赤から青はアルカリ性
彼=ヴィオブルー
赤から青はアルカリ性
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「クラブくんはあのイエローくんを気に入ってるんだねえ」
洗い場のカウンターに見事に空っぽになった食器を置き、奥の人物に向かって「ごちそうさま!」と声をかけるのが彼の日課になっていたのだが、今日は何故か向こうからそう声をかけられた。
「シュリさんー、俺もう『クラブ』じゃないんですよー」
「ああ、そうだったそうだった。今はブルー、ヴィオブルーよね」
がっちりした体格だが和顔で垂れ目気味の愛嬌のある雰囲気の彼は、少し眉を下げて苦笑混じりの顔で答えた。
カウンター越しに声をかけて来た女性は、ふっくらとした頬を更にふっくらさせたように微笑んだ。その笑顔は、まさに全開と呼ぶのに相応しかった。
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「二人はさ、経験者なんだよね?」
成り行きで他のメンバーに昼食を奢る羽目になってしまったイエローが、自分のかけそばをさっさと食べ終わってからこんなことを聞いて来たのだった。せっかく奢られるのだから、と食堂で一番高いステーキ定食を遠慮なく注文した彼が、イエローの問いかけに顔を上げる。今彼の口の中は、一番高いといってもたかが知れている値段相応な歯ごたえの肉との格闘の真っ最中だった為、言葉を継げずに黙って頷いた。
「どこの部隊にいた?色とかは?」
「あー、それオレも聞きたいー!」
同じくステーキ定食を注文し、やはり同じように口の中の肉と格闘していたレッドが、行儀悪くモゴモゴとしながら口を挟んだ。必要以上に詰め込んでいるせいか、そのよく動く大きな目と相まってその姿は少々リスを彷彿とさせる。
「あー…俺ちょっと言えないんだわー」
ステーキ定食ではなく、唐揚げ定食をチョイスしていたグリーンがまず呟いた。ステーキと比べて、肉と格闘する必要がなかったせいだろう。
「あ…そっか。それは仕方ないよなー。じゃブルーは?ブルーもシークレット?」
ヒーロー協会には数多のヒーロー部隊が在籍しているが、隠れキャラ的なシークレットと呼ばれる存在があり、彼らの詳細は上層部の一部の者だけが把握できると言われている。
秘密兵器がうっかり秘密のままで終わってしまったり、あると見せかけてその実体は存在していないというハッタリだったり、そういうモノも含まれているとか、実は裏切り要員として「悪の秘密結社」からお互いに数名ずつ出向させているとか…等々、色々な噂のある存在だった。そして実際にそのシークレットにかかわったことのある者は他言無用を徹底され、聞く者もそれ以上追求しては行けないという暗黙の了解があった。
「いや、俺はタートラー。『甲殻戦隊タートラー』にいた」
彼は、まだ口の中で咀嚼し切れていない肉を強引に飲み込んだ。そして今度は口に入る前に小さくしておこうと、皿の上から肉との勝負を開始した。
「タートラー!マジ!?」
その名前を聞いたイエローとグリーンは一瞬キョトンとした表情になったが、レッドだけが即座に反応した。
「レッド知ってるんだ」
「え、だってタートラーだよ?あの伝説の!」
「あー、もう各部隊伝説多すぎて分かんねえよ」
興奮してか前のめりになるレッドに、イエローはやや引き気味に呟く。
「いいかー、タートラーってのは……オレが説明しちゃっていい?」
「おう、任せた」
彼は皿の上でも悪戦苦闘している肉に集中したいらしく、あっさりレッドに丸投げする。些細なことでもリーダーらしさを発揮したいレッドは「はいはい、注目ー」などと言いながら喜々としてして説明を始めた。メンバーの中では一番年下であるが、ずっとレッドを希望していただけあって隙あらば暑苦しくリーダー風を吹かせたがる。幸いにも他のメンバーは率先して引っ張って行くのを面倒と思うタイプばかりだったので、上手くバランスが取れていた。
