真っ赤な太陽
彼=マエストロレッド
真っ赤な太陽
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「俺は正義のヒーローになるんだ」
その人は、太陽をバックにそう言って笑った。その姿は、まだ幼かった彼に取って、背後の太陽よりも眩しい存在になったのだった。
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「レッドになりたいんです」
彼は、幾度となく繰り返して来た言葉を口にした。小さい頃からことあるごとに言い続けて来た。幼い頃は、それを聞いた大人達は微笑んで褒めてくれた。大きくなると誰も褒めてくれる人はいなくなり、やがて現実を見ろ、と怒られるようになった。しかし彼は言い続けるのを止めなかった。誰にどんな反応を返されようと、彼に取っては当然のことのだったからだ。
「うーん…レッド、ねえ」
彼の目の前の人物は、その言葉に少し渋い顔をした。手元の書類に目を落としたまま、先程から彼に一瞥もくれようとしない。
「レッドは希望者が多いからねえ。特に全くの新人でレッドとなると…なかなか難しいよ?」
「レッドになりたいんです」
同じことをかたくなに繰り返す彼に、相手は少し呆れたように溜め息をついた。
色白でぱっちりした大きな目をした彼は、一見すると可愛らしいタイプに見えた。だが、日々自主トレで鍛え上げた体には無駄がなく、ヒーロースーツを着た時にもっとも映えるように計算し尽くされているのだ。彼はそれほどの情熱をヒーロー、特にレッドに注いでいた。
「まあ一応選考書類の中に入れておくけどね。でも、もう少し違う観点から考えてみるのもいいと思うよ。じゃ、これで終了ね」
「オレは、レッド以外考えてませんから。失礼します!」
彼はきっぱりとそう言うと、席から立ち上がって部屋を後にした。その後ろ姿を見送った相手は、やれやれと言いたげに深い溜め息をついた。
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「う〜ん、どうしても変になるんだよなあ」
彼は姿見の前で悩んでいた。かれこれもう小一時間になるだろうか。その姿見の前で、何やらブツブツ言いながら、奇妙なポーズを繰り返している。
「ああもう!豊富な知識がオレの邪魔をする!」
彼は、いわゆるヒーローマニアだった。幼い頃、兄の影響で物心ついた時からヒーローの世界にどっぷりと浸かり、その積み重ねた知識は他の追随を許さない、と自負していた。日々中継される映像は録画し、各部隊の情報収集は怠らなかった。そしてごく自然に、彼は自分がそのヒーローの一員になることを夢見るようになった。やがてその勢いのまま、憧れのヒーロー協会に就職することができたのだった。
最初は期待に胸を膨らませていた彼だったが、夢や憧れの中には存在していなかった現実が、そこには溢れていた。いや、外にそういった現実を流さないようにしているからこそ、もしかしたら内部はどこよりも現実の厳しさが充満しているのかもしれない。
「これだと…あの部隊のグリーンと右手が一緒だし…それ以前に足がブラックじゃんー!」
彼にはまだ所属している部隊はなかった。だが日々の訓練として、いざ配属が決定した時のオリジナルな決めポーズの研究に余念がなかった。しかし、数多くのヒーローの知識があるばかりに、どのポーズをとっても誰かに似てしまう。オリジナル色を出そうとして誰もとらないようなポーズを考えるのだが、どうやっても奇妙とか、かっこわるいとしか言いようのないポーズばかりになってしまっていた。
彼がヒーロー協会に就職してもうすぐ2年が過ぎようとしている。
