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グリーン&ブラックスは甘くない

彼=チェログリーン


グリーン&ブラックスは甘くない


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「すまないが、今日で契約は終了にさせてもらうよ。ご苦労だったね」


そう言われた彼は、二の句が継げずに黙っていた。


「急なことは分かっているが、あちらとも話は済んでいるしね」

「あ、あの…」


彼はやっとの思いで口を開いた。しかしどう続けていいか分からず、相手の視線が突き刺さるようで、言葉がまるで喉の奥で凍り付いてしまったかのように感じた。


「その…私には…何が何だか…」

「ああ、君の混乱も分かるよ。我々も君を疑ってる訳じゃない。実際君はよく働いてくれたよ。感謝している。だがね…もう火消しはできないところまで広がってしまっているんだ」


相手の言葉はとても穏やかで優しかった。だが、有無を言わさぬ絶対的な強さも含んでいる。彼にはそれに対抗するだけの弁術も気力もなかった。


「あまり長くここにいては、君にとっても最早マイナスにしかならないだろう。もし荷物の置き忘れがあったら我々が責任を持ってあちらに送るから、早めに支度した方がいい」

「はい…色々と、ありがとうございました」


言いたいことはあった。が、彼はそれを一言も言えないまま、ただ深々と頭を下げた。



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彼がヒーロー協会からの「シークレット」要員として、日本最大の悪の秘密結社に派遣されたのは3年前のことになる。


色々な裏事情により、ヒーロー協会と悪の秘密結社との間には幾つかの協定が極秘裏に結ばれている。力のバランスを取るための裏切り要員として、お互いの組織から交換派遣されるシークレットと呼ばれる者が存在するのもその協定の一つだ。実際派遣された者は、自分がシークレットであることは決して明かさず、裏切りが表に出て華々しく元の場所に戻る「その日」が来るまで、それぞれの組織の人間として働かなくてはならないのだ。


彼が派遣後すぐに担当したのは「精霊戦隊エレメンズ」との対抗組織で、その中でも幹部の一人ノワール・レイだった。ノワール・レイは騎士道精神を重んじるタイプで、エレメンズリーダーのファイヤーレンカをライバル視して正々堂々と闘うことに拘るあまり、結果的に彼らを助けることになってしまうこともあるキャラクターだった。そんなこともあり組織からは常に疑いの目を向けられつつも生来の真面目な性格が幸いして、3年間上手く組織の中で働いて、「その日」を待っていた。


だが、彼と関わりのないところで火の手が上がった。大手百貨店大総屋デパートの屋上で行われたエレメンズショーで、ノワール・レイが組織を裏切りエレメンズ側に付くというネタが暴露されてしまった。その情報がファンの間で広まり、ネットを介してあっという間に広まってしまったのだ。基本的にショーは外部のイベント会社に任せていたので、その会社が勝手に作ったこととして処理する筈だった。だが、どういう関わりかその日のショーには本物のファイヤーレンカとピンクフローラが参加していたことから、その情報が事実として認識され、彼が裏切り担当シークレットだということが明るみになってしまったのだった。


やがてその情報は彼本人がリークしたのではないか、というところまで発展した。身に覚えのない彼は否定し続け、調査されるも当然のように事実無根でしかなかったのだが、最早日本最大の悪の秘密結社の組織力を持ってしても止めることは不可能なまでになっていた。幸い彼の素顔を知る者は上層部のごく一部のみだったため、顔までは割れることは回避されたが、それでも組織内で彼に対する疑いの目が日に日に厳しくなって来た為、異例のスピードで契約終了の手続きが取られ、ヒーロー協会へ戻されることとなった。


「挨拶くらいしたかったな」


自分のロッカーから荷物を出しながらカバンに詰め込んで行くと、ようやくここを辞めるのだという自覚が出て来た。いつもなら誰かしらいるロッカールームなのだが、彼の一件について上層部からの調査報告と、今後の守秘義務の徹底を強化する為の対策集会が行われていて、彼以外は誰もいなかった。その集会が行われているうちに退去するようにとの気遣いだったのかもしれないが、彼に取ってはあまりにも空しい最後だった。