「甲殻戦隊タートラーってのは、初めて赤以外がリーダーになった歴史あるグループでさ、リーダーのタートルグリーン、副リーダーのガザミブルー、クラブレッド、アルマジロイエロー、シュリンプピンクの五人がさー…」
他の部隊のことをそらでスラスラと話すレッドに感心しつつも、イエローは呟かずにはいられなかった。
「…アルマジロって、哺乳類だし」
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「んでさー、最硬を誇る巨大メカ、ガラパゴスジョージ・モスグリーンってのがさー」
「ん、それはいいから。で、ブルーは何色やってた?やっぱりブルー?」
立て板に水の如く止まらないレッドを強引に制して、イエローはようやく肉との戦いを終えた彼に話を振った。
「いや、俺はレッド。クラブレッド」
「クラブレッド!?クラブレッドって言えばシオマネキソード…」
「だからそれはいいから。え?じゃあじゃあカルテットソルジャーでもレッドやりたいとか思わなかったの?」
「レッドは渡さねえぞ〜!」
テンションが上がり過ぎたのか、アルコールも入ってないのにやたらと絡んで来るレッドを宥めつつ上手くグリーンに押し付けて、イエローは彼の話をもっと聞き出そうとした。
色々な事情で解散する部隊も少なくはない。だがやはり思い入れがあるのか、以前にいた部隊と同じカラーを担当したいという者が大半で、よく人事部がそれで頭を痛めていた。故に、彼のように色が変わるのは割と珍しいことではあった。
「まあ俺はリーダーよりナンバー2とかの方が気楽だし。ほら、リーダーって色々面倒だろ?しょっちゅう会議だの何だので呼び出されててさ」
とにかく語りたい魂に火が点いてしまったレッドに、一方的に話を聞かされていたグリーンだったが、彼の「会議」の単語に反応した。
「あれ?そういえば午後イチでリーダー会議があるって言われてなかった?」
「うわっ!やべ!」
グリーンの言葉を聞くと同時にレッドもそれを思い出したのか、弾かれるように立ち上がると、空の食器もそのままに走り去ってしまった。その一連の慌ただしさに、残った三人は顔を見合わせて笑うしかなかった。
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「若造に何ができる」
彼が何か言う度、必ずと言っていい程そう返された。
彼が初めて配属された部隊は、現在ギネス申請中の長寿戦隊だった。何せ二十歳になったばかりの彼が入隊しても、平均年齢が五十を越えていた。彼が担当するクラブレッドは二代目になる。ギネスへの申請が通れば勇退、という形を取る予定だったのだが、申請が通る前に初代クラブレッドが痛風のため引退を余儀なくされてしまったのだった。
あまりにも世代が違い過ぎて決して居心地のいい場所ではなかったけれど、繋ぎの一時的なもの、と割り切っていた。それに解散後には優先的に新部隊への配属の条件が付加されていたのも魅力的だった。しかし、若いという理由でやたらと雑用をやらされ、戦闘においては自分の意見はことごとく却下され、面白くない日々を送っていた。良かったことと言えば、シュリンプピンクが色々と実の母親のように気遣ってくれて毎日のように差し入れをくれたので、当時は食事と生活用品に困らなかったことぐらいだった。もっとも、年齢的にも母親と同世代だったのだが。
その日彼は、ガザミブルーと行動を共にしていた。どちらかというと職人気質で短気で口の悪いガザミブルーは、同じカニ仲間として初代クラブレッドとは特に仲が良かったため、二代目の彼をどこか敵視しているような空気があった。彼のことを常に「若造」呼ばわりし、ことあるごとにキツく当たっているようにも見えた。
「こっちは無理ですよ」
部隊の勇退が近いことを聞きつけたのか、連敗続きの敵もせめて一矢報いようと躍起になっているらしく、ここのところ彼らの攻勢は執拗であった。特に数に物を言わせる人海戦術は厄介で、気が付くと部隊はバラバラにされていた。切り札の巨大メカ、ガラパゴスジョージ・モスグリーンを呼び出すにはリーダーのタートルグリーンと、副リーダーのガザミブルーの合い言葉が必要だった。
