表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき

ねっちゅうしょう

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくいち。

 お題:掬い上げる・淡い・呼吸音




 ジワ―と手のひらを汗が覆った。

 夏の日差しが痛いほど肌に刺さる。

「……、」

 ザワザワと蠢く人混みのなかを歩いていた。

 私はいわゆる引きこもりというやつなので、久方ぶりのこの人の多さに少々まいっていた。

 では、その引きこもりが何故外に出てきたのか。

 それはまぁ、それなりの理由があるのだが―それすらもうどうでもよくなっていた。

「……、」

 思考が、もう、暑い、の一言で埋め尽くされているような、そんな気がする。

 気がするだけで、早く涼しいところに行きたいとか、家に帰りたいとか、いやあれを買いに行かないといけないとか、そんなことをごちゃごちゃ考えてはいる。

 ただ、暑い、という言葉が占める割合が大きいだけ。

「……、」

 だからとりあえず、足は無意識に建物の中へ向かおうと動き出している。

 大嫌いな人混みのなかを歩くのは、嫌でイヤで仕方がないが、背に腹は代えられない。

 この暑さから逃れないことには、なにも手につかない、気がする。

「……、」

 それにしても、こんなに外は暑かったのか。

 夏というものは、こんなにも私を嫌っていたのか。

 いや、私も夏という季節は大の字が3つ程つくぐらい嫌いだが。

 それにしても、酷すぎやしないか。

 なぜこうにも肌をチクチクと、ザクザクと、刺して、切り刻んで、ボロボロにしようとしてくるのだ。

「……、」

 私は、日焼け止めとか言う便利なものは持ってないし、日傘なんてものはもっと持ってない。

 肌に日差しが直接当たるのは痛いから、肌をおおうような物を着ようとか、そんな思考は絶対に持ち得ない。

 そんなことしたら、暑くて死ぬだろうと思う。

「……、」

 ダラダラと滝のように汗が流れる。

 背中に、手のひらに、額に、頬に、ジワリ―と嫌な汗が吹き出してくる。

 その間にも足は止めず、どこか涼しい場所へと、その一心で足を動かす。

「……、」

 それにしても、どれだけ遠いのだあの建物。

 目測ではもう少しというところだと思っていたのに、全く辿り着く様子がない。

 いや、むしろ遠ざかっているようにすら思える。

「……、」

 視界がゆらりと蠢く。

 蜃気楼というやつだろうか。

 周囲に並ぶ人の形が、ぐにゃりと曲がりくねる。

 形が、影が、人としての形を失っていくように、湾曲していく。

「……、」

 視界に飛び込んでくる広告が、看板が、信号の色が、霞んでくる。

 色を少しずつ失い、淡く、淡く、パステルカラーのように薄いいろになっていく。

 それらは次第にあのカラフルな色を失い、白に、黒に染め上げられていく。

「……、」

 ザワザワと、周りの音が声が、いやに頭に響く。

 話す声が、流れる音楽が、誰かの呼吸が、鼓膜を突き破って、脳を直接揺さぶってくる。

「……、」

 そのなかに、ひとつ。

 一際浅く、荒い、呼吸音が。

 いや、これは、私か。

 この、荒い呼吸音は、ひどく浅い呼吸音は、私のそれか。

「……………、」

 視界が歪み、色が失われ、音が頭を割る。

「……、」

 いつの間に足を止めていたのか。

 視界が灰色に埋め尽くされていた。

 白黒で埋め尽くされていたのものだから気がつかなかった。

 私はうつむいていた。

 ポタポタと汗が滴る。

「…、」

 これ以上歪むのを見たくなかったのか、色が失われた世界が見るに耐えなかったのか。

 いや、きっとそのどちらでもない。

 単純に足が動かなくなっただけ。

 頭をあげる気力さえ失われただけ。

 ――目を開くことさえ億劫になっただけ。

「――――、」

 そこで一度、私の視界は途切れた。


 次に目を開くと、そこは真白な世界だった。

 ―これは夢だ。

 だって普通に立ってるし。

 某有名アニメのように見知らぬ天井が広がっているわけでもない。

 文字通り真白な世界。

 何もない、ただただ白いだけの世界。

 どこまでが壁で、どこまでが天井なのか、むしろ自分が今立っているのは上なのか下なのか、そもそもそんな概念すらないのではないかと疑ってしまうほどに、ただただ白い世界が広がっていた。

「……、」

 特に何をするわけでもないけれど、一応まあ立っているということは、歩けと言うことなのだろうから、一歩ずつ足を踏み出していく。

 なんだか歩いているという感覚はあまりない。

 しかし、なにかを踏んでいるという感覚だけは、その感触だけは伝わってくる。

「……、」

 そうやって、何か分からない物を踏んで、踏みつけて、どこだかわからない所へと進んでいく。

 嫌な感じはするけれど、どうも既視感を覚えるようなそんな感覚を覚えながら。

「……、」

 歩いていて気づいたが、ここはどうやらゴールというものがないように思えてきた。

 よく物語で見るような、扉とか一筋の光とかそんなもの見当たらない。

 ただ白い世界が広がっているだけ。

 だけど歩き続けなくてはいけない。

 なんの苦行だこれ。

「……、」

 いい加減疲れてきた。

 夢のなかなのに疲労に悩まされるとは。

 そうして、少しずつスピードが落ちてきたところで、何かが、遠くから響いてきた。

 いや、多分、というかきっと、ずっと鳴ってはいたんだと思う。

 だけど歩くことに夢中になってしまっていて、気がつかなかったのだ。

「……、」

 それは、その音は、疲労で沈んでいた私の体を、気持ちを、意識を、優しく掬い上げるように、それでもどこか乱暴に引っ張りあげるように―

「――、」

 


 目を開くと、見知らぬ天井が広がっていた。

 横に視線を移すと、医者らしき人の姿。

 その人によると、どうやら私は熱中症で倒れたようだ。

 腕に目をやると点滴が打たれていた。

「……。」

 視線を天井に戻し、もう二度と外には出まいと誓った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