何も考えないようにして、とにかくカバンに荷物を詰め込んだ。底の方で何かグシャリと紙が潰れるような音がしたが、全く気にも留めなかった。


「お世話になりました!」


ロッカールームを出て行く時、彼は誰もいない空間に向かって大きな声でそう言った。



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「今日もよろしく!」

「あ…はい、よろしくお願いします」


威勢のいい声と共に背中を強めに叩かれた。振り返って…ちょっと下を向くと、そこにはかなり小柄な赤いジャージ姿の男性が立って、ニコニコと彼を見上げていた。この男性は、本日の現場の「変心戦隊ゴニンジャー」リーダーゴニンレッドこと赤井一郎である。


「お前頑張るよなー」

「そ、そうですか?」

「何、違うの?そういうのが好きな人?M?」

「違いますよ!」


今日もよく晴れていた。暦の上ではもう秋にはなっていたが、まだまだ残暑は厳しく、朝から気温はうなぎ上りだった。


ヒーロー協会に戻った彼は、当面の繋ぎとして内部シークレットの一種である「ブラック担当」をやっていた。実は部隊内にブラックがいた場合、顔出し担当の他にシークレットが数名存在しているのだ。何せ色が色だけに、晴れた日の野外対決は尋常でない程体力を消耗する。基本的に冬は半日、夏は2時間が活動限界とされていた。しかしその時間で対決が終わらない場合も多い為、控えとして数名が待機しているのが通常だった。所謂「業界のお約束」というやつである。


彼はここ数ヶ月ゴニンジャーのゴニンブラックを担当していた。この部隊は肉弾戦がウリで、他所よりも体力を使う。その為ブラック担当がなかなか定着しないことでも有名だった。それ故、ここ最近立て続けに来ている彼に、先程のような質問が飛ばされたのだ。


「お前が担当に来てからさ、ブラックの人気がすごく上がってるの、知ってた?」

「えっ!まさか…」

「ホントホント。何て言うかさ、敵か味方かよく分からない掴みどころのないヤツから、ミステリアスな頼れる仲間!って方向にキャラが確立して来た感じでさ。やっぱ担当が固定して来ると違うよな」

「…ありがとうございます」


ゴニンブラックは、ゴニンジャーのピンチにどこからともなくやって来て力を貸し、正体を明かさぬまま去って行く謎の戦士である。どんなキャラクターかも未だに明かされいないので、彼は他のメンバーとの空気感を壊さないように適度な距離を保ちつつ、それでも仲間を思っているという気持ちは見えるように気を配っていた。その気配りを褒めてくれたような赤井の言葉に、彼は嬉しさのあまり目の奥が熱くなってきてしまい、それをごまかす為に照れたように俯きがちに微笑んだ。ヒーロー協会に戻って来てから、初めて認められたような気がしたのだ。


「でもさ、いつまで続けるんだ、この仕事…って俺が言うのもなんだけどさ」


赤井率いるゴニンジャーもかなりの年数活動を続けている部隊で、赤井自身理事の一人でもある。しかし「生涯現役!」を掲げ、理事としての仕事をこなしつつ、最前線に立つことも忘れていないのだ。


「お前の履歴、ちょっと見せてもらったけどさ、ずっとシークレット以外やってないのな」

「まあ、そうですね」

「顔出しNGとか?事情があんならそこまでは聞かねーけどさ」

「……特には、ないです」

「ないのかよ!」


彼は、喋るのがあまり得意な方ではないし、顔を出さずにマスクを被っていた方が落ち着く気がした。それで自分でも特に疑問にも思わず、ずっとシークレットを続けて来たのだろう。赤井に指摘されて初めて気が付いた。


「ならさ、お前顔出した方がいーわ。絶対向いてるし」

「俺が?いやいやいや、向いてないですよ!」

「何言ってんだ、この贅沢モンが!」


赤井は半分怒鳴りつけるような勢いで、彼の背中を目一杯叩いた。もしかしたら手形が付いたかもしれない。


「それだけ身長もあって顔も濃いめだがそこそこイケメン。そんな恵まれたモン持ってんのに、何で活かそうとしないんだよ。俺なんか、『カッコいい』って言われたくてヒーロー始めたのに、褒められる言葉は『可愛い』しかないんだぞ!チクショウ!」