「もう少し上の方へ出て…」
「てめえは先に行ってろ。オレァ…もう動けねえ」
「ちょ…!何言ってんスか」
彼は思わず大きな声を出しかけ、慌てて周囲を見回した。幸い敵の耳には届かなかったようだった。
「腰…やっちまった…」
呻くように呟くガザミブルーの額には、びっしりと脂汗が浮かんでいた。
「…ギックリ…?」
彼の問いかけに僅かに頷く。
「何とか…俺の背中に乗れますか?」
ガザミブルーは答えなかった。無言の否定なのだろう。彼はどうにか他の仲間と合流しようと、移動手段を提案した。だが、どれも答えは返って来なかった。
「とにかく移動して、リーダーと合流しないと。ガラパゴスジョージ・モスグリーンを呼び出さないとヤバいですよ」
「だからてめえ一人で先に行け。リーダーに知らせりゃ何とでもなる」
ガザミブルーは、本来ならあの巨大メカはリーダー一人で呼び出せるのだが、掛け声が一人ではサマにならないので付き合いで合わせているだけなのだと告げた。
「相手なんざてめえみてえな若造でも、そこらに転がってる棒っ切れでもいいのよ。俺だって副リーダーなんてエラそうなこと言ってるが、コイツを着てなきゃただのジジイよ」
「たかがギックリ腰程度で何弱気になってんですか!」
「何だと!てめえみてえな若造にこの辛さが分かってたまるか!…ってててて」
ガザミブルーは一瞬痛みも忘れて彼の胸ぐらを掴んだ。が、すぐにうめき声を上げてうずくまる。
「その方がいいっすよ」
うずくまったガザミブルーを支えるようにゆっくり座らせると、彼はポツリと呟いた。
「何だと?」
「何か、弱気なガザミさんは似合わないっつーか…気色悪い、っつーか…こう、しっくり来ないんですよ」
ガザミブルーは驚いたような表情で彼の顔を穴の開く程凝視していたが、彼の方はどことなく気恥ずかしいのかあさっての方向を向いたままだった。やがてガザミブルーは小さく「若造が」と呟いた。しかし、その響きは今まで聞いたことがない程柔らかいものだった。
ふと周囲に注意を向けると、敵戦闘員達が少しずつこちらに向かって来ているようだった。しかもその数は確実に増えている。見つかるのは時間の問題だろう。
「俺がヤツら引きつけながら皆と合流します。シュリさんにはここに向かうように言っておきますから」
「おう、任せたぞ、若造」
「はい!」
おそらくガザミブルーの口から初めて言われたであろう言葉が、彼には嬉しかった。
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「見たよ見たよ〜。確認したらちゃんと居んのな、ブルー」
翌日、レッドがビデオテープを片手ににじり寄って来た。そのテープの背には手書きで「甲殻戦隊タートラー・第28部・#21〜#25」と書かれている。
「いや〜ちょっと確認だけ、と思ったらついずっと見ちゃったよ〜。でも今見ても全然面白れーのな。だからさ、みんなで見ようと思ってオレ推薦の回持って来た」
レッドは、映像資料室で閲覧できるように既に予約してあると言う。
「おおーすげー!ビデオ撮ってたの?」
「てか、今時ビデオって」
グリーンとイエローがそれぞれの反応を示す。
「まあ正確には兄貴のコレクションだけどなー。でも今はオレが受け継いでるからオレのコレクション。それより早く見ようぜ」
「俺はいいよ」
「そんなコト言うなよブルー。お前の勇姿をみんなで見ようって」
辞退しようとする彼に、レッドは強引に詰め寄る。更に固辞を示そうとした彼を全く意に介してないかのように、レッドは彼の腕を掴んで先導する。それをもっと強く拒否することもできたが、そこまで嫌がるのも面倒に思えたので仕方なくそのまま着いて行くことにした。
久々に見るかつての仲間の勇姿は、思った以上に懐かしく感じた。全体的にやや時代を感じさせるデザインが各所に見られたが、却って今は新鮮に思えなくもない。初めて見るらしいグリーンとイエローも、時折感嘆の声を上げながら夢中で見ていた。
「あ!ここ、ここ!この場面がさ、ファンの間でも特に名場面って言われてんの!」
場面はクライマックスの、巨大メカを呼び出す場面に差し掛かっていた。