大抵ヒーロー志願者は、長くても一年程度の待機期間でどこかの部隊に配属が決まる。勿論、全員が必ず希望通りの担当に付ける訳ではない。むしろすぐに希望通りに事が運ぶことの方が少ないかもしれない。希望の担当カラーの変更をしたり、短期間の限定キャラや、怪我人などの代役、ブラック担当などを含むシークレット要員…そういったもので多少なりとも妥協をし、それでもヒーローになりたいという夢と現実の擦り合わせをして、それぞれが落としどころを見つけて働いている。
しかし、彼は妥協しなかった。あくまでもレッド担当に拘り、教官達に勧められる繋ぎ的な担当も全て断っていた。ひたすら正式配属のレッドにしか興味を示さなかったのだ。最近では教官達も呆れ、今ではごく一部の者だけが彼のことを案じてくれる状態だった。
「ねえ、これから緊急会議で大量の資料作らなきゃならないの。手伝ってー」
「分かったー」
何度目かのポーズも決まらず、「関節逆に曲がんねーかなー」と真剣な表情で呟いていると、向こうから事務職員の制服を着た女性が声をかけて来た。
正式な配属先の決まっていない彼は、殆ど各部署のアルバイトのような扱いだった。ヒーロー系の仕事はポリシーを持って断るものの、それ以外の仕事は気軽に何でも引き受けた。コピーの手伝いから蛍光灯の付け替え、時には来客案内までしているので、彼のことをヒーロー志願者の待機研修生だとは思わず、便利屋のアルバイトだと思っている者までいた。しかし彼はそんなことも別に気にならなかった。彼に取って、自分のプライドは大いなる目標の為にだけ費やされるのであって、それ以外のことに関しては、他人に何と言われようが全く痛くも痒くもなかったのだ。
「弟がここに来てくれて良かったとか思ってたりする?」
「まあなー。でもアイツにはぜってー言ってやんねーけどな」
コピー室に向かう途中、すれ違った青年達のそんな会話が耳に入って来た。
「あれは確か…」
片方は最近結成された部隊のリーダーだったと記憶している。確か兄弟ばかり集めた部隊であった。そのリーダーは彼と同じくなかなか配属先が決まらず随分悩んでいるようだったが、最近弟がここに来たおかげでトントン拍子に話がまとまったと聞いていた。
「オレも兄貴がここにいれば…」
彼は無意識的にそう呟いて、ハッとしてそれを打ち消すように頭を振った。
「ダメだダメだ。兄貴がここにいたんじゃ兄貴がレッドになっちまう。オレがレッドじゃなきゃダメなんだ」
半ば駆け出すように、彼はコピー室へと急いだ。
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彼の兄が家を出たのは、彼が高校に入ってすぐのことだった。
理由は定かではないが、兄はその直前に父親と言い争いをしていた。しかし、そんな言い争いは珍しいものではなく、彼もいつものことだと高を括っていた。だがその日は深夜になっても兄は帰宅せず、翌朝になっても帰って来た気配はなかった。彼が母親に言われて部屋を確認しに行った時、兄の膨大なコレクションが妙に整然としていたような気がして、少し寒気がしたのを覚えている。
昼過ぎ、心配した父親が警察に届けを出しに行こうと上着を羽織った時、絶妙のタイミングで兄からの電話が入った。彼が聞いた話では、今日からバイト先の先輩とルームシェアすることになったということと、今のバイト先で正式採用が決まりそうだということだった。あまりにも勝手な行動に父親は激怒したが、母親は至ってのんきに構えていた。その時、普通は両親の反応が逆なんじゃ…と密かに彼は思ったのだった。
後日兄の様子を見て来るように、と父親からの命を受けて彼は兄のバイト先であったヒーロー協会へ足を運んだ。根っからのヒーローオタクで、明けても暮れてもヒーロー三昧だった兄が働くにはこれほど相応しい場所もないだろう。受付で兄の名前を告げて呼び出してもらおうとしたのだが、返って来た答えは予想しないものだった。
「申し訳ありませんが…そういった方はこちらにはおられないようです」
「え…?バイト辞めた、ってことですか…?」
