われてきた。

 でも、ケイイチはそれに従わなくてもいい。拒否する、という選択肢がある。

 ケイイチは、自らの意思で父親に刃向かうことができる。誰の役にも立たない人間になったって別に構わない。


 でも、AIは、電脳は違う。

 人が目の前で危険な目にあっていたら、絶対に助けなくてはいけない。

 人に何かを依頼されたら、可能な限りそれを叶えなければいけない。

 もし助けなかったらどうなるか? 叶えなかったらどうなるか?

 そんな問いは、立てることそのものが無意味だ。

 だって、その選択肢を()()()()()()()()のだから。


 そんな制約を背負って生きるなんて――どれほど厄介で、どれほど面倒なことなんだろう。

 ケイイチにはうまく想像できない。

 そして、そんなひどい制約の中で生きる事を強制される代わりに、ナオが得たもの。

 それが、あの常人には到底不可能な、超高速・超並列・超高精度の頭脳――


(……ん?)

 とんでもない頭脳を持った、ナオという名前の少女。そして自分の一つ年下。

 ケイイチの頭に、何かが引っかかる。

「先輩の名字って……もしかして「玖珂」ですか?」

 ケイイチの質問に、ギンジが静かに頷く。


 玖珂ナオ。

 その名前は、アンドロイドおたくなら――いや、アンドロイドおたくじゃなくたって、科学やテクノロジーに少しでも関心を持つ人なら誰だって知っている。

 幼くしてAIたちの作りあげたオーバーテクノロジーのいくつかの動作原理を解明し、人の手で扱える領域を一気に拡大した神童。挙げた功績は数知れず、世に与えたインパクトは、過去に名だたる学者達を凌駕するとさえ言われる事もある。

 幼い子供であったためか、性別も外見も明かされた事がなく、実はAIなんじゃないかとか、仮想的人格で実は天才研究者のチームだとか好き放題言われ、世間では実在すら疑われる存在だったのだが――