「え?この呼び出しの展開は毎回じゃないの?」
「毎回なんだけど、この回だけはちょっと違うんだよな〜」
「亀の甲より!」「年の功!」
『出よ!ガラパゴスジョージ・モスグリーン!』
「これ!この時のガザミブルーの体のキレがさー、第1部の時を彷彿とさせるって評判になったんだよなー。合成じゃないかとか別人じゃないかとか、検証サイトもあるくらいでさ」
映像に詳しいファンが調べた結果、合成ではないことは確認されていたので、今のところ別人説が有力らしい、とレッドはひとしきり説明した。
「たとえ別人だったとしてもさ、この回はやっぱり評価高いんだよ。映像比較した奴らに言わせると、第1部のガザミン…あ、これガザミブルーの愛称な。ガザミンの動きを見事にトレースしててさ、よっぽどのファンじゃなければあの動きはできないだろう、ってさ」
「よっぽどのファン、か」
シンプルなフォルムの巨大メカが画面に登場する。今の複雑なデザインに比べれば随分稚拙にも見えるが、それでも画面一杯に活躍する姿を見て、彼も久々にワクワクした気分になった。グリーンとイエローは、レッドの解説など耳に入っていない様子で見入っている。
「お前なら知ってんだろ、誰だか」
不意に、他の二人に聞こえないような小声で隣に座っていたレッドが呟いた。顔は正面の画面に固定されたままだったので、彼は一瞬自分に向かって言われているのか分からなかったが、その問いは明らかにこちらに向けられていた。
「あー…」
「あ、やっぱいい、いい!答えんなよ、絶対答えんなよ!シークレット、とか言われたらそれだけで別人説確定だもんな。こういうのは、別人じゃね?とかいいながら、でもガザミンかっけー、って言ってるのがいいんだよな!」
「…だな」
画面ではちょうど巨大メカが敵を倒し、夕日をバックにポーズを決めていた。
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「ごちそうさま!」
いつものように彼が声をかけると、
「いつも完食ありがとね!」
と威勢のいい声が返って来た。
「あ、シュリさん、俺昨日メンバーの奴らとタートラー見たんだ」
「まー随分懐かしいものを見たのね」
食堂を取り仕切っている彼女、元シュリンプピンクは、目を丸くした。
「ガザミさんは、元気?」
「元気よー。あ、でもかなり性格丸くなっちゃったから、今会ったら驚くかもね」
「マジですか?」
「ほら、去年ウチの娘が子供産んだでしょ。初孫なもんだからもうデッレデレなのよー。その上、もっと高い高いしてやるんだー、って筋トレまで始めたの。ギックリ腰なのにねー」
彼女はケラケラと笑いながら言った。その明るい笑い声は、現役当時と全く変わってなかった。部隊解散後しばらくは専業主婦をやっていたのだが、一番下の子供の大学受験が終わると同時にヒーロー協会本部の非常勤顧問として復帰していたのだ。そして料理を作ることと、誰かに食べてもらうことが何よりも好きだった彼女は、現在食堂で勤務している。
「もうすぐね、カルテットソルジャー」
「来月からです。早く動きたくてウズウズしてますよ」
「期待してるわよー。何せキミはウチの旦那の若い頃によく似てるからね。特に決めポースの時の動きなんてそっくりだったもの」
「おふくろの英才教育ってやつですかね」
彼の実家には、タートラーが全話録画されたものが残っている。先日実家に戻った時に、頼まれてビデオテープからディスクに映像を整理して来たばかりだった。そのコレクションは第1部から揃っており、彼の配属が決定する以前から実は母親がファンだったのだ。その影響で、幼い頃から暗記する程繰り返し見ていたのだった。
「そのおかげでガザミンが動けない時に代役やってくれてたんだもんね」
「シュリさん!」
彼は慌ててシー、と人差し指を立てた。ちょうど視界の端に、食事を終えたレッドとイエローが連れ立ってこちらに来ているのが見えたからだ。
「ごちそうさまでしたー」
「旨かったでーす」
「はーい、ありがとね!」
二人は口々にそう言って食器を置くと、彼の横を通り過ぎて行った。