「いえ。念の為人事部に過去3年の記録を照会してもらっておりますが、該当するお名前の方は存在しない、とのことです」
彼はその返答に愕然とするしかなかった。兄が、ヒーロー協会でのアルバイトが決まったと小躍りしながら帰宅した3年前の日を彼は覚えている。当時中学生だった彼も兄以上に大興奮して二人で夜通し踊り回り、明け方鼻血を出してパジャマを汚して母親に厳重注意されたのだ。忘れる筈がなかった。
「偽名を使ってたとか…」
「ここではそういった方は採用しないと思いますが…」
「ですよねー」
受付嬢の苦笑まじりの返答を聞いて、彼は急に恥ずかしくなった。仮にもヒーロー協会である。身元の確認は一般企業より遥かに厳しい、と兄から聞いていた。だが、そんな話をしてくれた兄が、ここにはいないという。彼は応対してくれた受付嬢に丁寧にお礼を言うと、ヒーロー協会をあとにした。ここに来た時は、ロビーにチラホラいる各部隊のヒーロー達の姿を見て感動していたが、帰りはすっかり混乱していてそれを確認する余裕もなかった。
「兄貴…兄貴は何をやってたんだ?」
アルバイトが決まってからというもの、バイト代が入ったと言ってはよく奢ってくれた。その代わり限定フィギュアを手に入れる為に、始発からショップに並ばされたりもしたが。他にも、絶対他言しないようにという条件で、超が付く程のプレミアムヒーローグッズを持って来てくれたりもした。どう考えても一般の流通では手に入らないもので、そんなこともあって彼は兄のバイト先に微塵も疑問を感じなかったのだ。
彼は混乱したまま帰宅した。が、何故か本当のことが言い出せずに、待ち構えていた父親には「外出中で会えなかった」と伝えた。父親が直接ヒーロー協会へ問い合わせれば彼の嘘などすぐに発覚してしまうのだが、それでも嘘を吐かずにはいられなかったのだ。
しかし父親は彼の報告を聞いたのと、時折母親には近況を知らせるメールが入って来ていたことで多少安心したのか、その後直接問い合わせはしなかったようである。
嘘が発覚しないまま半年程が経過し、世間は年の瀬に突入していた。
兄のことが気にならない訳ではなかったが、母親に送られて来るメールに添付されている写真を見ると確実に最近の兄の姿であることは分かったので、当初の頃より心配する感覚は薄れていた。何せ最近発売されたばかりのフィギュアと限定版ストラップを持ってご満悦な顔の兄が写っていては、心配している方が馬鹿らしくなってしまう程だったのだ。
一日早く大掃除を終えた…というより諦めた彼は、リビングでテレビを見ながら年賀状を書いていた。テレビは勿論ヒーローチャンネルだった。
「ん?」
録画してあるので安心して流し見をしていた彼は、視界の端に何か引っかかりを感じて顔を上げた。ちょうど画面では、悪の戦闘員が周囲にいた一般人を人質に取り、ヒーロー達に迫っているところだった。彼はじっと画面を見つめたが、特に引っかかるようなものは見つけられなかった。気のせいかと思い、再び年賀状に目を落としかけた瞬間、画面の中の動きに展開があった。
一般人の人質を救出し、卑怯な手を使った戦闘員を斬りつけた黒い影が現れた。
「ブラックエンド……だよな…」
彼は登場した人物に見入る。この黒い影は、まるで中世の騎士のような黒い甲冑を身にまとい真っ赤なマントをたなびかせながら、同じく甲冑をつけた黒い馬っぽいメカに乗って現れるという、何とも派手なキャラクターだ。今のところ悪の組織側についているようだが、卑怯を嫌い、卑怯者には敵味方なく容赦しないという謎の人物で、その甲冑と威風堂々とした振る舞いから、ファンの間では黒騎士様と呼ばれていた。体格はそれほど大きくなくむしろ細身で、女性とも男性とも言われている。
「…兄貴?」
彼はそう呟くと、テレビ画面に貼り付くように近付いた。画面では、黒騎士ブラックエンドがヒーロー達を相手に立ち回っていた。
「兄貴!ちょ…何でぇ!?」
