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ルーシェリフ様と雪の記憶

「そこにだれかいるの?」


まだ幼い声が響いた。これは妖精ではなく人間の声だ。後ろのキラキラと輝く植物の方を向くと若干頬を赤く染めた可愛らしいエルフが立っていた。年は五、六歳くらいだろうか、くるりとした大きな新緑の目に輝く金髪の少年だった。彼は首を傾げながら俺たちを見ている。


「うわぁっ赤ちゃんだ!かわいっー!」


そして笑いながら近づいてきた。ニコニコ笑っている少年はめちゃくちゃ可愛い。この容姿はショタコンホイホイなんじゃない?


「も、申し訳ございませんルーシェリフ様。騒がしくしてしまい。」

「全然ダイジョーブだよ。それよりこの子だれの子?きれーな銀髪だからせいれいこくのひとでしょ?」

「この方は第八王子ノア様です。フリーギドゥスプラクラ王国のソフィア様の子です。そしてルーシェリフ様の五つ下の弟君でごさいます。」

「えっ!おとうと!俺に弟!かわいいっー。俺が一番下だと思ってた!」


俺の兄らしいエルフの少年ルーシェリフは目をキラキラさせながら俺の頬をツンツンと触っている。多分、ハーフエルフの第七王子だろう。

めちゃくちゃ可愛い。俺は兄という存在にいい思いがなかった。

前世では兄は俺を虐めてたから。だけどこの子は俺を虐めなさそう。てか俺がこの子と仲良くなりたい。


「のあです。よろしくおねがいします兄上。」

「かわい!かわい!俺のことはリフでいいよ。リフ兄様ね。」

「はい!リフにいさま。」

「これからよろしくねー!」

「はい!」


ルーシェリフ改めリフ兄様とは仲良くやっていけそうだ。憧れていた家族団欒には近づいたかもしれない。



「ノアー。この南の庭園は初めて?」

「はい!はぢめてです。」

「ふふ。じゃあ俺のお気に入りのお花をあげる。」


そういうとリフ兄様は茂みの中に入っていった。そしてしばらくすると青く輝く花を持ってきた。まるでサファイアのように光る花はどこか冷たい空気を持っていてとても気持ちがいい。


「これはね。アジュールっていう花なの。キラキラしてて、幸運を運んでくれるって言われているんだ。だからあげるね。」


はにかみながら俺にアジュールの花を差し出してくれるリフ兄様をみると心が自然と温かくなり、綺麗になっていくような感覚に陥った。

それと同時に俺は嬉しさでいっぱいになった。家族にプレゼントを貰う経験だなんて無かったからだ。


「ありがとうございます。」


俺は無意識に微笑んでしまっていた。

リフ兄様は俺を見て笑いながら花を俺に差し出してくれた。


「ではルーシェリフ様、ノア様はこれで。」


そしてエマが俺を抱っこしてルー兄様に別れを告げた。


「わかった!じゃーねノア!」

「はい。」


初めての外はとっても楽しかった。

そしてふと、前世のことを思い出した。


身体が痛くて辛い中、狭い部屋の窓を覗くと雪が積もっていた。

この雪を舐めたら冷たくて痛みが和らぐだろうか。

この雪の中に寝っ転がったら全身の痛みは露のように消えてしまうのだろうか。

雪の中に埋もれたら楽に死ねるのだろうか。

生きることに無頓着で痛くて痛くて許しを必死に乞いながら心の中では許しを乞うことすら億劫で諦めていた。虚ろな目で現実を見て、血の繋がった家族を他人の様に見て、自身の血をただ静かに舐めながら雪に思いを寄せていた。

雪は銀白で穢れがなく輝かしくて、俺の中では神のような清らかな象徴だった。いつか自分の惨めな生を終わらしてくれるのではないかと淡い期待も抱いていた。冷たくて、清らかで、美しく、残酷な白銀。

俺の髪は水色がかった美しい白銀髪だけれど、はたして俺なんかが持っていてもいい色なのだろうか。穢れ尽くして、ぼろぼろな空虚な俺には似合わない色。俺は何故、この世界に来たのだろうか。