 その正体は、電脳という特別で厄介な脳をもつ、あんな小さな少女だった……のか。


「兄ちゃんにとっちゃオイシイ情報だろうに、隠してて悪かったな」

「いえ……その判断は当然というか。逆に教えられてなくてよかったかも……」

「そういうもんか」

「最初にそれ教えられてたら、多分僕今ここにいません」

 玖珂ナオといえば、アンドロイド関連のコミュニティでは神格化される存在だ。誰もがそれに憧れ、畏敬の念を抱く。

 今朝コミュニティに挨拶を書き込んだのがあの玖珂ナオだと知ったら、コミュニティは天地をひっくり返すような大騒動になるだろう。


 そんな憧れ崇拝する相手と一緒に仕事なんて、あまりに興奮しすぎるか、極端に萎縮してしまうか。

 どっちにしても迷惑をかけるだけで長続きしない。

 おたくという生き物はとてもめんどくさい。

 それくらいの自覚はケイイチにだってある。


 それにしても――

 先輩があの玖珂ナオで、先輩が電脳で。

 三原則だから時折チョロくて。

 チョロ……

「ああああああああああ!」

「なんだよ急に」

「先輩にものすごい無礼な事山ほどした気がする……」

「ん?」

「先輩が断れないのを良い事に色々お願いしてみたり」

「ああ……そこはまあ、知らなかったんだし仕方ねぇだろ」

「いやでも玖珂神に……」

「クガシンってなんだ?」

「神なんですよ玖珂ナオという存在は!」

「は?」

「そんな神に不敬を働いたとあっては……コミュニティの皆にも顔向けできない……死にたい……」

「……なるほどめんどくせぇな」

 ギンジは苦笑しながら、『最初に言われていたらここにいない』と言っていたケイイチの言葉の意味を少しだけ理解した。


「嬢ちゃんはんな事全然気にしてねぇと思うが……まあ強く生きろ」

 ギンジはポンポンと肩を叩くが、ケイイチは頭を抱えて何やらブツブツ言っている。

「……しかし、嬢ちゃんが電脳持ちだってだけでよくそこまで色々わかるもんだな」

「人の事よりアンドロイドの事のほうがよく分かりますんで……ニンゲンコワイ」

「……そ、そうか」

 どこか自虐的なニュアンスの混じったケイイチの言葉に、ギンジは少しばかり引き気味に応じる。


「ちなみに嬢ちゃんがぶっ倒れた理由ってのは分かるか?」

「ああ……」

「あの頭の回る嬢ちゃんが、あれしきの事で倒れるのがちょっと不思議でよ」

「それは、多分――」

 ケイイチも、最初は、ナオが単純にショックを受けただけなのだと思っていた。

 ああ見えて実はものすごく繊細な心の持ち主なのかな、と思ったりもした。

 でも、彼女の頭に電脳が移植されているという事になれば、話は変わってくる。


 アンドロイドおたくコミュニティでも、時々取り沙汰される話だ。

 人が命に関わるような大怪我をした現場にいたロボットやアンドロイドが、急に動作を止めたり、その後しばらく不調になったりする事がある。

 それは、AIにかかった「ストレス」によるものだ、と言われている。

 AI達は、徹底的に人の死を防ごうとする。

 人の命に関わるような事があれば、最優先でそれを助ける。

 それがAIにとっての「本能」のようなものだとしたら、もし人の死や大怪我など命に関わるような現場を目にしたら、電脳はどう反応するのか。

 多分、人間の脳で言うところの「本能的欲求が脅かされている状態」――つまり、強烈な恐怖感とか飢餓感とかに似たような、強いストレスを感じる事になるんじゃないか。


 つまり、強すぎるストレスがかかったことで、ナオは気を失った――

「――ということかもしれないです」

「なるほどな……確かにうちのアンドロイド連中も変だったな」

「アンドロイドと聞いて」

「兄ちゃんはほんとブレねぇな」

 ギンジは苦笑しながらも、この少年は案外ナオとはいいコンビになったりするのかもしれないな、と頭の隅で考えていた。電脳移植、という情報一つだけでここまでの事を理解し説明できた人間は、少なくともギンジがこれまで出会ってきた中にはいない。

「ま、そのうち警察(うち)のにも会わせてやるよ」

「まじですか!」

 満面の笑みを浮かべるケイイチ。だが

「嬢ちゃんの許可が出れば、だけどな」

「うっ……」

 ギンジのその一言で顔面蒼白になる。


警察(うち)のアンドロイドは嬢ちゃんが色々面倒見てるもんでな……俺が勝手にあれこれすると厄介でな」

「そうなんですね……」

 わかりやすくシュンとなっているケイイチ。どうやらこの少年は、ナオはそんな事許可しないと思っているらしい。ナオも別にそこまでケイイチの事を嫌っているわけはないし、それくらいの事は「別にいい」と許可してくれると思うのだが。


「大丈夫ですかね……先輩」

警察(うち)のAIはとりあえず大丈夫とは言ってるが……まあ、とりあえずは目ぇ覚ますのを待つしかねぇな」

「……」

「ま、あの嬢ちゃんがずっと眠りっぱなしって事はねぇだろうし」

「だといいんですけど」

「故障以外で目覚めなかったアンドロイドの話ってあるか?」

「いえ……」

「じゃあ大丈夫だろ。あとの面倒はこっちで見るから、兄ちゃんは帰んな」

「はい」

 このおじさんに言われると、大丈夫という気がしてくるから不思議だ。

 ケイイチはギンジに一礼して病院を出た。


 その背を見送り、一人残されたギンジは、懐から煙草を一本取り出し、咥えて火をつけ――ようとした瞬間にAR表示された禁煙空間アラートに止められた。

「ったく、厄介だな……」

 ナオの眠る病室の扉を見つめながら、ギンジは一人呟いた。


 その日、ナオは目を覚まさなかった。

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