顔も体型も全く分からないが、彼にはその動きが自分の兄であると確信していた。幼い頃からヒーローごっこに散々付き合わされて来た彼には、兄の癖が手に取るように分かる。
彼は画面を見ながら混乱していた。あれほどヒーローに憧れ、自分もいつかはヒーローになると宣言していた兄が、今は悪の組織の一員として闘っている。彼には全く想像もしないことだった。
「ん?これってライブ?生中継!」
食い入るように画面に映っている背景を見つめた。しかしあまり建物が映っていない。
「どこだ…この空の広さからすると…海の方…お台場、品川、天王洲…いや、有明?そうだ、有明だ!」
彼は弾かれたように立ち上がると、コートのポケットに財布と携帯を突っ込んで玄関へ急いだ。その様子に、母親が顔を出す。
「どうしたの、急に?」
「ちょっと有明行って来る」
「え?今から?今年は行かないって…」
「そっちじゃなくて、別の用!」
彼は大急ぎでブーツを履くと、コートもしっかり着込まない程慌てた様子で年末の人がごった返す街へと飛び出して行ったのだった。
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彼が息を切らして到着した頃、もう決着はついていた。
色々使用した道具や、出たゴミなどをスタッフが回収しているだけだった。
「やっぱ間に合わねえよなー」
最寄り駅から全力で走って来たせいか、冬場にもかかわらず額に微かに汗が浮かぶ。何だかどっと疲れてしまい、彼は手近な植え込みの縁に腰を下ろした。そして何気なく周囲を見渡すと…
「!」
彼の視線の先には、黒い甲冑と赤いマントの人物、ブラックエンドがいた。もうとっくに立ち去っていたかと思ったのだが、どうやら乗り物の調整をしてもらっていたらしい。スタッフの一人が例の黒い馬っぽいメカを引いてやって来ていた。そのスタッフと少し言葉を交わしたようだったが、すぐにブラックエンドはヒラリと背に跨がった。彼は走って追いつこうかと思ったが、そうするには距離が離れ過ぎていた。
ピルルルル… ピルルルル…
不意に、軽い電子音が鳴った。その音で、今まさに走り出そうとして手綱を振り下ろしかけたブラックエンドが不自然に動きを止めた。そして振り返って、自分の方をじっと見つめている人物に気付いた。
彼は咄嗟に携帯を出して、兄の番号にかけた。確信はなかったが、戦闘中ならともかく決着もついているのだから、もしかしたら…という思いからだった。
そして彼の携帯が呼び出し音を鳴らし始めると同時に、その視線の先にいる人物から軽い電子音が響いて来た。その音は紛れもなく、聞き慣れた兄の携帯の着信音だった。その音で動きを止め、その人物が振り返った。顔は甲冑に覆われているので分からなかったが、確実に彼を見ていた。一瞬ではあったが、彼は目が合ったと感じた。
ブラックエンドは、一瞬の間の後、すぐに手綱を振り下ろしてあっという間に走り去ってしまった。その派手な出で立ちにすぐ気付いたのか。ファンと思われる少女達から黄色い歓声が上がった。
「やっぱり…」
彼の手の中の携帯は呼び出すのを止め、留守番電話に切り替わっていたが、メッセージを入れるでもなく、ただ相手の走り去った方向だけをしばらく眺めていた。
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「ああ〜何でオレ、チェックしてなかったんだよ」
家に戻ってから、彼は自室で録り溜めて見ていなかった映像を確認していた。ブラックエンドが登場している場面だけ拾って見たが、初登場からハッキリと彼には兄だということが分かった。放映された日付から大体の撮影日を予測すると、ちょうど兄が家を出て行った辺りと重なった。
「何やってんだよ、兄貴…兄貴は、正義のヒーローじゃなかったのかよ…」
そう呟いたら、自分で自分の言葉に泣けて来てしまって、彼は椅子の上で膝を抱えた。