「はあ…スンマセン…」


男性の中ではかなり小柄で、女性でも赤井より小さい人間はそう多くない。だからどうしても私服が常に女性かキッズ用のものになるため、赤井の私服姿はどこに行っても可愛いと評判だった。勿論変身して闘っている姿は凛々しいが、それでも声援は確かに「可愛い」で占められていた気がする。彼は「応援してくれるなら何でもいいんじゃないかなー」と思っていたのだが、長年言われ続けている赤井に取っては重要らしかった。その赤井の勢いに押されて、彼は何故か謝った。


「あのさ、マスクつけたら別人になれるとか思ってねえ?」

「それは…思って、ますね」

「実際は、自分が思う程変わってないんだな、これが」


最初は赤井も変身したら中味も変わると思っていた。だが色々な経験を経て得た結果は、どっちも同じ自分だということだった、と言った。


「最初は理事に就任させられた時、面倒だと思ったんだわ。でも理事になって、他の色んなヤツを見るようになったら…マスクしててもそいつがすぐに分かるってことに気付いた」


ふとした仕草や癖だけでなく、その人物が持っている雰囲気自体が全く同じだと赤井の目には映ったのだった。


「変わんねえんだよ、ホントに。当人は二面性のつもりなのかもしれないが、俺に言わせりゃその差があるのか全く分からん」


赤井の意図するところが分からず、彼は戸惑った表情を隠しもせずに話を聞いていた。しかし、分からなくても自分の心の奥底で何かが反応したような気がした。


「お前のブラック、すげーいいよ。立ってるだけで雰囲気あるし。でも、俺に言わせれば、ブラックやってるときのお前と、今目の前にいるお前との差は分かんねえ。もっと自信持っていいと思うけどな」

「そう…なんでしょうか。もっと自信持っても、いいんでしょうか」

「この戦闘が終わったら俺の理事室へ来いよ。お前宛のファンレターがどんだけすごいか目の前に積んで自覚させてやる」


赤井はそう言って、彼の太ももの辺りに軽く蹴りを入れた。


「おっし、じゃそろそろ行くか!」

「はい!」


赤井の号令につられて、彼もいつになく大きな声で返事をしたのだった。



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「桃園シホ…いいえ、ゴニンピンク。ここが貴様の墓場となるのよっ!」


悪の組織の女幹部ミス・カラスマが目の前に立ちはだかり、彼女は絶体絶命だった。変身しようにも、変身装置を取り上げられてしまっている。気丈にも彼女は、足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げて応戦しようと試みたが、体力を消耗するばかりですぐに動けなくなってしまった。その様子に、ミス・カラスマの勝利を確信した高笑いが響く。


「さあ、これでおしまいよ!」


ミス・カラスマのクロウピックが振り下ろされる。彼女は思わず目をつぶった。


「何っ!?」


彼女は武器を振り下ろされる衝撃を予測していたのに、何故か自分の周りをフワリと暖かいものが包んだのを感じた。そしてミス・カラスマの驚きの声に、恐る恐る目を開けた。


「あ…あなたは…!」

「無事で良かった」


彼女の目の前には、ゴニンブラックがいた。そして彼女を庇うように抱きかかえていて、自らクロウピックの一撃を浴びたらしく、顔を覆うマスクの一部にヒビが入っていた。一瞬、そのヒビが大きくなったかと思うと、ゴトリと音を立ててマスクが地面に落ちた。