チリチリと首が痺れる様に痛く感じた。


「ノア様?どうかしましたか?」


エマが話しかけてきた。心配そうで、俺のことを心配してくれるのか、と嬉しく思った。俺は自分が思っている以上に感情に飢えていたのだろう。


「だいじょうぶだよ。ありがとう。」


笑いながら返したが、俺の笑みはとてつもなく不気味だっただろう。

笑顔という動作を機械的に事務的に行った無機質な空虚な笑み。

まるで前世と同じだ。そう、前世と…

考えていたら記憶が混濁した。

血の海や、嘆き、冥界、呪い、神など俺の記憶とは思えない光景が入ってきた。目まぐるしく、まるで千年前くらいの記憶が唐突に。

ふと疑問に思ったのは、俺は誰だろうと馬鹿げた疑問。




 ***


可愛かったな。赤ちゃん。俺、ルーシェリフはぼんやりと考えながらお気に入りの南の庭園を歩いていた。俺の弟だというノアは綺麗な白銀色の髪に神秘的な目。

俺に弟が出来るという事実が何より嬉しかった。

エルフと人間の間に生まれたハーフエルフである俺は別種族の混じりとして、世間ではあまり歓迎されていない存在だ。まあ王族であるから身の安全は安心たろうけど。

俺はフィルと違い元気な身体だが、エルフが簡単に使える魔法を上手く使えない。

魔力を上手く操らないから。

誰もが俺を失望し、いらないと思っただろう。

六歳だから分からないと思われているが、俺はフィルからたくさん勉強を教えてもらったため、他の六歳よりは断然、頭がいいと思っている。


『ルーシェリフ!ひさしぶり。げんきそーだね。』


頭の上から声が降ってきた。

目の前を見ると真っ青な湖があった。妖精たちが守り、休憩しているスピリットゾーンの一つであるオキシペタラムだ。涼しげな風が吹き抜ける、綺麗な湖を見ているとしぜんと落ち着いてきた。


『ルーシェリフ!なんかざわざわしてる!南のきゅーでんが!ざわざわだよ!』


水の妖精が俺に訴えてきた。

南の宮殿。俺たちが住んでいる場所。つまり、フィルに何かが起きた。そう考えると俺はすごい焦った。魔法が強大だが、身体がとても弱いフィルがまた発作を起こした可能性が高い。早く帰らなければと引き返そうとした時バタバタといくつもの足音が響いた。母の従者たちだ。


「ルーシェリフ様!スフアリフィル様が発作を起こしてしまい、私達が近づけません!」


慌てて近づいてくる。俺は従者たちに目配せをすると急いで宮殿に戻った。


「スフアリフィルッ!」


フィルの部屋の前に着くとあり得ないくらい冷たい冷気が漂っていた。トゲトゲとしていてまるで全てを否定し、排除する様に。おそらくドアは凍っているだろう、フィルの固有スキルで。

俺はありったけの力を込めて固有スキルを発動した。そうしたらいつもと違って驚くくらいスムーズに展開できた。不思議に思ったがフィルの救助が先なので、自身が生み出した巨大な樹を使い氷を壊していく。

そうして部屋の中へ入っていったらフィルがいた。部屋中を氷漬けにして、射殺すような空気を生み出して。フィルはベッドの上に横たわっていた。


「フィル兄!」


フィルに近寄っていくとフィルは青白い顔で白い息を吐くと俺に向かって弱々しく微笑んだ。


「安心してリフ。僕はへいき。ごめんね心配かけて。」


フィルは俺の三つ上の同じ母から生まれた兄。ハーフエルフの体質に身体が合わなくて、魔法の才能がとてつもないが、とても病弱。銀灰の髪に水色の瞳。とてつもなく白い肌は涼しげな、氷のような雰囲気を作りだす。他人にとてつもなく冷たくで毒舌だが、親しい人には優しくて俺は大好き。

だから苦しんでほしくない。フィルは一番大切な人だから。

だから、似たような銀髪を持つノアを見ると少し苛ついた。なんでフィルは苦しんでいるのにと。

そしてそんな事を思った自分がいやになった。

でもやっぱりノアを見ると少し辛い。

凍てつくような氷に包まれた部屋の中から外を眺めると雪が降っていた。季節外れの雪はフィルのせいだろう。

とても儚くて冷たくて残酷な白銀。

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