「オレの…ヒーローだったんだぞ」
彼の中の一番古い記憶は、お気に入りの海苔の缶と、太陽を背にしてポーズを決めている兄の姿であった。それだけに、彼の中では兄が一番のヒーローであり続けたのだ。だが先程目にしたのは、いくら卑怯を嫌い人気があると言っても、悪の組織の一員の姿である。最初は、もしかしたら洗脳されているのかも、と自分を納得させようとしていた、だがあの携帯の音に反応して自分の方を見たことと、母親に送って来る近況メールは普段と何ら変わらない兄そのものであることが、洗脳の可能性を否定していた。
「兄貴は間違ってる」
彼は袖で強引に顔をこすって顔を上げた。鼻の辺りがうっすら赤くなっている。
「オレが兄貴の意志を継いで…正義の道へ導くんだ…!」
彼の目は、固い意志によって燃えるようになっていた。
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「おーう、待たせたなー」
「おっせーよ!」
「悪い悪い、ここは奢るから。あ、カフェラテで」
彼が3杯目のコーラを飲み終えようとする寸前、待ち合わせの相手がようやくやって来た。細身で整った顔をした青年で、どこか彼と面差しが似ていた。
「やっと配属先が決まったんだってなー」
「うん、そーなんだよ。しかもレッドだぜ、レッド〜」
「おー良かったなー」
「何かこないだ主題歌を収録するってレコーディングもして来た」
「待てよ、お前筋金入りの音痴だっただろ!?」
「オレは台詞だけ。急遽ピンクに選ばれた子が社内カラオケ大会の優勝者でさ。すっげえ上手いんだよ〜」
「そ、そうか。お前がいいんならいいけど」
彼は空になったコップを持ち上げて「同じものを」と追加注文をする。
「で、兄貴はどうなんだよ?」
待ち合わせの相手とは、彼の兄であった。ヒーローを目指していた筈がいつしか悪の組織に傾倒し、ブラックエンドとして悪の片棒を担いでいた…と彼が勝手に思い込んでいただけで、実際彼の兄は派遣型のシークレットだったのだ。勿論シークレットの存在自体が世間一般に知られてはならないので、当時高校生だった彼の誤解も仕方のないことだった。そして彼がヒーロー協会に就職したあとでも、たとえ兄弟と言えどシークレットのことを教えるわけにはいかなかった。その為彼は、兄を更生させたいが為にレッド以外の担当を頑に拒否していたのだった。
しかし半年前、彼の兄がいきなりヒーロー協会を辞めて会社を立ち上げ、彼の前に姿を現したのだった。そこで初めて、彼は兄がシークレットだったということをこっそり知らされたのだった。
「んー、まあまあ、ってとこだな。人は結構興味持ってくれてるみたいだし。あとは一件でも成功例が作れりゃいいセンまで行くと思うんだけどな」
彼の兄は今、各地方色を取り入れた地域密着型のご当地ヒーローを設立させる為の企画製作の会社をやっている。都内や大都市に集中しているヒーローを地方にまで広げることによって、現在ヒーロー協会や悪の秘密結社内でも問題になっている待機研修生の受け皿を増やそうとしているのだ。
「ヒーローに憧れて都会まで出て来たヤツを、地元に優先的にヒーロー斡旋できれば高齢化が進む地域の若返り活性も狙えるし、結構需要はあるんだよな」
「兄貴は社会派な正義のヒーローになるんだなー」
「そんなご大層なモンじゃねえよ」
ストレートな褒め言葉が照れくさかったのか、兄はカフェラテをスプーンでやたらめったらグルグルと掻き回した。
「ただ俺は、日本全国どこに行ってもヒーローに会いたいだけだよ」
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彼は食堂の片隅にある「リーダー席」でミートソースを勢いよくすすっていた。
「お、マエストロレッド。今頃昼か?」
「あ、お疲れさまッス」
彼の正面に、赤いヒーロースーツを着た男性が座った。