「ああ、そうだブルー。午後からの定例ミーティング、理事長も顔出すから場所変更になったってさ」
通り過ぎる時、イエローが彼にこう告げた。
「え、どこ?」
「俺たちもそれ確認しに行くとこ。分かったらラインする」
「悪ぃな」
「理事長の話長えんだよなー」
レッドがそう言いながら、もう欠伸をしていた。既に条件反射になっているらしい。
「タートルくん、昔っから話長かったもんね」
解散後、リーダーだったタートルグリーンは理事に就任し、数年前には理事長になった。理事長室には、現役最長記録と最年長ヒーローグループ記録としてギネスより送られた認定書と、メンバーの集合写真が飾られている。残念ながら、その中に彼の姿は写っていない。
「理事長室の写真ね」
彼女がそう言い出して、ちょうど同じことを思い浮かべていた彼は何か見透かされたような気がして一瞬ドキリとした。
「キミも一緒に撮ってもらったのあったでしょ。結局飾ってはないけど」
「ああ、俺も自分だけ変に浮いてて嫌だから飾らないでくれ、って言ったやつ」
その後その写真はどこに行ったかは分からなかったが、どこかの倉庫か資料室の奥底にでもしまい込ませているのだろうと思っていた。
「あれ、今ウチにあるのよー」
「えっ!マジですか?」
「ウチの人、ガザミンがね、是非欲しいって言ってね。まあ最近までしまわれてたんだけどね」
彼女は、当初は飾っていたのだが、一番下の娘が彼のことをカッコイイと言ったら即しまい込んでしまったことを大笑いしながら話した。彼も「ひでー」と言いながら、腹を抱えて笑った。
「でもね最近また出したのは、あなたの配属がやっと決まったってことと、担当がブルーだったってことが嬉しかったからみたいよ」
「偶然っすよ。別に俺は何色でも良かったから」
「でも一番合う色よ。自分のポリシーにこだわってカッコつけてクールにイキがってみせて、苦労なんてしてませんよ、って顔してちょっと離れたところにいたりするけど実は満身創痍だったり」
「…なにげに褒めてない気がしますけど」
ちょっと複雑そうな顔になった彼に、彼女は「変わってないわねぇそのしょっぱい顔」とクスクス笑った。彼女に笑われ、彼はますます「しょっぱい顔」になった。
「あのイエローくんをカルテットソルジャーに入れる為に、随分根回ししたみたいじゃない?」
「それは…」
かつての仲間のコネでごり押しまではしたくなかったが、機会があれば上層部の顔見知りにさりげなくイエローの名前を出してはいた。更にイエロー選抜基準に社食でのカレーの利用数が関係すると聞いて、IDカードをなくしたと言ってイエローのカードを借りて毎日カレーを食べていたのも事実である。
「あいつは…新人の中では飲み会で一番面白かったんですよ。一番汗かいて一生懸命で。ほら、どうせなら面白い奴と仕事したいじゃないですか」
「そういうことにしとくわ」
「ちょ…『ことにしとくわ』じゃなくてですねー…」
彼が思わずカウンターから身を乗り出して抗議しかけると、上着の胸ポケットにあるスマホがライン着信を告げた。確認すると、会議場所の変更を知らせるイエローからであった。
「げ、一番遠い大会議室かよ。んじゃ、シュリさん、また!」
そろそろ時間も迫って来ていたので、彼は軽く手を挙げてカウンターから離れた。
「寝ないようにね!」
その背中に彼女はそう声をかけたが、「自信ねぇー」という答えが笑い声と共に返って来た。
「誰よりも中身が熱いとことか、ウチの人にそっくりなのよねえ」
そして本人は上手く隠しているつもりでも、周りにはバレバレってところもね、と彼女は心の中で付け加えた。
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その日のミーティング開始は、理事長の長い挨拶から始まった。開始してものの数分でレッドが大胆にも机に突っ伏し、それからしばらくして彼も船を漕ぎ出した。
後で聞いた話によると、その間に挟まれたイエローは、どうにかして他人の振りをしようと額に汗をかいていたそうであった。