「おのれ!何者だ!」


自分の攻撃を邪魔されたミス・カラスマは、真っ赤な顔をして金切り声を上げる。


「黒田君…」


彼女がその名を呟く。マスク越しにくらった一撃がこめかみの辺りを血で濡らしていたが、彼女を安心させるように微笑んだ。


「俺は黒田ミロク、6番目のゴニンジャー、ゴニンブラックだ!」



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「ごーめーんー」

「もういいですって」


とある居酒屋の机で、赤井が額を擦り付けるようにして突っ伏していた。そしてしきりに謝罪の言葉を繰り返している。


「何とか説得して回ったんだけど、あの頭のカタいクソジジイ共〜」

「ちょっと赤井さん!ホントにもういいんですよ。そのお気持ちだけで充分ですから」

「ホント、ごーめーんー」


先程からこのような会話がずっとループしていた。

その後ゴニンブラックの人気は更に上昇し、上層部からもそろそろ正体を明らかにしてはどうかと打診があった。そこで赤井は満を持して彼の名を挙げたのだが…


「今までどこにも出て来てない人気キャラ、って新しいじゃねえかよー」

「そうなんですけど、でも赤井さん、それ無理ありすぎですって」

「マスク取った瞬間一斉に『誰だお前—!?』って…いいだろ?斬新だろ?」

「まあ…斬新ではありますけど」


彼のそれまでの働き方が災いして、彼の素顔は今までどこにも登場していなかったのだ。人気もあり、これまで陰ながら活躍して来たゴニンブラックに、顔も知られてない人間を配するのはさすがに赤井一人のごり押しではどうにもならなかった。結果、かつてゴニンピンクが実家に戻って見合いをするか、このままヒーローを続けるかで悩んでいた話で登場した、ゴニンピンクの幼馴染みかつ淡い初恋の相手の青年が抜擢されたのだった。柔和で知的な眼鏡青年が、ひとたび変身すると激しい戦闘を繰り広げるというギャップに、子供達よりその母親世代が夢中になっているらしい。


「でも、黒田君もいいヤツで良かったじゃないですか」

「そうなんだよー。そうなんだけど…俺はお前と仕事がしたかったんだよー」

「ありがとうございます。その言葉だけでも嬉しいです」

「いや俺は有言実行の男!いつか必ずお前と組んでやるからなっ!覚悟しとけ!」

「そんな親の敵みたいに言われても…」


赤井は酔っているかのようなテンションだが、手にしているカップに入っているのは牛乳である。


「赤井さん」

「ん?」

「俺、今度顔出しできるような部隊に配属申請出して来ました」

「おう、知ってるぞ」

「ですよねー」


これでも赤井とて理事の一人である。それくらいの情報はとっくに入手済みだろう。今日こうして居酒屋に誘ってくれたのも、彼が一歩前に進んだことへの励ましのつもりだったのかもしれない。


「キャリアがない分なかなか難しいところはあるけどな、とにかくあちこち出してみろよ」

「そのつもりです」


彼もすぐに配属が決まるとは思っていない。けれどむしろそれでいいと思っていた。赤井にも言えないが、彼は赤井に顔出し担当を勧められてから、密かに鏡の前で笑顔の練習をしている。実際まだ気恥ずかしさが先に立って、一向に引きつった顔から脱していないが、それが誰が見ても笑顔と言う表情ができるようになったら、少しは自信が持てるようになる気がしていた。さすがに誰にも言えないが、言えなくても彼は続けようと思っていた。



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「なあ、この企画書見てくれよ!」


今日の晴天のもと、ブラック担当で来ていた彼の前に、赤井が書類を持って走って来た。


「企画書?」

「そう、こないだ俺が提案した新部隊のヤツ。いいだろ、新しいだろ?」

「ってか、何で俺がピンク担当なんです!?」

「斬新だろー」


あれから赤井は、ことあるごとに彼を抜擢した新部隊の企画を持ち込んではボツにされていた。最近ではネタも尽きて来たのか、到底通りそうもないようなモノばかりが続いている。最初はゴニンブラックに推薦できなかった彼に対する謝罪の意味も含まれているのかと思い、彼も非常に申し訳なく思っていたのだが、最近の赤井の企画を見ると、彼を使って笑いを取りにいっているとしか思えなかった。


「まあもし通ったら斬新かもですねー」


所詮通る訳がないだろうと適当に返したら、赤井は書類の上部を指し示した。よく見ると、理事長以外の承認印が押されている。


「理事長の最終審査通るだけなとこまで来てるんだよなー、実は」

「ええっ!?」


思わず彼は二度、三度と見直したが、紛れもなく上層部の承認印が押されている。


「覚悟しとけよー」


赤井は得意満面な笑顔で言った。



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その話を告げられた日、彼は「もしピンクをやるなら…」と真剣に考え出してしまい、その日のブラックは何故か内またでカッコ悪かった!と苦情が殺到したのだった…。



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後日その企画は、理事長の承認は得られないままお流れとなった。しかし、そんな無茶な企画が最終選考まで通ったこと自体がむしろ奇跡である。その企画書を読んだ理事達は、皆彼のピンク担当という企画にもしっかり目を通していたにもかかわらず、何の疑問もなく承認してしまったと言うのだ。


赤井が何か仕掛けをしたのかは未だに分からないが、時折理事達の間では協会の七不思議の一つとして語り継がれているのだった。


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