この「リーダー席」というのは、各部隊のリーダーだけが使うことのできる場所なのだ。リーダーが愚痴や文句ばかり言っては部隊の士気が下がる。かと言ってリーダーも人間である以上、たまには愚痴くらいこぼしたい。そんな理由でこの席が設けられたのだ。表向きは、各部隊のリーダーが有意義な情報を交換し合う場所とされているが。
「どうなんだ、カルテットソルジャーは」
待ち望んだカルテットソルジャーが始動してから、3ヶ月が過ぎようとしていた。当人達は気付いてなかったが、周辺ではかなりハラハラして見守られていたのだ。しかし始動してしまえばなかなか評判もよく、今の所シリアスな展開というよりは笑えるコメディ要素が強いのも受けているようだった。
「もう毎日が楽しいんですよー。こんなに楽しくてどうしようかと思いますねー」
「そりゃ何よりだな…って、おい、ソースを飛ばすな!」
あまりにも勢いよくすするので、彼の周囲にはミートソースで星座表でもできそうなくらいだった。
「大丈夫です!あとで拭いときます!」
「いや、こっちに跳ねさすなっての!」
「それもあとで拭いときます!」
拭かれてもソースのシミができること自体が迷惑だったので、相手は早々に彼から離れた。
「スミマセン、ウチのリーダーが」
席から離れると、グリーンが自分のことのように低姿勢で謝って来た。更に「大丈夫でしたか?」とイエローがウェットティッシュを差し出そうとする。
「平気だよ、実際についた訳じゃないから」
「あ、この席空けますから、良かったらここ使って下さい」
庭に面した眺めのいい場所を、ブルーが立ち上がって示す。
「お前ら、いいチームだな」
すかさず連携する彼らに、思わず笑みがこぼれていた。
『そりゃあ、リーダーのお世話をすることで結束してますから!』
全員が声を揃えて言った時には、堪えられず吹き出していた。
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担当カラーに拘り続け、2年以上も研修生をしていたという変わり者の未経験リーダーマエストロレッド。
年の割に上層部へのウケがよく、コネで配属されたと噂の副リーダーヴィオブルー。
かつて重大なミスをして、クビ寸前だったと言われているチェログリーン。
何だかよく分からない運の良さで、異例のスピード配属を果たしたコントライエロー。
…実は総務部からヒーロー部隊へ配属という、ありえない異動のヴァイオピンクまでいたりして、始動する前は不安の種、イロモノ部隊とまで言われていた。だが、周囲の予想に反して、このカルテットソルジャーの結束は驚く程固く、この先かなり長く活躍することになるのである。
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「全ての音は俺の前には平等!カルテットソルジャーリーダー、マエストロレッド!」
「低音の魅力はセクシーな音色!ヴィオブルー!」
「古きも新しきも幅広く響かせる!チェログリーン!」
「熱いビートは大地の鼓動!コントライエロー!」
「小さくたって刺さる和音!ヴァイオピンク!」
『奏でよ!重奏戦隊カルテットソルジャー!』
彼らの活躍は、これからも続く。
<了>
お読みいただきありがとうございました!
設定を考えていたのに出せなかったグループを置いておきます。(いつか書ける日は来るのか不明ですが)
「自然派戦隊アースレンジャー」
アースカラー中心に編成された部隊。森でのゲリラ戦を得意とするが、自然に馴染み過ぎて敵との遭遇がなく、彼らの放送時間は延々森の風景を映し続けるだけと化している。ヒーリングPVとして一部に人気。
「怨霊戦隊ミサキセブン」
深夜枠でカルト的人気を誇る7人組。一人倒されると、倒した者を強制的に仲間に引き込む必殺技があるので、弱らせるのはいいが絶対に倒してはならないと悪の組織では恐れられている。




